魔術師の宝 1
第17話
ヴィンデルの森全域に響き渡るほどの強烈で暴虐な威力の爆発。
そんな爆発を至近距離で食らえばひとたまりもなく体全身吹き飛ぶだろう。
しかし、グレイは無傷のまま落ちてきた。見るとグレイの体には霞がかかっていた。
グレイは爆弾が爆発する寸前に《ミラージュ・ゼロ》を発動させていたのだ。
だが、とうとう魔力も限界に達し、《蜃気楼の聖衣》は消え、体もわずかに動かすのがやっとの状態になっていた。
『マスター。大丈夫、ですか?』
そんなグレイを助けたのは《空虚なる魔導書》に入ったミュウだった。
ミュウはページを開いた状態でグレイの体を支え、そのままゆっくりと地上に降ろした。
すると役目は果たした《空虚なる魔導書》は消え、ミュウが再び姿を現した。
「助かったよ……。ありがとな、ミュウ」
「ご無事で、何より、です」
グレイはアークの使いすぎでヘトヘトになっていたが、致命的な傷は無く、優しい笑顔でミュウに礼を言った。
相変わらず無表情なミュウだったが、安堵しているということはニュアンスでわかった。
そんなミュウを見てから辺りを見渡す。すると先程の洞穴を見かけた。そのグレイの視線を追うようにミュウもそちらを向き、何かを思い出したかのように洞穴の方へ歩いていく。
「お、おいミュウ?」
何も言わずにトコトコ歩いていくミュウを心配して声をかけたが、ミュウはそのまま洞穴の中へと入っていった。
しばらくすると、何事も無かったようにミュウが帰ってきた。が、手には小さな宝箱を大事そうに抱えていた。
「…………え? あの中にあったのか?」
「……はい。さっき、ここにあると、描いてあったので」
そう言ってミュウは懐に入れていた二枚の地図を取り出した。
「はは……。すげえ……。てか俺、ダサすぎ」
ついさっきその洞穴に入ったというのに全く気付かなかった。せめて、もう少しくらい洞穴の中を探索しておくべきだった。
しかし結局はミュウの手元に来たのだからそれで良しとしよう、と自分を誤魔化した。
「なら、それ持って帰るとしようか……。途中で他チームに襲われないように祈りながら、な」
今、他のチームに遭遇すればグレイは間違いなく負けるだろうと悟っていた。魔力はほとんど残っておらず、体力も歩いて帰るくらいの分しかない。
隣には手を合わせてお祈りしているミュウがいるが、そのミュウを戦わせるわけにもいかない。こんなところでミュウの秘密を見せるわけにもいかないからだ。
だがそんな心配は杞憂に終わった。グレイは知る由もないことだったが、現在残っているチームはほんの数チームだけで、その全てが満身創痍、もしくはグレイとは真逆の位置にいたからだ。
運も味方し、宝箱を自陣まで運ぶことが出来たグレイとミュウ。
その二人の視線の先には、返り血でドロドロになっているアシュラと、土や砂でドロドロになっているエルシアが眠っていた。
「寝て、やがるよ……。こんにゃろ……」
「ふぁ……」
グレイとミュウはそんな二人を見て、激しい眠気に襲われた。
誘発されたというのもあるだろうが、これは魔力の大量使用の影響だ。グレイの場合は副作用として強い眠気が襲ってくるのである。
「ますたー、ねむい、です」
「俺もだ。ミュウも十分頑張ってくれたみたいだし、この辺で、終わりにしようか」
「ふぁい……。おやしゅみ、なしゃ……」
そう言ってグレイはミュウの頭を撫でる。ミュウはほんの微かに微笑んだ後、小さくアクビしてから挨拶の途中で眠りに落ち、グレイの魔力中枢の中に戻った。
その反動でグレイは更に眠気が増した。
「あぁ……疲れた……」
そう呟いたグレイは既に眠っている二人の近くに倒れ込み、すぐに寝息を立て始めた。
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「今のは、そうか。やはり魔獣爆弾か。やれやれ、また物騒な物を持ち込んでくれたものだ」
リールリッドは一人、仮設テントの中で先程上空で炸裂した爆発の原因を正しく把握していた。
「しかしまあ、これで──」
「学院長!!」
そのリールリッドの元に凄まじい勢いで飛び込んできたのはキャサリンを背負ったシエナだった。
「おや? おかえりシエナ先生。キャサリン先生。悪漢は捕縛出来たのかな?」
「そんな、こと、よりっ!」
どこか緊張感の欠けるリールリッドに苛立ちながらキャサリンが咳き込むように現状の説明を求めた。
「今の爆発は何ですか!? まさか魔獣爆弾が炸裂したんですか!? 被害は!? 残りの二つは今どこに!?」
シエナはキャサリンの代わりに聞きたいことを立て続けに問い詰めた。
「落ち着きたまえ。冷静さを欠けば冷静な判断が出来なくなるぞ」
リールリッドは子供をしかりつけるような口調でシエナをなだめ、ふう、と息を吐いてから説明を始めた。
「まず最初に、魔獣爆弾による被害者はゼロだ。そして、残りの魔獣爆弾も既に対処されている。だからひとまず安心したまえ」
「そ、そうですか……。良かったぁ……」
その言葉を聞いた二人はその場にへたりこむ。しかし、対処とは具体的にどうしたのかを聞く必要がある。シエナはそう尋ねようとすると、先にリールリッドが口を開いた。
「ちなみに、魔獣達と戦い、勝利したのは各クラスの序列上位者達。そして、魔獣爆弾を破壊したのは《プレミアム》の三人だ」
「………………へっ?」
シエナは予想だにしていなかった答えに思わず変な声が出てしまった。それはキャサリンも同様だったが、シエナよりは驚きは小さかった。
「え……?! 講師の誰かが、ではなく、生徒達だけでBランクを討伐したってことですかっ!?」
「そうなるな。勿論『少々弱ってはいた』が、ほとんど彼等の手によって討伐された」
「でも、なら爆弾はっ!?」
「ふむ。君も先程感じただろう? アシュラ君とエルシアさんの魔力を。あれによって爆弾は闇に飲み込まれ、光に消滅させられて、爆発は免れた」
そう。シエナもキャサリンもその目で見て、肌で感じた。禍々しい闇の魔力と、神々しい光の魔力を。
そしてその後に起きた大爆発も。
「じゃ、じゃあ最後のあれは……?!」
「あぁ、グレイ君だ」
「──ッ!? 彼は、無事なんですか!?」
「言っただろう。全員無事だと。爆発に巻き込まれたと思った時は流石に肝を冷やしたが、安心したまえ。全くの無傷だ。本当に不思議な子だよ」
クスクスと笑うリールリッドを見て、ようやく本当の意味で心から安堵したシエナは、すぐさま踵を返し、置いてきた犯罪者達の元へと全力で駆け出した。
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「…………遅い。まさか、今の爆発で魔獣爆弾だと気付かれたか……?」
黒服の男は地面に倒れ伏しながらも、さっきの一発から爆発が発生しないことに疑問を抱いていた。
今男の体は炎の拘束に縛られ、自由に身動きがとれない。手には魔力を封じる手錠が掛けられ、魔法も発動できない。
そんな男の元に一人の人間が近付いてきた。
「残念ながら、作戦は失敗だ。貴様らの作戦も。我々の作戦も、な」
男はその声を発した者を見る。
「お、お前はっ!? ──ぐぼぉあ!?」
「全く。貴様らに与えた魔獣共、そして爆弾がどれだけの時間と費用を必要とするのか理解しているのか? 貴様の命一つで購えるものではないのだぞ?」
底冷えするような冷酷な声の主は腹を蹴られうずくまる男を冷酷な目で見下ろした。その声を聞くだけで、その目を見るだけで『魔薬屋』の男は尋常ではないほどままで震え上がる。
「す、すまなかった! 次は、次こそは確実に──」
「黙れごみが。次などない。確かに貴様の命では購えないとは言ったが、殺さないとは言っておらん。せいぜい死んだ後にシエナ=ソレイユを存分に呪い殺すがいい」
そう言って振り下ろされた凶刃のナイフは、『魔薬屋』の男の首を容易く掻き切った。




