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後悔とやり直し

思い立った案を固め、2週間ほどの期間を重ねて何とか完成させることができました。


楽しんでいただけると幸いです。

「女子は森中さんで決定っと……じゃあ次、男子の中で6年2組の学級委員をやりたい人は居ますか?」


先生の声に対して教室はしーんと静まり返る。

男子はいずれも微動だにせず、ちらちらと慎重に周りの様子を伺っていた。

皆、誰かの立候補を待っていたのだ。


「……あ、あれ?皆?私の声聞こえてるよね?」



……まぁ、一般的な6年生の男子小学生なら概ね年相応な反応だったと言えるだろう。

学級委員に立候補する事は即ち、クラス全体をまとめる係を請け負うという事。

当然こなすべき雑務や連絡管理等の仕事は通常の生徒と比較して大きく増えていく。

休み時間を遊んで過ごしたい大半の人間にとっては貧乏くじも良いところだ。



そんな中でわざわざ学級委員になりたがる人間は大まかに二つに分けられる。


一つは、内申点欲しさにその立場を得ようとする打算的な人間。


もう一つは、率先して他人の嫌がる事を行おうとする責任感の強い奇特とも言える人間。




さて、伊吹 修二(いぶき しゅうじ)こと僕の動機はこの二つの中だったら後者の方だ。


自分自身を責任感が強い人間だと断言は出来そうにないが……それでも他者の為に何かをしたいと常日頃思ってはいた。


最も、単なる偽善者と言われてしまったら全く否定はできない。



……更にたちが悪い話で、僕の場合それは行動にすら起こせない……さながら【やらない偽善】だったのだ。




「……あ?何、誰もやりたがらない感じ?んじゃ先生、俺やりまーす!」


白々しく呆れ笑いを見せながら、仕方ないと言った感じに立候補を行うウルフヘアの男子。


彼の名前は木原 宗次郎(きはら そうじろう)


目元はつり目がちながらもくっきりとした二重で、鼻筋もすっきり通っている。

小学生ながらも堀の濃い顔立ち、将来的に美男子になる事が確約されているであろう勝ち組だ。





「あら本当?ありがとうね。じゃあ男子は木原君に決定でいいかな?」


「うぃーっす。ま、このクラスは一年間俺がきっちりまとめてやりますよ」



率先して苦労役を引き受けてくれたことに先生は感謝していたが、実情はもう少し複雑だったりする。




木原は前々から、男子全員に向けてそれとなくアピールを行っていたのだ。




彼の性格は先ほど僕が上げた条件に当てはめるならゴリゴリの前者。

典型的な打算を極めたずる賢い人間だ。

その為、自分の目的を果たす為だったら脅迫まがいの言動も容赦なく行う。



「俺さ、中学から名門私立行くから内申点とか今の内に稼いどきたい訳よ。……だから、お前らちゃんと空気読めよ?もし俺押しのけて学級委員にでもなったりしたら……どうなるか分かるよな?」



実際木原は表向きでは容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能と人を惹きつける要素を多分に含んだ人間だ。

必然的にそう言った存在はスクールカーストの上位に居座る。


そんな彼に万が一でも逆らおうものなら……今後の学校生活の安寧が脅かされることは言うまでも無いだろう。



だが実際、木原が欲しかったのは学級委員長という名目上の立派な肩書だけ。

一度それを手にした彼はその後ほとんどの業務を誰かに押し付け始めるようになる。




「……」


それとなく内情を噂で耳にしていた女子代表の森中さんは、苦々しい顔でクラス委員の候補欄に書かれた名前を見つめていた。


この後自分が仕事を無理矢理一任させる未来を既に察していたのだろう。



僕は彼女の憂いに気付いていた。


助けようと思えば、まだギリギリ間に合った筈だ。



「一応最後に聞くけど、他にやりたい男子は居ますか?」


先生は黒板と僕たちの顔を交互に見ながら再度問いかける。




何てことは無い。

ただ手を真っ直ぐに上げて「はい」と一言口にするだけ。

ただそれだけで、彼女を救えたかもしれないんだ。




僕はそっと肩に力を入れかけたが、しかし。



「いやぁ先生。まさか今更立候補する奴なんて居る訳ないって。……なぁ?」



「っ……!」



微かながらも確かな怒気を孕んだ木原の一声が背後から僕を刺す。

たちまち肩に入った力は抜け、上がりかけた手はするりと下へ落ちた。




「……そうみたいね。じゃあ、学級委員長は森中さんと木原君に決定です!はい、皆拍手!!」


先生の合図によってまばらな拍手音が教室内に鳴り響く。



僕はただ、周りに拍子を合わせて手を叩き合わせながら己の無力さをひたすらに噛み締めていた。




……これが僕の人生における、最初にして最大の後悔と挫折だ。








カシュっと、プルタブを捻る音が室内に鳴り響く。

飲み口からは泡が立ち昇り、たちまち目が覚める様なアルコールの匂いが鼻腔をくすぐる。

僕はすっと目を閉じ、一気に缶の中身を己の口へと注いだ。



何度も味わってきた、目新しさの欠片も無い発泡酒の味が広がる。


普段は胸に抱えた憂鬱の一つや二つ程度、アルコールが吹き飛ばしてくれていたが……どうも今日ばかりは上手く行ってくれなかった。



「……はぁ」


13年前もの出来事を何故今にもなって思い出してしまったのだろうか。

今更省みようと変えようのない過去であるのは既に嫌と言うほど理解してる筈なのに。



……それでも、頭の片隅で考えてしまう。


あの時ああしていればとか……こう言えてたらとか……そんな意味の無いたらればを延々と。




思い返してみれば後悔ばかりの人生である。



小学生時代から始まり、中学……高校……社会人になるまで常に自分という存在を抑圧し続けて来た。



学級委員に限らず、本気で物事に取り組んでみたいと思える事は今までに何度も何個もあった筈だ。



サッカーやバスケと言ったスポーツ。

本格的な執筆活動。

アイドルや俳優等の芸能活動。

意中の人との恋愛。



……だが、どれもあくまで【やってみたい】の範疇に収まってしまう。

いざ先に進もうとすると途端に脳内は自己卑下に支配され、「自分なんかには出来る訳がない」とマイナスなイメージが取り付く。


僕は常に希望の段階から一歩足を踏み出す事が出来なかったのだ。




そうして挙句の果てに迎えたのは、微塵もやりがいを見出せそうにない社会人生活。



毎日ボロアパートと職場を行き来し、ひたすら業務終了時刻まで文字列を淡々と打ち込んでいく。

僕じゃなくてもいい。他の誰にでもやれる仕事。

しかし生きていく上で金は絶対必需品である為働かずにはいられない。


退屈な業務を乗り越えいざ休日を迎えても、ごろごろと布団の上で惰眠をむさぼるだけ。

何をするにもやる気が微塵も湧いてこないのだ。



……何と言うか、明確になぜ今自分が生きているのかが分からない。

特別趣味や目的がある訳でもなく、死にたくないから何とか呼吸を行っている現状。

果たしてそんな義務感に縛られているだけの僕が「生きている」と胸を張って主張してもいいのだろうか?





どうしようもない虚しさに苛まれながら、電源のついてないテレビをじっと見つめる。


すぐに真っ暗な画面に映る虚ろな顔をした自分と目が合い、思わず笑ってしまった。



「ははっ……本当……こんな筈じゃ、なかったんだけどな」



目立った夢や希望など無くても、敷かれたレールに沿って堅実に歩いてさえいればいつか幸せになれる筈だと信じていた。



だが……現実はそうじゃなかったんだ。



まず、僕の場合のそれは決して堅実など呼べるものではなく、単なる臆病でしかない。


ただ都合のいい未来を期待して縮こまっていただけ。


こんな僕でもいつか報われる筈だ、幸せだと思える日々を過ごせる筈だとおこがましくも身勝手に信じ続けてきた結果がこれだ。





……そもそも、幸福なんてものは予め定義が決められている固定観念なんかじゃない。



人それぞれ、思い思いの人生の中で自分が思う正解を導き、突き進んでていく。



その先に待ち受けているものこそが、他ならない幸せなのだと。





そんな当たり前の事実にようやく気付いた頃には、もう何もかもが遅かった。




……遅すぎた。



心の中は悲壮的な感情で満ち溢れ、瞳からは熱を帯びた雫が垂れてくる。

所謂泣き上戸と言う奴だ。




同時に酔いがピークまで回ったのか、次第に意識すら朦朧になって来た。




薄れゆく視界の中で、僕は最後の力を振り絞って願う。








神様……どうか……もう一度だけ、もう一度だけでいい。



もう一度、人生をやり直せるチャンスをください。



今度は絶対に失敗も、後悔もしないから。




もう偽りの幸せなんかに、惑わされたりも振り回されたりもしないから。






「……どうか、もう一度……だ……」



最後の一文字を言い終えるその前に、僕の意識は深い闇の底へと沈んでいくのだった。








小鳥たちがさえずり始める朝6時。

早朝ながら出勤を控えたサラリーマンは既に支度を開始せねばならない時刻だ。




今日も今日とて僕は、無機質なスマホのアラーム音で目を覚ます。



「……くん?」


……そう、無機質極まりないバイブレーション。


「しゅーくん?」


ブーブーと、やけに耳障りな音を響かせる震え。


「いつもならもうきちんと支度してる時間でしょ?起きなさい」




どこまでも無機質な……




……無機質?





違う。


僕の耳に響く声は、無機質とはおおよそかけ離れたもの。

そこには確かな感情と肉声が籠っていたのだ。



しかもそれは、幾度となく聞いたことのある声音。


覚束ない頭の中が混乱と否定を繰り返す。




……あり得ない。

だって僕は、就職を機に一人暮らしを始めたのだから。

この期に及んで彼女の声が聞こえてくる筈が無い。




あまつさえ、起こしに来るなんて事は絶対にある筈が……!



いやでも、この声は確かに……


どういうことだ?


何がどうなってる?




声の主の正体を知ろうと、恐る恐る僕は重い瞼を開いてみた。




「ほらしゅーくん、もう時間よ。早く着替えて顔洗ってきなさい」



「……母さん?」




「今年から6年生なんだから……ちゃんと一人で起きれるようにならなきゃ駄目よ?」

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