間話 ある従者の呟き
久し振りの投稿です。お待たせしています。ごめんなさい。
俺の名はベン・トルティー。ナリス王国グラス森討伐隊の副官だ。
俺の主はナリス王国の王弟であり、討伐隊隊長を務めるロルフ・シャング伯爵ということになっているのだが。
副長として働き始めてすぐに、やっぱり早まったなぁ、と後悔する事になった。
そもそも、俺はナリス王国の至宝、カナン王太子殿下の側近の一人だ。といっても、カナン殿下には多くの側近がいて、その中でも末席の一人にすぎない。俺は子爵家の3男と家格も高くなく、学園の成績は良かったので、学園で仲の良かった同級生(こいつも側近の一人だ)に、側近に推薦してもらったのだ。
カナン殿下は、御年9歳だが、大変、聡明であらせられる。時々、本当に俺の甥っ子と同じ9歳なのかと疑うぐらい、大人びた方だ。
カナン殿下は幼少の頃、不幸な事故で左足首を欠損され、そのせいで貴族たちから心無い言葉を浴びせられる事もあったが、折れる事無く王太子としての役目を果たしていらっしゃった。それでも馬鹿どもは、カナン殿下を王太子の座から引きずり降ろそうと画策していたが、カナン殿下は友好国マリタ王国で開発された再生魔法で左足の治療に成功した。
あの日。帰国されたカナン殿下が、両の足でしっかりと歩まれているのを見た時。他の側近たちも同様だったと思うが、俺は不覚にも視界が潤んだ。
陛下と王妃様が号泣して迎えるのに、カナン殿下は誇らしげな顔で帰還の報告をなされていて。あまりに立派なそのお姿に、俺は未来のナリス王国の安泰を確信した。それと同時に、こんな素晴らしい方にお仕えできる幸せを噛み締めていたのだが。
カナン殿下が帰国されてしばらくしてから、俺は、カナン殿下に突然呼ばれたのだ。
側近と言っても末席の俺が、カナン殿下から直接お声を掛けられるのは滅多にないことで。俺は緊張しながら、カナン殿下の執務室へ向かったのだが。
「やはり、ベンが適任でしょう」
そこにはカナン殿下以外にも、大臣たちが数人いて、俺の直属の上司も一緒になって俺を見つつ頷いているので、一体何事かと胃がキリキリと痛むのを感じた。
「しかし、若すぎやしませんか? 彼の方の暴走を抑えられるか……」
「確かにベンは若いですが、信頼がおけるし、なにより柔軟です。アレの暴走を一々気に病んでいるような、真面目な性格の者にはかえって務まらないでしょう」
なにやら渋っている大臣を、カナン殿下が諭しているが。俺は褒められていると受け取っていいのだろうか。真面目じゃないことを、遠回しに怒られているのか。
「ベン。私の側近を一時離れ、ロルフ・シャングの副官の任についてもらいます」
色々と揉めていたが、結局はカナン殿下の意見が通ったようで。大臣たちの反対意見を爽やかに切り捨てていく姿に、惚れ惚れとしていたのだが、やっぱり9歳は何かの間違いですよね、カナン殿下。老獪な大臣たちが、ぐうの音も出せずに沈黙していますが。
「ロルフ・シャング様……。王弟殿下の」
「もうすでに、王籍を離れているので、アレに殿下の敬称は付けないで構いません」
薄々分かってはいたのだが、カナン殿下が仰るアレって、やっぱりあの人のことか。
「今回のグラス森討伐に、アレを派遣することが決まりまして。残念なことに、アレ以上に、我が国に適任者がいないのです。性格的にも、素行的にも、問題しかないのですが、アレに勝る将となると難しい」
カナン殿下は、悔しそうに顔を顰めている。ええっと。俺の記憶に間違いがなければ、カナン殿下はアレを、いや、シャング伯爵を叔父として大変、慕っていたと思うのだが。
俺の疑問を察したのか、カナン殿下が、困った笑顔で説明してくれたことによると。
治療が終わったカナン殿下を迎えに来たアレは、事もあろうに、カナン殿下を治してくださった聖女様に対し疑念を抱き、聖女様の婚約者であるマリタ王国の第4王子に懸想している問題しかない令嬢を連れて行った。毒虫は遺憾なく仕事をして、第4王子を媚薬を使って誘惑し聖女様を害そうとまでしたが、聖女様と第4王子に返り討ちにされ、しかも毒虫と分かっていてマリタ王国に連れ込んだアレの責任問題まで浮上し、マリタ王国とナリス王国の友好関係にヒビを入れかねないところだったと。
「え。馬鹿なんですか、アレは」
「おい! 不敬だぞ!」
思わず素で突っ込んでしまった俺に、青くなった上司から叱責と拳が飛んだが。
「構いません。馬鹿なんですから、アレは」
カナン殿下は即座に許してくださった。笑っていない目が怖い。
なんでも、シャング伯爵のやらかしを不問にする代わりに、大臣たちが頑張ってナリス王国に有利に結んだマリタ王国との契約も、いくつか条件を緩和して結び直す羽目になったのだとか。
大臣が涙目になっていたが、それでもこの条件で持ちこたえたカナン殿下の手腕を褒めちぎっていた。場合によってはナリス王国が丸裸にされて、あげく国交断絶されていてもおかしくない醜聞なので、大臣の気持ちは痛い程分かった。
「本来ならばアレを送るのは、マリタ王国への宣戦布告にも取られかねません。なんせアレは、こともあろうに聖女様に想いを寄せているんです」
「……は? どの面下げてですか?」
「お前っ。言葉を慎めっ」
俺を殴りつつ窘める上司とて、口には出さないが同じ思いだと感じ取れる表情だ。大臣たちも、へッと鼻で笑わんばかりの顔をしている。
「アレは女性に対して、経験豊富ですからね。フラれた事がないから無駄に自信があるのでしょう。……私は、アレの行状をマリタ王宮の侍女長より聞かされた時は、穴を掘って埋まりたいぐらい恥ずかしかったです」
マリタ王国の侍女長といえば。泣く子も黙る武闘派、影の守りとして有名だが。齢9歳の殿下に、叔父の女関係を赤裸々に話すとは、なんと容赦ない厳しさか。少しはカナン殿下の事を思いやって欲しかった。
「マリア侍女長は、私の事を配慮して言葉を選んでくださっていましたよ。たぶん、聞いた話の5倍ぐらい、アレの行状は酷いのでしょう」
「女の敵ですね」
「言葉っ」
また殴られたが、もうそんな事どうでもいいぐらいアレが酷い。え、本当にマリタ王国にアレを行かせるの?
「サイード殿下にアレで良いか打診をして、了承を貰っています。『危険な討伐なので、命の保証はないがいいのか』とまで気遣っていただきました。優しいですよね」
女神の遣いぐらい優しいと思います。『そんな不良品送ってくんな』ぐらいは言われても仕方がないのに。だが、いくらアレとはいえ、カナン殿下にとっては叔父。そんな危険な討伐に参加させるのに葛藤はないのだろうか。
「グラス森の状況を考えれば、今、何かしらの手を打たなければナリスの危機であることは間違いがありません。誰かを送るとなれば、最善は叔父上。アレとはいえ、家族の情はありますよ……」
ほんの少し、弱々しさを滲ませたカナン殿下だったが。俺を見据える目は、力強かった。
「今、叔父上をマリタ王国に送らなければ、一生、叔父上はマリタ王国での汚点を引きずることになるでしょう。それは叔父上にとって、死ぬより辛い事です」
本来ならば、公爵位を授かってもおかしくない王弟殿下が、伯爵位を授けられた時は、国内でも様々な憶測が飛び交った。陛下と王弟殿下の不仲すら噂されたが、王弟殿下は何一つ不満を漏らすことなく、感謝の意を述べ、伯爵となった。
色々と誤解される事も多いが、ただ、国と家族を裏切るような人ではないことだけは、確かだ。
国を、家族を思って行動した筈が、結果、不利益をもたらすことになるだなんて。何とかして挽回したいと思うのは道理だ。
「ベン。君にも死地に赴けと命じることになります。ですが僕は、君にお願いしたいのです」
そう、カナン殿下に懇願されて、否と言うわけがなく。むしろ、こんな俺にそこまで言って頂いて、有難い。カナン殿下の命ならば、グラス森で散るってのも悪くはない気がする。
頭の中でそんなカラ元気を奮い起こしている俺を、カナン殿下がジッと見つめていた。
「……確信はありませんが、マリタ王国でアレコレと漏れ聞いたことを精査すると、聖女様とあの侍女殿がいれば、グラス森の攻略も夢ではないかもしれません」
「はい? 聖女様の回復魔法はそれほど凄いのですか?」
「あの方が使えるのは多分、回復魔法に限らないでしょう。アダムも、聖女様の魔力は、底知れないと感心していました。それにジンクレット殿下や侍女殿の魔力剣……。あれからも聖女様の魔力を感じたと」
魔力剣? そんな、幻の宝剣がマリタ王国にあるのか? そこから聖女様の魔力を感じたって……。
これはナリス王国でもごく一部の者しか知らないことだが、ナリス王国とマリタ王国で共同開発されたとされている再生魔法と魔物除けの香は、実はマリタ王国が単独で開発したものだ。製作者の安全確保のため、ナリス王国も開発に関わっていた事にして欲しいと、マリタ王国に内々に相談があり、我が国にもさも以前から極秘の開発機関があった様に整えたのだが。
再生魔法の方は、聖女様関連かと想像はしていたのだが。もしかして、魔物除けの香も。
それに、魔力剣なんてものが本当に存在するとしたら……。
「マリタ王国滞在中に、ご自身の回復もおありなのに、よくそこまで、探れましたね……」
俺は困惑しながら、カナン殿下を見つめる。そりゃ、聡明な方だとは分かっていたけど。おそらく、マリタ王国でも極秘事項であろうことを、どうしてご存知なのか。なんなんだ、この凄まじい情報収集力は。9歳なんだぞ、カナン殿下は。
「僕は子どもですから。皆さん、色々と油断して情報を溢してくれるんですよ」
にこっと笑った顔は、年相応のあどけない顔だが。怖ぇよ。カッコいいよ。さすが俺の主人。
「それに副官としての任務も、もちろん大事ですが。ベンの一番大事なお役目は、聖女様にアレを近づけないことです。出来れば僕が討伐隊を率いて行きたいところですが、僕に何かあればアレが国を継ぐ事になります。それは心許ない」
はぁっと溜息を吐くカナン殿下。ええ、絶対に止めて下さい。国があっという間に傾く未来が見えました。
「たしか、マリタ王国の討伐隊を率いるのは、サイード殿下……」
「ええ。それだけで、マリタ王国の本気が窺えます。サイード殿下はシリウス殿下という立派な後継がいらっしゃいます。それに、第2王子のアラン殿下が残られるそうです。万が一、サイード殿下に何かあったとしても、シリウス殿下の補佐を、アラン殿下が勤められるのでしょう」
次期国王が出張るぐらい、総力を懸けた戦いを想定しているという事か、マリタ王国は。
近頃のグラス森の魔物の異様な活発化を考えれば、理解できる。グラス森に隣接しているダイド、マリタにとって、あの魔物たちを抑える事が出来なければ、国の存続に関わるのだ。そしてそれは、マリタ王国の隣国であるナリス王国にとっても、他人事ではないのだ。
「ああ、全く。僕以外に適当な王位継承者がいない事が恨めしい。シーナ様に、アレをまた近づけるなんて。……僕が行きたかった」
カナン殿下の本気で気落ちした様子に、俺だけでなく上司や大臣たちまでも目を瞠っている。
ええっと。あれ? なんだか、アレを行かせるのが心配なだけでなく、もしかして、本当に自分が行きたかったんですか、カナン殿下。シーナ様って。聖女様のことですよね。え? もしかして。
仕事は出来るが、女癖の悪いアレを本気にさせただけでなく。
年齢に似合わぬ、聡明かつ冷静な主人を、こんな風に思い悩ませるなんて。
俺はマリタ王国の聖女様とはどれほど魅力的な方なのだろうかと、ほのかに興味を持ったのだが。
聖女様にお会いして、いい意味で予想を裏切られるだなんて。この時は想像もしていなかった。
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