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問題児達の稀少魔術《プレミアム・レア》  作者: いけがみいるか
四章 プレシャス・バケーション
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全ては母のために 4

 キャサリンの魔法、《コキュートス》は全ての魔力を一度に乗せて放つ彼女オリジナルの魔法である。その威力は正しく鬼神の如く。しかし、全魔力を使い果たした魔術師は、たった一人の例外を除き、行動不能に陥る。魔力と共に体力、精神力も消費するためだ。

 キャサリンもその例に漏れず、握っていたアークは虚空に消えて、全身に鉛を巻き付けられたかのように体がだるくなる。


 だがキャサリンが今いるそこは、海の上。このまま海に落下すれば、体の自由も効かず、魔法も使えないまま溺れ死んでしまう。

 いや、それよりも早く、魔獣の群れに食い殺されてしまうかもしれない。

 尚もまっ逆さまに落下を続けるキャサリンを見て、誰もがその最悪の光景を予感する。

 すぐさま助けに行こうとするも、キャサリンは海の上。水属性セイレーン風属性ハーピィの者でないと救出は困難で、しかも彼らも魔獣との戦闘で疲弊しており、間に合わない。


 そんな中、後先考えずにアシュラが飛び出そうとするのを、グレイが止めて指示を出す。


「俺がいく! お前は影で命綱を!」

「あぁ?! ちっ! わあったよ! ついでだ。ぶっ飛ばしてやるから乗りやがれ!」


 今は感情のまま言い争うことよりも、グレイの案に従う方がいいと判断したアシュラは、大剣の腹にグレイを乗せ、全力で大剣を振ってグレイをキャサリンに向かって飛ばす。そのグレイの体にはいつの間にかアシュラの影の綱がくくりつけられていた。


 そして落下してくるキャサリンを上手くキャッチしたグレイはすぐに声を張り上げる。


「今だッ! 引け!」

「おらよっと!」


 それに合わせてアシュラはすぐに影の綱をまるで一本釣りをするかのように引っ張り、二人を救出する。

 波打ち際に落下した二人の元に駆け寄ると、キャサリンが青ざめた表情を浮かべていた。


「うぷっ!? う、ぅぅ……。何か、すごく、気持ち悪いのですよ……」


 体力、魔力が空っぽになった状態で急に体を引っ張られたせいか、少し気持ち悪くなっただけなようで、特に大事ない様子を見てようやく安堵する。


「ははっ。やべえわキャシーちゃん。さっきのマジかっけえ。思わず惚れちまいそうだったぜ」


 こんな時だと言うのに、つい軽口が出るアシュラを睨みながら、キャサリンは息を吐く。


「何を、全く……。そんなことより、二人とも無茶、しないでください、よ……」

「それはお互い様じゃないっすかね?」


 グレイが揚げ足を取るように呟くと、今度はグレイがキャサリンに睨まれる。


「まだだぁっ! 何としてでも奴等だけは殺せぇぇ!」


 だが、未だ危機は去ってはいない。二つの脅威を打倒したグレイ達だが、まだ《水賊艦隊》の兵が残っている。

 ジョージを倒したグレイとアシュラ、リュウグウノツカイの魔獣を倒したキャサリンだけは、何としてでもここで仕止めなければ、彼らの面子は丸潰れだ。


 一斉に襲い掛かる兵達。しかし急に彼らの周囲の砂浜が盛り上がり、道を塞いだ。


 何事かと思っていると砂浜にアプカルコの魔術師団、《ヌンキ》の者達が姿を現した。


「敵、《水賊艦隊》捕捉。各自ミスリル魔法学院の生徒、および講師の者達の救出を最優先とし、戦闘を開始せよ!」

「「「了解ッ!」」」


 統率の取れた迅速な動き。それによりグレイ達は一先ず宿舎の近くまで避難した。


~~~


 海岸の方からは今もまだ激しい戦闘音が鳴り響く。だが魔術師団が駆け付けてきたのでもう安心だと、皆その場に座り込む。


 どっと疲労が襲い掛かってきて全員もう立つのも億劫に感じていた。今更ながらよく生き残ったものだと他人事のように思う。魔力もほとんど残っておらず、あと少し魔術師団の到着が遅れていたらと思うとゾッとした。


 その間に回復班の団員から皆、応急処置的な回復魔法を施される。一番の重傷者であるホークにはイルミナを含む五人がかりで尚も回復魔法が施され続けている。

 だが聞くところによると、未だ油断は出来ないが、命は何とか繋いだらしく、安堵の息を吐く。


 流石は回復魔法に長けたイルミナの魔法技術である。それこそが聖女と呼ばれる由縁の一つ。その回復魔法技術は歴代のミスリル魔法学院卒業生の中でも一、二を争うと言われるほどだ。


 だがそれも束の間、海から今までとは比べ物にならないほどの轟音が鳴り響く。彼方上空を見れば、何人もの団員が吹き飛ばされているのが確認出来る。

 しかもそれは一度ではなく、二度、三度と繰り返される。明らかに不味い状況に傾いていることを悟った。


「顕現せよ。《空虚なる魔導書エンプティ・グリモワール》」


 グレイは魔導書型のアークを顕現し、そっと手を添える。すると魔導書からグレイ以外には見えない無色透明な魔力が腕を伝ってグレイの中に流れ込んでいく。

 この魔導書の能力の一つで、今まで貯めた魔力を、グレイに送り込むことが出来るのである。だがこれにはかなりの集中力が必要なため、戦闘中には行えない。


 魔力の回復を終えたグレイはすぐに立ち上がり、海へと向かって駆け出した。


「ちょ、グレ、イ君! 待ちな、さいっ!」


 魔力切れで動けないキャサリンの制止の言葉を振りきるグレイ。それに続くようにアシュラも立ち上がる。


「んじゃ、ちょっくら俺も行ってくるぜ!」

「行っちゃ、駄目、なのですっ!」


 だが言われて止まらないのが彼らが問題児と呼ばれる由縁。グレイを追いかけるようにアシュラも走り出して行ってしまった。


 そんな中、同じく問題児と呼ばれる少女、エルシアはまるで動こうとはしなかった。その表情には陰が差し、ずっと俯いていた。

 この状況で、動かないというのは正しい選択だ。なのに、そんなエルシアを見てキャサリンは言い知れない不安を覚えた。


~~~


 一方、全速力で駆け出したグレイは海岸を見渡せる場所まで辿り着く。


 すると目の前に広がっていたのは、幻想的な光景。しかしグレイ達にとって、幻想であってほしい光景だった。


 先程まで自分達が戦っていた砂浜には何人もの団員が倒れ伏し、血の海に沈んでいる。

 立っている団員もまだ数多くいるが、圧倒的な敵の前にどう対応すればいいのかパニックに陥っている。

 そして上空には大小様々の泡が大量に浮かんでおり、その中には《水賊艦隊》の兵や魔獣が入っている。

 やがてその泡は海の向こう、沖合いに停泊している巨大船へと飛んでいく。


 そして海岸付近には先程キャサリンが倒したリュウグウノツカイの魔獣が新たに二体出現しており、砂浜を見下ろしている。

 見ると、その二体の間に佇む一人の女性の姿があった。


 その姿を見たとき、グレイの全身の毛が逆立った。

 海の上に優雅に立つその女性は、青と紺が混じった色の着物を羽織り、淑やかな手振りで二体の魔獣に指示を出す。


 すると二体の魔獣は同時に砂浜に向かって超強烈な水鉄砲──いや、もはや水大砲と呼ぶべき強力な魔法を放つ。


 その魔法が着弾した時に響く轟音こそ、先程グレイ達が聞いた音に間違いなかった。


 衝撃により発生した突風に煽られないよう、姿勢を低くして何とか耐え、視線を再び砂浜に戻す。するとまた何人もの団員が地面に踞ってしまっている。そして魔獣二体は容赦なく追撃しようと魔力を練る。


 このままではいずれ全滅だ。グレイは無意識に飛び出していた。


「いい加減、飽きちゃいましたわ」


 着物の女は退屈そうにそう言うと、何の感慨もなく全てを蹴散らそうと腕を振るう。


 それに合わせて放たれる激流。万事休すと団員達は目を伏せる。


 ──だが、予想していた衝撃は一向に訪れず、代わりに何かが砕ける音がした。目をわずかに見開き、一番最初に視界に映ったのは灰色の髪の少年の後ろ姿だった。


「あらぁ? あなた、一体どなたかしら? 見たところ……子供のようだけど?」

「名乗るほどの者じゃない。それこそ、あんたみたいな大犯罪者に名乗るような名なんてない」

「そう……それは残念。それよりあなた、今何をしたのかしらぁ? 私には魔法が消されたように見えたのだけど」

「そりゃ目の錯覚じゃないか? そんなわけあるかよ。もうボケが始まる歳なのかよ」


 あえて嘘を吐き、相手を煽って挑発するグレイだが、女は口に手を当てくすくす笑う。


「そうねぇ。確かにあなたからすれば、私ももういい歳かもしれないわぁ。でも、流石にボケてはいませんよぉ」


 挑発に乗って来ないところを見て、すぐに作戦を切り替える。


「ところで、あんたほどの人物が一体何の目的があってこんなところに来たんだよ」

「ふふ。内緒です。女は神秘的なほど美しいものでしょう?」

「そうケチくさいこと言うなよ。そもそも俺はあんたら《水賊艦隊》の目的すらよく知らねえんだ。色々教えてくれたっていいだろ?」


 会話を続け、団員達の回復と避難のための時間を稼ぐグレイの意図を、あえて理解した上で女──《水賊艦隊》総督、《水明の狂人》の忌み名を持つレヴェーナ=コラルリーフは、妖艶な笑みでグレイの問いに答えた。


「ふふふ。仕方ありませんわね。では特別にお答えします。私達の目的は、この世の全てを母へと返すことですわ」

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