84 集結しました
いよいよダイド王国編開始です。
それぞれの国の紋章のついた鎧に身を包んだ兵たちが、王都の外門を出てすぐ、勢揃いしていた。
兵の数が一番多いのは獅子の紋章のマリタ王国。次いで、金の鷲の紋章のナリス王国。女神の冠の紋章のヤイラ神国と竜の紋章のガドー王国の兵はマリタ王国の半数ほどだが、士気は高い。
4国共同グラス森討伐隊、集結しました。
総監督はおなじみ、苦労人のサイード殿下です。勿論、前線にも出張りますが、主なお仕事は各国との連携ですね。たとえ共闘していても、そこはお国同士。腹芸も繰り広げられるので、監視役も兼ねています。
今回、マリタ王国からはサイード殿下の隊の一部と、リュート殿下の第二騎士団、ジンさんの第三騎士団が出ている。アラン殿下、今回はお留守番なんだって。リュート殿下とのコイントスで負けたらしいよ。国防ももちろん必要だから、誰かの隊は残る必要があったんだけど、グラス森討伐にはもれなく、わたしの作る魔法剣が貰えるとなって、アラン殿下もリュート殿下も譲らなかったらしい。色々と話し合って、厳正なコイントスの結果、見事リュート殿下の勝利だったらしい。滅茶苦茶、悔しがっていました、アラン殿下。
ジンさんと同じく風魔法が得意なリュート殿下は、念願の『しっぷうの剣せかんど』を手に入れて大はしゃぎしていた。治療した腕もすっかり筋力を取り戻し、両腕が同じぐらい太くなっていたからね。凄く頑張ってたんだよー、リュート殿下。嬉々としてしっぷうの剣セカンドを自分の魔力で染めていました。
さて。今回の4国共同グラス森討伐隊。マリタ王国のメンバーはこんな感じだが、他の国はというと。
まずはお馴染みのナリス王国。誰が来るのかなー、もしかしてカナン殿下?いやいや、9歳(誕生季節を迎えて9歳になったよ!)で軍を率いてくるなんて無理でしょー。でも優秀だからもしかして。なーんて現実逃避していたけど、嫌な予感は当たるものなんだよねー。宝くじは当たらないのに。
「シーナちゃん!久しぶりだなぁ。会いたかった……」
無駄な色気を振り撒きながら登場したのは、不法侵入ナルシスト、ロルフ殿下だった。いや、もう王籍は離れ、伯爵位を賜ったから殿下じゃないんだね。名を改め、ロルフ・シャング伯爵。シャング姓は亡くなったお母様の出身地名らしい。
なぜそんな事を知っているかというと、ロルフ殿下改めシャング伯爵からは、月1ぐらいで長い手紙が伝令魔法で届くのだ。わたし宛に来るけど、ジンさんと一緒に読んで、返事はいつもジンさんが返しています。ジンさんがそれでいいと言うので。この手紙が来ると、ジンさんが氷の王子モードになるので、怖くてお任せしています。触らぬ何とやらに祟りなし、だよね。
「少し会わないうちに、ますます大人びて綺麗になった。ああ、会えない間、どれほど君が恋しかったか……」
会わない間に、良く分からない方向に突き進んでいるシャング卿に、わたしは鳥肌がたつのを止められなかった。駄々洩れの色気と口説き文句は、誰かれ構わず、常時発動仕様になったのだろうか。王子妃教育で習った、社交用の笑顔を張り付けるのに精一杯だ。
「俺の婚約者に近付くな、ロルフ・シャング。刻まれたいのか」
ジンさんが殺気を込めて威嚇している。おおう。ネギ扱いも久しぶりだね。
キリさんや。その殺気とバングル全開で展開している魔力を仕舞おうね。待機しているナリス王国の兵たちに、動揺が走っていますから。今回、協力してくれる友好国なんですから。鬱陶しいけど、敵じゃないんだよー。
なにやらしつこく話し掛けようとしてくるシャング伯爵を適当にあしらって、リュート殿下に押し付けた。いい笑顔のリュート殿下に、引きつるシャング伯爵。前回のマリタ王国滞在以来、リュート殿下に苦手意識を持っているのだ。死ぬほどこき使われていたから。適材適所ですね。よろしく。
そして、ちょっと離れた所で礼儀正しく順番待ちしているヤイラ神国の代表者、デイス・ヤイラ様とご挨拶。ヤイラ神国は女神信仰が厚い国で、国民性も穏やからしい。デイス様はヤイラ神国王の甥だけど、そんな身分の高い人とは思えないぐらい、丁寧で優し気な人だ。身に纏う白い法衣からも分かる通り、上位神官としての身分もあるのだ。神官が兵を率いていいのかと疑問だったが、ヤイラ神国の神官は、他国の神官と違って回復や浄化だけでなく、『戦う神官』らしい。攻撃も回復も防御もできるオールマイティ。凄いね。
「ジンクレット殿下、ご無沙汰をしています。カイラット嬢。お目に掛かれて光栄です」
ヤイラ神国特有の、淡い緑の髪と同じく淡い緑の瞳。ニコニコと柔らかく穏やかな声。ううん、お話ししていると、ふわふわ心地よい眠りの世界に誘われそうな、柔らかな雰囲気。ギラギラドロドロの色気の後だと、癒しが際立ちます。爽やかだわ。
ジンさんとは年齢も近いせいか親しい様で、ジンさんの顔に笑顔が戻った。さっきの某伯爵に対して見せていた氷の王子モードは消えていますよ。ホッとするね。ありがとう、デイス様。
「本当に、お会いできて嬉しいです。是非とも直接、カイラット嬢にはお礼を申し上げたかったのです」
そう言って、デイス様が深く頭を下げるので、わたしは慌てた。お礼とは?お会いしたの、初めてですよね?
「突然、このような事を申し上げて、驚かれたでしょう。……実は、私には姉が一人おりまして、幼い頃、賊に襲われ、命は助かりましたが、目に大怪我を負い視力を失いました。優秀な治癒士でも治療できず、高価なポーションも役に立たなかった。姉は長年、暗闇に閉ざされた生活をしておりました」
デイス様は、きゅっと法衣の裾を握り締めた。小さな女の子が恐ろしい思いをして、視力まで奪われるなんて。何も出来ずに見守るしか出来なかったデイス様も、辛い思いをしたんだろうな。
「その姉が、再生魔法のお陰で……。十数年ぶりに、視力を取り戻すことができたのです」
デイス様の目に、ジワリと涙が浮かんでいた。嬉しそうに、口元が緩む。
「姉には夫と、二人の子どもがいるのですが、夫と子どもたちの顔を初めて見たと。子どもたちの瞳の色が、夫と同じ美しい翠色だと、泣いて喜んで……」
デイス様は目じりの涙をそっと拭うと、力強く微笑んだ。
「私は、どうしてもこの恩に報いたいと、及ばずながら此度の討伐隊への参加に名乗りを挙げました。姉の夫も、妻の一番の望みを叶えて頂いた方に報いたいと、参加を熱望しておりましたが、回復したばかりの姉が、もっと義兄と子どもたちの顔を見ていたいと寂しそうだったので、栄誉ある役目を私に譲ってもらえました」
デイス様は茶目っ気を込めて微笑む。その明るい、嬉しそうな笑顔に、こちらまでつられて笑顔になってしまった。
そんな風に再生魔法が役に立っているのなら、正直、とても嬉しい。でもあの魔法は、一応、対外的にはマリタ王国とナリス王国の共同開発で出来た魔法という事になっているから、どう返していいか困るなぁ。
「……再生魔法は、ナリス王国とマリタ王国で開発されたということは、重々承知しております。ですが、女神様の導きで、貴女様が良き出会いを果たし、その出会いが巡り巡って我が姉に恵みを齎して下さったことに、感謝させて下さい」
再び、深く深く頭を下げられるデイス様に、わたしは胸が一杯になった。
いつかジンさんが言っていた。
再生魔法は、これから沢山の人を救うんだって。
正しい使い方をすれば、必ず沢山の人を幸せにするんだって。
ジンさんが言っていたことは正しかった。
大罪を作り出すだけだと思っていた再生魔法が、誰かを救えるんだ。
正しい使い方をすることで、人を幸せに出来るんだ。
泣きたいような気持で、ジンさんの手を握ると、ぎゅっと握り返される。
傍らに立つジンさんを見上げると……。予想はしてたんだけど。カナン殿下を治療した時と同じ、ものすごいドヤ顔をしていて。思わず涙目で噴き出してしまった。
「どうしたんだ?シーナちゃん?」
ジンさんとデイス様に凄く不思議な顔をされたけど、わたしは笑いを止めることが出来なかった。
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