魔獣襲来 3
クロードは今日ほど運の無い日もないな、と自らの運の悪さを嘆いていた。
《ドワーフ》の序列二位であるカナリアから何とか無事、とは言いがたいが倒されることはなく、その場を退けられたというのに、今度はまたその《ドワーフ》の序列上位の二人と出くわしてしまったのだから。
水属性である彼は土属性を苦手としている。だから無理をして戦う必要はないのだが、彼らの手には宝箱があった。
未だ手柄を上げられずにいた彼にこれをみすみす見逃すことは出来なかった。それに相手は二人で、こちらは四人。数ではこちらが勝っている。だからこそ、仕掛けるべきだと判断した。
「なんや? 《セイレーン》の三位やんけ。ウチになんかようかいな?」
「わざわざ説明しないとわからないとは、お前は相当頭が弱いらしいな」
「……いっちいち鬱陶しいやっちゃの。それくらい言われんでもわかっとるわ!」
「挑発に乗っちゃ駄目だよクリムちゃん」
「わあっとるっちゅうに!!」
「……ほ、ほんとかな……?」
クリムの顔を見る限り、完全に挑発に乗ってるようにしか見えなかったマルコシウスだったが、本人がそう言うのだからそうなのだろうと無理矢理納得した。
クリム達は今、ゴーギャン達から奪い取った宝箱を自陣へと運んでいる途中だった。
チームメンバーはゴーギャンと戦った時にやられてしまい、今は二人だけしかいない。しかし、相手は一人だけ。序列三位とは言え、属性はマルコシウス達の方が有利であり、数も勝っている。負ける道理はない。
にも関わらずマルコシウスはどこか不穏な空気を感じ取っていた。
何故なら、とわざわざ考えるまでもない。この状況でクロードがこちらに仕掛けてくるメリットが少なすぎるのだ。
確かにマルコシウスの手元には宝箱がある。それだけで狙うには充分な理由があるわけだが、それにしては状況が不利過ぎる。クロードにとっては数も属性も不利なのだから、無理をする必要はどこにもない。なのに仕掛けてくるとするなら、何を目論んでいるのか。考えられる事柄は二つ。
一つはただ単に目先の利益に溺れているということ。しかし、宝を見るとなりふり構わず特攻を仕掛けてくるほど愚かな性格をしているようには見えない。なのでこれは違うと断言出来る。
つまり、もう一つの理由である可能性が高い。それは、何か策があるということだ。
時間を稼ぐためなのか、もしくは他に仲間が潜んでいるのか。その判断までは付かないが、どちらにせよ警戒せねばならない。それをクリムに伝えようと口を開く。
「クリムちゃ──」
「出てきぃ! 《マンムー》!!」
だが、クリムはマルコシウスの言葉に耳を傾けることなく自身のアークを呼び出した。
小さな体には不釣り合いなほど大きな鎚のアークを軽々しく振り回しながらクリムはクロードへと飛び掛かった。
「ぶっ潰れんかい! 《アース・ハンマー》!」
大きな鎚がクロードの頭上から降り下ろされる。クロードはその攻撃を両手に握られていたトンファーで受け止める。
両腕に痺れるくらいの衝撃が走り、思わず膝を折りそうになる。だが、クロードは俯きながらもニヤリと口角を上げていた。
「今だっ!!」
そのクロードの掛け声に呼応するように左右の茂みの影から三人の生徒が飛び出してきた。
「うおりゃ~。《アクア・スプラッシュ》」
影から飛び出したエコーはクリムの背中に向けて水の飛沫を飛ばし、残りの二人はマルコシウスの足止めを努める。
クロードの作戦はこの二人を分断させること。そして、序列の低いクリムを先に倒すことだった。
「こんっの……! 舐めんなや!」
「舐めてはいない。だから──」
「二人がかりで倒させてもらうんだよ~ん!」
激情しているクリムにクロードとエコーが同時に攻撃を繰り出す。
クロードが近接攻撃でクリムに魔法を使わせる隙を与えずに畳み掛け、後方からエコーが水飛沫を飛ばし続ける。
「クリムちゃん! わわっ!?」
「あの二人の邪魔はさせねえ!」
「あなたは私たちが止めるっ」
マルコシウスも何とかクリムを救出しようと試みるが、宝箱を庇いながら戦っているため、上手く攻撃に転じられずに苦戦を強いられていた。
形勢は《セイレーン》側が有利だった。
このままいけば勝てる。クロードはそう確信した。だがそこに突如として、激しい暴風が吹き荒れた。
最初は《ハーピィ》の連中がまた横から宝をかっさらいに来たのかと思った。しかしそれは違うとすぐに理解した。理解させられた、と言った方が正しいかもしれない。
上空を見るとそこには大きな魔獣がこちらを見下ろしていたのである。
その魔獣を見た全員の頭の中では警報が一斉に鳴り出した。
その中で一人、クロードは冷や汗を流しながら内心で苦笑混じりにこうぼやいた。
今日は本当に運が無さすぎる。と──。
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「なんじゃこりゃ……?」
ゴーギャンは消耗した魔力を回復させるために身を潜めていると、遠くから凄まじい轟音が聞こえてきた。
その尋常じゃない音がようやく止み、魔力も少し回復したので音のした方へと向かうと、まるで天災が起きたかのように木々が根っこから吹き飛ばされており、地面にはいくつもの丸い穴が空いていた。
そして偶然、木々の間に埋もれた一つの宝箱を見付けた。よく見るとそれはついさっき《ドワーフ》の二人に奪われた宝箱だった。
すぐに辺りを見渡したが、周囲には誰一人として存在していなかった。
つまり、ここであった戦闘によって《ドワーフ》の二人は自陣へと強制返還されたことを意味していた。
だがその《ドワーフ》の二人を倒したのは一体誰なのか。宝箱はここにあるということは、宝を奪うことが目的ではなかったということだろうか。なら、何が目的だったのか。
「一体、何があったんスか……?」
ゴーギャンは自分が手に入れた宝を取り戻したわけだが、素直に喜ぶことは出来ず、言い表せない不安感を抱きながら、誰もいない空間で一人ぽつりと呟いた。
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ゴーギャンが一人、奪われたはずの宝箱を見付けていた頃、メイランとラピスは一進一退の攻防を繰り広げていた。
「こんにゃろ~! 隠れてチマチマ狙わないで正々堂々と戦ってよ~!」
「お断りです。貴女と真正面でぶつかればこちらが不利ですから」
「じゃいいや。意地でも炙り出してやるからっ! 《ファイア・ブレス》!」
木の陰を移り渡り、遠くから狙撃を繰り返すラピス。その攻撃を弾きながら隠れるための木々を燃やし尽くすメイラン。
互いに決定打は打ち込めていないが、段々とラピスが追い詰められてきていた。
隠れる場所も減り、体力にはあまり自信のないラピスにとって、これ以上戦いを長引かせるわけにはいかなかった。
しかしこの状況を打破するための作戦が思い付かない。
いっそのこと相討ち覚悟で姿を現して自分の最大威力の魔法を撃ちだそうかと考え始めていた時、突然大地が大きく震動した。
「「なっ──!?」」
メイランとラピスは同時に驚愕の声を上げる。つまり、この震動を起こしたのがメイランでもラピスでもないということだ。
次の瞬間、メイラン達のいる地面に大きな穴が空いたかと思うと、その穴の中から無数の石礫が二人に飛来した。
「きゃあっ!?」
「いてて!?」
二人はいくつもの石礫に襲われ悲鳴を上げる。
「何!? 《ドワーフ》の人!?」
「いえ、この魔力量は…………えっ? そんな馬鹿な……!?」
未だ地中から姿を現さない謎の襲撃の魔力を肌で感じたラピスは手で口を押さえて穴の中を凝視する。
「何でもいいけどやられたらやり返すっ! 《バーニング・ラッシュ》!」
怯むラピスとは対照的にメイランは穴に向かって炎弾を注ぎ込む。
しかし手応えがなく、穴の中からは虚しく爆発音がするのみである。
「……逃げ、た?」
メイランはそ~っと穴を覗き込む。穴は深く暗いため、どうなっているかはわからなかった。
「いえ。まだ逃げてはいません。近くに──きゃあっ?!」
ラピスは先程の攻撃の主は穴を掘り進んでいるのだろうことを推測し、魔力を探っていたのだが、その魔力がすごい勢いで地上に近付いて来たのを察知したと思った途端地面から石柱が飛び出し、宙に打ち上げられた。
「やばっ。《ジェット・フレイム》」
何本もの石柱が続けてラピスに向かって伸びるのを見てメイランは足から炎を噴射させて、ラピスを抱え上げて石柱の側面を蹴りながら着地する。
「すみません。助かりました」
「いいよ。困った時は助け合いだからね。それよりも──」
「はい。まだ敵はこの近くに潜んでます。この魔力量はおそらく、Bランク相当の魔獣だと思われます」
「ええっ!? 何でそんな危険な魔獣がこの森にいるの?!」
「わかりません。ですが、現実に驚異は差し迫ってます。なのでここは一時休戦して協力しながらこの場を切り抜けませんか?」
「……うん。わかった。それじゃサポートよろしく!」
非常事態の末、メイランが前衛、ラピスが後衛とする異色の即席タッグが生まれた。




