おまけの間話 ロルフの過去4
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「バカだとは思っていたが、やはりどうしようもないバカだった。どう矯正すりゃぁいいんだ、このバカは」
ロイスさんの制止を振り切ったエイダーに、あれから数発、殴られ蹴られ、俺は指一本動かせないぐらいボロボロになっていた。図体はデカくなったが、一流と言われる冒険者のエイダーとの実力の差は歴然だった。ローの兄貴などと呼ばれ、粋がっていたのが恥ずかしいぐらい、完膚なきまで叩きのめされた。
「俺は、コイツのバカさは嫌いじゃないぞ。確実に死ぬと分かっていても、下の者が付いていくんだ。人望があるじゃないか。信頼され、慕われているんだろうよ」
グレイが宥めるように言うが、そこにはどこか面白がっているような響きがある。
「グレイソン様はそう仰いますが、無駄死にすると分かっていて部下を道連れにするなど、愚かの極みです。私の育て方が間違っていたのでしょうか…。殿下にはお詫びのしようもございません」
師匠の沈み切った声。こんな暗い師匠の声を、今まで聞いた事がない。
今更ながらに、肝が冷えるような思いがした。頭に血が上っていて、周りが見えていなかった。俺は。俺は、ユースとベインの命まで、巻き込もうとしていたのだ。
「ダストは悪くない。バカの調教なんて不可能な事を頼んだ私が悪かったのだ」
エイダーの辛辣な声が、全身に突き刺さる。それにしたって、バカと言い過ぎではないだろうか。
「よく知らせてくれたよ、ロイス。お前には、本当に苦労を掛けるな。こんなバカの監視役を頼んだのが、申し訳ない」
「エイダン殿下に謝っていただく事など、何も!私がやりたくてやっていた事ですから!」
ロイスさんが慌てて頭を下げる。
「私はロルフが、この子たちが、大事なんですよ。彼は孤児院の子たちを、守ろうといつも一生懸命で。それが、ミシェルを失って、何かぽっきり、彼の中で折れてしまったようで、見ていられなくて……」
ロイスさんに抱き起こされ、血を拭われる。かすむ視界の中で、優しい商人の目に涙が光っていた。
「私たち大人が、もっとしっかりしていれば、この子たちに、こんなに苦労はさせなかったのに。すまない。君がそんなに急いで大人になろうとしたのは、私たち大人が不甲斐ないせいなのだ」
ロイスさんに謝られて、俺は力なく首を振る。違う。貴族に逆らうなんて、ただの商人に出来る筈がない。でも、俺には切り札があったから。だから、無謀でも勝負に出ようと思ったのだ。
視界が霞んでよく見えなかったが、俺はエイダーを、いや、エイダンを睨んだ。エイダン・ナリス。髪は色を変えていたのか。全然気づかなかった。エイダーの髪色は、ナリスの血を引く者に多くあらわれる、見事な銀髪だった。俺と同じ、銀髪だ。
「その顔は、自分の身の上を理解しているようだな。ロルフ。俺の腹違いの弟だって事を」
エイダンに皮肉気に言われ、俺は頷いた。お袋に親父の事を聞いた時、包み隠さず教えてくれた。俺は、この国の王と、侍女の間に出来た、不義の子だと。
だからといって、国王とお袋は恋仲だったわけではない。国王は王妃の仲は良好だと聞いていたし、お袋は侍女として王宮で働いていたが、国王に見染められたとか、心を密かに交わしたとか、そんな事は全くなかったそうだ。
ただ、ある日、身の回りの世話をしていたお袋と親父の間で、何故かそんな雰囲気になってしまったのだとか。お互い、気の迷いだった。たった一晩だけの関係で、お袋は俺を身ごもってしまった。
身体の変調に気付いたお袋は、厄介事に巻き込まれるのを避ける為に、静かに王宮を去ったのだそうだ。権力争いに巻き込まれるのも、不義の子を宿して追われるのも嫌で、誰にも気づかれる事もなく、何食わぬ顔をして、侍女の職を辞した。
「俺の存在は、……やっぱり王家に知られていたんですね」
俺の言葉を、エイダンは鼻で笑った。
「5年前だったかな。国王は王妃に、お前の母親の事を告白したんだよ。病気になって、気が弱くなったんだろうね。懺悔をしたくなったそうだ。あの無能な小心者は、お前の母が身ごもっている事にも気づいていたくせに、王妃との仲を拗らせたくなくて、黙って見送ったのだとよ。王の胤を宿した女を、何もせずに手放すとはどういうつもりだ、危機感と言うものがないのかと、盛大にお袋に怒られていたがね」
継承争いなど考えもしないように育てる事など容易だろうに、と凄い笑みを浮かべる兄に、俺は初めから勝てる筈もないと分かっていた。冒険者として共に働いているときから、エイダン とは頭の出来が違うと思い知らされていたから、反逆の気持ちなど持つはずもない。兄は王や王妃の意を汲み、俺を見極めるつもりでこの5年、身分を隠して俺と接していたのだという。だが俺がバカな行動を起こそうとしたので、身分を明かす事になった。
「それで、ロルフ?お前は英雄でも気取っていたのか?お前の持つ王家の血筋を試そうともせず、私の国の大事な民を二人も道連れに、悪党を倒すなどと。お伽噺を実践しようとしたのか?ロイスが待てと言うのも聞かず、暴走しようとしたんだって?お前の頭には脳みその代わりにゴミでも詰まっているのではないか?」
エイダンの言葉に、俺は反射的に顔を上げた。
「違う!俺は、俺の手で、ミシェルの敵を討ちたかったんだ。たとえ無駄死にでも、俺の死を切っ掛けに、国が動いてくれるかもと思ったんだ!一か八かの賭けだった。俺が本当に国王の落とし胤なら、動いてくれるかもって!」
その言葉を聞いて、エイダンは容赦なく俺の頭を張り倒した。
「この馬鹿め!他にいくらでもやりようがあるだろうがっ!そんな捨て身の行動ばかりを取っていたら、いくつ命があっても足らんわ!もう少し、賢く生きる事が出来ないのか!」
「エ、エイダン殿下!それ以上は、本当に、ロルフが死んでしまいますから!」
「ぶわっはっはっはっは!やっぱりコイツ、面白いわ!」
「グレイソン!お前、他人事だと思って!こんな馬鹿が弟などと、先行きが思いやられる!」
ぎゃあぎゃあといつも通り煩い大人たちをよそに、俺の意識はゆっくりと闇に沈んでいった。
目を覚ますと、俺は見た事のない豪華な部屋に寝かされていた。借りて来た猫みたいに縮み上がっていたベインとユースともども、王宮の一室に軟禁されていた。
エイダンに殴られてた俺のこぶだらけの頭と、痣だらけの顔は、治療もされずに放置されていた。俺たちの世話をする侍女が、エイダン殿下からの命令で治療は禁じられていますと、申し訳なさそうに言われた。
そして王宮内に軟禁されてから数日後、エイダンとグレイ、そして護衛騎士として師匠が、ようやく顔を見せた。
「領主を捕らえた」
淡々と、エイダンは告げた。あの街の顔役、無法を許していた代官、代官を放置していた領主をすべて捕らえたと。エイダンたちは、あの領の状況を秘密裏に調査していた。顔役は俺たちの住む街だけでなく、幅広く活動していたようで、ナリス王国内で薬物販売や人身売買にも手を出して、荒稼ぎしていたようだ。裁判に掛ければ20回は死罪になるぐらい、罪を重ねていた。
「中央の貴族家も絡んでいてな。色々と横やりが入って、証拠を固めるのに時間が掛かった。親父の阿呆め。あんな奴らの専横を許していやがる。政も疎かなくせに王の椅子にいつまでもしがみ付きおって。そろそろ親父にも退いてもらうか…。あぁ、それからな。領主は一族連座の死罪になるであろうよ」
サラリと告げられたが、思っていた以上に重い罪に、俺は顔をひきつらせた。一族連座の死罪とは。親族とはいえ、直接犯罪に加担していなかった者もいるだろうに。
「貴族や王族の責は、それだけ重い。身内の罪に気付かず、のほほんと贅のみ享受するなど、死を賜って当然だ」
俺が死ぬほど考えて、それでも何にも浮かばなくて、結局弟分たちを巻き込んで自滅覚悟で成し遂げようとした事を、兄は権力知力財力組織力を使ってあっさり解決してしまった。しかもこんな悪事はどこの領でも起こりうる事で、日常茶飯事。一つ潰しても次が生まれる。終わりのない仕事なのだと、愚痴られた。
「だからお前、立場を保証してやるから、俺を手伝え。バカでもいいから俺は手駒が欲しいんだ。ああ、俺の代わりに王になろうなどと考えるなよ。バカなんだから。良くて傀儡、悪けりゃ民を道連れに国を亡ぼすぞ。身の程を知れ、バカなんだから」
疲れた様に言う兄に、俺は頷く事しか出来なかった。だから、バカって言い過ぎじゃなかろうか。
それからは。護衛兼影として働く師匠の元で、弟分共々、扱かれ。ロイスさんも実は諜報を担っているとかでそこでも扱かれ。実は隣国マリタ王国の王太子だとかいう大雑把なグレイには、会うたびに面白半分で扱かれ。そうして気付けば、俺はナリス王国の王弟としての地位についていた。
「少しはマシになったかな。今なら、ミシェルを救えるだろうか」
先を歩く兄や、グレイや師匠には到底及ばない俺でも、少しはその背に近付けたかと。俺は毎日、もがくように生きている。
◇◇◇
「おい愚弟。よくもやらかしてくれたな」
久方振りに兄にぶん殴られ、床に転がる俺を、兄は丁寧に足で踏みつけた。
「父上。暴力はよくありません」
甥のカナンに諫められても、俺の腹にめり込んだつま先の力は緩まない。鍛えているおかげで、それ程痛みはないが、この体勢は地味に辛い。
「しかも、あんな事しでかしといて、どの面下げてカナンの大恩人の聖女様に懸想しているなどと戯けた事が言えるんだ?最近はチョットばかり賢くなったかと思っていたが、勘違いだったようだな。15からちっとも成長してねぇなぁ」
「父上!」
俺の上で飛び跳ね始めた兄を、カナンが身体を張って諫める。両足で踏ん張っても揺るぐ事のないカナンに、兄がふっと頬を緩めた。
「カナン。足の調子がよさそうだな。この父を押さえる力も強くなって……」
ぐりぐりと器用に俺の頭を踏みにじりながら、涙目でカナンを抱き上げる兄。カナンが下ろしてください!と恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「それで。この愚弟はどうでもいいとして。お前はどうなんだ?聖女殿の事を、どう思った?まだ、ジンクレットとの婚約は確定ではないのだろう?お前の正妃として迎えられるように打診してみるか?」
ようやく椅子に座る事を許された俺の耳に、兄の不穏な言葉が聞こえてきた。
「いいえ。シーナ様は素晴らしい方ですが。僕には恋や愛は、まだ分かりません」
カナンは困った顔で、兄を見上げる。そうだ。カナンはまだ8歳の子ども。この年で、恋など、いや、俺がミシェルを意識したのは、カナンぐらいの年だったなと思い出し、冷や汗が出た。
「だが、素晴らしい方なのだろう?お前からの手紙には、聖女殿の事ばかり書かれていたではないか。今はグレイソンもへそを曲げているだろうが、いずれはこの国の王妃として迎えたいと言えば、否とは言わな」
「父上!」
カナンは勢い込む兄を押しとどめるように声を上げた。そして、一呼吸おいて、話し始める。
「シーナ様は。とても聡明でお優しくて、素晴らしい方です。僕もシーナ様が、私の妃となってくださればと、思った事もありました」
「それなら!」と目を輝かせる兄に、カナンは首を振る。
「ジンクレット殿下は、僕から見ても、重、いえ、溢れんばかりの愛情をシーナ様に注いでおられました。そんな寵愛を一身に受けていても、シーナ様は……、まだ、その想いを信じる事が出来ないのでしょう……」
そうなのか?ジンクレットはあんなに分かりやすくシーナちゃんに愛情を示していたのに。
俺の中の期待が膨らむ。
それならば。まだ、二人の間に、俺の入る余地があるのではないか。
「僕には、ジンクレット殿下のように、それこそ全ての愛をシーナ様お一人に注ぐ事は出来ません。僕の心は第一に、我がナリス王国に捧げています。ですから、私がシーナ様を娶ったとしても、ジンクレット殿下の様に愛す事は出来ないでしょう」
カナンは大人のような顔で苦笑する。
「シーナ様には、ジンクレット殿下ぐらい、明け透けに愛情を示せる方がよろしいかと思います。ですから父上。僕の恩人の幸せを守るためにも、これ以上余計な縁談をねじ込んで、マリタとの関係をこじらせるような真似は、おやめください。グレイソン陛下も、此度の事で、想い合う恋人たちに横やりを入れると、痛い目に遭うという事を、骨身に染みて感じられたようですよ」
迫力のある笑みでそう釘をさされ、兄はぐうっと変な音を立てて息を呑みこんでいた。あの兄が、こうもやり込められるのを見るのは初めての事だ。さすが、カナンだ。
そしてその鋭い矛先は、俺の元にも向けられた。キラリと、鋭い眼が光る。
「叔父上。僕は叔父上にも忠告をしています。余計な事は、考えない様に」
穏やかだが有無を言わさぬその様子に、俺は自然と姿勢を正していた。
兄そっくりの、いや、兄以上に恐ろしい存在となりつつあるカナンが、やはり王に相応しいのだと。改めて、思い知らされた。
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