101 雑炊じゃ力がでない
いっやー。危なかった、ギリギリ間に合ったよ。
村のひょろっひょろの木戸に、魔物が体当たりをしてるのを見た時は、もうダメかと思ったよ。
ジンさんの風魔法で、真っ二つになった魔物のすぐそばに、ボロボロの剣を持った村の人がいたから、本当に間一髪だったよ。
そんなに強い魔物達じゃなかったから、討伐はジンさん達に任せて、私はさっきの剣を持った村の人に案内してもらい、村長さんにお会いした。そこで聞いたのは信じられない話だった。領主が根こそぎ村の食糧を奪って逃げたのだとか。なんて奴だ!貴族の風上にも置けないよっ!わたしたちに差し出す食べ物がないと謝る村長さん達は、もう5日も何も食べてないと。大慌てで炊き出しの準備をしたよ。
実はこれまで救援に行った村でも、同じような状況だったんだよね。良心的な領主の治める別の村では、辛うじて食糧は残っていたけど、度重なる魔物の襲撃のせいで流通も途絶え、農地も荒れ、食糧不足が続いていた。炊き出しばっかりやってたから、慣れたものだよ。持って来てよかったよ、大きな鍋。魔力が豊富なお陰で、いくらでも入るからね、収納魔法のボックスには。
「ザロスがこんなに美味しいなんて」
村長さんが泣きながら雑炊を啜っている。柔らかく煮込んだザロスは、多少の食感を残しながら、小さく刻んだ魔物のお肉やお野菜が溶け込んで、絶品なはず。美味しいよねー。わたしも熱を出した時は、マリタ王宮の料理長であるナリトさん特製の雑炊を食べて元気になるんだー。ちなみにナリトさん特製の絶品雑炊は、いつもお鍋二つ分作られる。一つはナリトさん用(大鍋)らしいよ。
食事を終えた村長さんに、魔物避けの香の使い方をレクチャー。結構お年を召したお爺ちゃんな村長さんは、魔物避けの香を持つ手もプルプルしてる。だ、大丈夫かな?
とか思ってたら、魔物避けの香を持ったまま、村長さんが再びべたりと平伏した。うぉい?どうしたの?
「こ、こ、こ、このような、女神様の叡智を集めた宝が、この世に存在するとはっ!ワシは、このまま、死んでも悔いはないぃっ」
「せっかく助かったのに死なないでっ!ほら、まだまだやる事も覚える事も一杯あるんだから、死んでる暇はないですよ!」
いつまでもわたしたちがこの村にいられる訳じゃないからね。先を急ぐ身としては、さっさと村の安全を確保して、先に進みたいのだよ。そのためにも自力で村を守れるようになってくれ。
村の周りに兵たちがいないのを確認し、うっそうと茂る木々を一気に伐採する。隠れる場所を無くして、視界が開けていた方が魔物は寄ってこないからね。風魔法で集めた木々は火魔法で乾燥させて適当な大きさにカット。魔物に壊された外壁などの補修に使ってもらう。うん、無駄な森林伐採じゃないよ。ちゃんと伐採した木の再利用先もあるもん。
村の周囲に魔物避けの香を設置し、外壁や木戸を兵士たちが補修する。魔物避けの香があれば、さっき木戸に体当たりしてたヤツぐらいなら、近づくこともできない。
「まずは魔物避けの香ね。村の外壁の何箇所かに設置した方がいいから。交換の時は腕の立つ男の人に頼んでね」
村長さんの前に、魔物避けの香を山積みにする。泣くばかりの村長さんの横で、さっき村に案内してくれたお兄さんが熱心に使用法と注意事項を聞いている。このお兄さん、子どもに雑炊を食べさせてた。もしかしてパパさんなのかな。15歳で成人するせいか、こっちのパパは若いなぁ。まだ10代だよね。奥さんも若いママさんだったもん。
赤ちゃんも可愛かったー。ママさんからは、何度も何度も感謝された。もう離乳食が始まっているらしいけど、食べ物が無くなってからは必死でお乳を飲ませてたんだって。でも足りなくて、お乳も止まってしまって、泣く子どもに何も食べさせてやれず、どんどん元気が無くなる子に、気が狂いそうだったって。
そんなママさんの話を聞いてたら、なんと、キリが泣き出した。グラス森にいた時の、ガリガリだったわたしのことを思い出して、感情移入したみたい。キリもなんとか涙を止めようと頑張っていたけど、ボロボロ泣いちゃって、護衛の兵士達にも動揺がはしる。いつもキビキビしているクールビューティーで完璧侍女兼護衛のキリが泣くなんて、と皆がオロオロする事しかできなかった。
慌ててイヤーカフでバリーさんに知らせたら、見た事ない表情のバリーさんが討伐から飛んで戻って来てキリをどこかへ連れて行った。キリは大人しくバリーさんに身を任せてるし。最近、あの2人の距離が妙に近い。キリは嫌がってないみたいだし……。うーん、お任せしよう。
残されたわたしたちは、なんとなく気まずい雰囲気だったが、赤ちゃんのばーばーと言う声に癒された。護衛の兵士たちと、しばしその可愛さを堪能する。
あー、ばー、んぶぶって言いながらお椀に手を突っ込み、雑炊をぺろぺろ舐める赤ちゃん。可愛すぎ。うっ。お椀の中が無くなったのに気付いて、ひっくひっくと今にも泣きそうな顔。駄目だよ。ちょっとずつ食べないと、お腹痛くなっちゃうわよって、鑑定魔法さんが言ってるのよ。
でも、あとちょっとだけ。ほんの少しなら、大丈夫かな。赤ちゃんもすごく元気そうだし。こんなに欲しがってるし、少しだけ……。
「なりませんぞ、シーナ様」
赤ちゃんのお椀に雑炊を入れようかと迷っていたら、強面の護衛トムさん(5人の子持ち)に止められた。彼はママさんにゆっくり食事をさせるために、赤ちゃんへの給仕を申し出たイクメンだ。見た目は怖いのに、どの村に行っても子どもや赤ん坊に大人気なナイスガイなのだ。
「ここで負けてはなりません。ヤツらは自分に甘い存在を見抜く事に長けています。一度与えたら最後、何度でも強請りに来ますよ」
赤ちゃんの可愛いオネダリの話だよね? 何でそんな詐欺師への対処法みたいになってるの?
「子どもが望むままに食べさせ過ぎて、結果、子どもが吐き戻したりお腹を壊した時の、嫁の恐ろしさといったら……」
トムさんが遠い目で呟く。うん、それは怒られるよね。だけど、トムさんの言う通りだ。いくら赤ちゃんが可愛くても、体調を崩したら大変。ここは大人がしっかりしなきゃ。しかしトムさん、恐妻家だよね。そんなに強面なのに。
「シーナちゃん。外の魔物は全て討伐完了したぞ」
赤ちゃんの可愛さとおねだりに耐えていたら、ジンさんがバタバタと走ってやって来た。輝かんばかりの笑顔の理由は、討伐でちょっと遅くなった昼ご飯だろう。
「あ、おかえりなさい、ジンさん。怪我人は?」
「いないぞっ! 軽い怪我をしたやつはいたが、バングルの自動回復で治った。美味そうな匂いがするなっ!」
「炊き出しの雑炊だよー」
「……そうか、雑炊か。美味そうだ」
分かりやすくシュンとするジンさん。雑炊は嫌いじゃないけど、お腹に溜まらないし、食べた気がしないらしくて、あんまり好きじゃないんだよね。まあ、病人食代わりだしね。
解体処理済みの魔物の肉を運んできた兵たちも、お昼ご飯が雑炊だと知って、揃ってしょぼん顔だ。全員のお腹を満たすぐらいの量はあるよね、この雑炊。出されたご飯に文句を言うんじゃありません。
とはいうものの、赤ちゃんがお代わりを貰えなかった時のしょぼん顔の方が可愛かったが、大きな身体を小さく丸める様にして、雑炊をもそもそ食べるガチムチ兵たちを見ていたら、何だか可哀想になってきた。討伐頑張ったもんなぁ。雑炊じゃ力が出ないかぁ。
「夜は柔らかめだけど、普通のご飯作るから。村の人も食べられそうな普通食を作るし、お肉も焼くから」
途端に沸き起こる、野太い兵たちの歓喜の声。うるさっ。こらっ、剣を振り回して喜ぶんじゃない。怪我したらどうするんだ。
「シ、シーナ様! ショーユは? ショーユを使ったソースは頂けるのでしょうか?」
「うん、出すよー」
兵の一人に問われ、そう返せば、さらに喜ぶ兵士たち。村の皆さんは再びポカンとしている。さっきまで命の危機だったというのに、今は焼き肉の話題。ついていけないよね、そうだよね。ごめん、ウチの兵たち、肉好きでごめん。
幸いにもお肉はまだまだ豊富だ。この討伐で食べきれないほどの魔物を狩ってるし、カイラット街の魔物もまだ残っている。いくら収納ボックスの中では腐る心配はないし、新鮮そのもので保てると言っても、そろそろ在庫処分をしたいのよ。気分的にね。冷蔵庫の奥にずっとお肉が眠っているみたいな気がして、なんとなく嫌なんだよ。
兵士たちは、何故か大声で叫び始めた。
「肉盛りザロス丼だー!」
「ショーユソース肉盛り丼だー!」
「肉盛り肉丼だー!」
「野菜も食べなさーいっ!」
特に最後に叫んでた人。肉盛り肉丼って何だ。全部肉じゃないか。
「そうだぞ、お前たち。シーナちゃんの作るものは何でも美味しいぞ。ちゃんと野菜も食べるんだぞ」
ジンさんが子どもに言い聞かせるように言うと、おー!っと兵士たちは応えるが、さっきよりは明らかに声が小さくなっている。この兵士たち、本当に野菜を食べないんだよね。嫌いな野菜をこっそり鍋に戻す奴もいるし。その為に気配を殺すの上手くなったりしてて。今までの野営では、干し肉とか討伐した魔物捌いてーとかの食事が多くて、野菜を摂るって考えがないみたい。普段の食事も肉をドカッと食べる事が多いみたいで。
食事を作る方としたら、何とかバランス良く食べさせたくてさ。お肉と一緒に食べなさいって怒ったり(こっそり嫌いな野菜を交換し合ってた)、挽肉と細かく刻んだ野菜でハンバーグを作ったり(気付かず喜んで食べた)、スープにしてみたり(お肉もゴロゴロシチューにしたら喜んで食べる)。
試行錯誤をしつつ、なんとか栄養バランスの良いものを食べさせているんだけど。討伐より大変なんだけど。
それを思うと給食って偉大だ。子ども受けして、少なくてもカロリー高めで、予算も決まっている中、デザートまで付いてて。給食を作る人に討伐隊の食事当番をして欲しいよ。転生してこないかなー。
「シーナちゃん。ここにもアレをつくるのか?」
給食職人の転生を願っていたわたしは、ジンさんの言葉にハッと我に返った。
「作る! 作るよ、ジンさん。ありがとう、忘れるところだった」
「じゃあ、バリーを呼ぶか?」
「あっ! バリーさんは今取り込み中なので、今日はわたしが作りますっ」
今のバリーさんとキリを邪魔したらいかんと思うのだよ。なんとなく。勘だけど。
わたしはジンさんと一緒に、村長さんのところに戻った。さっきのパパさんも、一緒になって話を聞いてくれる。
「村長さん。村の中に穴を掘りたいんですけど、いいですか?」
「はいっ! いくらでもどうぞ」
キラキラした目で快諾してくれる村長さん。いや、そこは何のための穴かとか、どれぐらいの大きさだとか、聞くべきだと思うよ? そんなに早く許可しちゃっていいの?
「あの、穴を掘るなら、男手を集めましょうか?」
パパさんも何も聞かずにやる気満々だ。大丈夫だろうか、この人たち。お人好し過ぎて簡単に詐欺師とかに騙されないかな?
「命の恩人であるシーナちゃんを無条件で信じているのだろう」
ドヤ顔でジンさんがそんな事を言うけれど、わたし、炊き出ししかしてないよ。魔物の討伐はジンさんたちがやったんじゃないか。
「えっと、村の端っこで、邪魔にならずに日があまり当たらない場所がいいんですけど」
「それでしたらこの辺が……」
村長さんとパパさんが相談しつつ選んでくれた場所に行くと、うん。広さも十分だ。
「それじゃあ穴を掘る道具を……」
「あ、大丈夫です。すぐに済みますから」
土魔法で地面にゴリゴリと地下室っぽい横穴を掘っていく。うん。他の村でも何度も作っているので慣れたもんです。ちょっとここの地面は固めだなー。
村長さんもパパさんもギョッとした顔をしていたけど、気にせずに作業を続ける。次は穴の中の土をがちがちに固めてー。それから氷魔法をはりめぐらせてー。
よし! 氷室の完成。うむ。なかなかの出来である。
「シーナ様。蓋が出来ました!」
慣れた様子で兵士さんが氷室に取り付ける蓋を持ってきてくれた。これも伐採した木で作った奴だ。何気に兵士の皆さん、木工作業が得意になっています。
わたしは氷室の中にどさどさと山盛りの魔物の肉を置いて行く。それ以外の小麦やお野菜も。魔物の肉は現地調達したものだけど、それ以外はマリタ王国やその他の国からの支援物資だ。あっという間に、それなりの広さがあった氷室は食糧で一杯になった。
「この氷室は食材を長く保つことができるので、とりあえずこれでしばらくは食糧は保つと思います。あ、といっても限度はあるので、最終的にはこの薬草とかで燻製や干し肉にしてくださいね。ザロスの普通の炊き方は夕食の時に説明しますね。それから……」
あれこれと説明していると、背後でバタバタという音が。なんだろうと振り返ったら平れ伏す村長さんとパパさん。2人とも、わたしに向かって『女神様……』と拝んでいる。
そういうのはいいんで。説明を聞いて欲しいなぁ。
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