86 一緒にするな
お待たせしました。
こんなに間が空くなんて、大変申し訳ありません。
「シルド卿。お初にお目に掛かる。マリタ王国第4王子、ジンクレット・マリタだ。ローンハイムの英雄にお会い出来て、大変光栄だ」
ちょっと緊張したジンさんが、老将軍に笑みを向ける。わー、目がキラキラしてる。憧れの人を前にしたジンさん。ちょっと可愛い。
シルド卿は英雄の名に相応しく、お年を召していても、矍鑠としていて、威圧感があり、とても強そうだった。こちらをジッと見る目も、猛禽類を思わせる厳しさがある。
ジンさんをジロリと見て、隣に立つわたしに視線を走らせる。そして、溜め息と共に口を開いた。
「無礼は承知で伺いたい」
重々しい声は、友好国の王子に向けられたものとは思えない程、固く刺々しい。あら?
「そちらの女性は、先ごろ殿下がご婚約された、ご令嬢とお見受けするが……。平民の出と伺ったのだが、確かだろうか?」
「そうだが……、それが何か?」
シルド卿の友好的とはいえない態度に、ジンさんの声も硬化する。側に控えるバリーさんも、キリからもぴりりとした空気が漏れだす。ううーん。雰囲気が悪い。
「王家の血を引くものが、その地位に相応しい妃を迎えず、平民に現を抜かすなど恥ずかしくはないのか。色恋に惑わされ、己の責務を忘れるとは嘆かわしい。王族の結婚は、盤石な国を保つために結ばれる契約。身分の低い者を娶れば、王侯貴族の序列を乱すことになると、理解されておられるか」
おおう。まさに恋愛感情で結婚を決めた身としては、耳に痛い言葉だわー。
たしかに、平民じゃなんの後ろ盾もないものねぇ。カイラット家の養女になったから、王子と婚姻できるぐらいの身分は貰えたけど、マリタ王国全ての貴族が納得しているわけでもないだろう。たまにチクチクした視線を感じるもんねー。
第4王子でいずれは公爵になるジンさんだったら、国内の有力貴族や他国の王女様を奥さんに迎えた方が、国のためにもなるんだろなぁ。平民のわたしがどう頑張っても、どうにか出来る事じゃないものなぁ。その辺は、ジンさんには本当に申し訳ないと思っているんだよ。
「私の結婚は、陛下がお認めになったものだ」
わたしがもやもやしていたら、ジンさんのきっぱりとした声が聞こえた。
「貴公にとやかく言われる筋合いはない。失礼する」
わたしを促して、ジンさんはシルド卿に背を向けた。さっきまで、英雄にキラキラした目を向けていたのに、急に全く興味が無くなった様に、あっさりと。
「我が国の醜聞は聞いておろう!」
背後から追いかけてくるシルド卿の声には、怒りが混じっていた。
「国を担うべき者たちが、平民の女にたぶらかされて国を揺らした。輝かしい未来を約束されていた者たちが、全てを失い、このような死地に追いやられた! 私は、忠告しているのだ! 希少な癒しの力を持つからといって、平民の女になど誑かされてくれるな!」
シルド卿の言葉に、ジンさんは全く振り向かなかった。不安に思って見上げた横顔は、意外にも穏やかだった。あれ、怒っているかと思ったのだけど。
わたしの視線に気づいたのか、ジンさんはこっちを見て、苦笑を漏らした。
「すまんな、嫌な思いをさせた。あの爺さんには出来るだけ接触しないようにしよう」
「う、うん」
やがて英雄の声が聞こえなくなった所で、それまで黙っていたバリーさんが、ジンさんに嚙みついた。
「ジン様! いいんですか、言われっぱなしで。あの爺さん、シーナ様を侮辱していましたよ」
闇討ちしてボッコボコにしてやろうかと呟く不穏なその声に、キリがうんうんと頷いている。剣の束に手を掛けないで、キリ。落ち着いて。
でもジンさんは平然としている。それどころか、何言ってるんだと言わんばかりの顔だ。
「シーナちゃんを侮辱している? どこがだ? あの爺さんの言う事は、何もかもシーナちゃんとはかけ離れているだろう。まぁ、平民だったという事と、希少な聖魔力は当たっているが、それだけだ。シーナちゃんのお陰で、我が国は何度も救われたんだぞ。民を思いやる優しい心は、どこの貴族令嬢にも負けないぞ。身分より大事なものをちゃんと持っているんだ。爺さんが思い込んでいるような女とは、全く違うじゃないか」
身分が足りない事に、引け目を感じていたんだけど。ジンさんは気にしていないどころか、そんな風に思っていてくれたんだ。
嬉しいな。嬉しすぎて、胸がキュンと苦しい。惚れ直しちゃいそう。
「それに、俺を誑かした? 俺は勝手にシーナちゃんに惚れ込んだだけだ。誑かされた覚えはないぞ! 是非とも誑かして欲しい!」
そんな期待を込めた目で見るな。
前言撤回。惚れ直さないわ。あーあ。ちょっと格好良かったのに。どうしてこう、残念な部分が付いて回るんだろう。だってジンさんだもの。しょうがないんだよね。くっそう。
気づけばバリーさんもキリも、わたしと同じようにシラッとした目でジンさんを見ている。
良かったよ、共感してくれる人がいて。でもジンさんは全くめげていない。だからその期待を込めた目をやめろ。
「俺なんでこの人に忠誠を誓っているんだろうなー」
割とガチめに呟かないで、バリーさん。こういう人なんだよ。諦めが肝心だよ。
「まあ、爺さんの孫も、聖女もどきに誑かされた中の一人らしいので。気の毒っていえば、気の毒なんですけど」
「え、そうなの、バリーさん?」
「ええ。今回の討伐にも参加していますよ。ほら、ガドー王国の王子の取り巻きの一人に、栗毛の大柄な男がいたでしょう?爺さんの孫で、騎士団長の息子だったんですけど、唯一の跡取りだったのに後継者から外されちゃって。爺さんの功績で爵位を賜ったっていうのに、今の息子の代で終わりになるんでしょうねぇ。可愛がっていた孫が道を踏み外したせいで、家が絶える事が相当堪えたみたいですよ。討伐に参加したのも、国に残って生き恥を晒すぐらいなら、戦地で死にたいって事なんじゃないですかね」
「うわー」
そんな理由で討伐に参加した先に、孫と同じように平民の聖女モドキに誑かされている王族がいたら、そりゃ忠告したくなるわ。他国の王族相手に、不敬だと咎められるかもしれないのに、それでもあそこまで言ってくれるなんて。爺さん、意外といい人なんじゃないの。
「そこで爺さんの事をいい人だと思うシーナ様も、大概、お人良しですよ」
呆れた顔のバリーさんに、キリがうんうんと頷く。なんだか妙に息ぴったりだな、この二人。
もしかして。なにか、進展でもあったの?最近のバリーさんの浮かれようって、もしかして、そういう事?
思考が脱線しているわたしをよそに、バリーさんが断固とした口調で言う。
「同情はいたしますが。だからと言ってシーナ様への侮辱は見逃せません。お二人が良くても、討伐隊の秩序の乱れに繋がりかねません。この件は、サイード殿下に報告いたします。よろしいですね」
まぁ、ごもっともなご意見なので、わたしとジンさんは素直に頷いたのだ。
◇◇◇
お忙しいサイード殿下を捕まえて、事の次第を報告すると。
「ああ。知っている。あの爺さん、俺に直談判してきたからな」
目の下の凄い隈を見かねて、わたしが回復魔法をかけると、元気が出たサイード殿下が、何でもない事の様に仰いました。回復魔法はドーピングみたいなものなので、続けるのは身体に悪いよ。ちゃんと休む事を推奨します。忙しいのは分かっているけどさ。
ジンさん、わたしに張り付いてばかりいないで、もうちょっとサイード殿下の手伝いをしてあげようね。サイード殿下の目が笑っていないのに、気づいてー。
「余計なお世話だと突っ返したがな。あの爺さんに限らず、ガドー王国の面々は、少なからずウチのシーナちゃんに思うところがあるらしい。キリ殿、シーナちゃんの身辺には気を付けていてくれ。何かあれば、すぐに俺に一報をくれ」
サイード殿下が、耳に付けたイヤーカフを指してキリに念を押す。キリは凄く真剣な顔で頷いた。
初めて身に着けた時は、腰を抜かすほど驚いていたのに。サイード殿下ってば、もう使いこなしているよ、イヤーカフ型通信機。ルーナお姐様に毎日連絡しているの知っているぞー。声が聞けて嬉しいとデレデレしているの知っているぞー。煩くてかなわんと、お姐様から愚痴がきているんですけどー。
「まぁ正直、ジンクレットの言う通り、ウチのシーナちゃんとは、全く関係のないことなんだけどな。奴らを誑かした破廉恥聖女と同列に扱われること自体、違和感しかない」
破廉恥聖女って……。まあ、王子と側近たちを誑かしたんだから、貞節が重んじられるこの世界では、逆ハーは破廉恥扱いされても仕方ないのか。凄い違和感だわ、破廉恥な聖女って。
「討伐前に、各国の代表と会議を持つ。そこでちゃんと、釘をさしておくさ。それに……」
にんまりと、サイード殿下が悪い顔で笑うのをみて、背筋にぞっと冷たいものが流れる。
怖い。お義兄さまで良かったー。こんなに怖ぁい笑い方をする人が、敵じゃなくて良かったー。
「あの爺さんも、討伐が始まれば、自分の非を悟ることになるだろうよ」
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