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83 バリーの幸せと苦難

お待たせして申し訳ありません。

本業の忙しさを乗り越え、久しぶりの投稿です。

年度末と年度初めの忙しさを舐めていました……。山は乗り越えたはず。



 夜も更け、シーナ様のお部屋を退出した後。私はバリー様の執務室に居た。

 シーナ様のお休みになる時間を大分過ぎていたため、話はまた明日という事になったのだが。ジンクレット殿下がなかなかシーナ様の部屋から出ようとなさらず。一悶着あったものの、結局、侍女長様がいらっしゃったので、()()は速やかに除去された。侍女長様は旅装の私やシーナ様には何も言わず、今夜のシーナ様のお世話は心配いらないと仰って下さった。私は侍女長様の心遣いに感謝して、深く頭を下げた。

 

「はぁー……」


 どさりと力無く椅子に掛けたバリー様から大きなため息が漏れて、ビクリと肩が跳ねる。

 彼はそんな私の様子には気付かず、真向かいの席で、机に肘を突いて頭を抱えている。


 呆れられていると思った。仕方のない事だ。あの時は最善の行動ができていると思っていたが、冷静になってみると、全ては独りよがりな思い込みだったのだと分かる。

 シーナ様に迷惑を掛けたくないという思いと、自分だけで魔物の棲家を攻略してやるなどと驕った考えだけで突っ走ってしまったのだから。私が一番に考えるべきなのは、シーナ様のお心だというのに。

 なんと愚かだったのだろうか。孤児院の危急と、シーナ様がまた討伐に出られる恐れもあって、焦りで冷静さを欠いていることに気づかなかった。


 どうしてもっと上手く出来なかったのか。シーナ様のあの悲しい顔を思い出す度に、後悔で己を引き裂きたくなる。


 俯いているバリー様を見て、私は情けない気持ちで一杯になった。せっかく目を掛けていただいて、色々と学ばせてもらえたのに。こんな愚かな真似をしでかした私に、バリー様はさぞ落胆したに違いない。

 

 私にとって、バリー様は憧れだ。


 軽薄な態度で誤解されやすいが、彼のジンクレット殿下への忠誠は、まぎれもなく本物だ。彼は、あらゆる手でジンクレット殿下を守り、支えている。数多の有能な部下を使い、情報を探り、利用する。頭の回転が速く、スマートで、人を惹きつける魅力に溢れていて。それでいて、容赦ない非情さを持ち合わせている。

 愚直にも腕を磨くしかシーナ様を守る手を持たなかった私には、それがとても羨ましくて、同時に、妬ましかった。彼の様に、大きな耳と長い手をもって、シーナ様をお守りすることができたなら。

 それなのに。こんな悪手を取る事しかできなくて、悪戯に騒ぎを起こして。なんて恥ずかしい事だろうか。


 そんな事を考えていると。ゆらりと、バリー様が顔を上げた。茶色の瞳が何だか濡れている様な気がする。


「あのね、キリさん。俺、貴女の事、怒っても呆れてもいませんから」

 

 いつもの軽い調子は微塵もなく、バリー様の声は少し震えている様に感じた。


「俺ね、今、自分が心底情けないんです。調子に乗ってたと言うか、あぁ、もう、自己嫌悪で死にたい……」


 ガクンと頭を垂れ、バリー様は呻いた。私は訳が分からなかった。何故、愚かな事を仕出かした私ではなく、バリー様が自己嫌悪など感じるのか。


「だって、俺。今日一日、貴女に接していて、様子がおかしい事になぁんにも気付かなかったんですよ?いつも通り可愛い貴女と過ごせたと馬鹿みたいに浮かれていたんです。貴女と過ごす時間が楽しくて、これからもずっとこんな風に過ごせるなんて思い込んでて、貴女が何を考えているかなんて、気づきもしなかった。馬鹿です。大馬鹿です」


 グシャグシャと頭を乱暴に掻き回し、バリー様は力無く私を見詰める。


「シーナ様は、いつも通りに振る舞う貴女の異変に、直ぐに気付いたって言うのに」


『気付くよ。キリはいつも通りだったよ?でもね、分かるに決まってるでしょ?わたしこれでも、キリの主人なんだよ?』


 シーナ様のあの一言。事もなげに言われた言葉が、自分の愚かさを噛みしめながらも、どれほど嬉しかったか。思い返すだけで心の中が温かくなる。シーナ様は一片の疑惑ももたず、私を信頼して、わたしと行動を共にしてくださろうとしたのだ。


 シーナ様のお言葉を噛みしめていた私の耳に、バリー様の暗い声が聞こえた。


「ジン様のお気持ちが、今なら分かります。シーナ様を閉じ込めてしまいたいという気持ちが」


 項垂れながらも、暗い視線を私に注いで、バリー様が呻くように呟く。


「下手したら、俺は貴女を、一生失う所だったんだ……」


 余りにも悲痛な、消え入りそうなその声に、私は言葉を失った。


「情けない。貴女の事は、全て調べていたのに。生まれ育った孤児院を大事にしていた事も、それが貴女の唯一の弱味になりうる事も。分かっていて。恩を着せる様な真似をして、それで貴女の気持ちを手に入れるのは嫌だなんて甘い事考えて、話をすること躊躇って、それで貴女にあんな行動をさせてしまった。本当に、自分が情けない……。キリさんの育った孤児院は、今のところ安全です。何かあれば、今すぐにでも保護できる手筈を整えているんです」


 バリー様の言葉に、耳を疑う。そんな事、してもらう理由はない。私が助力を断るより早く、バリー様は私を手振りで制した。


「キリさん。主人の為に働き、命を懸けても惜しくはないという気持ちは分かるよ。でも、俺たちだって木の股から突然生まれてきた訳じゃない。これまでの生きてきた過程で、家族だったり、出会った大事な人がいる。その人たち全てを、忠誠を誓った主人の為に切り捨てる事なんて出来ない。第一、そんな事をしようとしても、俺達の主人は、絶対に許さないでしょう?」


 バリー様の仰る通りだ。私にとってシーナ様は一番だが、私が育った孤児院だって、私の大事なものの一つだ。家族には恵まれなかったが、私を愛し育んでくれた大事な居場所なのだ。そんな大事な場所を、シーナ様は切り捨てる事など許さないだろうし、守って下さろうとするだろう。


 だから、とバリー様は続けた。


「だから、俺達はそんな大事な人たちを、危険に晒す事のない様に万全に備えなければならない。主人さえ守れたら、全てを切り捨ててもいいなんて、そんな楽な事は許されないから。俺たちの弱味は、主人に危険を及ぼす事になる。間違っても、主人と大事な人たちを秤に掛けるような事態に陥ってはならない。その為に、起こりうる全ての事に対処出来るよう、あらゆる手は尽くさなきゃならない。家族を、大事な人を守る手立ては、()()()()()()()には、必要な事なんです。それなのに、孤児院を守る準備が出来ている事を伝えなかったのは、明らかに俺の落ち度だ」


 バリー様の顔が嫌悪に染まる。自分の失態を恥じている様だ。そんなことはないのに。


「それにね、キリさん。俺達はね、絶対に主人を守って死ぬなんて、してはいけないんですよ。あの人を庇って死ぬなんて、本当に、最後の手段なんです。その前に、絶対に守り抜く手立てを整える。だって、万が一俺が死んだら、誰がジン様を守るんです?俺以下の守りなんて、俺は死んでも認めませんよ?だからね、生きて生きて生き抜いて、あの人が爺いになってヨボヨボでボケて耄碌してるの世話して、家族に囲まれて息を引き取る時に『もういいぞ、バリー』って言われてからじゃないと、俺、死ねないんですよ?貴女だって、シーナ様を守る事、誰かに委ねるなんて、出来ないでしょう?」


 バリー様の言葉に、私の胸の中に薄汚い驕りが沸き起こる。

 私はシーナ様を守るために在る。シーナ様が誰を伴侶に選ぼうと、シーナ様を守る役目まで、譲るつもりはない。

 あの方の幸せは、私がこの手で守ると。命を救われたあの時、私は誓ったのだから。


 押し黙る私を、バリー様はジッと見つめていたが、静かに口を開いた。


「キリさんは、シーナ様の幸せのためだったら、どんな事でも出来る。今回の事だって、シーナ様に相談しなかったのも、ご自身が一人で解決する事が、最善だと思われたのでしょう?俺だって、同じ立場だったら、同じ事をしたかもしれません。死んだって、ジン様に相談なんてしないですよ。だってあの人、俺の為に平気で危険な場所に突っ込んで行きますから。まぁでも、こういう隠し事は、大抵バレますけど。普段は鈍いくせに、妙にこんな勘だけは鋭いんですよね。そして、こっぴどく叱られます」


 ふっと、笑みが浮かんだ。シーナ様も同じだ。私の隠し事など、あっさりと見破られた。そして、骨身に染みるお叱りを受けた。


「俺はジン様を守るためなら、なんだってする。どんな汚い手だって平気だ。今までジン様を守るために、色々なものを利用してきた。こんな守り方は、誰にも理解されないと思ってた。ジン様本人ですら、いい顔はしませんから。でも、貴女なら分かってくれると思ったんだ。貴女が、言ってくれたから」


『私に対して懐柔は無駄です。私はシーナ様の御心通りに動き、命懸けで守る、その為なら何でも利用する。あなたがそうしている様に』


 そんな事を、言っただろうか。正直、記憶になかった。彼の軽口はいつものことだったし、それに対して返した言葉の一つだったのだろう。それほど、特別な言葉だとは思えなかった。バリー様を見ていれば、自然と分かる事ではないか。彼が何を守ろうとしているのかなんて、一目瞭然の事だ。


「嬉しかったんですよ。ああ、理解してもらえるって。俺、自分でも、なんでここまでジン様に忠誠を誓っているのか分からないんですけど」


 照れたように頬を掻くバリー様に、私は率直な意見を述べた。


「ジンクレット殿下は、困ったところもある方ですが、お仕えするに値する方だと思います」


「そうなんですよ。大概、どうしようもない人なんですけどね。俺、あの人のこと、裏切るとか見捨てるとか、ホント、無理なんで」


 誇らしげに笑うバリー様の表情を見て、理解する。ああ。この人の素顔は、これなのだと。

 ただ一人の主を守るために、必死に手を広げて。誰に謗られても、理解されなくても、恥とも痛みとも感じない。主人を守る事に誇りを持っているから。


「だから俺は、貴女に惹かれるんです」


 いつも見せている軽薄な様子は、どこにもなかった。ただひたすら、熱い視線だけを向けられ、私は目を逸らすことが出来なかった。


「シーナ様を守るために、死に物狂いな貴女が。俺のことを、認めてくれた貴女が。俺と同じ生き方をしている貴女が。主人のために、苦労して、汚れて、死んでも。許してくれるのは、貴女しかいないと思うから」


 いつもの口説き文句とは違う。淡々と、ただバリー様の本心が溢れて零れ落ちているようだった。


「俺は貴女を幸せにするなんて、約束できません。貴女を一番に優先することもできません。必要と思えば、貴女以外の女性と接することもあるでしょう。そういう点では、貴女に求婚する男の中では、一番条件が悪いと思います」


 バリー様が席を立って、私の傍らに跪いた。手を取られても、私は身動き一つとれなかった。


「それでも俺は、貴女と生きていきたい。どうか、俺の地獄の道連れになってくれませんか」


 ……これほど酷い求婚は聞いた事がない。

 でも私は、バリー様の言葉に、喜びでみたされていた。

  

 彼に惹かれる心が、苦しかった。彼から向けられる好意が嬉しくても、シーナ様を守ることに全てを注ぐ私には、それを受け取る資格などないと思っていた。だから、目を逸らし続けてきた。


 私の第一はシーナ様だ。それはどうあっても、変わることはない。

 それを。バリー様は当然の事だと、受け止めてくれたのだ。


「私は……。貴方に返せるものなど、何もありません……。私の全ては、シーナ様に捧ぐと決めております」


「ですよねー……」

 

 バリー様に、落胆が混じったような笑みが浮かぶ。それでも爛々と輝く瞳は、全く諦めていなかった。それが、どうしようもなく嬉しく感じてしまう。


「それでも私は、貴方と寄り添って生きたい。妻として、貴方に何も捧げる事が出来ない私でも、よろしいですか?」


「……………………………………は?」


「こんな酷い条件の女、いませんよ?求婚を撤回なさるのなら、お止めしませんが……」


「は?いや、ちょっと待って!キリさん、今のどういう?え?妻?」


「お慕いしています、バリー様。ですが、何度も申しますが、条件が……」


「……お、したいっ?ちょ、キリさん、条件とかそんなのどうでもいい!それよりっ!そんな真っ赤な可愛い色っぽい顔やめて!俺の理性が一瞬で崩壊しましたけどっ?何それ可愛いぃぃ!撤回?しない!絶対しない!すぐ、今すぐ結婚しましょう!やっぱりやめたは無しですよ!神官!すぐに女神に誓わなくては!」


 私の手を引いて今にも神殿に飛び込みかねないバリー様を、私はやんわりと引き剝がした。


「あ、婚姻はジンクレット殿下とシーナ様のご結婚の後で」


「ええええええぇ。嫌ですぅぅぅ。グラス森討伐も控えているのにっ、そんなこと言ってたらいつになるか分からないじゃないですか!今すぐ、今すぐじゃないと安心できない!グラス森討伐、あのいけ好かない貴女の求婚者たちも参加するかもしれないんですよ?そこで苦楽を共にして、うっかりラブロマンスが芽生えたらどうするんですか!ダメです、今すぐ!今すぐじゃないとダメ!」


 いつもの調子に戻ったバリー様に、私は微笑んだ。彼に、これほどまで、求めてもらえることは嬉しい。

 でも、譲る気はない。まず第一に、グラス森討伐をシーナ様の安全を確保しつつサッサと終わらせ、次にシーナ様が幸せになるのを見届けて。私たちの結婚はその後だ。


「お願い、バリー様」


 そう囁いて願えば。

 バリー様は今まで見た事がないぐらい情けない顔になって、頷いて下さった。



   

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― 新着の感想 ―
[良い点] バリーさんとキリさんで執事コンビというのも素敵ですね。 [気になる点] ただな?バリーさんや? オマエ、主人と行動が一緒やぞ? まあキリさんもシイナさんと一緒だから相性抜群だけど!
[良い点] 甘い、甘すぎるよぉぉぉぉ [一言] …砂糖はどこで吐けばいいですか?
[一言] これはこれで幸せなのだろうね たぶん彼ら二人以外には決して理解できないだろうけど それでも彼らにとっては最高の愛の言葉なのだろう
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