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92 現実を思い知る

★8/10 追放聖女の勝ち上がりライフ 2 発売!

 表紙のイラストが可愛いのです。

 騒ぎを聞きつけて、ジョルドお義兄様がいらっしゃいました。『ロリコンに負けたのか、俺は』とブツブツ煩いアルフォス殿下にドン引きしている。国賓相手にその顔はいけませんよ、ジョルドお義兄様。


「そもそもねぇ。汚名返上をしたからって、婚約者が戻って来るなんてありえないでしょ」


 半端な傷ではまた調子のいい事を妄想しそうなので、アルフォス殿下にはざっくりと止めを刺しておきました。こういうのは早めに言っとかないと、変にこじらせるでしょうし。


「な、何故だ?エイリスは私とココに嫉妬して、何度も私に苦言を呈していたのだぞ?私の事を愛するが故だろう。私が国に戻れば、喜んで婚約者に戻るだろう」


 何言ってんだこいつって目で見られましたよ。いや、こっちのセリフだよ。お前こそ何言ってんだ。


「あのね。自分の婚約者が、他の女と浮気していたら、そりゃ止めるでしょうよ」


「そうだろう。エイリスは私に惚れているから……」


「いやいやいや。どんだけ付き合いが長かろうと、浮気男なんて、3秒で愛想が尽きるって」


 うーわ。なに、その謎の自信。『浮気をしても最後はお前の元に帰るんだから、待ってろよ』と言ってた、友だちの元カレみたい。もちろん、友だちは即、別れると決断してポイッと捨ててたよ。学生から付き合ってたから、結構長かったけど、未練もなくバッサリ。『捨て時は今だって思ったの!』と言ってた友だちは、そのまま断捨離にハマってた。持たない暮らし、憧れるよねー。


「なっ」


 アルフォス殿下が変な声を出して固まった。いや、なんで驚くのよ。当り前じゃないか。


「さっさと別れたかっただろうけど、王家との縁組なんて、婚約者さんの一存で解消できるはずも無いし。嫌だったろうなー。婚約者がいながら堂々と浮気するゲスの婚約者って言われるの。ああ、本当に婚約解消出来て良かったね。あ、そういえば、元婚約者さんたち、新しい嫁ぎ先をガドー王家が斡旋して、無事再婚約をしたって聞きましたよ。ね? ジョルドお義兄さま」


 アルフォス殿下たちのお世話係であるジョルドお義兄さま(本人非公式)に話を振ってみると、こっくり頷いてくれました。ジョルドお義兄様の、アルフォス殿下を見る目は冷たい。嫌いなんだねぇ


「ああ。エイリス嬢はガドー王国の第3王子と婚約なさった。第3王子の学園卒業を待ってご成婚し、アルフォス殿下が賜るはずだった領地をお継ぎになられる予定だ。他の方々も、恙なく、新しい婚約が調ったと聞いている」


 さすがジョルドお義兄さま。ガドー王国事情には詳しくていらっしゃる。


「エイリスが弟と? 馬鹿な! あいつはエイリスより3つも年下ではないか! まだ子どもだ!」


「へえ。良かった。大変な妃教育を受けたのが無駄にならなくて。弟さんって真面目な人? 浮気とかしない?」


「第3王子はお若いが思慮深く、大変優秀で真面目な方だ。夜会などでエスコートをすっぽかされたエイリス嬢のために、代理を務めていらっしゃった。学園内でもアルフォス殿下の振舞いに心を痛めたエイリス嬢をお慰めになっている姿を、何度も見かけしたことがある。問題はないだろう」


「気遣いの出来る点がポイント高いね、弟さん」


 顔を赤くして怒りの表情を浮かべるアルフォス王子。いや、本当の事を言っただけじゃないか。何を怒っているのかね。


「エイリスは! エイリスは、私のためにあの厳しい妃教育を耐えたのだぞ! それなのに、弟に嫁ぐなど! そんな馬鹿な事があるか!」


「そんな厳しい妃教育を受けてくれた相手を大事にもせずに浮気をしくさりやがった奴が、よく言えるなー」


 妃教育、大変なんだよ。勉強する事も覚える事がいっぱいで、でも暗記じゃなくて臨機応変に対応するのも大事で。毎日毎日、脳細胞がフル回転だよ。食事の作法とかもさー、食事の相手によって変わったりするんだよ。誰と食べてもお腹に入れば一緒じゃんって思うけど、マナーだから覚えるしかないのよ。

 それなのに、肝心な相方が、浮気相手とキャッキャウフフしていて、どうして愛想を尽かされないと思うのかね。いつまでも、あると思うな、無償の愛。


「浮気相手にうつつを抜かして、大事にもしてくれなくて、成績も自分より悪くて、努力も放棄していて、しかも冤罪を捏造して婚約破棄を企むような、身分しか取り柄のない男、別れていいよって言われたら、そりゃあ別れるわよ。バンザイ、やっと解放されたわーって、晴れ晴れするんじゃない?」


 ねえ?とジョルドお義兄様に振ってみれば、うんうんと深く頷かれた。卒業パーティーをつぶされた恨みもあると思うの。ジョルドお義兄様、大変だった留学生活を締めくくる栄えあるパーティーを邪魔されただけでなく。片思いのご令嬢に最後のパーティーでダンスを申し込んで告白しようと思っていたんだって。パーティーが中断されて、その後はすぐに帰国したので、その子とはそれっきりらしいんですよ。不憫すぎる。

 

 どうもお義兄様の通っていた学園には、卒業パーティーで告白して結ばれると幸せになれるというジンクスがあるらしく。いい感じのご令嬢とは両想いっぽいけど、卒業パーティーまでは告白を我慢していたらしい。お義兄様たち以外にも、そういうカップル未満が多かったらしくって、アルフォス殿下、そういう面でも、色々な所から恨みを買っているんだとか。


 それにしても、ジョルドお義兄様。初めて会った時のわたしへの当たりがつよかったのは、失恋のイライラもあったんですね……。

 というか、まだ失恋と確定したわけじゃないんだから、さっさと手紙でも書いて告白して、相手の家に婚約の申し込みでもしたらいいんじゃないかな。待っていると思うよ、そのご令嬢。

 

「そう思うか、シーナ?」


「ジョルドお義兄様、当たって砕けろです」


「砕ける前提なのは問題だが、そうだな……。討伐遠征前に、手紙を送ってみるか」


 頬を染めて頷くジョルドお義兄様。やめて。何かのフラグを立てる様なセリフを吐くのは。『無事に帰ってきたら、君に聞いて欲しい事がある』とか書くと、高い確率で帰ってこないんだからぁぁぁ。縁起でもない。絶対死なせないからねぇぇぇ。


「おい! 今は俺の話をしていたんだろう。無視をするな!」


「人の恋路を無自覚に邪魔しまくっていた人は、魔物に蹴られて飛ばされればいいと思います。それとも、わたしが吹っ飛ばしてあげましょうか?」


 怒るアルフォス殿下に無表情でそう言えば、怯んで口を閉ざした。ふっ。小物め。

 ちなみにアルフォス殿下の側近たちは、それぞれの婚約者たちが新たなお相手と幸せになっていると聞いて、真っ白になっている。君たちも、手柄を立てて元通りなんて考えていたのかね。甘いなぁ。


◇◇◇


「後は俺が引き受けよう。面倒を掛けてすまなかったな」


 最初の勢いが消え、萎れているアルフォス殿下たちを、ジョルドお義兄様が引き受けて下さいました。ありがとう、お義兄様。イイ感じのご令嬢にお手紙書くときは教えてね。揶揄うから。


 出発まで間がないと、キリがバリーさんの手伝いに行った後。

 ぽつんとなんとなく残っていたら、ジンさんに心配そうに言われた。


「シーナちゃん。大丈夫か」


「え? 何が?」


「君はこのところ、ずっと緊張している」


「え?」


 緊張? わたしが? 今も絶好調でアルフォス殿下たちをコテンパンにしたけど。


「その反動か、いつもより明るく、はしゃいでいる。不安を押し殺すために、無理をしているように見える」


 ジンさんがわたしの手を握る。顔を覗き込んで、微笑んだ。


「怖くてもいいんだ。当り前だ。あれほどひどい目に遭った戦場に、また行くのだから」


 ジンさんの青い瞳が、わたしを見ている。いつだってこの眼に、見守られてきた。


「不安なのだろう。でも、俺は絶対に君から離れない。二度と君を一人で泣かせるような事はしない。どうしようもないときは、俺が一緒に泣く」


 ジンさんの手が、わたしの頭を撫でる。ああ、やっぱりお見通しなんだなぁと、わたしはぼんやりと思った。


 沢山の兵たちと、言葉を交わすと。

 やっぱり思い出すのはグラス森討伐隊でのことで。

 あの5年間で、沢山の兵たちと言葉を交わし、一緒に戦い、そして、死んでいくのを見ていた。

 実感するんだよ。実際に兵士たちと接すると。ああ、討伐が始まるんだって。

 いくら誰も死なせないための準備をしていると言っても、討伐の現場は、どうなるか分からない。

 戦況が悪くなれば、あの頃みたいに、どんどん人が死んでも、誰も何も感じないようになるのではと、不安になるんだ。人の死に慣れて、淡々と処理をして、平気になるんじゃないかって。

 また誰かを死に追いやってしまうんじゃないかって。仕方がない、どうしようもないんだって言いながら。


「君を一人にはしない。絶対にしない。キリさんが君の側に居て、君の心を守っていた様に、俺もずっと君の側に居る」


 涙が溢れた。ジンさんの大きな手に抱き寄せられて、温かい体温に目を閉じる。

 

 ずっと心配をかけていたんだ。ジンさんが仕事もしないでわたしにべったりだったのは、きっとこのせい。いつも以上に、さぼりまくっていたもんね。それをあの鬼のバリーさんが殆ど目こぼししていたのが不思議だったんだけど。


 皆にも、心配をかけていたんだ。わたしの側には、いつも絶対に誰かがいたもの。キリ、ジンさん、バリーさん、アラン殿下。それに、忙しいのにリュート殿下とサイード殿下も。サイード殿下なんて、眼の下に凄い隈を作っていたのに、毎日一回は、必ずわたしの顔を見に来ていた。寝る時間や、ルーナお姐様に会う時間を削ってまで。


「ごめんね、ジンさん」


「ん? 何を謝る事がある?」


「心配かけたから」


「もっとかけていい。君はいつも遠慮が過ぎる。もっと甘えていいんだ。どんどんいいんだぞ」


 さあこいと言わんばかりに腕を広げられても、困ります。そっとジンさんから離れたら、大変、残念な顔をしていました。何故だ。


「辛い気持ちはいつでも言ってくれ。俺はいつでも受け止める」


「うん……」


 ジンさんと手を繋いで、頷いた。

 不安な気持ちは無くならないけど。きっと大丈夫。

 この温かい手がある限り、わたしはきっと大丈夫だ。


 

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― 新着の感想 ―
[良い点] ジョルド義兄さんもですが、久しぶりにかっこよく決めたジンさんにも微妙にフラグが立った気配が? この人シーナの為なら「彼女のピンチだから一人で百万の魔物に突っ込んで下さい」って無茶言われても…
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