灰色の少女と虹色の少女 1
第43話
『決まったぁあああ! 一位はミスリルのエルシア選手ッ!! そして惜しくも二位となったのはブリードのソーラ選手だぁ! しかし両者とも最後のデッドヒートは手に汗握る見事なものでした!』
司会者が興奮気味に解説するのを聞いていたミュウは、ふと隣に立つ少女の方を見る。
「ふむ。やはりあの天使はなかなかやるな。夜叉も、まさか結界で保護された洞窟を一部とはいえ破壊するとは。しかし──道化は相変わらずだな。迷路のルートを選んでおきながら一度も迷うことなく外に出たことには驚いたが、あれはただ単に運が良かっただけだろうし」
少女──ティアラは腕を組みながらウンウンと頷き、一人で《プレミアム》三人の評価をしていた。
「なぁ、そう思わないかミュウ」
するとティアラはミュウに同意を求めてきた。どうやらティアラ自身は一人言のつもりでは無かったようである。
ミュウはグレイの評価が低いことに若干の不満はあったが、一応こくんと頷くとティアラは「そうだろう、そうだろう」と満足そうに言った。
「よし。見るべきものは見た。では次はどうする?」
「そう、ですね。…………少し、お腹が空きました。昨日の続きをしながら、お昼ご飯を食べましょう」
「ま、またか……。だがまあ、これは特訓だしな。よし。では早速行くか!」
ティアラはとても楽しそうにミュウの手を取って歩き出すが、ミュウが何故か申し訳無さそうな顔をしてティアラの手を引っ張り返す。
「あの──ところでティアラさん」
「ん? なんだ?」
「喋り方、また変になってます」
「…………………………ごめんなさい」
途端、ティアラのテンションはガタ落ちし、足取りが重くなってしまったのだった。
──何故、ティアラがミュウと一緒にいるのか。その理由は先日の偶然の出会いが切っ掛けだった。
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「だ、誰……ですか、じゃなくて! 誰だお主はっ!?」
何故かわざわざ言い直して立ち上がるティアラはどこか慌てている様子だったがミュウはそんなことはお構い無しにペコリとお辞儀する。
「わたしは、ミュウ、と言います」
「ミュウ……? そ、そうか……。妾はティアラ=レインフォードという」
「はい……知ってます」
それはもう、よく知っている。先程のエキシビションマッチでグレイをぶっ飛ばしてくれた張本人だ。ミュウが忘れるわけがない。
しかし別にティアラに恨みがあるわけではないし、グレイの言いつけで余程のことがない限り、許可なく戦闘を行ってはいけないと厳命されている。なのでここで報復するつもりなど皆無だった。
ただ、何故こんなところで踞っていたのか。何故泣きそうな顔をしていたのかが純粋に気になった。
「ティアラさんは、ここで、何をしていたのですか?」
「ふぇっ!? なっ、べ、別に何もしとらんぞ!? 決して落ち込んでなどおらんからな! 泣きそうになんかなっておらんからなぁっ!」
どうやらティアラはここで踞りながら泣きそうな程落ち込んでいたらしかった。その原因まではわからないが、ミュウはティアラに近付き、背伸びをしながらティアラへと手を伸ばす。
ティアラはその手に軽く驚き身を竦める。しかしミュウはティアラの頭を優しく撫でただけだった。
「えっ……?」
いきなり見ず知らずの、しかも自分より年下っぽい少女に頭を撫でられて混乱するティアラ。そのまましばらく大人しく撫でられていると、通路の向こうから他の観客の声が近付いてきていることに気付いてパッとミュウから離れる。
「な、なんだいきなり!?」
「…………すみません。何だかとても、寂しそうな目をしていたので……」
恥ずかしさのあまり、つい強い口調になっていたティアラはすぐに両手でバッと口を塞ぐが時既に遅く、ミュウは無表情ながら申し訳なさそうに謝罪する。
「す、すまぬ! 別に怒っておるわけではないのだ。突然のこと過ぎて驚いていただけというか……。しかし、そうか。寂しそう、か。確かにな……」
「……?」
ティアラが思わず呟いた言葉はミュウには届いておらず小首を傾げるも、ティアラは何でもないと言ってから強引に話を変える。
「ところでお主こそ、こんなところで何をしているのだ? もしかして迷子か?」
「いえ。ただ、こちらの方で不思議な気配を感じたので」
「不思議な気配? 何だその面白そうな話──ん? そういえばお主、妾とどこかで会ったことはないか?」
ミュウの姿に妙な既視感を覚えるティアラ。恐らく無自覚だが、安っぽいナンパみたいな台詞になっていた。
幸いミュウはナンパのこともその常套句も知らなかっため、素直に首を横に振ってその問いを否定する。
「そうか。気のせい、か。しかし何故かこう──懐かしい感じがするな。…………はっ!? もしや妾の前世の記憶が甦ったとか……?」
「前世……?」
「いやっ!? な、何でもない何でもないっ!」
ティアラはわずかに顔を赤くして手をブンブン振って誤魔化すも、すぐに今一番されたくない質問を投げ掛けられた。
「ところで……ティアラさんは、何故そんな変な喋り方をしているのですか?」
「ゴフッ!?」
ティアラはボディブローを一発もらったかのような声で呻くと、ガクッと膝を折る。
一体ティアラに何が起こったのかわからないミュウは困惑するが、ティアラは未だに立ち上がれない。
「さっき、一人でいた時は、普通に話していたと思ったのですが、違いましたか?」
聞かれてたのかっ!? と、ティアラは真っ赤になった顔を隠すために両手で顔を覆う。それからしばし無言が続き、ようやく顔を上げたティアラはぽつりぽつりと話し始めた。
「わ、妾──私、実は……その……ひ、人前に立つのが……す、すごく苦手、で…………」
目線は常に下向き加減で、右へ左へと忙しなく動き、しどろもどろになりながら話すティアラの姿は、先程とはまるで別人のようだった。
「そ、それで……緊張しちゃうと、さっきみたいな口調になっちゃうというか、何というか…………って、何で私、初めて会った子にさらっと暴露しちゃってるの!?」
そう溢してしまってから、何故自分は初対面の少女に今まで誰にも話したことのない秘密を吐露しているのだろうと頭を抱える。
「ご、ごめんね。いきなり変な話しちゃって……。今のは忘れてください」
「……? すみません。すぐには忘れられそうに、ないです」
「あっ、うん。そう、だよね……。あ、あはは…………はぁ」
素直なミュウの返答に、少し笑顔が戻ったティアラだったが、またすぐに溜め息を吐いて項垂れる。
「大丈夫、ですか? お腹、痛いのですか?」
「ううん……。体調は全然平気。もうこの際だからぶっちゃけちゃうけど、私、この性格と《プレミアム・レア》のせいで、学校に一人も友達がいないんだ……。だから今日、私と同じ境遇の人達と会えるかと思うと嬉しくて、それで、もしかしたら友達になれるかなぁ~って、期待してたんだけど……」
いざ舞台の上に立った瞬間、あまりにも大勢の観客を前に一気に限界を越えてしまって、それで気付かぬうちに挑発めいた言葉まで吐いていて、それどころか今日の二つの競技では無駄な行動やド派手な演出なんかで場をイタズラに沸き立ててしまい、そうしてここで自己嫌悪に陥っていたのだ、と話し終えてからまた一つ、大きな溜め息を吐いたティアラだったが、ミュウがそこでふと思う。
「あの……。今わたしと、普通に話せているのでは?」
「……………………あれ?」
自分でも気付いていなかったのか、ミュウの言葉の意味をすぐには理解出来ずにいたティアラだったが、思い返してみると自分の性格を暴露した辺りから普通の口調で話せていることに気付いた。
「あれ? 何で……? こんなこと、今までなかったのに。も、もしかして、あなたと話をしたお陰で治っ──」
「んあ? そこにいんのってもしかして姫さんかぁ?」
治ったのかも、と思った瞬間、背後から声を掛けられたティアラはピーンッと気を付けの姿勢になって固まり、その硬直が解けたかと思うとぐるりと振り返り、ふんぞり返りながら大仰に腕を組む。
「何だ? 妾に何か用でもあるのか、ギャッツ=ゴロールよ」
ギャッツと呼ばれたその少年はあちこち改造されたブリードの制服を着用しており、髪型がリーゼントという、絵に描いたような不良のような出で立ちをしていた。
彼の周囲には取り巻きの男が三人、その全員が僅かながら怒りの籠った視線をティアラに向けていた。
「別に用ってほどのもんでもねえんだがよ。ただまあ──あんま調子こいてんじゃねえぞ?」
ギャッツはドスの利いた声で威嚇し、取り巻き三人を指す。
「姫さんが無駄に張り切ってくれちまったせいで、コイツらの競技なんかただのお遊びみてえだったって客共に笑われてんだぜ? いくら十位圏内に入っていたとしてもだ。わかんだろ? そういうことされるとマジで迷惑なんだわ。半端者はもう少し立場わきまえてくんねえか?」
半端者。四つの属性を全て持つが故に付けられた蔑称。だがティアラは気丈に振る舞い言い返す。
「そうか。それは悪いことをした。自らの実力の無さを棚に上げて、勝利に貢献した妾に対し、直接文句を言う度胸すらない有象無象共よ。今度はお主らのレベルまで引き下げて相手をしてやろう。感謝したまえ」
「てっめぇ……!」
「言わせておけば!」
取り巻き三人は怒りで真っ赤になり、殴り掛かってきそうになったが、寸前でギャッツがそれを制す。
「騒ぐんじゃねえ! 暴力沙汰起こして大会潰す気か?! ……だがよ、てめえもてめえだぜ姫さん。偶然手にいれたに過ぎねえその力で偉そうにふんぞり返ってんなよ。今回は仲間だから見逃すが、いずれその鼻っ柱へし折ってやっから覚悟しとけや」
ギャッツはそう吐き捨てて、まだ怒りが収まらない様子の取り巻きを連れてこの場から去っていった。




