絡み合う奇妙な縁 1
第45話
「はぁ、はぁ……参ったわ。誰かしら来るだろうとは思っていたけど、よりにもよって《人馬宮》の堅物が来るとはね……」
ナタリアは息を切らしながら路地裏に逃げ込んで、壁に背を預けて周囲を警戒する。そのすぐ側にはセフィリアの姿もあり、こちらも同様に息を切らして焦りの表情を見せていた。
「やはり街の外に繋がる門や飛行船乗り場にも彼の私兵が立っていました。どうしますかナタリアお姉様」
「強行突破、は無理でしょうね。例え私と貴女が協力したところで、ロクな装備もない状態じゃ騎士は魔術師に勝てない。せめて魔法が使えるアリシア姉さんがいれば……」
ナタリアはこの場にいない姉のことを思いながら打開策を考える。エルシアのニュースを聞いて一目だけでも顔を見たいという気持ちが抑えきれず、無理をしてまでサムスまで来たツケがここで回ってきてしまった。
無論、エルシアに会うために自分達が決めてここに来たことに後悔はない。エルシアを餌に罠を張られているかもしれないと覚悟もしていた。
むしろ向こうが今までよく行動を起こさなかったなと不思議に思ったくらいだが、魔競祭最終競技の開始時刻が差し迫った頃に襲撃を受けたことにより、ミスリル魔法学院の学院長の名を思い出して得心がいった。
《魔女協定》。魔女の名を授かりし者に与えられる特権のことであり、内容は魔女によって色々である。
こと《聖域の魔女》リールリッドの決めた協定の中に『ミスリル魔法学院の生徒及び教員は全て《聖域の魔女》の名の庇護下にあり、何人たりとも手を出すことを禁ずる』というものがあり、街で騒ぎを起こし、万が一生徒の誰かが巻き込まれたら例え相手が《王道十二宮》であろうと厳しい処罰が与えられる。
だが本当に怖いのは処罰などではなく《聖域の魔女》を敵に回すことなので、街に生徒がいるこの三日間、ケイロンは二人の姿を見付けても監視するだけに留めたのだ。
しかし現在サムスの街には生徒は一人もおらず、魔競祭を観戦しに来た客は大スクリーンのある各競技場か大広場に集中しているため、この路地裏には人っ子一人いない。
「ったく。エルシアの応援に行ってあげたいのに、ほんと迷惑な人達ね」
「全くです。…………いえ、こうなったら堂々と応援しに行きませんか?」
「あのねセフィリア……。ここから競技場がどれだけ離れてると思ってるの。あいつら、わざと人の少ないエリアに誘い込むようにしてるからこれからもどんどん追い詰められて……」
「わかっています。ですが何とか競技場か大広場まで行けたら彼らも手荒なことはしないのではないでしょうか。いくら《王道十二宮》でも大衆の目がある中で魔法を使ってくると思えませんし、特にケイロンほどの者なら民を危険に曝すことは絶対に避けるはず」
「なるほど。それならひとまず時間は稼げるか……。なら仕掛けるなら早い方がいいわね。いける?」
「当然ですわお姉様。侍女となった今でも、私達の父カルナが編み出した誇り高き剣技は衰えてはおりません」
「それは良かった。なら私が先に出るから後ろは頼むわね」
「任せてください!」
ナタリアとセフィリアは意を決して剣を抜き放ち、路地裏から飛び出す。
すぐさま数発の魔力弾が飛んできたが、ナタリアが全て斬り裂き、続けて前方で詠唱を始めていた魔術師を斬り伏せて包囲網を突破。最後にセフィリアが懐に忍ばせていた煙玉を地面に叩き付け視界を塞ぎ追撃を許さない。
「くっ……! 逃がすな、追えッ!! 必ず捕らえよ!!」
煙の向こうから怒号が飛び交っていたが振り返ることなく街の中心に向かって駆け出した。
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「さぁ! とうとう魔競祭最後の競技となりました! 現在の合計得点ではミスリルの方がやや有利ではありますが、この『シミュレーション・ストラテジー』の結果次第ではブリードも十分逆転のチャンスがあります!」
司会者の試合開始前の話が始まる中、ミスリル全校生徒は最終競技場である街の外の森林エリアに集まり最後の打ち合わせをしていた。
ミスリル全校生徒の代表であるアーノルドは皆の前に立って作戦の最終確認を取った後、競技開始の銅鑼が鳴る。
するとアーノルドは高く拳を突き上げ生徒全員を鼓舞するため、銅鑼よりも大きな声で叫ぶ。
「我らが集いし聖域に誉れある勝利をッ!」
「「「我らが集いし聖域に誉れある勝利をッ!!」」」
そのアーノルドと二、三年生の威勢のいい大声に一年生らは少し驚かされている中、グレイ達三人はアーノルド達をそっちのけで別の作戦会議を行っており、それに気付いたのは同じ一年生の数名だけだった。
それからミスリルの生徒は各陣形を形成しながら行動を開始した。
そして何週間にも及ぶ全体練習の末、最終的に《プレミアム》三人にあてがわれた作戦は遊撃隊として全体の戦況を把握しつつ、敵の各個撃破というものだった。
詰まるところ、何を仕出かすかわからない問題児三人を作戦に組み込むのは不安なので、邪魔にならない程度で適当に戦っておけという身も蓋もない作戦なのだが、今回は逆に何の気兼ねなく自由に動けるのでむしろありがたかった。
「よし。行くか」
「行くって、何かアテでもあるの?」
「あぁ。何でも、不思議とあいつのいる場所がわかるんだと。なぁ?」
そう言ってグレイは自身のアーク《空虚なる魔導書》を顕現する。
「それじゃ道案内頼むぜ」
『はい。マスター』
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一方、ティアラは一人で集団を相手に戦闘を行っていた。
というのも、ティアラの任務は単騎でより多くの敵を戦闘不能にすることだったのだ。付近には味方は一人もおらず、敵は複数。状況だけ見れば絶体絶命だ。
だがティアラの魔法は威力が高く広範囲に広がるため、周囲に味方を配置すると巻き込む恐れがある、とはブリード代表の言葉であり、それは皮肉にも事実でもあった。
加えてティアラは集団戦闘は苦手、というより経験がほとんどない。何せたった一人と四体の眷獣だけのクラスで多くの時間を過ごしたのだから当然の話だ。
入学当初、ものは試しにと色々なクラスに配属されたこともあったが、どのクラスにも馴染めず、たらい回しにされた挙げ句、結局ひとりぼっちのクラスに逆戻りしてしまう始末で、どこのファミリアにも入れず門前払い同然の扱いを受けたりもした。
信頼出来るのは眷獣だけ。これだけのことがあればそう考えるようになるのも無理はない。
故にティアラは心を硬く閉ざし、誰も信用出来ずに何者にも負けない強い自分という偽りの虚像を作り出すようになった。
──仲間なんて、友達なんて。
「くっ! 何としてもここで食い止めろ! あんな化物に突っ込んでこられたら陣形が崩されるぞっ!」
ミスリルの生徒の発したその一言に、ティアラの心がわずかに痛む。その痛みを誤魔化すかのように、叫ぶように眷獣へ指示を出す。
「ええい面倒だ! ケイト! ホルス! 《第二魔楽章》焼き払え、焼却の嵐《スパイラル・バースト》!!」
「ぐぅわぁあああああっ!!」
ケイトが発した熱波をホルスの風で螺旋を描くように放ち、周囲を包囲していたミスリルの生徒が木々と共に焼かれ、吹き飛ばされる。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
だが流石にティアラも息があがっている。怒りに任せてがむしゃらに戦ってきたが、大勢を一人で相手をするのは魔力だけでなく精神力も激しく消耗してしまう。
眷獣達が不安そうな目でティアラを見上げるも、その眷獣達の心配も今のティアラは気付けない。
「見付けたぞ! こっちだ!」
派手な魔法を使ったせいか、すぐさま場所を特定され更なる増援がやってくる。
火水風土の四クラス編成の部隊。弱点のないティアラ対策のための部隊だと瞬時に悟る。
(もう、いいかな……)
そもそもティアラは別に優勝したいだなんて思ってもいなかった。勿論負けるのは嫌いだ。だが今回はそれとは別の目的があった。
自分と同じ《プレミアム》、はじめて自分と同じ気持ちを共有出来るかもしれない相手との会合こそが真の目的だったのだ。
しかしこの面倒くさい性格のせいで仲良くなるどころか挑発まがいのことまで言って険悪になってしまい、はじめて友達になれたと思ったミュウはグレイ=ノーヴァスの妹で、ブリードの内部情報を得るためのスパイだった。
(もう、どうでもいいや……)
ここで自分が負けたって誰も困らない。仲間も友達もいない自分を助ける者だっていない。
勝ったって勝利を共に喜ぶ者もいない。ならもう頑張る必要なんてない。
「よし! あいつ弱ってるみてえだぞ! 一気に畳み掛けろ!!」
そんな声を聞き流しながらティアラは静かに目を閉じる。眷獣達がそのティアラの行動に驚愕するように鳴き喚くも、もう目を開ける気力は残っていなかった。
せめて、あまり痛くなければいいなと、肌で魔力を感じながらギュッと強く目を閉じる。
『──ティアラ!!!』
真っ暗な闇の中、よく知る小さな少女の声で自分の名前が呼ばれた、ような気がした。
それと同時に、何かが砕けるような破砕音がした。




