定期テスト開始 4
「それで、あの宣教師は一体いつぐらいからこの町に?」
「そうですねぇ……。確かこの前グレイ君達がこのお店に来たちょうど次の日くらいから噂を聞くようになりましたね。この近くに来ているのは恐らく初めてだと思いますけど」
グレイ達はチェルシーと共にハイドアウトを訪れ、メイド服のキャサリンに例の宣教師の噂を聞いていた。
キャサリンはここ最近よくミーティアに来ていたため、その宣教師の噂は店に来る客から聞いていたらしい。
今回ミーティアに来ている《神徒》はどうやら《天神衆》の使者なのだそうだ。
《天神衆》とは、多くの《神徒》を抱える大規模宗教団体の名称であり、他の団体と同じく、神は天より人々を見守り、精霊は地を汚す悪魔である。そして魔術師は精霊に呪われた哀れな存在であり、救済すべきだ、という思想を持った団体である。
「救済、ねえ……。どうやって俺らを救ってくれるのやら」
「さあな。噂では方法は色々あるらしい。過激派の《神徒》なら殺害やら魔薬での魔力中枢の破壊。穏健派の《神徒》は懐柔して魔法を使わないよう調教してくるらしい。まあ、あくまで噂だし、《天神衆》がどっちのタイプなのかは知らねえけどな」
「魔術師からしたらどっちも迷惑なことこの上ないわね」
三人は一様に溜め息を吐き、並べられている料理をつつく。しかし、何だかいつもより味を感じなかった。それは料理に不備があるというわけではなく、彼らの周囲の雰囲気から来た精神的なものなのかもしれない。
「てかよ。この前来た時はこんなにガラガラじゃなかったよな。もっとキャシーちゃんが右往左往してたと思うんだが」
アシュラが店内を見回しながら呟く。その言葉の通り、店内は休日の昼頃であるにも関わらず客数が少なく、それこそキャサリンと普通に会話していても何ら問題がないくらいだ。
「そう、ですね。もしかすると、わたしのせいかもしれません」
「どうして……って聞くまでもないですか」
今、町では《天神衆》のせいで魔術師に対する風当たりが普段より強くなっている。それは些細な変化ではあるが、確実に影響を与えている。
キャサリンは魔術師であるため、そのキャサリンが働いているこの店には立ち入る客が減ってしまっている可能性がある。
「一応、今日でここでの仕事は終わりなので、それで少しはお客様も戻ってくるといいんですが」
「そんな……。キャサリン先生が悪いわけじゃないですよ。むしろすごく働いてもらったくらいです。そんなに自分を責めないでください」
「チェルシーさん……。ありがとうございます」
チェルシーに励まされるキャサリンだが、どこか表情は暗いままだ。チェルシーの言う通り、原因はキャサリンには無いのだが、やはり本人はどうしても気にしてしまうようだった。
「ちっ。何だか気分わりぃな。なぁ~にが魔人だっつの」
「アシュラ。それは言うな。余計な波は立てない方がいい。今のこの状況だとその発言一つで敵を作ることになるぞ」
「あぁ~、はいはい。わかりやしたよ!」
アシュラはさも面白くなさそうに窓の外へと視線を逸らす。
エルシアも、口には出さなかったがあまり気持ちの良い環境ではないと感じているように見える。
グレイは一人、外出したのは失敗だったかと心の中で溜め息を吐く。ミュウも今まで静かに黙って座っていたが、どこか表情も優れないように感じた。
「そ、そうだっ。みんな私この間新メニュー考えてみたんだ。味見してみてくれないか?」
そんな雰囲気を和ませるためなのか、チェルシーがパンッと手を叩いて提案する。その気遣いに感謝しつつ、グレイ達はその新メニューを注文した。
しばらくして運ばれてきたのは、かなり大きな器に大量のアイスと生クリームの入ったパフェだった。
「「「でかっ!!」」」
「おぉ~」
「すごいだろ~。自信作なんだ」
あまりの大きさに絶句している三人と目を輝かせているミュウに向かってチェルシーはどや顔を見せた。
「こりゃかなりの量入ってんな……」
「チョコとバニラのアイスと、他にもフルーツがいっぱいね」
「食いきれるのか、これ……?」
「美味しそう、です」
どっしりと構えたパフェにたじろぐ三人だが、ミュウはとても嬉しそうだった。
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「な、何とか食いきったぞ……」
「これ、ぜってえ食後に食う量じゃねえわ……」
「私、ギブ……。ミュウちゃん代わりに食べて……」
「はい。いただきます」
「何だエルシア。情けないぞ。女の子なんだから甘いものは別腹に入れないと」
「そういう、問題じゃないわよ。これは……」
あれから数十分後、グレイとアシュラは何とかパフェを食べきったが、エルシアだけは途中でリタイアし、残りをミュウにあげた。
ちなみにミュウは三人よりも早くに食べ終わっており、それどころかまだ物足りなさそうな顔をしていたので、エルシアから残りを貰えて嬉しそうですらあった。
「大丈夫ですか、皆さん。明日実技のテストなんですよ?」
キャサリンはやや呆れ顔でグロッキー状態の三人を見る。その三人は軽く手を上げ、何とか無事だという意思を伝えるが、表情を見る限りでは大丈夫ではなさそうだった。
「旨いのは、旨いんだがな……。量はもう少し控える方が、いいんじゃないかな……?」
「そうか? でもミュウはまだまだ足りないみたいな顔してたけど」
「残りの三人がグロッキーだろが……。察しろし」
「それに、ミュウちゃんは育ち盛り、だから……」
何とも言葉に力がない三人だったが、確かに量を入れすぎた感はチェルシー自身も多少していたので、その意見をこれからに考慮することにした。
それからミュウがエルシアの残りを食べ終え会計を済ませる。その時、アシュラの手持ちの金のほとんどが消えたりしたが、然したる問題はない。
店を出る時、ちょうどキャサリンもシフト交代のタイミングだったらしく、そのまま全員明日に備えるために真っ直ぐミスリル魔法学院へと戻っていった。
その夜。あの宣教師が数人のお供を引き連れてハイドアウトに現れた。
店内にいた客は突然のことに驚き、視線は嫌でも宣教師に向けられる。
しかしそんなことには慣れているのか、宣教師は変わらぬ態度で店長にこう話し掛けた。
「貴方が、この店の店長さんですか?」
「…………だとしたら?」
普段話すことの少ない店長の低い声は、どこかドスが効いていた。
だが宣教師は怯むことなく話を続ける。
「そうですか。やはり貴方が……。私は《天神衆》の使いの者です。私達は貴方を……いえここにいる全員を迎えに来たのです。さあ、私達と共に行きましょう。神に救済された者達よ」
「断る」
宣教師の誘いの言葉を店長は容赦なく切り捨てた。あまりにも間髪入れずの拒絶に宣教師も目を丸くした。
「……何故私達の、神の差し伸ばした手を拒むのですか?」
「話す必要はない。お帰りいただけるか、宣教師よ」
短く、されど威圧感のある店長の言葉に宣教師の後ろにいるお供達は思わず後退りしてしまう。その様子を見て宣教師は小さく息を吐く。
「そうですか。では今日はこれにて失敬させていただきます。ですが、お気持ちが変わりましたらいつでも私達の元へ御越しください。私達は貴方達を歓迎します」
それだけ言い残し、宣教師達は店を後にした。
「……店長」
「放っておけ。それより他のお客様方に迷惑をかけた。お詫びとして皆様にアイスのサービスを。……どうしたチェルシー?」
「……へっ!? あっ、はいっ!」
どこか暗い表情を見せていたチェルシーのことが少し気にかかった店長だが、よくよく店内を見回すと、他にもチェルシーと似た表情をしている従業員がいた。
その従業員は皆まだまだ若い者達だ。なのでああいうものに影響を受けやすい。これからは少し注意しておく必要があるな、と店長は眉間にしわを寄せるのであった。
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「いかが致しますか。宣教師様」
「なに、問題はありません。神のご加護は常に我等の元にあるのですから」
ハイドアウトから出た宣教師は、暗い夜道を歩きながらこれからの作戦を考え始めていた。その時の表情は普段と同じような人の良さそうな顔だった。




