この次のために 3
「また、死にそびれましたねサザン」
マクダスは相棒の眷獣にそう話し掛けながら、一番近い陸地を目指す。
その間マクダスは過去幾度も殺し合った《水賊艦隊》の真のボスであるゲンドウと、その相方であったレヴェーナの夫、マシューラ=コラルリーフのことを思い出していた。
レヴェーナと同様、思考が破綻しており、破滅思想を持った危険な男。恐らくレヴェーナも彼の影響を大きく受けたため、今の性格になってしまったのだろう。
マクダスはそのような男を決して生かしておいてはいけないと《水賊艦隊》を長年追い続け、そして運命の日。わずかなミスも許されないほどの大規模作戦においてマクダスは激闘の末、宿敵マシューラを討ち取った。
だがマシューラは最期の時、ゲンドウにレヴェーナと他の仲間を託してマクダスと対峙したのだ。
非道とも言える彼にとっても、レヴェーナや仲間、そしてその頃にはレヴェーナの腹の中には新たな生命が宿っていたのだろう、それらを守るために自らの命を掛け、そして散ったマシューラのことをその時だけは、敵ながら大した男だったと評価したのを覚えている。
そして、もしその感情を他の者達にも向けられていたならば、とも。
マシューラを討ったことに関してはマクダスは一切後悔はしていない。しかし、実際に父親を知らないシーラの姿を見た時、何とも言えない感情になった。
「マクダスさん!」
少し考え込んでいたのか、陸地までもうすぐという時に急に声を掛けられ、視線を上げる。するとそこには宙に浮く灰色の魔導書に乗ったグレイがいた。
「おやグレイ君。久し振りですね。どうしてこんなところに?」
「何を呑気な……。俺はただ《水賊艦隊》の連中が不意を突いてここを襲撃してこないか警戒してただけです。そんなことよりマクダスさんは大丈夫なんですか?」
「ええ。今日も死に損ないました」
「縁起でもないこと言わないでくださいよ」
グレイは呆れたような顔でマクダスを見る。
「マクダスさんには《シリウス》の皆も、サザンもいるんです。勝手に死んでもらっては困るんですよ」
「えぇ。わかっているつもりです」
「つもり、じゃなくてしっかりとわかっててください。あと、勝手に一人だけで動かないでくださいよ。俺は『《水賊艦隊》がこの一帯にまだ潜んでるかもしれない』って言ったんですから、他の隊員も同行させてください。今ごろ東方支部はてんやわんやになってますよ!」
「部隊を編成している間にも君達に再び奴等の魔の手が伸びないとも限りませんでしたから。一分一秒を争う状況でなら、私一人で動いた方が断然速いのです。あと支部の方が手薄になるのも問題です。その隙を突かれれば目も当てられませんからね。それに、サザンも一緒なので一人ではありませんよ」
「あぁ、もうっ! そりゃ屁理屈って言うんですよ!」
「ええ。知ってますよ。何せ君から教わったのですから。屁理屈も理屈の内だとね」
グレイが苦言を呈しているにも関わらず、それら全てをのらりくらりと受け流す。折角カーティスに頼んで通信用魔道具を借り、《シリウス》東方支部に連絡を取ったというのに、通話に出たマクダスが一人で来ることになるとは予想していなかった。
しかしジョージが捕縛されているのを見て、結果的に彼の判断は正しかったということを理解し、あまり強く出られなくて頭を掻くしか出来ない。
マクダスは何だかんだ言いながらも自分のことを心配しているグレイを見て、優しく笑う。
「本当に、良い表情をするようになりましたね」
「今の俺の顔を見てそんなこと言いますかね普通?!」
困ったような、安心したような、言いくるめられて悔しいような、いくつもの複雑な感情がごちゃ混ぜになった表情をしているグレイをもう一度しっかりと見て、大きく頷いた。
「ええ。とても良い表情です」
「だぁぁあもうっ!」
頭を抱えるグレイ。彼こそがマクダスにとって孫みたいな存在であり、これからどのような成長を遂げるのか見てみたい、老い先短いと自称する彼が生きる理由だった。
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それからマクダスとグレイはアプカルコの魔術師団にジョージの身柄を引き渡しに町を訪れた。無事身柄を引き渡したのを見届けてから、グレイはマクダスに礼を言ってそのまま宿舎へと帰っていった。
グレイの姿が見えなくなったのを見計らい、マクダスは建物の角に視線を向ける。
「隠れずともよいではないですか。我々の仲でしょう」
「……まあそうなのだが、そこまで親しい間柄ではないからな。かの《賢者》様と会う時はいつも緊張するのさ」
「ほほう。それはなかなかユニークな冗談ですな」
建物の陰から姿を現したのは《魔女》の称号を持つリールリッドだった。彼女は《賢者》の称号を持つマクダスと面識があったのだ。
「しかし、まさか《聖域の魔女》たる貴女がこの町においでになっているとは。それがわかっていれば《水賊艦隊》を撤退に追い込むだけでなく、撃滅出来たやもしれませんな」
「買いかぶりはよしてくれ《滝波の賢者》よ。海上では私は本領を発揮出来ないのだ。良くて相討ちさ。出来れば戦いたくなかったくらいだ。……それで、奴等は完全に撤退したと見ていいんだな?」
「ええ。恐らくはもう安全でしょう」
「そうか。感謝する」
いざとなれば、リールリッド自身が《水賊艦隊》と一戦交えるつもりでいたが、杞憂に終わり安堵する。
「ふっ。だが随分とあの子を可愛がっているようだな。連絡一本入っただけだというのに身一つだけで動くなど。普通では考えられないぞ」
「そうですな。以後気を付けましょう。彼にも散々怒られましたからな」
反省しているのかしていないのか、朗らかな笑みを浮かべるマクダスを見て、リールリッドは苦笑する。その様子は見たまんまの孫可愛がりのおじいちゃんだった。
「では、私もそろそろ失礼するよ」
「そうですか。私も今日一晩この町に滞在し、明日、《絶海の殺し屋》を監獄へ移送する時、共にこの町を発とうと思います。では、名高き《聖域の魔女》よ、彼をよろしくお願いします」
「あぁ。任されよう。私個人としてもあの子には恩があるのでな」
そう告げて、リールリッドはアプカルコを後にした。
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リールリッドが宿舎へ戻ると、入り口付近で正座させられているグレイを見付けた。すぐそばにはカーティスがグレイを叱りつけている。どうやら無断外出を見付かったらしい。
その様子を少し離れたところで傍観することにしたリールリッドは思わず笑みをこぼした。
「ふっ。昨日の英雄が今では正座で説教を受けているただの問題児とは、何とも滑稽な話だな」
当のグレイは既に目が半分閉じており、船を漕いでいる。反省の色はまるで見えない。そしてカーティスに気付かれて余計に彼の怒りを買う。
馬鹿としか言えない彼の姿を見て、再び笑いを噛み殺す。リールリッドは視線をそのまま横に移動させる。
するとそこには溜め息を吐きながら頭を抱えるエルシアと、必死に声を殺して笑い転げているアシュラがいた。ちょうどグレイからは見えない位置にいる彼らの後ろには、他のクラスの生徒達も様子が気になるのかそわそわと落ち着かないでいる。
そんな彼らの姿を見て、リールリッドは先程とは違う笑みを浮かべながら思う。
確かに今回の事件で負った代償は決して安いものではなかったし、全員が生還したからこその楽観的な考えではあるのだが、彼らにとってこれ以上ないほどの経験となったはずだ。
そしてこの合宿の目的を、余すこと無く果たせていることを知り、満足そうにその光景を眺め続けていた。




