95 久しぶりのBBQ大会
遅れました、すみません。
書いていて、焼肉が食べたくなりました。
皆さん、どちらの派閥でしょう。
「しょ、食事を分けて貰えないだろうかっ!」
行軍も大分進み、グラス森まであと半分というところで。
コソコソと、隠れるようにして近づいてきたアルフォス殿下とその側近たちに頭を下げられ、そんな事を懇願されました。
仲間にして欲しそうにいつもこっちを見ていると思っていたけど、とうとう、積極的に動き出したようだ。
「ま、不味いのだ……、携帯食料が。味もないし、固いし、口の中がパサパサするし。まだ夜は冷え込むというのに、温かいお茶一つなく、革袋の水ばかり。もう、もう、耐えられん……!」
お坊ちゃんどころか、王族だもんね、アルフォス殿下。そりゃあ、それまでの生活と比べたら雲泥の差だろうけど。最近は大分ゲッソリしてるなーとは思っていたけどさ。
それでも、討伐遠征中なのだからと、アルフォス殿下たちは我慢していたのだそうだ。ガドー王国の兵士たちも同じように、黙々と携帯食料を食べているのだから、その兵たちを率いる自分が我慢できなくてどうすると。
「だが……! これはいくらなんでも、酷いだろう!」
アルフォス殿下が涙目で睨んでくるのから、そっと目を逸らした。
香り控えめな魔物除けの香を、いつもより沢山焚いて。
ジュウジュウという音と、肉を焼く匂いが、そこら中に充満している。
金網に載った肉から、油と肉汁が滴り落ち。映像的にもパンチがありますね。
「あんなっ! 旨そうな匂いと音、我慢できるわけないだろう!」
ええ。BBQ大会、開催中でございます。もちろんザロス付きで。
事の発端は、本日お昼、斥候を務める兵士から齎された、一報でした。
「前方に、赤炎牛を2体発見!」
レッドカウ。S級の魔物複数体出現のその報に、ナリス王国、ヤイラ神国、ガドー王国が緊張する中。
「レッドカウか。俺がやるぞ!」
「ちょっと、ジン様! ここは炎に強い俺でしょう!」
「焼肉だ!」
「レッドカウのザロス丼だ!」
「シーナ様! ショーユたれの準備、お願いします!」
「馬鹿野郎! レッドカウといえば、塩だれだろう!」
食欲全開になったマリタ王国のジンさん率いる兵士たちが、サイード殿下が指示するより先に飛び出して行った。何やら、勝手な注文をされた様な気がするけど、気のせいだよね。
「大丈夫かな、ジンさんたち」
カイラット街戦では、ジンさんたち、レッドカウに苦戦していたんだけど。
「ジンクレット殿下たちの今の実力でしたら、レッドカウの二体ぐらい、大した手間ではないでしょう」
キリ先生が落ち着いた様子でそう仰っているので、安心しました。
レッドカウとは炎同士で相性が悪いキリはお留守番だ。ちょっと残念そうでもある。
「それよりも、タレの仕込みをいたしませんと。レッドカウが2体となると、相当量の肉になりますでしょう。今の備蓄では足りないです」
「え。まさか全部食べるって言わないよね? 2体だよ?」
いくらジンさんたちが食いしん坊でも、あんなデッカイ魔物を2体も食べ尽くせるはずないじゃない。余ったお肉は収納魔法のボックスにポイッとしておけばいいやって、考えていたんだけど。
「シーナ様。カイラット街でのBBQを覚えていらっしゃいますか? ここには、あの時よりも沢山の兵がおります」
カイラット街での戦勝記念BBQ。カイラット街がBBQの街として知られるようになった、きっかけだ。
たしかに、あの時はアラン殿下の隊の兵士とカイラット領軍の兵たちしかいなかったけど。すっごい量の肉をたべたんだよね。皆、こっそりタッパーでお肉を持って帰ったんじゃないかってぐらい、肉の消費は早かったけど。
「あの時よりも、沢山の兵……」
わたしは、周囲を見回した。
他国の兵士たちは、飛び出して行ったジンさんたちがレッドカウを取り囲んでタコ殴りにしているのを呆然と見ていたが、ハッと気を取り直した様に後を追って行く。
うんうん、皆、魔力剣の扱いも随分と上達したもんね、試してみたいよね、分かります。ナリスはチームプレイが得意だね。ふんふん、ガドー王国は、やっぱり一人一人の兵の技が際立っているわー。うわ。ヤイラ神国の皆さん、えげつない。
そんな筋骨隆々の兵士達を見ていたら、納得してしまう。そうだね、レッドカウを倒し終わったら、皆で祝勝会でも開きそうな盛り上がりぶりだねぇ、これ。
「マリタ王国の陣営だけで、BBQをやるのは、難しいかと」
キリの神妙な言葉に納得する。ガドー王国はともかく、ナリス王国ともヤイラ神国とも、最近は食事時も交流しているもんね。兵士たちもさ、行軍の合間に一緒に訓練とかしていて、仲良くなっているもんね。
「そりゃあ、ウチだけでBBQって、やり辛いよね」
だとすると、ひぃぃ。考えだけで恐ろしい。よく食べる兵士が、何人いるの? 運動部の合宿なんて目じゃないぐらいの食料がいるよね? ザロスは大鍋で炊くとして、タレの調味料を準備しなくちゃ。しかも。
「醤油タレと塩タレの、2種類だとぅ?」
醤油タレは、いわゆる、焼き肉のタレのことだ。果物も混ぜ込んでさっぱりとした甘さに仕上げた、人気の品ですよ。
塩タレは、ニンニク風味の薬味とかを色々混ぜこんでいる。こちらもまた、人気がある。
「シーナ様。兵士たちの要望を全て受けなくてよろしいかと。今回は急ですので、醤油タレだけでも、文句は言わないかと」
キリの言葉に、わたしは静かに首を振る。
「駄目だよ、キリ。タレ派と塩派の抗争を、甘く見ちゃ」
「抗争……?」
キリが訝し気にしているが、ここは譲れません。
前世、友人と、焼肉に行った事があるんだけど。
何人かのグループで、わいわいと焼肉を楽しんだのだけど。それ以降、ある一人の友人が、焼肉に行こうと誘っても参加する事がなくなったんだよね。他の飲み会には参加するのに。
『焼肉が嫌いだった?』と聞いてみたら。その友人は、ちょっと悲しそうに言ったんだよ。『タレ派の集いに塩派の自分は肩身が狭い』って。
その友人の家では、焼肉と言えば塩が普通で。大人になってから友人と焼肉を食べに行って、初めて世間ではタレ派が主流だと気付いたらしい。
『お店に肉の部位によっては、タレしか準備されていない』とか、『そもそも焼肉屋ではタレが標準装備だ』とか。塩派の肩身の狭さを切々と語られたんだよね。友人同士で行く焼肉の場合、空気を呼んで皆が注文するタレ味の焼肉を食べるけど、コレジャナイ感が強いんだって。
その点、家族で行く焼肉は、全員塩しか頼まないから、120%楽しめるんだとか。家族でのお出掛けを嫌がる思春期でも、焼肉ならばいそいそと出掛けていたらしいよ。
今世では、確かに珍しいタレ味は受けていますが。コアな塩派も多数存在するのですよ。
特にニンニク風味の薬味と一緒にすると、肉の臭みは抑えられて旨味が引き立つので、こっちが好きって人も結構いるのだ。
「なんと、奥が深いものですね。私が浅慮でした……」
シュンと項垂れるキリに、わたしは慌てる。いやいや、タレ派と塩派の話で、そんなに落ち込まないで。単に、わたしが両方味わいたいだけだし。ちなみにわたしは基本タレ派、部位によっては塩派だ。
キリはガチガチのタレ派だね。
「キリ。大変だけど、手伝ってくれる?」
「勿論です! 塩派の為に、全力を尽くします」
いや。醤油タレも作るよ。そっちを作らないと、暴動が起きるからね。
なんて、頑張って大量の醤油、塩のタレを作り。その間に難なくレッドカウ2頭を仕留めた兵士たちが、意気揚々と戻ってきて。流れるようにBBQの準備が始まりました。誰も指示していないのに、早々に野営の準備を終え、BBQセットの準備を始める兵士たちに、サイード殿下は諦めた模様。ナリス王国やヤイラ神国の兵士たちもBBQのセットを手伝っている。本当に仲良くなったよね、君たち。
やがて、辺りに肉の焼けるいい匂いが漂い始めた頃。
期待の籠った顔で、お茶碗に盛ったザロスを片手に、BBQ開始の合図を待つ兵士たち。
サイード殿下は呆れ顔で溜息を吐いた。『食事を許可する』と言った途端、湧き上がる歓声。群がる兵士たち。グラス森討伐への出発式の時より、熱気があるような気がするのは気のせいだろうか。いや、たぶん、気のせいじゃないよね。
タレ派と塩派は、それぞれ集まって和気あいあいと食事を楽しんでいる模様。棲み分けって大事だね。比率にしてタレ8、塩2というところだろうか。両方に通う人もいるから、確実じゃないけど。
そんな、BBQで盛り上がっているところに、こそこそとアルフォス殿下たちは近づいてきたのだ。
「でも、怒られませんか? シルド卿に」
保護者の許可なしに、お子様に勝手に食事なんてあげられませんけど、という気持ちを込めてアルフォス殿下を睨めば、涙目で見返されました。
「討伐だからって、どうして必要のない我慢をしなくてはいけないのだ。俺たち以外、誰もそんな我慢をしていないじゃないか」
そんなのそっちが勝手にやっている事じゃないの。わたしに訴えられても困りますよ。シルド卿に言ってください。聞いてくれなさそうだけど。
まぁ。彼らの言い分も分からないではないんだよ。長くあのストイックなスタイルでやって来ていて、そうやってこれまで生き残ってきたのだろうから、信じるに値する基準というものが彼らの中にはあるのだろう。
でも、世の中はどんどん変わっていくもので、便利なモノがどんどん開発され、常識はアップグレードされるものだ。前世でも運動部は『部活中は水を飲むな』とか、信じられない常識がまかり通っていたものね。
そして、そういう意識の変換は、頭の固い年寄りは苦手なものなのだよ。
「というわけで、シルド卿の許可があればご参加くださいな」
「お、俺がガドー王国軍を率いているんだぞ!」
お飾りでな。
と、漏れそうになる本音を妃教育で培った上品な微笑みで呑み込んだ。ビバ、妃教育。
「それならば、アルフォス殿下が部下たちにそう命じればよいだろう。分けた肉はきちんとガドー王国側に渡している」
ジンさんが怖い顔で腕組みしてアルフォス殿下たちを睨みつけるが、口元に醤油タレが付いているので怖さは半減している。さすが、ガチのタレ派。
「肉は早々に、干し肉にするといって、処理されてしまったんだ!」
アルフォス殿下が鼻水を啜って泣いて訴える。
ああ。火と風の魔術の得意な兵が淡々と処理してましたね、そう言えば。美味しいレッドカウを塩辛くぼそぼそした干し肉に加工するなんて、勿体ない。
ジンさんがイヤーな顔をしている。固い干し肉を石扱いしてたもんねぇ。嫌いだもんね、干し肉。
ちらりとサイード殿下にお伺いを立てると、沈鬱な顔でゆっくり首を振られています。そりゃあこっそり餌やりするのはダメですよね、やっぱり。『食事でウチの殿下を篭絡した』なんて言われるの、私も嫌だもん。
「ガドー王国で話し合ってから、いらっしゃってください」
鉄の心で、アルフォス殿下たちを追い帰しました。大変渋られましたが、ダメなものはダメなんです。
なのにさ。このあと、ガドー王国から抗議されたんだけど。なんでさ。
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