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問題児達の稀少魔術《プレミアム・レア》  作者: いけがみいるか
四章 プレシャス・バケーション
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女の愛憎 5

「はっはぁっ! 中々やりやがるじゃあねえか先生さんよぉ!」

「殺し屋風情が戯れるなッ!」


 多方向から飛来する風の刃。逆巻きながら空に向かって伸びる渦潮。その二つが激しくぶつかり合うホークとジョージの死闘は、しかしまだお互いが切り札を見せず、小手先だけの勝負を繰り広げていた。


 その戦闘をアシュラ達は加勢することも出来ずにただただ傍観することしか出来ない。下手に加勢すれば余計にホークの邪魔になると察したのだ。


 拳を強く握って歯を食い縛りながらも、冷静に状況を見つめ直す。ホークの相手は忌み名を付けられるほどの危険な人物。だがホークも二つ名を持つほどの実力者だ。そう簡単に敗れることもないはずだ。

 問題は自分達の方にあった。アシュラはチラリと背後を見る。そこにはエルシア、ゴーギャン、ラピスの三人がアークを顕現した状態で警戒心を剥き出しにしながら成り行きを見守っている。だが、わずかに震えているのがわかった。

 しかしそれも当然だ。何せ自分達はまだ未熟な学生に過ぎない。序列上位者であるとはいえ、二つ名すら持ってはいない。そんなのはジョージに取って見ればそこらの塵芥ちりあくたと何ら変わらない。

 まだ自分とエルシアだけなら、と思わなくもないが、やはりサポートに入ることは出来ずにいた。実力不足は元より、ホークとの連携など今まで一度足りとも経験がない。そんな穴だらけの連携はむしろ邪魔になる。

 故に、今出来るたった一つのことは少しでもこの場から遠くへ離脱することだった。

 アシュラがホーク達の戦闘から目を逸らさないまま、背後にいる三人に声をかける。


「お前ら、こっからとっとと逃げるぞ。ここにいりゃ邪魔になる。俺が殿しんがりをやってやっから早く逃げやがれ」

「なっ!? 何格好付けてんのよ!」

「そうッスよ! 全員で逃げるッスよ!」

「うるせえ! 今はそれどころじゃねえんだ。全滅してえのかよっ!」


 焦りのせいか、苛立つアシュラの怒声が飛び、全員肩を竦ませる。そのアシュラの背からはいつになく切羽詰まった雰囲気がにじみ出ており、エルシアはごくりと喉を鳴らす。


「わ、わかったわ。なら、私も残るからゴーギャンとラピスは急いでイルミナ先生の所まで逃げて」

「おいエリー!」

「文句は聞かないわ! ほら、二人とも急いで!」


 有無を言わせない迫力に、アシュラだけでなくゴーギャンとラピスも言葉を呑む。そしてラピス達は覚悟を決めたように小さく頷き、林に向かって駆け出した。


 そう。正にその時。向こうの林からレオン達が現れた。


「レオン!?」

「アル!? 皆さんこちらへ来ては駄目ですっ!」


 ゴーギャンとラピスは焦って、大声で制止を叫ぶ。


「な、なんだ?!」

「おい、あれ誰だよ?」

「ホーク先生が戦ってる?!」


 だが未だ状況を把握しきれていなかったレオン達は状況判断に一瞬遅れた。

 その致命的な一瞬すきを、残虐なジョージは容赦なく突いてきた。


「はっはぁっ! 運のねえガキ共! こいつで粉々になれ! 《スクリュー・ウェーブ》!!」

「しまっ──!?」


 ジョージはホークではなく、その背後にいる生徒を狙って魔法を放つ。高速回転しながら迸る激流が三本、それぞれアシュラとエルシア、ゴーギャンとラピス、レオン達へと襲い掛かる。


「くっ! 来いっ! 《ゼフィード》!!」


 ホークは自身の魂、アークを顕現する。ホークのアークは巨大なブーメラン。腕に力を込め、風魔法の補助も手伝い、勢い良く投げ飛ばす。

 旋風を巻き起こしながら空を切り裂く《ゼフィード》は、ジョージの放った《スクリュー・ウェーブ》をことごとく弾いて散らす。


 何とか生徒に直撃する前に打ち落とすことが出来て安堵し、ほんの僅かだが気を緩めてしまった。だが即座に気付く。今、自分は先に切り札を切らされてしまったということに。


「先生ってのは大変だなぁ~。生徒なんぞのために命賭けにゃならねえんだからよ」

「──!?」


 背筋に走る戦慄。肩越しに背後を見ると、そこには狂喜にまみれたジョージの姿があった。


「《召喚サモン》」


 そしてジョージが唱えたのは、眷獣召喚の呪文。喚び出されたのは通常よりも一回り大きな鮫だった。その鮫は鋭い歯を何本も生やした口を大きく開けて──


「喰いちぎれ、ザギラ」

「ぐぁぁああああっ!!?」


 ザギラと呼ばれた眷獣は、空飛ぶホークの右足に喰らいつき、鋭利な白い歯は真っ赤な返り血で濡れた。


「「ホーク先生っ!?」」


 その光景を見ていた生徒達がホークの名を呼び、悲鳴を上げる。

 誰もが足を止め、恐怖に震えながら、落ちてくるホークをただ見つめるしか出来ないでいる中、誰よりも早く飛び出したアシュラは、ザギラの口に目掛けて大剣を突き立てた。


「その口開けやがれ、このサメ公ォォォッ!」


 アシュラの血より赤い眼光に睨まれたザギラは、わずかに怯み無意識に口を開く。そこですかさずアシュラは大剣を口の中に捻り込んで、口内にあったホークのちぎられた足を《影霊》で掴んで引っ張り出す。そして自由落下するホークを右腕で抱え込み、大剣をくわえ、空いた左手に《羽影》を出現させる。その左手を大きく羽ばたかせてジョージとザギラから十分に距離を取った場所に着地する。


「回復! 急ぎやがれっ!!」


 着地と同時にアシュラの怒号が再度響き、《セイレーン》の全員とエルシアとコノハが、地面に寝かされたホークの元へと駆け寄ってくる。

 見るとホークの出血量が尋常ではなかった。しかし足を喰いちぎられたのだから当然だ。切断面である太ももはぐちゃぐちゃで、思わず目を背けたくなるほどの惨状だった。

 それはわずか十五、六歳の彼らにとって、あまりにも非現実的過ぎて、集中力が乱れ、思うように魔力が練れない。

 ホークは痛みによるショックのせいか、意識も朦朧としており、脂汗でびっしょりだった。

 するとそこに血相を変えたイルミナが駆け寄ってきてホークの傷を見る。そしてイルミナはすぐ深刻そうな顔をして告げる。


「まずいわ……。今すぐ治療しないと間に合わなくなる……」

「ならさっさとやってくれ! このままじゃ──」

「でも、そのためには私は回復に専念しないといけなくなる……。その間、彼がじっとしているわけがないわ……!」


 イルミナの言葉通り、ジョージはまるで獲物を見る目をしながらこちらに近付いてくる。そしてザギラも、血の混じった水の塊を吐き出して、その中を泳ぎながらこちらを睨み付けている。


 状況は最悪だった。ホークは戦闘不能に陥り、イルミナはホークの回復に専念するため戦闘不可能。キャサリンは現在ここにはいない。

 つまり、今この場にはイルミナ以外誰もジョージを止められないということだ。

 ホークを犠牲にするという選択肢もあるにはあるが、誰もその選択肢を選び取れない。だが、それをアシュラは笑い飛ばした。


「はっ! なら俺が時間を稼いでやるよ」

「な、何を言ってるんですかアシュラ君! 貴方達は逃げなさい! 先程キャシーに連絡を取りました。アプカルコの魔術師団が来るまで私が彼を引き付けます!」

「んなことしてたら、ホーク先生が死んじまうんだろ? なら、俺がやるしかねえだろ」


 アシュラは大剣を強く握って肩に担ぐ。そんな彼の姿を見て、他の者達も立ち上がる。


「君にだけ格好付けさせるわけにはいかないな」

「イルミナ先生。ホーク先生の回復はお任せ致しますわ」

「先生の仇は僕が取るよ」

「我等の敵は、我等で排除する」

「他の皆はイルミナ先生とホーク先生をお願い」


 立ち上がったのは、各クラスの序列一位達。全員がアシュラと並んで立ち、ジョージに向かってアークを差し向ける。


「いくら忌み名持ちのてめえだろうと、この人数を簡単に倒せるだなんて付け上がるんじゃねえぞ?」

「……くく。くっはははぁっ! ガキ共が粋がるんじゃねえよっ! ……だが、面白くなってきやがった。笑わせてくれた礼だ。人生の先輩として、てめえらに一つ、ありがたぁ~い話をしてやろう」


 心の底からあふれでるようなドス黒い笑い声を発するジョージが、嘲笑と哀れみを含んだような視線を向けながら告げた。


「絶望っつーのは、畳み掛けてくるのが世の常だ」


 その言葉の意味を掴みかねていると、頭上から聞き慣れた声が聞こえた。だが、未だ聞いたことのないくらい、切羽詰まった大声だった。


「海だぁぁぁあ!! 全員身を守れぇぇぇええええ!!」


 その声に弾かれるように海を見ると、海の中から無数の攻撃が放たれ、アシュラ達のいる砂浜を蹂躙した。

 それはまるで、横向きに降る雨の如く。その場は一瞬で、悲鳴と、魔法と魔法がぶつかり合う音と、地面が弾け飛ぶ音と、何かが砕けたような破砕音が鳴り響いた。


~~~


 海からの突然の攻撃がようやく止まり、地面に倒れ込んでいたエルシアはゆっくりと顔を上げる。

 周囲を見ると砂浜のほとんど全体が水を吸い込んで黒くなっており、穴だらけになっている。

 その逆の方向を見ると《ドワーフ》の者達が岩や砂の壁を作り出して、海からの攻撃から皆を守ってくれていた。そのおかげで他の皆も軽傷で済んでいるようだった。


 そしてエルシアの近くには、灰色の聖衣を纏った少年が立っていた。


「グレイ……!」

「悪い、遅れた。それよりエルシア。海に敵がいる。何体いるか教えてくれ」


 グレイは真剣な表情をしながら海を睨み付けている。エルシアはハッと気付き、すぐに指に填めている魔道具、サテライト・リングを起動する。それにより、エルシアの視界は何倍にも広がり、先程の襲撃の犯人を突き止めた。


「………………えっ? 嘘、でしょ……?!」


 だがそこにあったのは知りたくない現実だった。

 そしてその現実が海から姿を現した。


「お、おい……? 冗談だろ?」

「夢なら、早く覚めて欲しいのですけれど……?」

「しっかりしな。最悪なことに、こりゃ現実だよ……」

「な、なんだよ。この数は……!?」


 海から姿を現したのは、数え切れないほどの魔獣の大群だった。大小様々の魔獣達がこちらを向いている光景は、正しく絶望そのものだ。


「……こいつらは全部あんたのか、おっさん」


 グレイは横目でジョージに尋ねる。そのジョージは、今さっきまでいなかったグレイを見て訝しげな表情をするも、口を開く。


「いんや。流石に俺一人でこんな大量の魔獣を飼い慣らせるこたぁ出来ねえよ」

「そうか。なら、もう一つ。あれは、お前の仲間か?」

「……まあ、そういうことになるな」


 グレイの指差す先に、沖に停泊する船があった。その船の帆には、涙を流すドクロのマークが描かれている。そのマークは、ここにいる全員が知っていた。


「知らなかったよ。まさか一匹狼で知られた《絶海の殺し屋(シー・ギャング)》が、あの水属性最大の差別主義団体、《水賊艦隊》の一員クルーになってるなんてな」


 《水賊艦隊》。グレイの言葉通り、彼らは水属性の魔術師達によって構成された差別主義団体である。彼らは水を愛し、海を愛する精神から、数多くの船を自分達の根城とし、常に海上を移動している。そのうちの一隻が、今自分達の目の先にいるのである。


「まあ、人生ってのは色々あるってことよ」


 そう言ってくつくつと笑うジョージに、グレイは小さく溜め息を吐きながら近付いていく。


「なぁ? 今更で悪いんだが、見逃してくんねえか?」

「あ"ぁっ?」

「はぁ?! ちょっとグレイ!? 急に何言ってるのよッ!?」


 あまりにも突然のグレイの言葉にエルシアや他の者達も驚きの表情を浮かべる。だがグレイはそんなのお構い無しにジョージの目を見ながら話を続ける。


「ただのガキ相手にわざわざ艦隊まで引っ張り出してくるなんて大人げないだろ? そんなことすりゃあんたらの品格を下げることになりかねない。それに、あんたの強さは嫌ってほど思い知らされたよ。全員、心も体も満身創痍だ。現にホーク先生なんて足まで切られてる。あれだけでも俺達の心を折るには十分だ。これ以上あんたが楽しめるような要素はここには残ってねえよ。だから、どうか引き下がってはもらえないでしょうか?」


 グレイは帽子を取り、深く頭を下げる。それをつまらなさそうに見下ろしたジョージは、だがすぐに口角を釣り上げて言った。


「いいぜ。だが、条件がある」

「…………条件?」


 グレイは頭を下げたままの状態で尋ねると、ジョージは続けてこう告げた。


「そこにいる《プレミアム・レア》二人をこっちに寄越しな」

「──!?」

「ミスリルに光と闇の《プレミアム・レア》がいるっつー噂は聞いてはいたが、ただのガセで実在してるたぁ思ってなかったが。なるほど確かに珍妙だ。奴隷として売ればそれなりの金にな──」

「お断りだ糞野郎ッ!!」


 ニマニマと笑うジョージの話が言い終わるより早く、グレイはジョージの顎を全力で蹴り上げる。そしてそのまま宙返りして、即座に地を蹴り、宙に蹴り上げられたままのジョージの腹部に両手で掌底突きを叩き込み突き飛ばした。

 そのグレイをサイドから、ザギラが大口開けて襲い掛かる。だがグレイはそんなことはまるで気に止めない。何故なら──


「てめえの相手は俺だぜサメ公! 《角影》!」


 アシュラの地中からの攻撃にザギラは宙に突き上げられる。


「アシュラ! その鮫抑えてろ! 俺がこいつを叩き潰す!」

「抜かせ! それより早くに俺がこの鮫を喰い殺してやんぜ!!」

「はっ! 上等だ! おいエルシア! 海の魔獣共はお前らに頼む! 見たとこ一番の脅威はこいつらだ。だから俺達がこいつの相手してる間にその広い視界を生かして全員でフォローしながら敵の数を減らしてくれ!」

「なっ──。あぁもうっ! わかったわよ! やってやるわよ!」


 また急に状況が変わり、それに振り回されるエルシアだが、今やるべきことをハッキリと認識した。


「行くわよ皆! 反撃開始よ!」

「「「おおっ!」」」


 ──そして、先程グレイから不意討ちを食らったジョージは、口から血ヘドを地面に吐き出し、先程までとは打って変わって額に青筋を立てながら体を起こす。


「こ、の……糞ガキがぁあ……。魔力・ ・もねえ(・ ・ ・)ただの無能風情が、この俺に喧嘩売るたぁ、大した度胸じゃねえか、あぁあんっ?!!」

「そう怒るなよ。特別にとびきりの手品を見せてやるからよ」

「手品だぁ? 舐めてんじゃねえぞ! んなもんで俺をどうにか出来るとでも思ってんのならやってみやがれやっ! そのいけ好かねえにやけ面を無様な泣き面に変えてやらぁぁあっ!!」

「承知致しました。──それではお見せ致しましょう。無様で無能な道化師の、世にも奇妙で不思議な魔術。無色透明の夢物語マジックショーを」


 グレイは灰色の瞳に妖しい光を灯し、歪な笑みを張り付けて、芝居がかったような台詞を吐いて、礼儀正しくこうべを垂れた。

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