序列上位者達の戦い 4
「皆、アークを出すんだ。一気に畳み掛ける」
カインが仲間達にアークを出すよう呼び掛けた。グレイはもはや苦笑いすら出来ずに全身に緊張が走る。
「はぁ……たりぃな、ったく。出な。《マンティス》」
「口寄せの術。《烈風扇》!」
「お願い。《クローバー》」
カイン以外の三人がそれぞれ自分達のアークを顕現させた。
《マンティス》という名の大鎌を構える少年は《ハーピィ》序列二位のソーマ=シュヴァインフルト。
《烈風扇》という名の扇を持つ少女は《ハーピィ》序列三位のシャルル=オリンピア。
《クローバー》という名の弓を携える少女は《ハーピィ》序列四位のコノハ=フォーリッジ。
実力者三人のアークを一度に目にしたグレイに、まずコノハが上空に向かって風の矢をつがえる。
「《ウィンド・アロー》!」
真上に放たれたその矢はやがて曲線を描きながら数を増やし、グレイに向かって落下してきた。
その矢の数はどんどん増え、もう既に数えきれない。それにそんな余裕も無かった。急いでグレイはバックステップで落下してくる矢を躱し続ける。
すると、背後から背筋の寒くなるような殺気を感じて、咄嗟にその場でジャンプする。
その直後、グレイの足下を大鎌が横一閃に通過した。
「ちっ。これも躱すか。でも、こりゃ無理だぜ。シャルル!」
「心得ているでござる! 《烈風昇波》!」
「うわあっ!?」
ジャンプしたことにより宙にいたグレイに、シャルルが《烈風扇》を思いっきり扇ぎ風を発生させて空高く舞い上がらせた。
そして、飛ばされてきたグレイを待ち構えていたかのようなタイミングでカインが自分のアークを呼び出した。
「来てくれ。《天津風》」
カインのアークは十字の刃が付いた槍だ。その槍を渾身の力でグレイに向かって降り下ろした。
グレイはその攻撃をグローブの手甲で受け止める。特別頑丈に作られたグローブであるため、その槍の攻撃一つで欠けたりはしなかったが、衝撃までを消すことは出来るはずもなく、グレイは地面にすさまじい勢いで落下した。
衝撃で砂塵が舞い上がり四人は上空で様子を伺う。
「やった、か?」
「ソーマ君。それはやってない時に言う台詞だからあんまり多用しない方がいいよ」
「は?」
コノハが小声でさらりとツッコミを入れたが、ソーマはよくわかっていないようだった。
しかし、それはすぐに理解することとなる。
「──ああ、そういう事だ。これくらいじゃ俺はやれねえよ」
「……ふむ。やはり相当タフでござるな」
「結構強めに打ち込んだはずなんだけど」
シャルルとカインはグレイの頑丈さに感心した。だがグレイはやれやれと言いながら肩を竦めた。
「でも、やっぱキツいな……。しょうがねえ。諦めるか」
「なんだ? やけに潔いな。黙ってやられるってか?」
「は?」
ソーマの質問に、グレイはすっとんきょうな顔をした。
「あ、あぁ。確かに今の言い方だと勘違いさせるな。わりぃ。でもちげえよ。俺は隠し通すことを諦めるって言ったんだよ」
グレイが何を言っているのかわからずにいる四人に向かい、グレイはにやりと笑いかけた。
「よく見とけよ《ハーピィ》。これが──俺のアークだ」
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「ほう。とうとう使うのか。まあ、当然だな。戦うにしろ逃げるにしろ、アーク無しでは切り抜けられないだろうからな」
リールリッドは優雅に紅茶を飲みながら瞼の裏に映し出される光景を見つめていた。
現在、ヴィンデルの森全域はリールリッドの《聖域》となっているため、リールリッドには森全体の状況を把握することが出来る。
いざというときには側に控えている講師達に連絡を取り対処してもらうためである。
だが、一度に膨大な情報量が頭の中に浮かび上がるため、普通の魔術師だと五分も持たずに精神が焼き切れる。
にも関わらず、平然と紅茶を飲むリールリッドがどれほどの実力者なのだろうか。
「それにしても、《プレミアム》の子達はどんな作戦を考えているんだ?」
そんな中でリールリッドは各クラスがどんな作戦を立てたのかを推理していた。
《イフリート》は各チームの強さを平均的になるよう調節し、弱いチームを作らずそれぞれのチームの勝率を上げ、全員が大会を楽しめるようにしている。
《セイレーン》は戦闘に不向きな者が多いため、序列上位十人がそれぞれ五人チームのリーダーとなり、二つのチームを合わせて一グループとして行動している。
《ドワーフ》はこの大会を修行の場と考える者。誰かに自分の強さを認めて貰いたい者。宝が欲しい者。それぞれに分かれて自由に動く作戦である。いや、正確には作戦らしい作戦ではない。
《ハーピィ》は少々特殊で、序列上位四人のチームを作り、そのチームが片っ端から他のクラスのチームを倒し、他のチームに宝箱の場所を伝え、宝を多く入手しようとする作戦のようだった。
そして今は《プレミアム》の動きが気になり、他を疎かにしない程度に注目していた。だがどんな作戦なのか検討も付かない。
まず、たった一チームの三人しかいないというにも関わらず、それを更に三分割したという謎の行動。
そしてエルシアもアシュラもグレイさえもが各クラスの序列上位者と戦い始めた。宝箱には興味が無いのかとも思ったが、彼らの性格上それは考えられない。ならどんな狙いがあるのか。
「……ん? 何だ?」
そんなリールリッドが目を閉じたまま首を傾げる。少し気になることがあり、そのことに集中すると、ようやく彼らの考えがわかった。
「……あぁ、ハハハ。そうか。確かにそんなルールは無いな。やれやれ、仕方ない。見逃してやるとするか」
一体何を見たのかは誰も知ることは出来ないが、リールリッドは一人で笑い声を上げる。
しかし、その表情は次の瞬間、真剣なものに変わる。
「……カーティス」
「はい。どうかしましたか?」
リールリッドの近くに控えていたカーティスがリールリッドの声音が変わったことに気付き、神妙な面持ちで返事をする。
「シエナ先生をここに。……ついでにキャサリン先生も呼んで来てくれたまえ」
「承知しました」
無駄に豪華な仮設テントからカーティスが出て、講師達の控えている別の仮設テントにいるシエナとキャサリンを呼び、リールリッドの元へと連れてきた。
「ど、どうしたんですか?! まさかあの子達、またやらかしたんですかっ!?」
「いや。違う違う。落ち着きたまえ」
キャサリンは自分が呼び出された理由が《プレミアム》にある、と思っているようだった。まあ、確かに日頃の行いもあるので無理もないが、リールリッドはやや苦笑しながらキャサリンを落ち着かせる。
「もしかして、何か来ましたか?」
そんなキャサリンとは打って変わってシエナは落ち着きと共に冷静に今リールリッドに呼ばれた本当の理由を尋ねる。
「流石鋭いなシエナ先生は。そうだ。ついさっきヴィンデルの森の北西付近に不振者が現れた。それに近くに魔獣もいるな。おっと、今森に放たれた。不審者は……森から離れていくな。そして魔獣達のランクは……Bが三体だ」
「そ、そんなっ!?」
「属性は?」
「水と風、それに土だな」
「火の魔獣がいないですね。あからさまに」
「それって、つまり──《閻魔》が来た、ということですか……?」
「判断はつかない、が可能性は高い」
《閻魔》の者達がやがて必ず復讐に訪れる、とは先の事件を起こし投獄され、牢の中で自害した男ヤンバークが遺した言葉だ。
『いずれ我らが誇り高き《閻魔》が貴様らを地獄の底に引きずり落とし、獄炎の焔にて処刑する』
その言葉の通りに報復に訪れたと考えるのが妥当だ。そしてシエナはこのことに備えて学院が呼んだ、謂わば用心棒でもある。
シエナの目が鋭さを増し、魔力を高める。
「じゃあ、私は今すぐその犯罪者達を潰しに行きます」
「頼むよ」
「はい。では、行ってきます。魔獣の方は頼みます」
シエナはすぐさま仮設テントを飛び出していった。
「そ、それならわたしはすぐに大会を中止させて生徒達を安全な場所に──」
「何を言っている? 君もすぐにシエナ先生を追いかけて不審者達を捕まえて来てくれ」
「……は?!」
リールリッドは何を言っているんだといわんばかりに表情をしかめる。
「い、いやいや! だって、不測の事態が起きてるんですよ!? 生徒の安全が第一じゃないですかっ!」
キャサリンは至極真っ当なことを言ってリールリッドに詰め寄る。が、リールリッドは怯まずこう返す。
「そうだな。Bランクの魔獣の出現など、まさに不測の事態だ。だが、忘れたか? この大会は実戦を意識した物だということを。そして実戦とは不測の事態の連続だ。情報に無かった敵の出現など日常茶飯事だ。何より、彼らは見習いとはいえ魔術師だ。冷静な判断を下せずにこれからの魔術師としての人生など歩んでいけるはずもない。だから、魔獣達は放置する」
そのリールリッドのとんでもない決定に、キャサリンは思わず叫ぶ。
「ふざけないでくださいっ! それでも貴女は講師なのですかっ!?」
「講師だとも。故に何よりも彼らの成長を望んでいる」
このまま話していても埒が明かない。そう判断したキャサリンは踵を返して仮設テントを出ようとする。
「『待ちたまえ』」
強い言葉ではなかった。にも関わらず、キャサリンの体は硬直した。
「何、ですか……ッ!?」
「いやなに。どこへ行くのか聞いておこうと思ってね」
どこまでも泰然としているリールリッドに怒りすら感じ、キャサリンの体からわずかに冷気が発生する。
「そんなの、決まってます。生徒の皆を避難させるんですよっ!」
「と、言うと思ったよ。やれやれ。忘れたのかい? 生徒達には全員あの緊急脱出用の魔道具を持たせているだろう。それに最悪の事態になる前には必ず私が何とかする。ここは私の《聖域》なんだぞ。案ずることは何もない。だろ?」
「…………」
キャサリンは黙り込む。自分の感情とリールリッドの実力への信頼の間で揺れているのだろう。だがやがて、ふうと息を吐き出す。
「……絶対ですね?」
「あぁ、絶対だとも。私の命に代えても、だ」
「なら、貴女を信じてシエナ先生の所に向かいます」
「そうしてくれたまえ。いくら彼女でも一人は危険だ。あぁ、そうそう。裏に魔法二輪が置いてある。使うといい」
悪質行為を働いた生徒を捕まえるためやこういう不測の事態のために準備していた魔法二輪だが、まさかそれ以外の理由で使うことになるとは、と思いながらキャサリンは敵の現れたという北西方面へと魔法二輪を走らせた。




