終結の轟音 1
第16話
「はい。これで鬼ごっこはお仕舞いだよ」
シエナは黒服を着た者達を岩山の行き止まりへと追い詰めていた。両脇には大きな岩壁がそびえ立ち、簡単には登れない。例え登れたとしても狙い撃ちされるのがオチである。
シエナは途中、黒服五人が反転し奇襲を受けたが、その五人は難なく倒した。だがその時に魔法二輪が破壊されてしまい、余計な時間を食ってしまった。
しかしようやく残りの五人に追い付いたのだ。
ヴィンデルの森からはだいぶ離れてしまったが、まだ視界に捉えられる場所にある。
「ふっ。愚かだな、シエナ=ソレイユ」
「……何?」
すると突然五人の中でも一番体の大きな者が前に進み出てきた。声を聞く限りでは男のようである。
「我々の目的は、貴様なのだよ。シエナ=ソレイユ。貴様はまんまと我々の罠に嵌まったのだ」
罠、と聞きシエナは即座に周囲を警戒した。すると、その岩壁の上から何十体もの魔獣が降りてきた。見るとその全てがCランク相当の魔獣だった。
「……へえ。私が狙いだったってわけか。でも別に恨まれるようなこと、したことないんだけどなぁ~」
だがシエナは一切恐れることなく、わざとらしく、如何にも挑発的に嘯いた。
それに腹を立てたのか、先程の黒服の仲間が声を荒らげながら叫ぶ。
「貴様、よくもぬけぬけとっ! つい先日我々の工場を全て爆破しておきながらっ!」
「先日。工場。爆破。……なるほど」
シエナは今得たヒントを指折り数えてようやく思い至る。シエナがミスリル魔法学院に来る前に受けていた任務が正に、その工場を全て爆破することだった。
シエナは有益な情報をわざと吐き出させ、相手の正体を知った。
「残党が残ってるのは知ってたけど、まさかこのタイミングで仕掛けてくるとはね。流石はゲスな『魔薬屋』さんなだけはあるよ」
『魔薬屋』とは、違法な魔法薬物を製造する違法集団の名称だ。今回シエナが破壊した工場の全てがその魔薬を製造していたのである。
「わざわざわかりやすいヒントをありがとう。でも良かったの? わざわざそんな黒服を着たのは《閻魔》に罪を擦り付けるつもりだったからなんじゃない?」
「貴様はここで死ぬのだ。なら別に何の問題もないだろう」
リーダー格の男が魔獣に囲まれているシエナに向かって余裕綽々といった態度を見せる。
確かに並の魔術師ではこの場から撤退することすら困難な状況だ。だが、男は目の前にいる人物のことを、本当の意味では理解出来ていない。
七芒星の魔術師団、《シリウス》のことを。その副隊長であるシエナ=ソレイユのことを。
「やれ魔獣共! その女を食い殺せっ!」
男は腕を振りかざし、魔獣達に号令を出す。その魔獣達は一斉にシエナに向かって飛びかかる。
「はぁ。舐められたものだね、私も」
しかしシエナは慌てることなく溜め息を吐き魔力を練った。
そして次の瞬間、数体の魔獣が音もなく焼け消えた。
「なにぃっ!?」
男とその仲間が今の光景を見て悲鳴とも取れる驚愕の声を出す。
シエナは今度は両手をだらんと下げ、必要最低限の動きで魔獣の攻撃を回避しながら、魔獣の急所を的確に炎を纏った手刀で貫いた。
体が甲殻で覆われている魔獣には口の中に直接炎をぶちこみ、内側から破裂させた。
その所業はまさしく──
「ば、化け物だ……ッ!」
「化け物とは人聞きの悪い。っと、おりゃ!」
Cランクの魔獣を多数相手にしているにも関わらずシエナはまるで息が上がっておらず、それどころか、敵の言葉に反応すら返した。
「おいで《グランカノン》」
そしてシエナは自身のアークを呼び出し、現れた紅の大砲は黒服達へと向けられた。
「ファイヤ!」
シエナの号令によって砲口から放たれた二つの炎の砲弾が、リーダー格の男の両隣にいた四人を容赦なく吹き飛ばし、壁に激突させ、激しい爆発を生じさせた。
「さって。ラスト一人になっちゃったね」
気付くと、数十体いたはずの魔獣は全て蹴散らされており、立っているのは男とシエナだけとなっていた。
だがそれでも男は慌てることなく手を叩いた。
「いやぁ、驚いた。流石はシエナ=ソレイユ。《シリウス》に所属しているだけはある」
「何? 敵わないと思ったら次はおだてて許して貰おうってこと?」
「そんなわけないだろう。これは純粋な誉め言葉だ。だが、貴様とてこいつに一人で挑むには無謀ではないかな?」
そう言って男が自分の胸元に手を置き、魔力を練る。シエナは即座に《グランカノン》による攻撃を仕掛けた。
だが、一歩遅かった。
「《召喚》」
男の呪文が発動し、シエナの攻撃は寸での所で蒸気を上げながら何者かに掻き消された。
その蒸気の向こうには、巨大な影が映し出されていた。
やがて蒸気が消え、その影の正体が姿を現した。
「バルグ・アリゲーター……。Aランク魔獣の《契約者》か……。めんどくさいなぁ」
《契約者》とは、字の通り魔獣と契約を結んだ者のことを指す言葉である。《契約者》は魔獣を自身の魔力中枢へと同化させ、自在に呼び出せるようになる。
しかし、代わりに《契約者》はアークを作り出すことが出来ない。それはアークと魔獣が反発しあうためだと言われている。
そして契約を結んだ魔獣は眷獣と呼ばれるようになり、主の命令に絶対服従し、また主の魔力を増大させる。
「ゆけ!」
男はバルグ・アリゲーターに命令を出し、それに答えるようにバルグ・アリゲーターは大きな口を開いて酸の液を吐き出した。
「くっ!」
シエナは酸の液から何とか逃れ、一度距離を取った。
バルグ・アリゲーターは水属性。火属性であるシエナにとっては天敵も同然である。
加えてバルグ・アリゲーターはAランク。Aランク討伐には上級魔術師は五人は必要とされている。いくらシエナが優秀だとしても、Aランクを一人で討伐するには骨が折れる。
例えバルグ・アリゲーターを倒せたとしても、その後に控えるあの男を倒せるだけの余力が残っているかどうかも怪しいところだった。
《契約者》と戦う際、眷獣が強ければ主を狙うのがセオリーだ。それは眷獣を召喚している際、《契約者》には一定の制約がかかるからである。そしてその制約は眷獣の強さに比例して強くなる。
Aランクともなると、体の動きも制約されることがほとんどだ。
しかし、本来魔術師は魔法を遠距離から放ち敵を倒すものである。その隙を眷獣に守らせる、それが極一般的な《契約者》の戦い方だ。そう上手く倒せるわけもない。
ならどうすれば……。シエナが頭の中で様々な思考を飛び交わせていたその時。
「跳んでくださいっ!!」
いきなりそんな声がシエナの耳に飛び込んできた。しかしシエナは即座に状況を理解し何の躊躇いもなく跳んだ。
次の瞬間、シエナの下を高速で一台の魔法二輪が走り抜け、バルグ・アリゲーターに直撃した。
「《フレイム・シュート》!!」
そしてシエナは直後に炎の球を出し、オーバーヘッドキックでその誰も乗っていない魔法二輪に直撃させた。
魔法二輪には風の魔力を蓄えた魔道具が内臓されている。それにシエナの炎が直撃したことにより、凄まじい爆発が起こった。
それには流石のバルグ・アリゲーターも悲鳴を上げ、自身の体に降り注ぐように水を吐き出し、消火させる。
「いたた……。あっ、大丈夫ですか。シエナ先生」
「ええ、はい。助かりました。一人ではどうしようもなかったので、援軍感謝です」
魔法二輪から飛び降りた時に負った傷に簡易の回復魔法を掛けながらシエナの隣にまでやってきたのはキャサリンだった。
「あ……!? やっちゃった……。シ、シエナ先生ッ。魔法二輪が壊れたの、私のせいじゃないってことにしといてくださいねっ! 全部あの人達のせいってことで! お願いしますっ!」
「え!? あぁ……。はい……」
黒服の男を指差しながら必死な顔をしているキャサリンを見て、先程魔法二輪を敵にぶつけるなどという大胆な行動を取った人物と本当に同一人物なのだろうかと内心で苦笑したシエナであった。




