学生の本分 1
第18話
季節は巡り、日差しは日に日に強くなり、気温もどんどん上昇する。
ここ、ミスリル魔法学院では制服が夏服へと変わり、校内の雰囲気もがらりと変わっていた。
服装が少し開放的になった生徒達だが、しかし彼らの表情はやや優れない。だが、それも無理はないかもしれない。
なんせ、ほとんどの学生にとってこの時期は憂鬱になるものなのだから。
そんな生徒達を学院長室から見下ろしているのは、この学院の長、リールリッド=ルーベンマリアだ。
彼女は夏だというのに、相変わらずの豪奢なドレスを身に纏っている。しかし、その顔には汗ひとつ浮かんではおらず、それどころか不敵な笑みを浮かべていた。その姿はまるで絵画の如き美しさだった。
「はっはっ。やはり生徒達はこの時期になると表情が暗いな」
「ええ、まあ。気持ちはわからないではありませんがね」
リールリッドの言葉に返事をしたのは、ミスリル魔法学院の講師の一人、カーティス=ハイヤーである。
「特に一年生にとっては初めてのテストですからね。緊張もあるのかと思いますよ」
「しかし、彼らも学生である以上、学業を疎かにして良いわけもないものな。この時期は色んな表情が見れて楽しいな」
生徒達の苦労も知らずにクスクス笑うリールリッドだったが、どこか現実から逃避しようとしている節があった。カーティスはやれやれと溜め息を一つ吐き、持ってきた大量の資料を学院長の机の上に置く。
「では学院長。そろそろ貴女の愛すべき全校生徒達へと配るテスト問題の作成を──」
「いやぁ~。今日は良い天気だな、カーティスよ!」
「そうですな。で、テスト──」
「やはり夏と言えば海だと思わないか? そうだ、今度の──」
「学院長……」
わざと話を逸らそうと全く無駄な話をし続けていたリールリッドだったが、カーティスのわずかに怒気の籠った声を聞き、子供のように唇を尖らせる。
「……はぁ。いつも思うが、何故私がテスト問題を作らねばならないんだ……」
「いつも言っていますでしょう。各クラスにはそれぞれのクラスの講師の方々に自分達の属性に関するテストを作成してもらい、学院長には公平な立場で全てのクラスに関係する歴史や魔法理論、魔獣学やその他諸々のテストを作成していただくと」
リールリッドはテストの度に聞かされるその話を軽く聞き流しながら、机の上に乗った大量の資料を見る。
「……なぁカーティス。前年に使ったテスト問題を──」
「使い回すというのは無理なのでご了承ください。これもいつも言っていることなのですが」
最後に溜め息混じりの補足を入れられ、リールリッドは憂鬱な表情をしながら椅子に座る。
「そ、そうだカーティス。君がテストを作るというのはどうだろう。いい勉強に──」
「定期テストは学院長が作る。それがルールです」
「頭が固いなぁ~カーティス。そんなだともうすぐ禿げてくるぞ?」
「石頭でも禿げ頭でも構いませんので、お早くテスト問題をお作りください。私はこれでも忙しいのです。講師に成り立てのシエナ先生にテスト作成の仕方を教えに行かなければならないので」
真面目と言うか、融通が効かないと言うか、カーティスは子供をなだめるかのように言い聞かせる。
ようやく覚悟を決めたのか、リールリッドは一冊の資料を手に取った。
「ふ、ふふ、こうなったらとびきり難しい問題を作ってやろう……。生徒達の絶望する顔が楽しみだ」
「やめてください。あとこれも何度も言っていますが、現在のテスト範囲内から出題してください。あまりに常軌を逸した問題ばかりだと、作り直して貰わなければならなくなりますから」
「ぐ、ぐぬぅ……」
出す手出す手を潰されていくリールリッド。この時期になると表情が憂鬱になるのは何も生徒達だけではなかった。
中でもリールリッドは自分に興味のないことに関してはとことん関心がない。テスト作りなど最たるものだ。
もちろんリールリッドは生徒達を愛している。しかし、勉強は嫌いだった。
「はぁ……。テストなんてこの世から消えてなくなればいいんだ……」
「学院の長が何を言っているんですか……。しっかりしてください」
机に突っ伏すその姿はまるで子供のようだが、カーティスは厳しく咎める。それもそのはずだ。なんせテストは来週から始まるというのに、リールリッドは未だに一枚も、いや、一文字も書いていないのだから。
「また期限ギリギリで提出、なんてことにならないよう、今日、もしくは明日くらいには仕上げてください」
「鬼かっ!?」
「カーティスです」
「私一人でこれだけの数のテストを作れると思うのかっ!?」
「今までもそうでしたから」
「あ、あれは、あれだよ……」
「どれなんですか?」
「………………気合い?」
「なら気合いを出して頑張ってください。では」
「ちょっ、まっ! せめて手伝っ──」
パタン、と学院長室の扉を閉め、カーティスはそのままシエナの待つ《イフリート》の校舎へと溜め息を吐きながら歩いていった。




