おまけの間話 ロルフの過去2
★追放聖女の勝ち上がりライフ 10月11日書籍発売決定★
覚悟はしてましたが、やっぱりロルフ、嫌われてますねぇ。皆様、温かい目で見守ってあげて下さい。
それからはとにかく必死だった。
親身になってくれているロイス商会の伝手で腕利きの冒険者・ダストを紹介してもらい、俺は子弟登録をした。子ども向けの普通の仕事をこなすより、冒険者見習いの方が確実に実入りがいいからだ。まだ10歳だった俺を冒険者見習いにするのをためらっていたダストも、俺の身体の大きさやすばしっこさを見て、これならと弟子にしてくれた。剣を習いながら師匠の雑用をこなし、時には一緒に依頼をこなして、何とか日銭を稼いだ。
「へえぇ。お前がダストの弟子か。結構デカいな」
「10歳と言うから子どもだと思ったが、しっかりしているじゃないか」
師匠の冒険者仲間であるエイダーとグレイに初めて会ったのは、俺が弟子になって3か月たったころだった。師匠は基本ソロの冒険者だが、大きなダンジョンに入るときなどはこの二人と組むらしい。
茶色の髪と茶色の目のあまり目立たないタイプの師匠に比べ、エイダーは黒に翠目の細身の色男で、グレイは赤髪で茶色の瞳の、がっしりとした男だった。師匠は物静かで、エイダーは理屈っぽく、グレイは騒々しいと、タイプの違う三人だが、戦闘の連携はしっかりとれていて、街でも一目を置かれているパーティーだった。師匠は街に常駐している冒険者だが、エイダーとグレイは色々な街を点々としているらしく、街にやってくるのも数か月に一回ぐらいだった。
「ロルフはグレイのような戦闘が合っているだろう。手ほどきを受けてみろ」
師匠にそう言われ、暇があればグレイに手ほどきをしてもらうようになった。グレイの剣は一撃一撃が重く、まだ子どもの俺は、容赦なく吹っ飛ばされた。グレイという奴は、子ども相手でも手加減をするのは面倒だという、大雑把な男だった。
酒や悪い遊びも、師匠やエイダーやグレイから教えられた。あいつら、俺が未成年だということは全く気にしていなかった。男ならどうせ遅かれ早かれ学ぶことだし、お前は女受けの良い顔をしているから、早い内に女慣れしておいた方が、悪い女に騙されないだろうとか、良く分からない事を言って、俺を夜の街に連れ出していた。飲み代や遊ぶ金は全部奴らが出してくれたから、その点は俺に不満などなかったが。
そうやって、どうにか普通のガキよりは稼げるようになり、俺は調子に乗っていたのかもしれない。孤児院の子どもたちだけでなく、街の悪ガキどもから『ローの兄貴』なんて呼ばれて煽てられて、気分が良くなっていたのかもしれない。ガキのくせに、大人になったつもりだったのかもしれない。
そんな馬鹿で何も見えていなかった俺に、女神は罰を与えたかったのだろう。
◇◇◇
その知らせは、何の覚悟もしてなかった俺の元に、突然やってきた。
孤児院に来てから、もうすぐ5年。俺は、ようやく成人を迎える年となっていた。
「今、なんて言った?」
顔を涙でグシャグシャにして、息を切らしたベインが、先程と同じ言葉を繰り返した。
「ミシェルが、死んだって。ロイスさんが、ロルフを呼んでこいって…」
駆け出す俺の後ろで、ベインの号泣する声が聞こえたが、それを気にしている余裕はなかった。
教会の一室で、ミシェルは眠っていた。俺より3年早く成人したミシェルは、孤児院を出て1年後には商家の跡取りボンボンを捕まえて結婚した。式には呼べないと言われた、あの日以来会ってなかったから、2年振りに顔を見た。別れたあの日に比べて、とても痩せて、肌や髪に艶がなくなっていた。
「なんで、…ミシェル」
奮える指で触れたミシェルの頬は、固かった。いつも俺を叱り飛ばしていた時の快活さも、優しく緩む口元も、まるで粘土で押し固めたみたいに、温かさの欠片も無かった。
幸せになるんじゃなかったのか。俺たちから離れて、必ず幸せになってやるって、言ったじゃないか。豪華絢爛の結婚式だって喜んでいたじゃないか。
『孤児院の子は呼ぶなって、夫に言われたの』って悲しそうに歪むミシェルの顔が蘇る。俺たちの事は気にするな。忘れて離れて、幸せになれるならそれで良いって、送り出したのに。
なんでお前、こんな所で一人、寝てるんだよ。
「婚家から、外聞が悪いから、ウチの墓所には入れられないって連絡がきたんだ。孤児院で、引き取れと」
ロイスさんが、ミシェルの頬を撫でる。孤児院の事をずっと気にかけてくれた優しい商人は、ミシェルが商家に嫁ぐ事をとても喜んでくれていた。教会で読み書き計算を学び、商家で働いていたミシェルは、その商家の取引先の跡取り息子に見染められ、嫁にと望まれた。孤児院の子が認められたと、自分の事のように喜んでいたのに。
「なかなかなぁ、子どもが出来なかったそうだ。舅や姑に責められて、追い詰められて、胡散臭い薬に頼ったらしい。飲めば子が出来ると言われて…。それが相当の粗悪品でなぁ、飲んですぐに苦しんで、医者の手当ても間に合わなかったらしい」
ロイスがポツポツと語る言葉が、俺には信じられなかった。
そんな、馬鹿みたいな薬、ある訳ない。そんな物を信じるのは、世間知らずな箱入り娘だけだ。下町には、夢物語に出てくる紛い物が溢れかえっている。絶対に儲かる話、どんな病でも治る薬、必ず恋が叶う宝石…。俺たちは鼻で笑い飛ばしていたじゃないか。
なぜそんな物を信じたんだよ。こんな物に騙されるヤツなんか居ないって、お前だって笑ってたじゃないか。孤児院で一番のしっかり者で、賢いお前が、なんでだよ。
「追い詰められると、人は何にでも縋りたくなるもんなんだよ。馬鹿な話だと普通なら分かる事でも、少しの可能性でもあればと、手を出してしまったんだろう。ミシェルの夫は、外に愛人を作ってな…。その愛人に、子が出来たそうだ」
◇◇◇
「ねぇ、知ってると思うけど、私、あんたの事が好きだから」
ミシェルが孤児院を出る前夜、俺はいきなり色気もへったくれもない告白を受けた。
「はぁ?」
あまりに普通の調子で言われたので、俺はミシェルに言われた事を理解することが出来なかった。顔色も変えることも、恥ずかしがることもなく、天気の話でもするような気楽さで、ミシェルの言葉は続いていた。
「好きだけど、あんたとどうこうなりたいとは思わないわ。だって、私より3つも年下だし、まぁ、あんたは、12歳には全然見えないけど。何よその色気。その歳でもう色んなお姉さん方とのお付き合いは華やかだし?あんたみたいなのと、どうこうなったら、多分嫉妬とかで身が持たないと思うのよ。でも、好きな気持ちは誤魔化しようもないから、一応、告白しとこうかと思って」
アッサリ、バッサリ。直球の告白と、ついでにフラれたのか?俺は。
「それを聞いて、俺はどう答えたらいいんだよ…」
「はん。知らないわよ。私は言いたいから言っただけ。アンタだって分かってたでしょ?私の気持ちぐらい。分かってて、知らないフリしてたんでしょ…」
「あー…」
見透かされたみたいで決まりが悪く、俺は間抜けな声を上げる。
確かに、ミシェルが好きかと聞かれたら困る。コイツは、そんなんじゃない。ずっと近くにいて、馬鹿やってる俺たちを叱り、一緒に生きてきた仲間だ。他の女みたいに、そういう目で見る事なんて出来ないぐらい、俺にとっては大事な子なのだ。
だから、ミシェルの気持ちにはずっと気付かないふりをしてきた。どんなに可愛くて、大事でも、手を出していい子じゃないのだ。俺みたいな半端な奴じゃなくて、コイツだけを大事にしてくれる男に、幸せにしてもらったほうがいい。
「分かってるわよ。まだ12だもんねぇ。一人の女に決めるのは早いだろうし。だから良いの。応えて欲しいとか、振って欲しいとか思った訳じゃないのよ。ほら、孤児院を出る思い出作りよ。告白とか、記念になるでしょ」
分かっている様でズレている事に気づいていないミシェルに、俺は頬を引き攣らせる。それにしたって、なぁ…。
「思い出作りかよ…」
「その内、良い男を捕まえて、世界一幸せな女になって、アンタが『俺はあんな凄い女に告白されたことがあるんだ』って、場末の酒場で周りにウザがられながらも自慢する様になるぐらい、良い女になってやるんだから!」
「目標が低くねぇか?それと俺を勝手に落ちぶれさせんな」
俺がぼやくと、ミシェルはくすくす笑った。
「低くないわよ。アンタに良い女って思ってもらうって、結構ハードル高いんだから」
「とっくに良い女だろうが、お前は」
俺の本音に、ミシェルは勝ち気に顎をツンと上げたのだ。
「バカね、アンタが恋焦がれるぐらい、もっともっと、良い女になるのよ」
微笑むミシェルは、どんな宝石にも負けないぐらい綺麗だった。
とっくに焦がれて、手も出せないぐらいだなんて、冗談でも言えないぐらい、綺麗だった。
◇◇◇
「そうだな、ミシェル。あんなボンボンに、お前は勿体無ぇよ」
ミシェルの髪を撫で、俺は涙を堪えた。泣いてる暇なんかない。ミシェルを連れて帰って、弔って、それから。やらなくてはいけない事が、沢山ある。でも今は。
早く帰ろう、ミシェル。ちゃんと、俺が、連れて帰ってやるから。
辛かったら帰って来いって言った俺を、笑い飛ばしてた。しっかり者で勝ち気で意地っ張りなお前らしく。
でも、そんなお前だから、もっとしっかりと言い聞かせておけば良かった。辛い時や我慢ならない時には、お前には帰ってくる場所があるんだって。お前を守ってやれる場所はあるんだって。
お前は孤児院の仲間を裏切ったって負い目に感じてたかもしれないけど、俺たちは、そんな事はどうでも良かったんだ。お前の事が誇らしくて、大事で、大好きなんだよ。もしもお前が帰ってきたら、大歓迎して、お前に辛い思いをさせる奴らの所には、100倍にやり返して。そして、絶対に帰さないで守ってやったのに。
あの時手を離さなければ良かった。ミシェルが宝物みたいに綺麗だったあの夜。引き止めて側にいろと言っていれば、もっと違う未来があったのだろうか。
ロイスさんが準備してくれた棺に寝かせるため、ミシェルを抱き上げた。驚くほど軽くて、記憶の中のミシェルよりか細い腕や脚を見て、大分痩せてしまったのだと、胸が引き裂かれたみたいに痛くなった。
棺と共に孤児院に戻ると、泣き顔の子供たちが棺を取り囲んだ。
「ミシェル!ミシェル!なんでぇっ!なんでぇぇっ!うわぁぁぁぁっ!」
一際大きな声で泣いているのは、ユースだった。小さく大人しかったユースは、ミシェルに育てられ、表情が増え、いろいろな感情を覚えていった。姉の様に、母の様にミシェルを慕い、孤児院ではいつもミシェルの後ろをついて回り、ミシェルが孤児院を出る時は、大泣きして大暴れして、そして我慢して吞み込んで見送った。
「ローの兄貴!ミシェルは幸せになるって言ったのに!だから俺、寂しくても我慢したのにっ!何でだよっ!嘘つき!嘘つきぃ!」
ユースに殴られ、詰られても、俺は一言も返せなかった。ミシェルが幸せになるためだ、我慢しろと、ユースを諭したのは、他ならぬ、俺だ。俺の、責任だ。
「ユース、止めろっ!」
「うわぁぁぁぁぁっ!」
小さなユースの軽い拳は、今まで受けたどんな拳よりも、鋭く深い痛みを俺に与えた。
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