灰色の少女と虹色の少女 3
「ようやく見付けたと思ったら……。これは一体何事ですかな、ロゼお嬢様」
「あら。随分早かったわねジルベルト。何って、見ての通りよ。私としたことが、自分の吐いた言葉に少し後悔しているわ……」
白い髭を蓄え執事服を纏う長身の男──ジルベルトがロゼと呼ぶその女は同じ席に座るミュウを横目に見て苦笑いする。
カチャン、と次々に積み上げられていく皿の塔を見て、会計がいくらになるのか計算するのも嫌になる。好きなだけ、等と口にするんじゃなかったと後悔せずにはいられないだろう。
更にもう一人の同席者であるティアラは、ほとんど料理に手を付けず、緊張で全身カチコチに固まっていて動作もどこかぎこちない。その姿を見ていると何だかこちらまで緊張してくる程だ。
ある種の混沌とした雰囲気が漂う中、ロゼからこうなった経緯を聞いたジルベルトは渋い顔をしながら小言をこぼす。
「何故あなたはそうやっていつも勝手をなさるのですか。一人でこのような場所に来るだけでも問題だというのに」
「構わないでしょ。最低限の保険は掛けているのだから心配いらないわよ」
「そのせいで見付けるのにも大変苦労しましたが……。何かあってからでは遅いのですよ」
「それこそ余計な心配というものよジルベルト」
ジルベルトは恨めしげにロゼを見下ろすが、知ったことではないとロゼは気に病む様子はない。
そんな二人の会話を聞きながら料理を頬張っていたミュウが、口に含んでいた物を飲み込んでから二人に尋ねる。
「……お二人は、お友達なのですか?」
「友達? いいえ違うわ。そうね……。執事、と言えばわかるかしら?」
「…………お店の店員さん、ですか?」
ミュウは前にミーティアで奉仕活動をすることになった際、今ジルベルトが着ているような服をグレイ達も着ていたことを思い出す。
「フフッ。確かに料理も出来るけれど少し違うわ。まあ、執事というよりも部下と言った方が正しいのだけれど」
「そう、ですか……。お友達では、ないのですか……」
心なしかガッカリしているようなミュウを見てロゼは思案顔でどう言えば適切なのかを考えていると、代わりにジルベルトが応える。
「友、というのであれば、私達は戦友と呼べなくもないですな」
「…………えぇ。それが一番しっくりくるわね。つまり貴方は私の執事兼部下兼戦友、といったところかしらね」
「なるほど……。戦友、ですか」
ミュウはちらりとティアラを見ると、肝心のティアラは未だに緊張で目が泳ぎまくっていた。
「……大丈夫ですか?」
「だ、だだ、大丈夫に決まっておろう!? 何せ妾であるぞ!?」
急に話を振られたせいか、かなり動揺して意味不明なことを言うティアラ。ミュウはそんなティアラをじと目で睨みながら「全然大丈夫じゃないじゃないですか」と目で訴える。対してティアラは小さく首を振り「こんな状況で緊張しないなんて無理!」と、目を潤ませながらで助けを求めてくる。
聞いたところ、ティアラは戦闘時は意識が戦闘に集中するため平気みたいなのだが、こうして同じテーブルに座って食事することは苦手らしかった。
それならまずは戦友を作り、それから徐々に人との付き合い方を覚え、絆を深めていくのが一番ティアラに合っているような気がしてきたミュウはその提案をしようと考えていると、街頭に設置されている映写機が宙にスクリーンを映し出し、スピーカーからは司会者の甲高い声が響く。
『皆様お待たせ致しました! 魔競祭二日目、午後の部の目玉『ディメンション・シューター』のお時間です! まずは現在僅差でリードしているミスリルの一年生代表選手の皆さんから入場してもらいましょう!』
どうやらいつの間にか午後の部の開始時刻になっていたようだった。つい食べるのに夢中になって忘れてしまっていた。
ミュウはきょろきょろと辺りを見渡す。しかし肝心の物が見当たらず疑問符が浮かんだ。それに気付いたロゼがどうかしたかと尋ねると。
「『プライム・ファイト』の映像が、どこにも見当たらないです」
「へぇ……珍しい。あなたみたいな年齢の子がアレに興味を持つなんて」
「変、ですか?」
「そんなことないわ。むしろ感心したくらいよ。ジルベルト」
「はっ」
ロゼはニコリと微笑みパチンッと指を鳴らすと、ジルベルトがすかさず懐から小型の魔道具を取り出し、『プライム・ファイト』の映像を出す。
「ありがとう、ございます」
「お礼なんていいわ。私も興味があるもの」
「む……。しかしミュウよ。何故『プライム・ファイト』なのだ? この競技は──」
「面白味もないオマケ競技、かしら?」
ティアラが言い終わるよりも早くロゼがその先を言う。ぐっ、と言葉を詰まらせるティアラは頬を染めながらジロリと睨む。が、ロゼは構わずに続ける。
「確かにこの競技は魔術を禁じ、大会用の武器か己の肉体のみで戦うことがルールだから観衆が喜ぶような派手さはない。それでもこの競技はなくならない。何故だかわかる?」
ロゼは二人の反応を見る。予想通り二人ともその理由を知らなかったようで首を横に振りロゼに説明を乞う。ロゼは少し長くなるわよと前置きしてから話し出す。
「理由を一言で言うなら、伝統があるからよ。魔術師は伝統を重んじるものだからね。で、何故そんな伝統が出来たのかを説明するなら、それはかの《精霊戦争》が終わって魔術を扱える者──魔術師達が現れ始めた頃まで遡るわ。その当時の魔術師のほとんどは、魔術を上手く操ることが出来なかった。当然よね。知識も歴史も伝統も、それどころか説明書すらない未知なる力をすぐに自在に使えるようになる者なんて、少ない魔術師の中でも更にほんの一握りしかいなかった。だから魔術の役割は体術や剣術の補助、もしくはほんの細やかな後方支援くらいなものだった」
そこまで言ってロゼはそこで一旦話を切り、喉を潤すために紅茶に口をつける。
その所作を真似るようにミュウとティアラもドリンクを飲んで、話の続きを待った。
「でも時が流れるに連れて魔術の研究も進んで、その有用性が高まっていき、いつしか戦争の代名詞は騎士から魔術師へと変わっていったわ。何せどれほど優秀な騎士でも、遠距離から魔術を当てられたら勝てるはずないもの。それと同時期に眷獣──昔は使い魔と呼ばれた、魔力を有する獣を使役する者達も現れ出して、魔術師唯一の弱点とも言われた『近接戦闘に持ち込む』という作戦も意味を成さなくなっていった」
それを聞き、自分もその魔獣使いであるティアラは、再び近接戦闘の存在意義がわからなくなる。
しかしロゼはここからが本来の理由だと言う。
「そんな時、一人の天才が反乱を起こした。彼は当時ではまだ珍しい《コモン》の魔術研究者で、今ある魔道具の基礎を作ったチームの一員だったそうよ。その中で彼が開発した、魔術を散らす粉末、魔力を封じる枷、魔獣を惑わす芳香、魔素を遮断する結界なんかを大量に作り出し、魔術師に反感を覚える騎士や《コモン》らに与え各地でテロ行為を行うようになった。この時代の魔術師は──まあ、今の時代もそう考えている者は多いけど、魔術が絶対のものだと考えている者が多かった。つまりは傲っていた。だから魔術ばかりを鍛えていた。でも、いざそれを封じられれば、もはやただの人間と同じ。戦う術を失った魔術師は何人も、何十人も殺されていき、やがて彼は《魔術師殺し》と恐れられるようになった」
だが、やがてその反乱は先導者である《魔術師殺し》の処刑にて呆気なく終了し、彼の作った魔道具のほとんどが取り上げられ、開発資料も厳重に管理されるようになった。
そうして未曾有の反乱を収束させることは出来たのだが、これまで築き上げてきた魔術師の輝かしい歴史に大きく深い傷痕を残す結果となったのである。
『プライム・ファイト』はその事件を忘れず教訓とすべく、あえて身体強化も禁じて、どんな非常時にも素早く動けて戦える兵士を育成するために作られた競技なのだという。噂では『プライム・ファイト』の成績優秀者を積極的にスカウトする魔術師団が今でもあるらしかった。
が、ロゼはそこに付け加えて「それでも時が流れれば人々の記憶は薄れ、今では不人気競技の烙印を押されているけれど」と嘲るように微笑する。
しかしミュウは純粋にロゼの叡知に深く感心していた。
「……ロゼさん。すごいです。何だか、先生、みたいでした」
「先生…………? アハハッ、私が? 似合わないわね。それよりもごめんなさい。つまらない話を長々と。話し始めると止まらないのよ。悪い癖ね」
「そ、そんなことはないぞ。妾にはとても有意義な話だったと思う。ミュウの言う通り、講師のようだったぞ」
「人より知識欲が強いだけよ。……あら?」
照れ隠しに視線を映像に向けるとちょうど映像に映った人物──次の《魔術師殺し》になりうる力を持つとの噂がある少年を見て、ロゼは妖しい笑みを浮かべた。




