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問題児達の稀少魔術《プレミアム・レア》  作者: いけがみいるか
四章 プレシャス・バケーション
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麗しき狂人 5

「…………は?」


 もはや呆然とするしかないほどの光景を目の当たりにしたグレイは、そんな間抜けな声を発することしか出来なかった。


 超巨大な水柱を合図に何百、何千もの数の水生魔獣が姿を現した。

 それも、先程レオン達と戦っていた魔獣とは比べるのも馬鹿らしくなるくらいの大きな体を持つ魔獣も見えるだけで数体は確認出来る。

 そんな魔獣達の上にはこれまた何人もの魔術師が乗っているのが見えた。


 そして遠くから一つの泡がグレイ達の近くまで飛んできて、彼らを見下ろせる場所まで来て停止する。見るとその中にはレヴェーナの姿があった。


「先程の一撃。本当に素晴らしかったですわ。あと一瞬遅ければ死んでいたかもしれませんわね。……で、どうです? まだやれますか?」


 パチパチと手を叩きながらにこりと笑うレヴェーナは、完全に無傷だった。いや、魔力が先程より上昇しているところを見ると、攻撃が直撃する寸前にアークか眷獣を呼び出し、耐久力を上げ、攻撃を受けながら回復したのだろう。グレイ達の攻撃力を、レヴェーナの回復力が上回ったのだろう。

 しかし真実がどうであろうと、あれほどの攻撃を受けて尚、彼女を倒しきることが出来なかったのは紛れもない事実だ。

 そして悟った。彼女は本当にただの遊びのつもりでここに来たのだということを。

 この無数の魔獣の群れこそが彼女達が《水賊艦隊》と呼ばれるようになった由縁なのだろうと。


 もしレヴェーナが最初から本気だったなら、当の昔に自分達は死んでいたのだ。圧倒的なまでの戦力差をこれでもかと見せつけられて、立ち向かえる者はこの場に誰一人としていなかった。


「……駄目そうですわね。残念。楽しい時間はすぐに過ぎてしまいますわ」


 そしてレヴェーナは興味は尽きたと言わんばかりに、冷めた目でグレイ達を見下ろした。


「では、さようなら」


 レヴェーナは自分の近くを漂うクリオネの魔獣に指示を出し、魔獣はグレイ達目掛けて強烈な水鉄砲を放った。


 もう駄目だと想い、顔を伏せた彼らの目の前に、突如水の壁が立ちはだかった。


 何事かとグレイ達は何よりも先にキャサリンを見る。水の魔法を使える者と言えばキャサリンしかいなかったからだが、どうもキャサリンの仕業ではなかったらしく、彼女も唖然としていた。


 では誰が、と周囲を見渡すと──


「あっ、ママ。ただいま」


 大きな亀と、その背に乗った少女がゆっくりとこちらに向かって近付いてきていた。


「あらぁ。ようやく帰ってきたのねシーラ。タロウさんも。駄目じゃない、勝手に陸地に上がったりなんかして」


 と、レヴェーナはシーラを優しく叱り、タロウと呼ばれた亀に一つ質問した。


「ところでタロウさん。どうしてこの子達を守ったのかしら?」


 その言葉をどうにか解釈すると、今グレイ達を助けてくれたのはどうもそのタロウらしかった。そしてタロウはゆっくりと首を横に振り、シーラがその心の声を代弁するかのように答えた。


「あのねママ。わたし、このお兄ちゃん達に助けてもらったの。だから、ちゃんと恩返ししないといけないんだよ?」

「助けた? へぇ、そうだったの」


 シーラの言葉を聞いて、レヴェーナはグレイ達に視線を移す。値踏みをするような視線を浴びながら数秒経ち、嘆息混じりに言った。


「恩なら、それこそ母なる海で眠らせてあげることこそ至上だと私は思いますが?」


 と、まるで尋ねるかのようにタロウに向かって話しかけるレヴェーナ。だがタロウは変わらず、首を横に振る。それを見てレヴェーナはやれやれと肩をすくめて、再びグレイ達を見下ろしながら告げた。


「よかったですわね。私達のが貴方達を見逃してやれと言っています。なので今回はシーラを助けてくれたという貴方達と、主であるタロウさんに免じて、ここらで引き上げさせていただきます」


 レヴェーナはそう言って優雅に一礼した。

 急展開過ぎる話に、ようやく思考が追い付いたグレイはシーラの方を見る。


「シーラ、お前、あいつの……?」

「うん。わたしの名前はシーラ=コラルリーフ。それで、パパの名前はタロウ。わたしが付けてあげたの。パパはね、すご~く長生きしてて、わたし達の中で一番強いみんなのボスなんだよ」


 自慢気にそう話すシーラだが、グレイはその言葉に顔をひきつらせる。何せグレイはそのタロウを背負い町まで運んだのだ。もしあの時、タロウが気まぐれを起こしていれば自分は何の抵抗も出来ないままに死んでいたかもしれなかったのだ。


「それでパパが昨日お兄ちゃんがわたし達を助けてくれたから、今度はお兄ちゃん達を助けてあげよう、って話になったの。良かったね」


 と、笑うシーラは「まあ、でも別に助けてもらわなくても、パパなら一瞬であの町ごと潰せたけどね」とさらりととんでもない言葉を吐く。


「シーラ。早く帰りますよ。タロウさんも。帰ったらお説教ですからね」

「え~。もう……。ママのいじわる。それじゃまたね、お節介なお兄ちゃん」


 そう最後に言い残し、シーラとタロウもまた泡に包まれて、沖合いの方まで飛んでいき、何万もの魔獣の群れもそれに付き従うように水平線の彼方に消えた。


 それを確認してから、まるで息をするのをようやく思い出したかのように激しく呼吸を乱す。

 完敗だった。知略を尽くし、奇策を尽くし、死力を尽くしても勝てなかった圧倒的な敵。その強大さを改めて想い知らされて、グレイ達の意識は悪夢の中に沈み、嵐が過ぎ去った海岸には静かな雨が降り注いだ。


~~~


「…………っ!?」


 ゆっくりと目を開いたグレイは即座に起き上がり周囲を確認する。するとそこには──


「おや。起きたようですね」

「カーティス、先生……? 何でここに?」

「ふむ。一から説明するのは面倒なので手短に言いますと、学院長のスケジュールに一日だけ空きが出来たのでこちらを訪れたのです。ですが厄介なことになったようですね。先程ようやくゴタゴタを片付け終えたところです」


 カーティスは疲れきったように息を漏らす。今さらながら気付くとここはグレイ達が宿泊していた部屋だった。周りを見るとアシュラ達男子全員がそこで眠りこけていた。


「……あれから、どうなったんですか?」

「グレイ君達が気を失ってからの話ですか? 私は話を聞いただけに過ぎませんので詳細なところまではわからないですが、《水賊艦隊》の者達は既にこの付近から離脱し、《ヌンキ》の団員達は重傷者が多数出ているそうです。アプカルコの病院は彼らの対応に忙しいらしく、比較的軽傷で済んでいる君達はこちらで回復を待つことになりました。ですが幸いなことに死傷者は出ていないそうです。何でも、何者かが《恵み雨》を使ったらしい、とのことです」


 《恵み雨》は広域回復魔法のことだ。グレイはすぐにタロウの仕業だと気付いた。《水賊艦隊》のボス、とシーラは言っていたが、レヴェーナとは違い殺戮ばかりを望んでいるわけではないのかもしれない。


「そしてホーク先生もかなりの重傷を負ってはいましたが、こちらもイルミナ先生の尽力のおかげで、何とか足は繋がったそうです。まあ、リハビリする必要はあるらしいのですが、風属性の彼なら日常生活を行う上ではそこまで大きな支障はないでしょう」


 それを聞き、グレイはホッと胸を撫で下ろした。グレイが駆け付けた時には既にホークは戦闘不能で危ない状態だったため、ずっと気掛かりだったのだ。


「ならあとは……。すんません先生。一つ頼みたいことがあるんですけど」

「はい?」


~~~


「よく全員無事だったな。《水賊艦隊》の総督まで出てきていたそうじゃないか」

「えぇ。私は実際その者の姿を見たわけではないのですけど」

「しかし、滅多なことでは陸地付近に姿を現さない天災とも呼ばれる奴等と遭遇するとは、どれだけ運が悪い者がいるんだか」


 女子部屋ではリールリッドとイルミナが、部屋で寝ている女子生徒達の顔を見ながら溜め息を吐く。


「ん、んん……?」


 そこでちょうどキャサリンが目を覚ました。だがキャサリンは体を全然動かせず、まぶたを持ち上げることしか出来なかった。


「起きたのねキャシー」

「イル、ミナ……」


 何とか声を発することは出来るようだが、その声も少し掠れていた。何とか起き上がろうとするキャサリンだったが、イルミナがそれを制する。


「無理よ。当分の間貴女は動けないわ。あんな無茶をした反動がきてるのよ」


 イルミナの表情は少し厳しい。昔よくこんな顔をしたイルミナに怒られたなぁ、と過去を懐かしみながら苦笑する。


「ああでもしないと……みなさんを、見殺しにしちゃうところ、でしたから……」


 キャサリンは短時間に二度の魔力切れを起こした。通常、魔力切れを起こした魔術師は一人の例外を除き、体を動かすことすら困難になるほど弱ってしまう。だがキャサリンは魔道具、リザーブ・リボンにより魔力を回復させ、その上その回復した分の魔力をも全て使いきった。

 そもそもリザーブ・リボンは魔力をわずかに回復させ体力を戻し、その場から離脱するために使われる、いわば応急処置のための道具なのだ。

 だが回復した魔力をもう一度使いきり、連続で魔力切れを起こしてしまったため、普段よりも深刻な負担を体に与えることとなってしまったのである。今体をほとんど動かせないのはそのためだ。


「それで、みなさんは……無事なんですか?」

「えぇ。ホーク先生も、貴女の生徒達もね」

「それは……よかったです」

「だから今は眠りなさい。いいわね?」


 キャサリンは目で頷き、まぶたを閉じる。するとたった数秒でまた深い眠りについた。

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