終結の轟音 2
「それにしても間に合ったようでよかったです。ここまでの道がでこぼこになってて少し遅れちゃって、ちょっと焦ってたんです。それに途中で魔法二輪が燃えてましたし。その近くで倒れてた人に襲われたりして、ほんと大変でした」
「あぁ……。なんか、すみません」
その道がでこぼこになっていたり、邪魔してきた敵は軽く吹き飛ばしただけだったので再び立ち上がって次はキャサリンに攻撃を仕掛けたのだろう。
つまりは全てシエナのせいだったので、何だか少し申し訳ない気持ちになったが、今はそれどころではないので、早々に謝罪を切り上げ現状を報告した。
「敵は残り一人。あれが恐らく今回の首謀者です。奴は《契約者》で、目の前のバルグ・アリゲーターの主です」
「Aランク、ですか……。不味いですね」
ことの深刻さを目の当たりにして、キャサリンも生唾を飲み込んだ。
しかし、シエナには一筋の光明が見えてきていた。このままシエナ一人だった場合だと、眷獣と主、両方を相手にすることは至難だった。せいぜい負けない程度に立ち回るくらいしか出来なかっただろう。
だが、キャサリンが援軍に駆けつけてくれたお陰でシエナはどちらか片方のみに専念出来る。どちらかを倒した後、自分が相討ちで戦闘不能に追い込まれてもキャサリンが残る。
それに《契約者》は眷獣が倒されると激しく魔力を消耗させる。
シエナはキャサリンの実力をまだ知らないが、講師を任さられるだけの実力はあるはずだ。ならば、弱った主を捕らえることは可能なはずであると踏んだ。
少しばかり時間はかかるかもしれないが、これが確実に相手を仕留める方法だと。
しかし、男は未だに余裕のある笑みをフードの下から覗かせていた。
そして次に男の発した一言にシエナとキャサリンは凍りついた。
「流石に分が悪くなってしまったか。仕方ない。貴様を殺すのは諦めるとしよう。だが、代わりに絶望を与えることにする」
「絶望……?」
「魔獣爆弾、と言えば理解出来るかね?」
その言葉を聞き、頭の回転が早いシエナはすぐさま全てを理解した。
「あなた! まさかヴィンデルの森に放った魔獣の体内に魔法爆弾をっ!?」
「そのまさかだよ。シエナ=ソレイユ。言っただろう。我々は貴様に復讐しに来たのだと。そして、それは何も貴様の命を奪うことだけではない。もし貴様を殺しきれなかったとしても、貴様の守るべき生徒共を皆殺しにする。そういう筋書きなのだよ。やれやれ可哀想な生徒達だよ全く。まさかただのとばっちりで見るも無惨な肉片に生まれ変わらなければならないとは。いや、肉片も残らず消し飛ぶやもしれんな。ふはははっ!」
魔獣爆弾。戦時中、改造、調教された魔獣の体内に大量の爆薬を詰め込んで敵陣に突っ込ませ、敵味方関係なく全てを破壊する最悪の戦術生物兵器の一つである。
その最悪の生物兵器が今、自分達の生徒のすぐ近くにいる。その事実がシエナの冷静な判断力を鈍らせた。
「この、ゲス野郎!!」
がむしゃらにただ突っ込んでくるだけの相手を迎撃することなど容易いことである。男は冷静に眷獣へと命令を下し、バルグ・アリゲーターが先程よりも強力で膨大な量の酸を吐き出した。
その酸を見てシエナは遅すぎる後悔をする。その男の情報がまだ事実である確証はどこにもない。ただの挑発だった可能性もある。
酸を回避することも叶わず、防御を取るにしても恐らく無意味と思われるその酸を目の前にして、シエナは目を守るように腕を交差させる。
が、その腕に走った衝撃は酸のような焼け爛れるようなものではなく、もっと直接的な痛みだった。
何が起きたのかと腕の合間から前方を見ると、何故かキャサリンが自分の目の前に、蹴りを放ったような体勢で立っていた。
キャサリンは頭に血をのぼらせたシエナを酸の攻撃から守るために、あえてシエナを蹴り飛ばしたのだ。
しかし、代わりにキャサリンが酸に飲み込まれようとしていた。
「キャサリン先生──ッ!?」
「まずは一人」
シエナと男は確実にキャサリンが酸に飲み込まれると思っていた。だが、キャサリンは別に犠牲になるつもりなど微塵もなかった。
「凍れ」
短くそれだけ呟いたキャサリンの体からは強烈な冷気が溢れだし、バルグ・アリゲーターの吐き出した酸を一瞬にして凍りつかせた。
「な、なにぃ!? 氷属性だと!?」
「キャ、キャサリン、先生……?」
驚きのあまり、キャサリンから視線を逸らせずにいた二人を、キャサリンは気にも留めず、凍りついた酸を軽く指でつつく。
すると、氷は一瞬でバラバラに崩れ落ち、何事もなかったかのように溶けて消えた。
「シエナ先生」
「は、はいっ!?」
突然キャサリンに名を呼ばれたシエナは一瞬背筋が凍ったような錯覚を覚えた。それは今までに聞いたことのないような声だったからだ。
「三つほど、お願いを聞いてもらってもいいですか?」
「な、何ですか?」
「一つ、私がこの眷獣を倒しますので、その後で主の方を仕留めてください。二つ、主を倒した後すぐに生徒の皆を助けに行ってください。三つ──今から、何があろうと決して私の邪魔をしないでください」
お願い、と言ってはいたが、それはほとんど命令に近かった。口調こそまだ優しげではあるが、声音からはまるで温度を感じない。まさしく氷のように。
シエナは無意識のうちに頷いており、それを確認したキャサリンはバルグ・アリゲーターの正面に立つ。
「魔獣相手なら手加減はしなくていいので楽ですね。来なさい《フィンブル》」
キャサリンは自身の魂、アークを呼び出した。その形は小柄な体格には不釣り合いなほどの巨大なランスだった。
氷河のような冷たさと、鬼のような冷酷さと、全てを貫く鬼の角を連想させるこのランスこそ、彼女が《氷河鬼》と呼ばれるようになった由縁でもあった。
「ぐぬぅ……。ええい!! 派生型が何だと言うのだ! バルグ・アリゲーター! とっととそのチビを殺せぇっ!!」
男は叫ぶように命令し、バルグ・アリゲーターは巨大な波を発生させてその波に乗りキャサリンへと迫る。
そしてキャサリンは《フィンブル》を構えたまま迎え撃った。
「《コキュートス》!!」
──そして、勝負は一瞬で決した。
バルグ・アリゲーターは自分が発生させた波もろとも完全に凍りつき、その体には大きな風穴が空いており、次の瞬間にはバラバラに崩れ落ちた。
「ぐおあああっ!?」
バルグ・アリゲーターが倒されたことにより、主の体に大きなダメージとなってフィードバックする。
男がその場に倒れ込むのとほぼ同時にキャサリンもまた、アークを消し去った後、そのまま地面に倒れ伏した。
「キャサリン先生!? 大丈夫ですかっ!?」
「ええ……一応……。でも、これ、使うと……魔力、空っぽに、なるんですよ……」
息も絶え絶えにそう説明を加えたキャサリンだったが、どうやら命に別状があるわけではないようだった。
全魔力をたった一撃に乗せる。それは、シエナにも出来ない荒業だ。
キャサリンのアーク、《フィンブル》にしか出来ないまさしく必殺の技である。
しかしその反動は大きく、一度使うだけで全ての魔力と体力、気力まで使い果たす。そして、一対一の時にしか使いどころがない極めて難しい技でもあった。
魔術師にとって、戦闘中で魔力切れを起こすことは最大最悪のミスであり、愚の骨頂である。故に、そのような技を持っている彼女は問題のある生徒と見なされた過去を持っている。
しかし、こと決闘においては最初の一撃で全ての決着を付け、その戦法で何人もの生徒を倒したという伝説が存在しているのも事実であった。
「それ、より、も……」
「あっ、はい!」
シエナはキャサリンが何を言いたいのかを瞬時に理解し、倒れている男に詰め寄った。
「ふ、ははは……。殺せなかった、か……。だが、これからは生き地獄を味わうことに、なるだろう……。貴様にとっては、そちらの方が……」
「本当に爆弾を仕掛けているのなら、その解除方法をさっさと教えなさいっ!」
シエナは男の胸元を掴み上げる。その拍子にフードが脱げ、男の顔がはっきりと確認出来るようになった。
その男の顔には見覚えがあった。『魔薬屋』の材料確保部隊にいた一人である。魔薬の材料には強い魔獣の体液を必要としたりするものもある。その魔獣達を討伐するための部隊にいたことから、かなり地位の高い者だったと記憶している。
「解除方法……? 知らんな。なんせあの爆弾は我々が作ったわけではないからな。だが、あの爆弾は魔獣が倒されることによって発動する。そろそろ貴様の生徒達か、もしくは魔獣を討伐しようと動いた講師の奴等が魔獣を殺すだろうな」
「なん、ですって……?!」
ここまで来てまた、ありもしない戯言を言っているのかとも思ったが、ふと先程シエナが蹴散らした魔獣達を思い出す。
彼ら『魔薬屋』は魔獣の調教にはほとんど手を付けていなかったはずだ。加えて魔法爆弾にも。だから、あれほどの数の魔獣をわずか数日でかき集め、調教することはほぼ不可能に近い。
それはすなわち、彼らの裏にもう一つの敵組織が存在していることを意味していた。
「それは一体何者──」
「シエ、ナ、先生──ッ!」
シエナが思わず感情を昂らせて男に詰め寄ったが、キャサリンの絞り出したかのような声を聞き我に返る。
そうだ。今、ここで時間を無駄にするわけにはいかないのだ。一刻も早く爆弾の危機を生徒達に知らせなければならない。
最悪なことに、二人の乗って来た魔法二輪は大破している。通信用魔道具も今は手元にない。となれば、走る他ない。
シエナは倒れているキャサリンを背負うと、身体強化の魔法を使い、来た道を全速力で駆け戻った。
そして、もう少しでヴィンデルの森だというところで、三つの轟音が立て続けに発生した。




