後期始業式 3
──数分前。学院長室でキャサリンはリールリッドにこんな話を持ちかけられていた。
「実はつい先程シエナ先生から連絡があってな。何でも、向こうでの仕事がもう少しだけ残っているらしいのだよ。数日後にはこちらに帰還出来るらしいのだが、それまでの間、君に《イフリート》の一年生達を見てもらいたい」
「わ、わたしがですかっ!?」
キャサリンは突然の抜擢に驚く。それも当然だ。何せキャサリンは水属性。対して《イフリート》は火属性のクラスだ。相性で言えば最悪と言っていい。それに、シエナがいなくても他の《イフリート》の講師に頼めばいいのだから、わざわざキャサリンを指名する意味はない。
「何でわたしなんですか? 他の方はいなかったのですか?」
「当然、手があいている者は他にもいたさ。でもこれは君のためなんだよ。いいかい。君は今でこそ、そこの三人の担任講師ではあるが、やがて彼らが卒業した後も君の講師としての人生は続いていく。その時に今まで三人だけのクラスを受け持っていた君が、突然五十人近くもいるクラスを担当出来るのかい?」
「そ、それは……」
恐らく、出来ないだろう。グレイ達は確かに問題児で手がかかるが、それでもたった三人だけだからこそ、目が行き届く。しかし五十人を一気に指導することは問題児を相手するのとはまた別の苦労があるはずだ。
そして今のクラス、《プレミアム》は彼らが卒業すれば自然消滅するだろう。新たな《プレミアム》が入学してくる可能性は、残念ながらほぼゼロに近い。
そうなれば必然、キャサリンは水属性のクラスである《セイレーン》の講師になるだろう。
リールリッドは、いずれ来るその時のための予行練習だと思えばいい、と付け加える。
キャサリンはそっと後ろを振り返り、扉近くに立つ三人の顔を見る。そうだ。いつまでもこの三人の担任を続けることは出来ない。早くて三年もすれば、彼らはここを卒業する。まだ気が早い話ではあるのだが、どこか寂しく感じた。
しかし、それが講師というものだ。自分が選んだ道なのだ。キャサリンはこくりと頷き、その話を受けた。
「わかりました。数日だけならなんとか」
「助かるよ。それじゃあ《イフリート》校舎の職員室に、生徒全員に配布するための資料が置いてあるから、それを皆に配っておいてくれ」
「はい。あ、あと聞きたいことが」
「何だね?」
「わたしが《イフリート》に行ってる間、《プレミアム》はどうするんですか?」
「ん? 何を言っているんだ。一緒に連れていきたまえ」
「…………えっ?」
「だから、《イフリート》と《プレミアム》を同時に見ておいてくれ、と言っている。今更五十人が五十三人に増えたところで同じだろう?」
同じではない。と、声を大にして言いたかった。何故ならその三人はずば抜けて厄介な問題児なのだから。
ガチャ、という扉が開かれる音を聞きバッと後ろを振り返るキャサリンだったが、既にそこに問題児達の姿はなかった。今の話を聞いて一足先に《イフリート》校舎に向かったのだと推測する。嫌な予感がしてたまらなかった。
「…………まあ、頑張りたまえ。特別に今月分の給料には色を付けておくよ」
「…………ありがとうございます」
思わぬ給料アップではあったが、何故か素直に喜べないキャサリンだった。
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「──と、いうことなので、数日の間お邪魔することになりました。皆さん仲良くしてくださいね。では早速資料を配っていくのですよ」
キャサリンは経緯を《イフリート》の皆に話し終えて、持ってきた資料を生徒達に配っていく。
その資料は総合魔術競技祭、通称魔競祭に関するものだった。資料を受け取ったエルシアは適当にパラパラとページをめくる。
「それでは、今日は皆さんに魔競祭について説明します」
全員に資料が行き渡ったのを確認したキャサリンは最後尾で眠りこけているグレイを軽く小突いて起こしから教卓に戻る。
その一連の動作がやけに手慣れていることに《イフリート》一同、キャサリンの日頃の苦労が滲み出ている感じがしたという。
「皆さんの中には既に知っているという人もいるかもしれませんが、しっかりと聞いておいてください。特にグレイ君とアシュラ君。わかりましたか?」
「「へ~い」」
「返事は『はい』なのです!」
まるでやる気の見られない返事に嘆息するも、今はその二人ばかりにかまけていられないので、軽く注意するだけにとどめた。
「こほん。では、早速説明を始めます。今月の月別大会である魔競祭は今までの大会とは違い、他校と合同で行われるため、当然規模も大きくなります。加えて他校との競いあいともなるので、様々なトラブルも起きかねません。なので、重々注意してください」
「「「はい!」」」
《プレミアム》では滅多に聞かない生徒達の力強い返事に感動すら覚えるキャサリンだったが、今は抑えて資料をめくる。
「まずこの魔競祭の主旨は、全国の若き魔術師の基礎能力の成長具合を確認するためのものであり、公平を期するためアークは最終競技以外では使用禁止となります」
全国の魔術師育成学校の中には、彼らの通うミスリルのように特殊な魔法鉱石で出来たアークを持たせる学校の他に、魔獣と契約させて眷獣を持たせる学校もある。他にも、アークも眷獣も持たない純粋な魔法使いを育成する学校も存在している。
だがアークや眷獣を使用している間、その魔術師の能力は何倍にも向上するため、純魔法使いとの差がはっきりと現れてしまうことがある。そのため、このようなルールが取り決められたのである。
「その最終競技ってなんですか?」
「それはまた順を追って説明します。では次に、魔競祭で行われる八つの競技について説明します。では皆さん。配った資料を見てください」
キャサリンに促され、渡された資料に視線を落とす。最初の項目には四つの競技と簡単な概要が書かれていた。
状況を覆す圧倒的な攻撃力と冷静な判断力を競う『パワー・ブレイク』。
落ち着き払った的確な支援と状況把握能力を競う『グラスパー・ヒール』。
慎重な魔力操作と正確無比な魔法命中精度を競う『クイック・ヒッター』。
挫けぬ精神力と何事にも揺るがぬ防衛能力を競う『プロテクト・ディフェンス』。
「まずこの四つの競技について説明します。この四つはA競技と呼ばれ、主に皆さんの基礎魔力を競う競技となっています」
「基礎魔力……?」
「そうです。ええっと、では……レオン君。火、水、風、土の四属性の基本的な特徴と言えば何ですか?」
「はい。火は攻撃力や破壊力が高く、水は補助と回復魔法に長け、風は遠距離攻撃と移動速度に秀でて、土は圧倒的な防御力と頑丈な体を持っています」
指名された少年、《イフリート》序列一位のレオン=バーミリアンは、すらすらと模範的な解答をした。
「ありがとうございます。その通りです。つまりA競技は四属性それぞれの基本的特徴が反映された競技となっているのです。《イフリート》の皆さんは、この『パワー・ブレイク』という競技をすることになると思います」
「ってことは、ボクらはその競技にしか参加出来ないの?」
そんな質問を投げ掛けたのは《イフリート》序列三位のメイラン=アプリコットだった。
「いいえ。決してそんなことはありません。ルール上どの競技を選んでも問題ありません。でも、普通に不利なのでほとんどの人が自分の有利な競技を選びますけどね」
な~んだ、とつまらなさそうにふくれるメイランだったが、それは仕方ないことだ。
例えるなら相手の土俵で、しかもハンデを負っての勝負をするよりも、相手と同じ土俵で戦う方が断然勝機があるからだ。好き好んで困難な方を選ぶ者もそういない。
「まあ、わたしは回復魔法が苦手だったので、これに出たんですけど……」
ぼそっ、と何の意図もなく呟いたキャサリン。だがそれは教室にいた全員の耳に届き、一斉に目を丸くした。
「「「「ええぇぇっ!?」」」」
「うわっ!? びっくりした。何ですかいきなり大きな声を出して?」
「いやいやいや! 驚いたのはこっちですよ。水属性の先生が『パワー・ブレイク』に出てたって!?」
「そ、それで。一体何位だったんですかっ?」
ぐいぐいと来る大勢の生徒達にたじろぎながら、当時の事を思い返す。
「えっと……。そんな大したことなかったですよ。確かランキング戦で五位か六位くらいだったはずですから」
キャサリンは本当に大したことはないという感じで話していたが、ここにいる全員の彼女を見る目が少し変わっていたことに気付く様子はなかった。




