新任の代表講師 5
「あれ? 君って確か、れーくんと一緒にいた子だよね。エルシアさん、だっけ? 一人なの? れーくんとは一緒じゃないの?」
「あっ……ソ、ソレイユ先生。ええ、まあ、今日はなにか用事があるとか言ってましたけど」
今日は一人で学食に訪れていたエルシアに話し掛けてきたのは、先程旧校舎の練習場に飛び込んできたシエナその人だった。
ちなみにアシュラはチャイムが鳴った瞬間に「ちょっくらシエナ先生を探して口説き落としてくるぜ!」と出来もしない戯れ言をほざきながら教室を飛び出したはずなのだが、どうやら行き違いになったようである。
エルシアは内心でアシュラを小馬鹿にしながらシエナを見つめる。
すらりと伸びた綺麗な足、出るところは出ていて締まるところはしっかり締まっている、羨ましいことこの上ないほどのプロポーションである。
決して口には出さないが、アシュラが本気の目になるのも頷ける。大人の女、という色気を感じさせるその姿にエルシアは自分に自信が無くなってくる。
「ん~。さてはれーくん。久し振りに会ったお姉さんの美しさに見惚れて、それで照れ臭くなって逃げてるんだな。全く愛い奴め」
実際のところは全く違う理由なのだが、それを知るよしもないシエナは一人、自分に都合のいい妄想を抱きながらいつもはグレイが座る場所に腰を下ろした。
「へ? せ、先生……?」
「ん? どうかしたの? あ。もしかしてこの後この席に友達が来るの?」
「い、いえ。たぶんあの二人は今日は来ないと思いますし、そもそもいつも一つは余分に空いてますから大丈夫、なんですが……」
エルシアは周囲に視線を巡らせる。シエナは超が付くほどの有名人だ。当然ながら周囲の注目を集める。
そんな彼女が、これまた注目を集める《プレミアム》の中で、唯一の女子であり、美少女でもあるエルシアと向かい合って座っているのだ。これ以上に興味の惹かれる光景もないだろう。
エルシアは今更そんなことを気にすることはないのだが、シエナはどうなのかと思ったが心配なかったようだ。
「そっかぁ。良かった。私、貴女に色々お話し聞いてみたかったんだよ」
「私に、ですか?」
「そ。れーくん、学校では上手くやってるの? とかね。たぶん本人に聞いても何にも教えてくれないだろうから」
シエナは持ってきたドリンクに刺さっているストローを指で弄びながら優しい笑顔を向けてくる。
エルシアは基本的には自分は優等生だ。普段はグレイやアシュラという問題児に挟まれ自分もそちらに引っ張られがちになってしまっているだけ、と思っている。
それが事実なのかどうかはさておき、優等生なエルシアはシエナの質問に答える。
「上手くいってる、というのがどういう基準で判断すればいいのかわかりませんが、クラス内ではわりかし良好的な関係を築けていると言っていいんじゃないでしょうかね」
「固いな~。仲良しです、って言えばいいのに」
「はあ……。仲良しなのか、と問われたら少し疑問符が浮かぶので。いつも喧嘩ばかりですし」
「ふふ。なんだ。やっぱり仲良しなんじゃない。喧嘩するほど仲が良い、って言うからね。いやぁ良かった良かった」
口に手を当てながら笑うシエナを見て、エルシアは視線を逸らす。
少々ひねくれた性格をしていることを自覚しているエルシアは真っ直ぐに自分を見つめてくるシエナのことが眩しかったのだ。
だがシエナは気にすることなく他にも色々と質問した。そのほとんどはとりとめのないことばかりだったのだが、シエナは終始楽しそうだった。
エルシアも代わりに昔のグレイのことを聞いた。だが、今とほとんど変わっていないらしく、生意気で無愛想で、だけど無器用ながら優しくて可愛らしいところも一杯あるのだと相好を崩しながら楽しそうに語るシエナ。
余程グレイのことを溺愛しているのだろうことが窺えるシエナを見て、エルシアはやや複雑な感情に襲われながらも、笑顔を浮かべる。
「ああああぁぁぁっ!! ようやく見付けたぁぁあ!!」
そんな時。聞き慣れた大声が食堂の入り口から聞こえてきた。エルシアは顔をしかめながらそちらを向く。
やはり予想通りの人物がやや小走りでこちらに近付いてきた。
「おいエリー! お前、シエナ先生と一緒にいるなら連絡くらいくれたっていいだろ?!」
「知らないわよ。てか、あんた通信用魔道具なんて持ってないでしょうが!」
「気合いでテレパシーを飛ばせ」
「出来るわけないでしょ。馬鹿なの? いや、元から馬鹿だったわね」
一気にいつものエルシアに戻り、やってきたアシュラとメンチの切り合いを始める。その様子を何故かにこやかに眺めるシエナはふと何かを考え始めた。
「はっ! エリーとくだらない喧嘩してる場合じゃなかったぜ。シエナ先生っ!」
「ん? ……あぁ、はいはい。何でしょう?」
まだ先生と呼ばれるのに慣れていないシエナは一瞬遅れて返事する。
「付き合ってくだ──「ごめんなさい」言いきる前に断られたっ!!」
エルシアは見事に玉砕したアシュラを見て失笑し、アシュラは地面に膝をつく。
「私にはれーくんって最愛の人がいるからねぇ~」
「よし。あいつには消えてもらおう」
「ふざけんじゃないっての!」
シエナの結構やばめな発言を聞き、アシュラが妖しい光を宿した目をしながら立ち上がったが、エルシアはその後頭部を強く叩く。
「くそぅ……。ならせめてその豊満な胸だけでも──」
「ふんっ!」
「げふっ!? エ、エリー……。腹を蹴るな、腹を……」
アシュラがやらしい手つきでシエナに飛び付こうとしたところを寸ででエルシアが止めに入る。物理で。
冗談であることはエルシアにもわかっていたが、生理的にムカついたので容赦なく蹴りをいれた。
アシュラは蹴られた腹を押さえながらエルシアに突っかかる。エルシアもそれに対応し、いつもの喧嘩が始まりそうになっており、他の生徒達からも注目を浴びていた。
「あ、そうだ。えっと、アシュラくん、だっけ?」
「へ? あぁ、そうっす!」
だが、突然シエナがアシュラの名を呼んだので喧嘩には発展しなかった。
「君ってさ、結構強い方かな?」
そんなシエナの唐突な質問にアシュラは偉そうにふんぞり返りながら答えた。
「無論! なんてったって《プレミアム》最強ですからっ!」
「ちょっ!? 何平然と嘘吐いてんのよ!」
聞き捨てならない言葉を聞きエルシアが訂正に入るが、アシュラはそれを手で制す。
「ふむふむ最強、か。なら都合がいいかな」
シエナはそんなことを呟き、ポンッと手を叩く。
「ならさ。私の模擬戦の相手してくれないかな? 実は私の魔法を見せてくれって、沢山の人に頼まれちゃってて。それに私個人として、れーくんの友達の力も見てみたいって思ってたし」
「オッケーだっ! でも、どうせなら賭けをやりませんか?」
「いいよ。ハンデとして私が勝ったとしても君に罰とか与えないから安心していいよ。で、アシュラくんが勝った場合はどうする?」
「胸揉ませてくださいっ!!」
そんなこと恥ずかしげもなくよく堂々と言えるな、と誰しもが思った。特に女子からは凍えるかのような温度の視線が浴びせられた。だが。
「いいよ。勝てたらね」
「えっ?! マジっすか!? いよっしゃあああああっ!!」
まだ勝ってないどころか勝負すら始まっていないのに、アシュラは拳を天に突き上げるように喜びだす。
エルシアは慌ててシエナに近寄る。
「何言ってるんですか! あんなアホな賭けに乗る必要なんてないですっ!」
「いや、でもこっちの都合に合わせてもらうんだし、勝った時の見返りくらいは用意しておかないと、ね?」
一体シエナは何を考えているのか、とエルシアはシエナのことが理解できずに頭がパンクしそうになっていた。




