ミスリル VS ブリード 5
「あぁ……ダルい。やっぱやるんじゃなかった……」
第一コースを走り終わったソーマは簡易休憩所のベッドの上で倒れ伏していた。
洞窟で遭遇した魔獣に苦戦したり、レース終盤の一波乱に巻き込まれたりしたソーマはもうくたくただった。
しかしそれでも二位で次の走者、クリムにバトンを渡すことが出来たので中々の好成績だったと言っていい。
休憩所の外からは大勢のスタッフの声が聞こえてくる。先程のシュエットが抉った地面の修復をしているのだ。
あの魔法の威力は相当なものだったのだが、それでもまだ序列二位だというから驚きだ。それならその上の序列一位である妹、ソーラはどれだけ強いのだろうか。兄としてあまり深く考えたくはなかった。
そこでふと、ソーラもこの競技にアンカーとして出場することを思い出し、気だるい体を起こして簡易休憩所に用意されていた小型映写機が映し出す映像を見るとちょうど廃墟エリアを走るクリムと、もう一人──。
「何やってんだこいつらは……」
グレイからバトンを託されたアシュラが、何故か仲間同士であるクリムと熾烈な二位争いをしている光景が映し出されていた。
〜〜〜
シュエットもレースの映像を流し見ながら先程の出来事を思い出す。
──シュエットはグレイがバランスを崩した瞬間に今使える魔法の中でも最高威力の一撃を見舞った。
その直後だった。今にも転びそうになっていたグレイの体が、宙に浮いたままの状態で急加速し、寸でのところで攻撃圏外まで逃げ仰せたのだ。
その時は最初に自分の目の錯覚を疑った。そして次に自分が放った魔法により生じた風圧による急加速ではないかと考えた。
それからも様々な可能性を模索したが、どう考えてもあの不可思議な急加速の原因がわからなかった。
しかし唯一可能性があるとすれば、あれが自分が知らない未知なる力によって引き起こされた現象だということ。つまり──魔法だ。
あの時、グレイが何らかの魔法を使ったのだとすればこの不可思議な現象にも一応納得がいく。
しかしレース直前にも確認した通り、グレイの魔力は全く感知出来ないので本当に魔法を使ったのかはわからない。もし仮に使っていたとしてもどのような効果の魔法なのかもわからない。
「空を飛ぶ魔法、でしょうかね……? 確かに全く魔力を感じさせずに空から奇襲出来ると考えるなら、有効な手ではありますが」
そう考えるシュエットだが、だからといってそこまで脅威を感じる魔法でないことも事実だ。
現にシュエットのような風使いにとって空中はむしろホームグラウンドであり、余程油断をしていない限り遅れを取ることはまずない。なので、わざわざここまで徹底して秘匿するような魔法ではないのである。
だが何らかの魔法を使ったのは恐らく間違いないと踏んでいた。何故ならその急加速の時、シュエットにはグレイが見えない何かに引き寄せられているかのように見えたのだ。
なのでシュエットは答えの出ない自問自答をやめて、直接グレイに尋ねることにした。
「ねえグレイさん。いい加減、最後のアレが何だったのか教えてくださいよぉ〜?」
「だからあれはお前の魔法のせいで吹っ飛んだだけだって何度同じこと言わせれば理解するんだよ?」
「無論、グレイさんが真実を話すまで」
何やら森に生えている植物を入念に観察をしていたグレイは、何度も何度もしつこく同じ質問をしてくるシュエットにいい加減うんざりしてきてつい話してしまいそうになるが、ここで馬鹿正直にタネを明かすような間抜けはしなかった。
グレイはただでさえ魔法を使わざるを得ない状況に追い込まれた立場であり、これ以上の情報は与えてやるつもりは毛頭なかった。つまりはただ単に意地になっているという理由もあったのだった。
「はぁ……。諦めの悪い人ですねぇ」
「その台詞、倍にして返してやる」
やれやれと肩を竦めるシュエットに少しイラッとしたが、シュエットはすぐに違う提案を持ち掛けてきた。
「全く。しょうがないですねぇ〜。では私が持つグレイさんにとって有益な情報を与えるので、グレイさんも魔法を一つ見せてください。ほら、古い言葉で『情報という武器は時にどんな大魔導師をも討ち滅ぼすことが出来る』って言うじゃないですか。悪い話じゃないと思いますけどね〜」
「はぁ……? 何だよその有益な情報って……」
そう尋ねたグレイだったが、どうせくだらないことだろうと適当に聞き流すつもりでいた。だが、次の一言を聞いてそうもいかなくなった。
「たぶん、グレイさんにとってとても重要な情報ですよ〜。実は────」
妖しい笑みを浮かべたシュエットはグレイの耳元で小さな声で囁いた。
最初、照れ臭さでしかめ面をしていたグレイだったがシュエットの言葉を聞いた途端、カッと目を見開いた。
「……………………」
「あはは〜。すごいすごい。怖いくらい目付きが変わりましたね。なかなかどうして様になってるじゃないですか。まるでよく切れるナイフみたいですねぇ。ゾクゾクします」
普段からは想像も出来ないくらいに冷たく鋭い眼光を飛ばすグレイに、まるで怯む様子もないシュエットはニヤニヤと薄気味悪く笑う。
不気味な雰囲気を漂わせるシュエットだが、彼女が発した今の言葉をこのまま聞き流すことは出来そうにもなかった。
「お前、いったい何者だ?」
「はて。自己紹介したはずですよ~。私はシュエット=シーフォーム。親しみを込めて是非しーちゃんと呼んでください。私もあなたのことをれーくんとお呼びしますので」
〜〜〜
グレイがシュエットと対峙している頃、バトンを受け取ったアシュラは洞窟を抜け出して最終走者であるエルシアの元へと向かって走っていた。
「くそ! だいぶ時間取られたぜ。にしても気持ちわりぃな……」
そうぼやくアシュラはバケツの水をひっくり返したかのように全身ズブ濡れで、普段のボサボサ髪はぺしゃんこに潰れていた。
その原因を作ったのはアシュラが選んだ洞窟の中の地底湖に住んでいた巨大ナマズだ。
その巨大ナマズは常に湖の中央に陣取って遠距離攻撃を繰り出し足場を崩して水中に引きずり込もうとしたり、水中に潜って一向に姿を現そうともしなくなったりと、倒すのにかなり時間を取られてしまったのだ。
最終的には地底湖そのものを抉り壊してとどめを刺したのだが、流石に魔力を使いすぎたのか疲労の色が濃く現在三位である。
だがようやく最終走者のエルシアの元まで辿り着いた。エルシアはこちらに向かってくるアシュラの悲惨な状態を見て思わず吹き出しそうになった。
「な、何よその格好、ふふっ……。い、いったい何やってたのよ?」
「うっせえ! こっちも色々あったんだよ! んなことより、折角アンカー譲ってやったんだから勝てよ!」
「当然。私を誰だと思ってるのよ」
アシュラから託されたバトンを握り締め、エルシアは体に白い稲妻を纏って電光石火の如きスピードで走り出した。
その怒濤の追い上げで早々に二位の選手を抜き去ってしばらく行くと、前方に現在一位であるソーラの背中が見えた。だがソーラもエルシアの接近に気付き、風を纏って更にスピードを上げていく。
「流石に速いわね。でも負けるわけにはいかないのよ! 《ストライク・サンダー》!」
エルシアはソーラの背に向かって白い雷を飛ばす。危険を素早く察知したソーラは風に身を任せながら、宙を舞うようにして白雷を躱し、回避とほぼ同時に反撃の旋風を巻き起こす。それによって砂煙が広範囲に巻き上げられ視界を遮られる。
エルシアは思わず足を止め、砂煙を避けるように進むと、そこには小さな湖がありソーラはその上を直進していた。
ソーラのように空を飛べないエルシアが湖の上を渡る方法は一つ。加速を付けて全力で跳躍することのみ。しかしもし空中で攻撃された場合、こちらに迎撃手段はなく、そのまま湖に落下してしまうだろう。そうなったら大きなタイムロスになる。
「これは……迂回するしかないわね」
ちらりと後方を確認すると三位と四位──メイランともう一人のブリード選手が迫ってきており、エルシアはリスキーなショートカットは避けて湖を迂回することにした。
一方エルシアを何とか退けて一位を独走するソーラは、先程目の当たりにしたエルシアの迅雷の如きスピードに底知れない脅威を感じ、 焦りに表情を歪ませていた。
「何なんですか彼女は!? いくらなんでも速すぎです。…………でも、風を司る私が速さで遅れを取るわけにはいかない。もう《プレミアム》なんかに遅れを取るわけにはいかないんですッ!」
〜〜〜
エルシアが洞窟前に到達した時には既に一つの洞窟が封鎖されており、残るルートは三つとなっていた。
ここで長々と考える意味もないので直感で選び進んでいると、ぐねぐねと蛇行してはいるが分かれ道は無くひたすら一本道が続いているため、最長ルートを引いたのだと直感する。
速さが売りのエルシアにとって当たりのルートだ。得意の光速移動を駆使して出口から飛び出すと、ほぼ同じタイミングで隣の洞窟からソーラが飛び出してきた。
「なっ!?」
「追い付いた! 絡めよ《パラライズ・スパーク》!」
エルシアは出会い頭に電撃を網目状にして飛ばし、ソーラを拘束しようとする。
「甘いです! 《エア・カッター》!」
だがソーラも即座に対応し、電撃の網をバラバラに切り裂き急いでエルシアと距離を取る。
「本当にやるわね。《王道十二宮》の名は伊達じゃないってところかしら」
「……さぁ、どうでしょう。しかし貴女も一応……いえ。今はこの話はやめておきましょう。ですが、私は貴女に負けるわけにはいかないんです! 刈り取れ《サイクロン・サイス》!」
ソーラは体を宙に浮かせて勢い良く回転、エルシア目掛けて鋭利な風刃を纏わせた踵を振り下ろす。エルシアはその攻撃をまともに受けてはいけないと即座に後方へ緊急回避する。
振り下ろされた風刃はそのまま地面を深くまで切り裂き、すぐさま空中で体勢を取り直したソーラはエルシアに構うことなくゴールを目指して飛んでいく。
すぐに追い掛けようとするエルシアだったが、見ると地面に刻まれた切り口はとても鮮やかで無駄な破壊が一切なかった。
これは緻密な魔力操作で無駄な魔力を一切消費せず、使用した魔力を全てを攻撃力に転換していることを意味している。
これほどのレベルともなると血筋や才能だけではなく、ソーラ自身の並々ならぬ努力があったのだろうと容易に想像出来る。その結果クラス序列一位、学年で三位という好成績を叩き出したのだ。
「それでも、やっぱり負けてあげるわけにはいかないわね。私も全力で勝ちにいく!」
荒々しい旋風を撒き散らしながら逃げるソーラを、雷光を迸らせながら駆けるエルシアが追いかけて、やがて両者は一歩も退かず並走する。そしてゴールテープを視界に捉えた二人は同時に最後の勝負に出た。
「吹き荒れよ! 《サイクロン・ブレス》!」
「貫け! 《レイジング・ライカ》!」
ソーラはエルシアに向かって暴風の咆哮を放ち、エルシアはその暴風に捕まることなく光の矢のように駆け抜けて見事にゴールテープを掴み取った。




