表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
130/145

間話 サイードと老将軍

もう久しぶり過ぎてごめんなさいとしか言えません。


「少々、目に余るのですが? シルド卿」


 マリタ王国の次代の王は、『微笑みの貴公子』と呼ばれている。

 マリタ王家特有の燃える様な赤髪、切れ長のトパーズの瞳。若き頃の国王そっくりなその端正な顔。いつでも柔和な微笑みを絶やさず、誰に対しても礼儀正しく、奢る事はないが、王者たる資質は自然と他者を圧倒する。近寄りがたくも引き寄せられずにはいられないその雰囲気は、国内外の令嬢たちの心を騒がせていた。本人は妻であるルーナ妃以外は目もくれぬ愛妻家で、隠れて愛人を持つ貴族が多い中、その一途さも人気の一つだ。


 いつの事だったか、ガドー王国で行われた夜会にサイードが招かれたことがあった。その際に僅かな時間、言葉を交わしたが、その知識の深さや老獪な外交術に、まだ年若いがこれがマリタ王国の次代の王たる者かと、肝を冷やしたものだ。武芸一筋で社交は不得意なシルドにとって、サイードとの会話はたとえ世間話でも緊張を強いられた。


 そのサイードが、激怒している。相も変わらず人の良い笑みを浮かべているが、はっきりと()()()()()()()()()()()()()。自覚しろと言っているのだ。


 サイードの怒りの理由は分かっていた。王子たちに付けていた監視兼護衛から、報告が上がっていた。あのバカな元王子たちが、マリタ王国の第4王子の婚約者の侍女に、魔力剣を寄こせと脅し騒ぎを起こした。しかも、侍女ごときに、返り討ちにあったのだとか。学園で最低限の剣や魔術を学んだはずなのに、女ごときに負けるとは。どこまでも救いようがないと、シルドは苦々しく思った。


 国を守るための最後の奉公として、シルドはグラス森討伐隊に参加した。民を守るために華々しく散って、有終の美を飾るつもりだった。孫の仕出かした事への、せめてもの罪滅ぼしに、ガドー王国の汚点であるあの馬鹿どもと共に死ぬ予定だった。それなのに、馬鹿どもは武功を立てて元の地位を取り戻そうなどと、愚かな夢を描いている。グラス森討伐に参加して、生きて戻る気でいる。


 シルドは、若い頃にダイド王国のグラス森討伐隊に協力したことがあった。グラス森から魔物が複数体、森から外に出たため、ダイド王国に協力して討伐に当たったのだ。あの頃のシルドは爵位もない一兵卒に過ぎなかったが、グラス森の魔物の桁違いな強さは、未熟な身であっても感じ取れた。魔物1匹を倒すのに、部隊長クラスの強者たちが数名掛かりだった。ようやく、すべての魔物を倒した時には、多くの兵たちが犠牲となっていたのだ。


 そんな段違いな強さの魔物たちが跋扈するグラス森に入るのだ。いくら魔力剣や優れた魔道具があろうとも、どこまで対応できるか分からない。場合によっては、全滅も覚悟しなくてはならない。だが、死ぬと分かっていても、背後に守る国がある以上、シルドたちに退くという選択はなかった。


 シルドは、国王から、アルフォスがこれ以上醜態を晒すことがないよう、その身が王家の者として相応しいまま終わるよう、託されていた。生死は問わぬと、言外に示された。戦場で、無様な振る舞いをするようなら、魔物の餌として扱うと決めていた。民を守る力がなければ、せめて役に立つように扱うまでだ。


 出発前の忙しない時に、役に立たない者同士がいがみ合うなど。

 アルフォスを抑えられなかったこちらに非があることとはいえ、わざわざ平民の聖女(火種)を抱えているマリタ王国にも、全く責任がないわけではないだろうと、シルドは憮然としながらも謝罪の言葉を口をした。


「……申し訳ない」


「貴方の口先だけの誠意のない謝罪に、何の意味もありませんよ」


 間髪入れずにサイードに切り捨てられ、シルドは憮然とする。身分差があるとはいえ、20以上も下の若造に侮られるのは、いい気持ちはしなかった。


「使えないお飾りの大将を据えて、御することも出来ないのならば、討伐前にさっさと切り捨てていただきたい」


「……それは」


「貴国はお飾りの大将が討伐に参加したという名目が必要なのかもしれないが、我が国はグラス森の魔物討伐を為さなければ、存亡の危機なのだ。あの森の魔物が溢れれば、まずはダイド、次にマリタ、その次に堕ちるのはどこだ? ナリス、ガドー、ヤイラではないのか? そのために貴殿はこの討伐に参加したのではなかったのか? 討伐がお遊びのつもりならば、協力など不要。即刻立ち去ってもらいたい」

 

 淡々と穏やかな声で告げられた言葉に、シルドは酷く矜持を気づ付けられた。戦場をお遊びなどと、英雄とまで謳われた自分に対して、何たる侮辱か。サイードを射殺す様な目で睨みつけたが、サイードからはそれ以上に冷酷な視線が返される。


「貴方たちは、自分たちが何をしたのか理解していないのだろう。大方、貴殿らの国の()()()()()に対する反発心から、我が国の第4王子の婚約者を侮っているのだろうが……」


 サイードは馬鹿にしたように、ふんと鼻で笑った。


「彼女はグラス森討伐の要だ。ガドー王国と彼女のどちらかを取るかと問われたら、私は迷わず彼女を取る」


 そう言い切るサイードに、シルドは怒りを通り越して、ぽかんと口を開いた。マリタ王国の王太子が、平民の聖女を優先して、他国を蔑ろにする発言をしたのだ。呆れる以外に、何ができようか。


「サイード殿下。今なら、その発言、撤回を許そう」


「する訳がない。まぎれもない事実だ」


「ぐっ……、貴方まで、あの悪女の毒牙にかかっているということか。我が国の愚かな王子たちと何が違う」


「それは私に対するまぎれもない侮辱だぞ。そもそも、王族が色仕掛けに引っかかるなどと、恥ずべき事だろう。貴国の王族に対する教育は、一体どうなっているのだ」


「……」


 押し黙るシルドに、サイードは溜飲を下げる。

 そもそも、ガドー王国から支援の返事が来た時から、嫌な予感はしていたのだ。あの茶番の様な婚約破棄の噂は聞いていたし、ガドー国王はやらかした第2王子の処遇に困っていた。婚約者であった元令嬢の家からの抗議は勿論の事、他の貴族家からの反発も凄く、ガドー王国の学園が留学生を多く受け入れていたが故、醜聞が各国に知れ渡るのも早かった。

 

 どれほど平和ボケをしていたのか知らないが、魔物の活発化で世情が不安定な時に、よくもまあこんな騒ぎが起こせたものだ。ガドー王家は貴族たちの不満を抑えるために、第2王子を生存の可能性の低い討伐隊に参加させたのだろうが、いい迷惑である。自国の不始末は自国でケリを付ければよいものを。


 そのうえ。あの阿呆どもは、マリタ王国の恩人を貶めるような真似をしたのだ。

 

 サイードは今回の討伐に、シーナを連れていく事を今でも躊躇っていた。どうにか回避できないかと、何度も国王陛下や王妃、自分の妻や弟たちとも話し合っていた。

 だが、どう考えても、シーナを連れて行かないという選択肢はなかった。戦力的にも、彼女の担う分は大きいのは確かだが。それ以上に、彼女の討伐参加への執念を、止める事は出来ないだろうと思ったのだ。

 もしも討伐への参加を禁じたとしても、彼女は一人でも討伐に行くだろう。それならば、最大限に守りを付けて、討伐に参加させるというのが、皆で出した結論だった。


 討伐への参加が決まったシーナの様子は、見ているだけでも痛々しかった。

 討伐に必要な魔道具にしろ、食料にしろ、不足はないかと気を遣い、討伐に参加する兵たちに話しかけ、万全に備えようと、クルクルと走り回っている。いつもと比べ、不自然なほど明るくて、はしゃいでさえいるようで。少しでも暇を感じない様に、忙しくしているようだった。


 夜も、なかなか寝付けていないようだ。じっと寝台で目を開けたまま、何かを考えこんでいると、シーナ付きの侍女キリからは報告を受けていた。()()()()が、夜もシーナに付き添うと暴走するジンクレットを許してしまいそうになるほど、シーナは不安定な状態だ。


 きっとシーナは、今度こそただ一つの命も取り溢さない様にと、必死なのだ。討伐に参加する兵士たちにかつてのグラス森討伐隊の兵士たちを重ね、地獄の様な日々を思い出し、またあの時と同じ事を繰り返すのではと怯えている。


 そんなシーナに、阿呆どもはちょっかいを掛けたのだ。

 王族として、貴族として、自覚も価値もないあのクズどもが、クズどもより何千倍も兵を、民を思う聖女を、貶しめたのだ。


 マリタ王国は義の国。その王太子として、これを許す筈がない。

 だからサイードのガドー王国に対する態度は、マリタ王国の王太子として至極真っ当なものなのだが。それすら、彼らは理解していないのだ。


 どうせ、討伐に出れば嫌でもシーナに対する認識を改める事になるだろうが。シーナを侮るこの堅物の老将軍が、その時にどんな顔をするか見ものだと、サイードは想像するだけで嗤いが込み上げてきた。


 これほど阿呆なのは、今のところ、ガドー王国だけだ。他の支援国は、薄々、シーナが魔力剣や魔物除けの香に関わっている事に、気づいているだろう。


 神国の王甥は、シーナに対して最大限の敬意を払っている。それはまるで、熱心な信徒が女神への献身を示しているようだ。シーナが望まない限り動くことはなさそうだが、もしもシーナが害されていると判断したら、聖女の保護の名目で無理矢理にでも攫っていきそうだ。


 ナリスの代表者は、元々、シーナ贔屓だ。なんとかジンクレットの隙を突き、シーナを奪えないか虎視眈々と狙っている。シーナから離れないジンクレットとキリのお陰で、奴の野望は果たせずにいるが、どうにもシーナに危機感が足りないので、今後も奴の動向は注視しなくてはならない。


 貶めようとする者、護ろうとする者、奪おうとする者。

 様々な思惑の者たちを惹きつけるのは、流石というか何というか。早々にマリタ王国がシーナの後盾としての立場を得られたのは、僥倖といえる。甘ったれで頼りない弟だと思っていたが、そこだけはジンクレットの執着、いや、慧眼を褒めてやりたい。


 まだまだ甘い弟と、無自覚に色々と引き寄せる義理の妹。

 いつになっても世話の焼ける事だと、王太子(お兄ちゃん)は溜息を押し殺した。




★12/1「転生しました、サラナ・キンジェです。ごきげんよう。~婚約破棄されたので田舎で気ままに暮らしたいと思います~2」発売予定です!

★「平凡な令嬢 エリス・ラースの憂鬱」書籍発売予定

☆書籍「追放聖女の勝ち上がりライフ」2巻までツギクルブックス様より発売中

☆コミック「追放聖女の勝ち上がりライフ」1巻 少年画報社様より発売中。ヤングラムダにてコミカライズ配信中

☆「平凡な令嬢 エリス・ラースの日常」書籍販売中。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/7 コミック発売! 追放聖女の勝ち上がりライフ②

html>

★書籍版公式ページはこちら!!★
書籍、電子書籍共に8月10日発売!
★ヤングキングラムダにてコミカライズ好評連鎖中★

追放聖女の勝ち上がりライフ2


ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
[良い点] まぁ普通レベルの思考の人間が国のトップならサイード殿下の推察通り、香やその他の件にシーナが何かしら一枚噛んでると推測→神国やナリスみたく身柄をパクりたいと考えるのが正常ですわなぁ……そこに…
[良い点] 久しぶりの更新嬉しいです。 [気になる点] 将軍、今のところ良いとこ無しですね。 ジンさんが憧れていた人なんだから、その内良いところも見せて欲しいです。
[気になる点] 誤字報告〜! 本文の枠外でのお知らせ、コミカライズの紹介文が、【ヤングキングラムダにてコミカライズ好評連鎖中】になっていますよ~⁉ 好評連鎖中では無く、好評連載中だと思います(汗)…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ