魔競祭前夜 2
「──ほらグレイ。もうそろそろ起きなさいってば。…………あぁもうっ。いい加減起きなさいっ!」
「げぶっ!?」
突如として腹部に強烈な圧迫感と痛みを感じ、夢の世界から強制退去させられたグレイは痛みを堪えながらまぶたを半分開ける。すると目の前にはグレイを現実に無理矢理引きずり出した犯人である白髪の鬼──もといエルシアが半目でこちらを見下ろしていた。
「…………取り合えず、人を踏みつけて起こすの、やめてもらえません?」
「あんたがさっさと起きたら私はこんなことしなくていいのよ」
どうやら腹部の痛みの正体はエルシアに踏まれたせいらしい。見た目は文句なしの美少女だというのにやることがいちいち酷い。
親しい間柄だからこそのやり取りではあるのだが、女の子として如何なものなのかと思いながらぼーっとエルシアの方を見上げていると、グレイの視線はある一点でぴたりと止まり、ついでに一瞬思考も停止した。
「……ブッ!?」
「ちょっ!? 何よいきなり?!」
急に吹き出したグレイに驚き、エルシアはたたらを踏む。幸い何故グレイが吹き出したのかエルシアは理解していなかった。だがグレイはむせて何度か咳込みそれを見たエルシアは、もしかして強くやり過ぎたのかと心配になってしゃがみこむ。
「ちょっと大丈夫なの?!」
「げほっげほっ! だ、だい、じょ……ブフッ!?」
寝転がりながら激しく咳き込むグレイだったが、取り合えず何とか落ち着き片目を開く。しかし目の前に飛び込んできた光景に再び吹き出してしまう。
そのグレイの様子に更に心配となって慌てるエルシアの背後でアシュラは鼻で笑いながら告げた。
「おいおいエリー。サービス精神旺盛なのは結構なことだが、そろそろやめてやらねえとグレイの野郎、呼吸困難で死んじまうぜ? まあ、俺的にはラッキースケベはそのまま死ねばいいと思ってるがよ」
「はぁっ!? サービスって一体何のこと、よ…………ッ!?」
最初はアシュラが何を言っているのか理解出来なかったが、次第にアシュラが言わんとしていることに気付いて、みるみるうちに顔が赤くなっていく。
ちなみにエルシアは、というより生徒全員は今制服を着用している。理由は当然、身元証明のためであり、ミスリル魔法学院の生徒だと一目でわかるようにするためである。そしてミスリルの女子制服はスカートで、勿論ながらエルシアもスカートを穿いている。
つまり、だ。寝転がっていたグレイからなら、エルシアのスカートの中がバッチリ覗けてしまったのである。そのことに今更ながら気付いたエルシアはスカートの端を強く掴み、今度は見られないようグレイを蹴ってうつ伏せにしてから背中を何度も踏みつけた。
「こン……のっ! 馬鹿ッ! 変態変態変態~ッ!!」
「いだだだだっ!? 流石に、げふっ?! り、理不、尽ッ、だろっ!!」
「皆さ~ん。何してるんですか。もう降りる時間──ってぇ!? 本当に何してるんですかっ!? て言うかアシュラ君っ! 笑ってないでエルシアさんを止めて欲しいのですよ!」
「おっ、いいのか? よっし。キャシーちゃんの許可も貰ったし、大義名分としてどさくさに紛れて胸やら太ももやら触り放題──」
「前言撤回なのですっ! わたしがエルシアさんを抑えるのでアシュラ君はグレイ君の救助を!」
「いや。俺、野郎の体にゃ微塵も興味ねえし。救助とかマジやる気出ねえから……」
「いいから早くっ! 集合に遅れると怒られるのはわたしなんですよっ! って、ミュウちゃんも何でこの騒ぎの中でぐっすり眠ってられるのですかぁっ?!」
キャサリンがエルシアを羽交い締めにして押さえ込み、エルシアの怒りが収まるまで少し時間が掛かり、しかもその途中でアシュラがグレイに「何色だった?」とか尋ねたりして更にもう一悶着あり、やはりというかいつも通りというか、時間に遅れた五人はリールリッドのお叱りを受けることになるのであった。
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飛行船はほぼ予定通りにサムスへと到着し、街は既に夕焼け色に染まっている。そのまま一同はホテルへと向かいながら、道すがら街並みを眺める。
明日から始まる魔競祭に向けての飾り付けがあちこちに見られとてもきらびやかに仕上がっている。街行く人々の表情も明るく治安の良さを感じた。どこからかすごくいい匂いも漂ってきてグレイの隣を歩くミュウがキョロキョロと辺りを見回している。
だが残念ながら寄り道は厳禁で、後ろではキャサリンが目を光らせているため、また今度とミュウを宥めた。
そしてようやくホテルに到着した一同はそれぞれに割り当てられた部屋へ荷物を運び込む。グレイはアシュラと、エルシアはミュウと同室で部屋は隣同士だ。
グレイは荷物をベッドの上に放ると同時に自分もベッドの上に倒れ込む。
「お前、来て早々寝る気か?」
「あぁ……。飯の時間になったら起こしてくれ……」
「はぁ? ったく。めんどくせえな。俺はこれから忙しいってのに」
「ん? 何か用事でもあんのか?」
「おうよ。極めて重要なミッションだ!」
その無駄に張り切るアシュラを見て、何やら良からぬことを考えてることにすぐに気付いた。
「……まさか、また女子風呂覗くつもりじゃねえだろうな」
「ちょっ!? 馬鹿がッ! 声に出すんじゃねえ! エリーに聞こえたら俺の計画が一瞬にしてパァになるだろうがッ!!」
こいつは合宿の時に痛い目にあったことを忘れているのだろうか。呆れを通り越して哀れみを覚えるグレイだったが、アシュラはそんなグレイのことなど露知らず、ホテル内の地図とにらみ合いを始めていた。
だがすぐにエルシアがミュウを連れてグレイ達の部屋に入ってきたので、グレイは睡眠を、アシュラは計画を練ることを断念させられることとなった。
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「ま、また負けた……。ちょっとグレイ。あんたイカサマしてないでしょうね?」
「さあな。まあ、例えやってたとしても見破られなければ問題ないけどな」
「なっ!? まさか本当にイカサマしてたの!?」
「はっ。言い掛かりはその辺でやめとけっての。つか、イカサマがあろうが無かろうがエリーは弱すぎだから。せめてミュウちゃんぐらいにゃ勝ち越せっての」
「いやぁ無理だろ。なんせミュウのポーカーフェイスは俺以上だからな。心理ゲームじゃエルシアに勝ちはないだろ」
グレイはミュウの頭を撫で、トランプをかき集める。エルシアは未だ項垂れながら何かぶつぶつと呟いていた。
グレイ達は夕食までの時間潰しのためにトランプで遊んでいた。結構な数のゲームを行ったが、エルシアは神経衰弱以外の、特に心理戦のゲームで連敗を喫していた。
エルシア本人は上手く隠せているつもりのようで、実際パッと見ただけでは動揺しているようには見えない。だが、伊達にも同じ寮で暮らしているだけあってグレイやアシュラには容易く見破られてしまい、呆気なく敗北してしまっていた。
唯一ミュウには何度か勝ててはいたが、勝率を見ればわずかにエルシアの方が劣っている。恐らくミュウもエルシアの癖やら嘘を吐く時の表情を見抜き始めているのだろう。
「もう一回! もう一回勝負よ!」
「どんだけやっても無理だっつーの。いい加減諦めろって」
「負けっぱなしで諦めるだなんて私のポリシーに反するのよ! ほら、準備して!」
「はいはい。……っと、思ったが残念。時間切れだ」
とグレイは時計を指差す。見ると時計の針は夕食の時間を指し示していた。
「ご飯……」
ミュウがぴょこんと立ち上がるのを見て、エルシアは悔しそうな顔をしつつもグレイがトランプを片付けるのを見てようやく諦めた。
「絶対あとで続きやるからね」
「マジかよ……」
さっさと寝たいグレイと女子風呂覗きたいアシュラにとって、是非ともお断りしたい話だったが、エルシアの目は負け続けているにも関わらず、有無を言わせない迫力があった。
四人はそのまま一緒にホテル一階の大食堂に集まる。大食堂の中にはいくつものテーブルが用意されており、既に多くの生徒が着席している。
その中でキャサリンが手招きをしているのでそちらに向かう。
「ちゃんと時間通りに来てくれて安心しましたよ。また迎えに行かなくてはいけなくなるかとばかり」
「いやいや。それくらい余裕っすよ」
「……一体どの口が、と言いたいところですが今日は止めておきます。さあ早く座ってください」
キャサリンに言われるまま席につくと、ホテルの従業員が全員分の料理をテーブルの上に乗せていく。実に美味しそうなメニューに、何故かアシュラが怪訝そうな表情を見せる。
「……は、はは。まさかな。そんなことあるわけねえよ……」
「どうかしたのか?」
「いや、ちょっとばかり嫌な気配を感じただけだ。たぶん、恐らく気のせいのはずだ」
「ほほ~う。一体どんな?」
その声はグレイ達のものではなく、アシュラの背後から聞こえてきた。その途端、アシュラの動きがピタリと止まる。
アシュラの背後にはにこやかに笑いながら怒りのオーラを放つ女性が立っていた。
アシュラは脂汗を流しながらギギギッ、という音が聞こえてきそうなほどゆっくりと後ろを振り向く。
「な、何でここにいやがるんだよババア!?」
「ババアじゃない! バーバラだって何度言ったらわかるのかね、この馬鹿息子はぁぁあっ!」
「いだだっだだだだだぁぁっ!?」
顔面を鷲掴みされてアイアンクローを食らい、悲鳴を上げるアシュラ。だが、グレイ達の関心はそのアイアンクローの威力ではなく、その女性の発した最後の台詞だった。
「「む、息子ぉぉお!?」」
アシュラを息子と呼ぶ女性──バーバラ=ドルトローゼはそのままアシュラが動かなくなるまでアイアンクローを決め続けた。




