序列上位者達の戦い 3
魔獣、サンドボアを片っ端から薙ぎ倒しながら歩いていたグレイは近くに戦闘の音が聞こえてきたので、無駄な戦闘を避けるために近くにあった洞穴の中に隠れていた。
「やれやれ。しばらくはここに隠れてるか」
洞穴の中は薄暗く、奥の方までは見渡せない。あまり入り込んでしまうと戻ってくるのも一苦労しそうなので、入り口付近の岩に身を潜めた。
戦闘音に耳を傾けて、その音が風の音と水の音であることを聞き分けた。
つまり現在この近くで戦闘を行っているのは《ハーピィ》と《セイレーン》の生徒だということだ。
しばらくそのまま洞穴に身を潜めているとやがて音が止んだので、体をわずかに洞穴から出した。
「ん。もう大丈夫、かね」
周囲に気配も感じなかったので、グレイはようやく行動を再開させることにした。
「にしても、やけに短い戦闘だったな。水と風じゃどっちが有利とかねえはずだが。それに一体どっちが勝ったんだ?」
そんなグレイの一人言の答え合わせといわんばかりに、いきなり周囲に魔力を感じた。
「「「《ウィンド・スラッシュ》」」」
「──ッ!?」
突如、三方向から風の刃が飛んできてグレイに襲い掛かる。グレイはすぐに心を落ち着かせて魔法を紡ぐ。
「全て等しく無に還れ。《リバース・ゼロ》」
グレイは飛んできた風の刃を一つずつ殴って消し飛ばした。
「「「なんとっ!?」」」
その短い驚愕の声は女のものだった。しかも多方向から同時に同じ声がした。
「誰だっ!?」
だが、その問いかけには答えず、再び魔法が飛んできた。
「「「ならば、これでどうでござる! 《風手裏剣》!!」」」
今度向かってきたのは風で出来た無数の手裏剣。それもまた三方向から同時に放たれ、グレイは即座に全ての手裏剣を回避することは不可能だと悟り、魔法を紡ぐ。
「全て等しく透き通れ。《ミラージュ・ゼロ》」
すると、グレイの体は霞がかかったかのようにぼやけ、風の手裏剣がグレイの体をすり抜けた。
「「「す、すり抜けたっ!?」」」
「──そこかっ!」
再び驚愕する声のする方向を見定めたグレイは、そちらに向かって飛びかかる。
「見つけたっ!」
「くっ!?」
グレイは草陰に隠れていた人物を見付けて殴り飛ばした。が、その人物は木にぶつかると小さな旋風を残して消えてなくなった。
「……なるほど、分身技か」
グレイはアシュラの魔法、《幻影》を思い出し、瞬時に今の多方向攻撃の謎を理解した。
「……その通り。今のは拙者の魔法、《風分身》にござる。しかし、拙者の不意打ちを回避しきるだけでなく、正体まで見抜くとは。流石は《プレミアム》、と言った所でござろうか」
中々珍妙な口調で話しながら姿を現した少女は、今グレイが殴り飛ばした少女と同じ姿をしていた。
その少女は特に寒くもないのに口元を覆い隠すように長いマフラーを巻いていた。その特徴は学院でも少し目立つのでグレイも少女のことを少しだけ知っていた。
「そちらこそ、《ハーピィ》の序列三位様じゃねえの。ええっと、名前は──なんだっけ?」
「……本来、忍は不用意に名乗ることなど無いが、拙者の攻撃を防ぎきったお主には特別に名乗ろう。拙者の名は、シャルル=オリンピアでござる」
自分の名を名乗ったシャルルは魔力を練り上げ、足に魔力を集中させた。
「では、我が名を冥土の土産として持って逝け! 《エアロ・ブースト》!」
風属性の身体強化は速力強化。シャルルは風の魔力を纏い、素早い動きで森を駆け回る。
「重ねて《風分身》の術!」
そこに更に自分の分身を二体作り出す。三人同時に周囲をかなりのスピードで走り回られれば、どんな者でも翻弄される。だが、グレイはシャルルより速く動く者を知っている。
「確かに速いな。でも、エルシアの光速に比べりゃ止まって見えるぞ!」
「なっ!?」
グレイは背後から迫ってきたシャルルに後ろ蹴りを食らわせる。その蹴りを受けたシャルルは分身だったようで、旋風を残して姿を消した。
「「はぁぁあ!」」
「今度は同時か」
次にシャルルは上空と真正面から同時に向かってくる。
それに対してグレイは両手をだらん、とさげた。シャルルはその意味のわからない行動に一瞬攻撃を躊躇したが、構わずにグレイに攻撃を繰り出した。
まず、真正面から向かってくるシャルルはグレイ目掛けて一直線に風を放つ。だが、その攻撃は必要最低限の動きで躱される。続けざまに上空からグレイに向かって高威力の竜巻を発生させる。
しかし、左手を翳すだけでその風は消し飛ばされ、グレイはその場で回転し、地にいたシャルルの分身を蹴り飛ばした。
「やっぱお前が本体かっ!」
そう言ってグレイは落ちてくるシャルルに向かってジャンプし、右腕を振りかぶる。
「残念でござるな。《エアロ・ブラスト》」
だがその攻撃は当てられず、逆に突如発生した突風に煽られグレイは地面に叩きつけられた。
一方シャルルは風を纏わせ宙を浮いたままグレイを見下ろしていた。
「……ちくしょう。やっぱ飛ぶとか卑怯じゃね……?」
「戦術にござる」
正論を述べるシャルルにグレイはこの場からの撤退を考え始める。
このままではこちらから攻撃を当てることは出来ず、逆にシャルルは空から一方的に遠距離攻撃を加えることが出来る。
そうなればただの消耗戦。圧倒的にグレイが不利となる。
グレイは既にどうやってこの場から撤退しようかと思考を移していたが、更に絶望的な状況へと追い込まれた。
「シャルちゃ~ん。どこ~?」
「お前、敵の気配感じたって言って飛び出してからどんだけ時間掛かってんだぁ~? まさかサボってんじゃねえだろうな?」
「まあまあ、シャルが気配を感じたって言うんだから本当の事なんだよ。君と違ってサボるような性格もしてないし」
そんな会話が聞こえてきたかと思うと、木々の間から三人の生徒が姿を現した。
「あっ、いた……。って、わわっ!?」
「ん? こいつ、《プレミアム》の奴じゃねえか」
「……なるほど。シャルの帰りが遅い理由がわかったよ。やっぱり探しに来て良かった」
「おお。皆の者済まぬな。少しばかり手間取っていたのでござる」
グレイは冷や汗を流しながら撤退を諦める。姿を現した三人のことも見覚えがあったのだ。
「はは……マジかよ……」
引きつった笑顔を浮かべるグレイに一人の少年が笑いかけてきた。
「やあ。こうやって話すのは初めてだよね。僕の事知ってる?」
「嫌味かそれは? 流石の俺でも学年二位様を知らねえわけねえだろ。……名前は知らねえけどな」
「ははっ。そっか。なら名乗った方がいいかな?」
「ご自由にどうぞ」
じりじりと追い詰められていく感覚に襲われながらもグレイは不敵な笑みを返す。
「そう。なら名乗っておくよ。自分を倒した相手の名前くらい、知っておいた方がいいだろうからね」
既に自分が勝つと信じきっているその少年は自分の胸に手を当てて名乗りを上げた。
「僕の名前はカイン。カイン=スプリング。是非覚えておいて欲しい」
「あぁ、忘れるまで覚えててやるよ」
「一応君の名前も教えてもらっていいかな?」
「やなこった」
「そうか。残念だよグレイ君」
知ってるんじゃねえかよ、とグレイは内心で毒突いた。
カインは穏やかな表情の割に隙が無く、確実にグレイに狙いを定めた。
「じゃあ、そろそろ始めようか。悪いけど、手加減も容赦もしないよ」
「っつーわけだから、四人がかりで確実に倒させてもらうわ」
「卑怯、とは思わんで貰いたいでござるよ」
「い、一応、そういうルールだから」
そう言って四人は風を起こして飛び上がり、見下ろすようにグレイを見る。そして、先程の戦闘がすぐに終わった理由を痛いほど理解した。
「ちっ。《ハーピィ》最強の四人が相手かよ……。参ったねどうも。そりゃ戦闘を開始しても速攻でやられるわけだわ」
グレイは空を飛ぶ四人を見上げながら苦笑し、しかし諦めることなく拳を構えた。




