73 婚約式の注意事項
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紆余曲折はあったけれど、着々と婚約式の日は近付いてきていた。わたしは夜会でのマナーや振る舞いや招待客の把握やダンスの練習で、毎日忙しい。
覚える事も一杯あって、脳細胞をフル回転させている。こんなに勉強したの、大学受験の時以来だよ。貴族家の系譜を覚えるの難しい。誰か歴史の年号みたいに、暗記の語呂合わせを考えてー。
夜会の間はジンさんがずっと側にいるし、キリやバリーさんも控えている。相手の名前をド忘れしても、フォローするから大丈夫、と言われているけど。やっぱりちゃんと覚えたいじゃない。ジンさんの奥さんになるなら、これも仕事だもんね。
夜会を彩る重要アイテムである、ウェルカムドールも、ドレスが出来上がるのと同じタイミングで、無事完成した。ドレスと並べて飾ると、凄く可愛い。当日に衣装を着るのが、更に楽しみになったよ。
ジンタローの相方であるシーナ子ちゃんを作るのは大変だった。ジンさんのこだわりが強くてね。ハンナ様もローナさんたちも非常に熱心に取り組んでくれたけど、ジンさんの熱意はなんというか、次元が違う。出来上がったシーナ子ちゃんは、確かにわたしに似てたけどさ。
そして。想定通りだったけど、やらかしましたよ、ガチムチは。出来上がったシーナ子ちゃんを、大変ナチュラルに自分の部屋に連れて行こうとして、みんなに総ツッコミを受けていました。何故怒られているのか分からないって顔をしていましたが、大の男が婚約者そっくりの人形を部屋に連れ込む。完全アウトだ。
ジンさんから取り上げたシーナ子ちゃんは、ジンタローと一緒に私の部屋で保管されている。心なしか、ジンタローの顔がホッとしている様に見えたよ。
ウェルカムドール作成の為、タイロップ商会とザイン商会は共同事業を立ち上げた。わたしの婚約披露の夜会でお披露目して、顧客確保を狙っている様だ。ハンナ様はもちろんの事、リュート殿下の婚約者のサリア様も、自分の結婚式の記念に作りたいと、熱望してたしね。マリタ王家は今後、続々と王子たちの結婚が続く予定だから、ウェルカムドールブームがくるかも。
そういえば、記念品絡みで、生まれたばかりの赤ちゃんと同じ体重のテディベアの話を思い出して、ペロッとハンナ様に話したら、目をカッと見開いていた。日本には色んな記念品があったなー。
まさかこの後、タイムリーにルーナお姐様のご懐妊が判明するなんてねぇ。運命だわ!とハンナ様が叫んでいたけど、ただの偶然だと思うの。
ウェルカムドール関連の諸々を、財産管理人のドルイトさんに報告したら。ドルイトさん、モノクルを外して眉間をモミモミしていた。討伐利益の整理は70%ぐらいは終わったって。凄い、仕事が早いねっ!でも商品開発関係は未だ手付かず。はははー、なのに増えちゃったよ。ごめんなさい。
まあ。色々と忙しくはなったのだけど。他所事ばかりにかまけているわけにはいかない。
肝心の夜会では、気を付けなくちゃいけない事が、沢山あるらしい。ジンさんとバリーさんが、わざわざ、わたしとキリにレクチャーしてくれる事になった。
「シーナちゃん。俺はこれまで、特定の令嬢と深い仲どころか、二人っきりで出掛けた事すらない」
ジッとわたしの目を見て、ジンさんが重々しく告げる。
ええっと?真っ直ぐな目で、突然そんな事を告げられても。
夜会での注意事項を教えて貰うんじゃなかったっけ?なぜ急にそんな事を言い出したんだろう。
そして普通の令嬢は、こんな時、どんな返事をするのが正解なのでしょう。嬉しいわ、と言うべきなのかな?
「だから夜会で、俺と特別な関係だ、などと思わせぶりな事を言ってくる令嬢がいたら、全て嘘だ」
「ほほぉ」
おお、一気に胡散臭くなった。後ろめたい相手がいるから、前もって予防線を張ってるんじゃないの?
「シーナ様。ジン様が仰っているのは事実です。この人、令嬢と会話するより、魔物討伐をしている方が圧倒的に多かったんですから!俺がどんだけ!どんっだけ、ジン様の討伐に付き合わされたかっ!」
わたしの疑惑を感じ取ったのか、バリーさんがブンブンと首を振った。んー、まぁ。ジンさんの日頃の令嬢に対する塩っぷりを見てれば、嘘ではないんだろうなーと、思うんだけど。
「こんな朴念仁でも、王子ですから、ジン様は令嬢たちからの人気は高いんです。中には過激な方もいらして、ジン様と特別な関係だと言い触らす方もいらっしゃいますので……」
確かに。マリタ王国の王子様たちは人気者だよね。タイプは違えど、皆、格好良いし。前世のアイドルグループみたいな感じなんだろうね。
「そんな事を言う奴らは、全て偽物だっ!俺は、女性と二人きりで出掛けた事すら……」
重ねて力説していたジンさんが、ピタリと口を閉ざし、そして、驚愕の表情を浮かべる。
「ん?ジンさん、どうしたの?」
がくがくと、身体まで震え出している。あまりに深刻な様子に、わたしは心配になった。何かあったのかね?
「……なんて事だ」
ジンさんの口から、絞り出した様な呻き声が漏れる。
「俺は……、シーナちゃんと二人っきりで出掛けた事もないじゃないかっ!」
えっ、そうだっけ?
わたしはこれまでの事を思い出してみる。
エール街。観光、お買い物を満喫した。キリと一緒に。
カイラット街。魔物の襲撃とその復興に追われる。街の商店で買い物は何回かした。キリと一緒に。
王都。病み上がりだったのと、事件に遭遇したので短かったが、買い物は目一杯満喫した。キリと、ザイン商会のローナさんと一緒に。以上。
「っていうか、王都に来て結構経つけど、全然遊んでないなー」
ショックだわ。忙しかったのもあるけど、地味にショックだわ。
10歳から連勤5年間。その後、追放されてグラス森でサバイバル。王都までの旅路も討伐と回復のお仕事付き。王都についてからも王子妃教育からお仕事やらで、スケジュールはパンパン。
何このブラック企業が喜びそうな社畜っぷりは。グラス森ではともかく、マリタに来てからは自ら仕事を増やすなんて、社畜の鑑か。
だから周りから、ちょっと休みましょうとか、息抜きしましょうとか、しきりに声を掛けてくれるのか。空いてる時間があると落ち着かず、すぐにスケジュールを埋めてしまうわたしのバカー。それに。あああー!
「キリ。ごめんっ。わたしが休んでないって事は、キリもずっと休んでないぃ」
搾取だよっ。キリに休みも与えていないなんて!なんてこった。
でもキリは、不思議そうにコテンと首を傾げた。
「夜は寝る時間がございますから、それで十分です」
そうだねー。グラス森討伐隊では、昼も夜もなく働いていたし、ご飯を食べる時間すらまともになかった。それに比べたら、夜もぐっすり眠れて、朝昼晩プラスおやつまで美味しい物が食べられるこの生活は、天国だわー。って、ちがーう。
「違うよキリ!前にザインお爺ちゃんも言ってたでしょ?雇人には少なくとも、7日に1日はお休みを与えなくてはいけないんだって」
「はぁ……」
全くピンと来ていないキリ。そういうルールは知っているけど、それが私に何の関係が?と言いたげな顔だ。
「キリさんとは、正式に雇用契約を結ばれてはどうでしょう。この際、契約という形でお休みや賃金などの条件をきっちり取り決めた方が、宜しいかと」
見かねたバリーさんがそう小声で囁いた。そうだね。財産管理人のドルイトさんにも、その辺はキッチリ決めないと、キリの取り分がどのくらいなのか、計算出来ませんよって怒られたし。
「雇用の条件などは、私の方でキリさんと相談して決めておきますので。……シーナ様、そろそろジン様の事も構ってやって下さい」
バリーさんの言葉に、そういえばジンさんが何か騒いでいたなと思い出し。視線を向けてみれば。
ショックを受けているのに放っておかれたせいか。非常に分かり易く、こちらに背を向け俯いて、俺は落ち込んでますよーアピールをしているガチムチがいた。これ、慰めなきゃいけないの?面倒そうだな。
◇◇◇
「じゃあ、約束だぞ!婚約披露の夜会が終わったら、二人でお出掛けしようなっ!」
「はーい」
ニッコニコのジンさんに念を押され、わたしは首を縦に振った。夜会までは物理的に時間は取れないから、お出掛けするならその後でという事になった。
しかし、毎食一緒に食べていて、それ以外でも頻繁に会っているのに、なぜそんなにお出掛けがしたいのだろう。デートは別?そんなものか。
「それで、夜会の話に戻りますが。そういった事情もありますので、シーナ様の耳に良からぬ事や全くの出鱈目を吹き込む輩も多いかと思います。その辺は十分にお気をつけ下さい。何かあれば、ジン様や私やキリさんに、必ず!必ず、お声がけください」
5年間ハニートラップに引っかかっていた、騙されやすいわたしを心配して、バリーさんにはしつこいぐらい念を押された。今までジンさんの相手として、全く表に出ていなかった分、反発が強い可能性があるので、過剰なぐらい警戒するのがよろしいそうです。怖いですね。
「特に注意していただきたいのは、カベルネ侯爵家です」
バリーさんがピンっと指を立てて教えてくれた名前に、聞き覚えがあった。王子妃教育の中で、習ったような。カベルネ侯爵家。確か、マリタ王国の北の方に領地を持つ、中堅どころの侯爵家だよね。おお、暗記の成果が出ている。
「カベルネ侯爵家の長女、エンネ嬢は御年17歳の、大変麗しいご令嬢ですが……。ちょっと、困ったタイプでして。令嬢としては珍しく、剣技を嗜んでおられます」
「へぇ。珍しいね」
マリタ王国は自由な気質なので、女性騎士さんがいる。ただ、殆どが平民騎士だ。貴族の令嬢で騎士って、あまり聞いた事がない。
「あ、いえ。騎士ではありません。カベルネ家にはエンネ嬢の兄である嫡男がいるのですが、その兄の剣技の授業を一緒に受けていたらしく、多少、剣技が出来るといったところです。弱っちいですよ、兄妹共々、お貴族の手習い程度ですね」
妹はともかく、兄はいいのか、それで。貴族の子息に、剣技は必須だろうに。
「それで、ご令嬢の方は、色々拗らせていらっしゃるんでしょうねぇ。『私を倒せる男としか、結婚しない』と公言なさってて。どこかで魔物討伐をするジン様を見たらしく、『あれぐらい強い方なら、私に相応しい』と」
わー。そこら辺に沢山いそうだねー。私を倒せる男。ジンさんじゃなくても、いいよね?
「それで、夜会などで、ジン様に群がる他の令嬢達に手袋を投げつけ、『決闘だ!』と仰るものですから。なまじ侯爵家と家格が高い為、手袋を投げつけられたご令嬢の方も、大事にする事は出来ず、その場は身を引いたりしております。ついた渾名が『決闘令嬢』」
ちょ、ちょっと、面白いかも。やだ、わたしも手袋を投げられるのかな?決闘令嬢に。
「カベルネ家は、奥様もクセが強くて。あわよくばエンネ嬢を王子妃にしたいとの野心が強いんですよ。侯爵自身は常識的ですが、大人しい性格で、さらに婿養子なので。母娘を御しきれないというか。母娘の存在感が強すぎて、影が薄いというか。後継ぎの嫡男もいますが、侯爵に似て、大人しい方ですね」
カベルネ侯爵。話を聞いているだけで可哀そう。疲れて家に帰っても、晩御飯もなし、飼い犬しか出迎えてくれない、日本の寂しいお父さんみたい。
「それで?そのエンネ嬢が手袋を投げてきたら、どうしたらいいの?」
「まさか!その様な事、流石にあのエンネ嬢もなさらないでしょう。ジン様とシーナ様の婚約は、陛下の認めたものです。それに表立って反対するなど、国への反逆と捉えられても仕方がない。まぁ、嫌味ぐらいは言ってくるかもしれませんが、シーナ様は相手になさらなくて結構です。一応、彼女がジン様への求婚者の中で一番家格が高いので、お耳に入れましたが、目に余るようであれば、私の方で対処します」
バリーさんはニッコリ黒い笑みを浮かべていたんだけど。
まぁ、こういうのって。フラグを立てたって言うんだろうね。
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