男の友情 4
──懐かしい夢を見た。まだ将来の夢を持っていた頃の、まだ純粋だったあの頃の夢を。
昔はよくこの夢を見た。そして夢から覚めては、虚しい現実にうちひしがれた。現実の方こそ夢であったなら、どれほど良かっただろうと──
~~~
「んん……?」
「おっ? やっと起きたか」
目をぱちぱちとさせながら周囲を確認すると、レオンの顔が視界に入る。
「もうすぐ夕飯の時間だぞ」
「…………まさか、本当にわざわざ起こすとはな」
「君がそう言ったんじゃないか」
「そうだけどよ……」
グレイは体を起こし、大きく体を伸ばして欠伸をする。まさかほとんどふざけて言っただけのことを律儀に守るとは思ってもいなかった。
「わりいな。ありがとよ。……それで、あれは何だ?」
「……あぁ、あれか。その、えっと……」
どうにも歯切れの悪いレオンを訝しげに思いながら、グレイは視線の先にいる褐色の肌の少年を見つめる。
「これは俺達男の義務だろッ!! むしろここで引く奴を俺は男と認めないっ!!」
「別に、貴様に認められずとも僕はれっきとした男だ」
「うるせえぞ、そこのむっつり眼鏡。何やせ我慢してんだよ! それともお前はあれか? あっち系かぁ~? やっべえ身の危険を感じるぜ……」
「貴様、僕を愚弄するかっ!」
「そっち系じゃねえとすりゃあやっぱむっつりなんじゃねえのかよ。誤魔化すんじゃねえっての!」
アシュラとクロードのよくわからない言い争いを、他の者達も呆れ顔で見ていた。
具体的な内容を聞いたわけではなかったが、だいたいのことは察した。つまり──
「覗きは男のロマンだろうがぁッ!」
──アシュラがいつも通り馬鹿なことを考えている、ということだった。
それから夕食の時間となり、一同は再び食堂へと集まっていた。今回は席をわざわざ離すようなことはせず、全員好きな席に座っている。
グレイは一番端の席に座り、その左隣にミュウが座っている。テーブルに並ぶ色とりどりの料理に、ミュウは静かに興奮していた。
「全部、とても美味しそう、です」
「だな。全部好きに食べていいんだからな。今回俺が金出すわけじゃねえし」
「か、考えることセコいわね……あんたは……」
グレイの正面に座るエルシアが、何故か気まずそうな顔をしながら苦笑していた。
いつもならミュウの隣、もしくは正面辺りに座りそうなところを、何故わざわざグレイの正面に座っているのか。などと考えたグレイだったが、まあそういう日もあるだろう、と簡単に片付けた。
それより、とグレイは小さい声でミュウに耳打ちする。
「ところでミュウ。魔力の方は大丈夫か? 何ならこのあと一度戻るか?」
というのも、ミュウはグレイの権限無しで表に出てくることが出来る。だがその際、グレイからの魔力供給は行われず、存在しているためには自身が持つ魔力を常に消費し続けなければならない。
一度グレイの魔力中枢に戻り、魔力回復をするかどうかの確認を取るため、わざわざ端の席に座ったのである。
そしてミュウは小さく首を横に振る。
「今はまだ、大丈夫です。それに、このあと皆さんと、遊ぶ約束をしました」
「……そか。なら、皆が寝静まった後に、エルシアに頼んで外に連れ出してもらってくれ。そこで俺と合流しよう」
「わかりました」
「なになに? 兄妹でヒソヒソ話? ボクも混ぜてよ」
そう話を切り込んできたのはグレイの左斜め前、つまりミュウの正面に座ったメイランだった。
どうにもメイランや他の女子達にもミュウのことを気に入ったようで、随分と可愛がられたそうだ。
「いや。兄妹の秘密の話だ。聞かせるわけにゃいかねえよ」
「えぇ~。何それ、気になるなぁ。ねえミュウちゃん。ボクにだけこそっと教えてよ?」
「……ダメ、です。内緒、です」
「えぇぇ~。そんなぁ~」
テーブルにへたれこむメイラン。どうやらミュウの方はうまく溶け込めているようで安心した。もし何かあったとしても、エルシアとこのメイランがいれば大丈夫なような気がした。
夕飯を終え、部屋へと戻る。その道すがら、アシュラがグレイの首に腕を回してきた。
「なんだいきなり。痛いんだけど?」
「おい。お前も行くだろ?」
「は? どこに?」
「聞いてなかったのかよてめえ。……って、そういやお前は寝てやがったな」
アシュラは思い出したかのように頷き、周囲を警戒しながら小声で話す。
「覗きだよ覗き」
「…………やっぱそういう話か」
アシュラが合宿に参加した最大の理由。それは美少女の水着、だけではなかった。
「この後の入浴時間に覗き計画を立てた。お前も乗れ」
「やだよめんどくせえ」
「ふざけろてめえ。あっ、そういやてめえはくそロリコン野郎だったな。ロリがいねえ女風呂になんか興味ねえってか?」
「いい加減それやめろ。シャレにならないレベルでぶん殴るぞ」
「つーかてめえにゃ覗きのためだけにあるような魔法があるだろうが。それを使わねえ手はねえだろうがっ」
「俺の魔法はそんなことに使うためにあるんじゃねえっつの。こんな場所でお披露目するわきゃねえだろっ」
小声ながらも殺気のようなものを放ちながら睨み合うグレイとアシュラ。
「男の友情はこういう時に高まるもんなんだよ。合宿の目的に沿ってるだろが」
「社会の規律から逸れてるだろうが。つか、見つかれば死ぬぞ」
「ビビってんのか。ヘタレロリコン」
「よし殴る。容赦なく殴るっ!」
「あれ? 二人とも何をしているのですか?」
急に話し掛けられ、ビクッ、と背筋を伸ばして声の主を見下ろす。
「他の皆さんはもう部屋に戻っちゃってますよ? おしゃべりなら他のクラスの皆さんも交えてしてほしいのですが」
「キ、キャシーちゃんこそ、何してんの?」
「わたしですか? 見回りなのです。ミュウちゃんのことはエルシアさんに任せましたし、やることもないので」
わたし、先生ですし。と胸を張って説明するキャサリン。それを聞きアシュラはギラリと目を光らせた。
「なら、他の奴等と一緒に風呂でも行ったらいいんじゃね? ほれ、イルミナ先生とかも連れてよ」
「ちょ、おまっ!?」
「お風呂ですかぁ~。いいですねぇ~。そうしましょうかね」
キャサリンは目を輝かせ、軽い足取りでその場を去っていく。それを見送ってからグレイは半目でアシュラを睨む。
「お前……わざわざハードル上げてどうするつもりだ?」
「それだけの価値があの先生二人にゃあるだろうが。キャシーちゃんは知っての通りロリ巨乳だし、イルミナ先生は聖女って呼ばれてるらしいじゃねえか。これこそ覗きがいがあるってもんだろ」
「見付かりゃ本気でただじゃ済まなさそうだな……」
「なに他人事みたいに言ってんだ。偽物とはいえ、ロリも投入してやったんだ。お前の参加は決定だ」
「フンッ!!」
今度こそ、グレイは容赦なくアシュラの顔面を殴り付けた。
だが結局、朝の借りのことを持ち出され、渋々アシュラの悪事に荷担することになったグレイは道連れを増やす方法をアシュラに伝授した。
「おいゴーギャン。男として、風呂を覗くことはもはや礼儀であり作法なんだ。何よりそれが男の青春ってやつだろ!? 友情ってやつだろぉぉっ!?」
「あぁ、お前は別に来なくていいぜ。むっつりへたれの不能ホモ眼鏡。貧弱で軟弱で脆弱なお前にいられちゃむしろ邪魔だからな。勝手にウォーロックと一緒に風呂でも入って欲情してろ」
「あっ? 興味ねえ? んなわけねえだろ。風の噂でお前が女子にモテたい願望があるのは知ってんだぜ。つまり女子の裸にも興味が……は? 誰にって、グ──じゃなくて、えぇ~と、コ、コノハだ。…………おっ、そうか協力してくれるか!」
「男なら、いや漢ならっ! ここで臆するわけにゃいかねえだろ! お前も一端の漢なら度胸を見せてみやがれチビ助!」
──そうして集まった馬鹿な男六人。時刻はちょうど入浴の時間帯。
なのに彼らは宿舎の外の林の陰に潜んでいた。
狙いは当然、露天風呂だ。人間、特に若い女子にとって風呂とは特別な場所だ。体を洗うだけでなく、心身共にリラックスするためであったり、純粋に入浴を楽しむことも出来る。その中でも露天風呂とは、普段は決して入ることの出来ない特別な場所でもある。
人としての性が、自然と足を運ばせる場所。
だからこそ、ここで張っていれば女子は確実にやってくる。その時を、アシュラは血走った眼で待ち続ける。
「帰りてえ……」
そんなアシュラを見てグレイは深い深い溜め息を吐き、一言そう呟いた。
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一方、女子達は皆で連れ立ってきゃいきゃいと騒ぎながら大浴場を目指していた。
「あれ? キャサリン先生。それにイルミナ先生も。先生達もお風呂ですか?」
「あっ、皆さん。はい。そうなのですよ」
そこに講師の二人も加わり、脱衣場は一気に賑やかになる。
「イルミナ。ここのお湯ってどんな効能があるのですか?」
「そうね。合宿などにもよく利用される由縁として、疲労回復や傷の回復を手伝ってくれて、他にも美肌効果もあるらしいわ」
「それはつまり、わたくしの美しさに更に磨きがかかるということですわねっ」
「そうですね……。出来れば慎み深くなる効能もあればよかったのですが」
「な、なに? どしたのアスカ? そんな親の仇をみるような眼でボクを見て…………って、ごめん。愚問だったね」
「アタシの胸を見ながら哀れむなッ!」
「シャルちゃん。やっぱりお風呂でもそのマフラーは外すつもりはないんだね」
「ぽりしーでござるからな」
「これで代表を悩殺や!」
「あぁ、うまくいくといいねぇ……」
「はぁいミュウちゃん。両手上げて~」
「自分で、着替えられます」
彼女達のおしゃべりに混じって衣擦れの音がする。今、この場所にはかなりレベルの高い美少女達が集っている。そんな美少女達が一枚一枚衣服を脱ぎ、肌を露にしていく光景は男にとってまさしく、パラダイスと呼べるものだった。
そんな中、ミュウは首にかけていた十字のアクセサリーを、一瞬躊躇ってからゆっくりと外し、衣服と共に脱衣カゴに入れた。
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「ん?」
「どうしたかグレイ?」
「いや、たぶんもう少しで誰か来るぞ」
「何でそんなことわかんだよ。変態かよ」
「変態の権化が何言ってんだか。これだよこれ」
グレイはめんどくさそうに首にかけていた十字のアクセサリーを見せる。
そのアクセサリーはデュアル・クロスと言い、二対一組の魔道具である。これを首にかければもう一つのアクセサリーをかけた者がどの方角にいるのかがわかり、生死までも把握出来る。
そして今、そのアクセサリーの反応が消えた。だがまさかミュウの身に何かあったわけでもないだろう。恐らく、ミュウ自らの意思で外したのだ。そうなると魔道具の効果は発動しなくなるのである。
では何故ミュウはアクセサリーを外したのか。それは考えればすぐにわかる。
「そうか。風呂に入るにゃそいつは邪魔だしな」
「ついでに言えば、ミュウが一人で温泉に来るはずもないだろうよ」
その言葉の意味するところを、この場にいた全員が理解した。
グレイ以外の全員が喉を鳴らして露天風呂に繋がる扉を凝視する。
「ち、ちょっとドキドキしてきたッスね……」
「ね、ねぇ……? やっぱり戻らない? こんなの駄目だよ」
「あぁ? 今更何言ってんだチビ介。ここでケツまくって逃げるってか? そんなんでお前、立派な漢になれると思ってんのか?」
「立派な漢は覗きなぞしないと思うがな」
「まあ? ここにいる時点でお前も偉そうなこと言えねえんだがな。むっつり眼鏡」
「うっ、うるさい!」
「にしても意外だったよ。むっつりクロード君がこんな大胆な行動をするなんて。むっつりからオープンスケベにシフトチェンジするつもりなの~?」
「黙れエコー。その口二度と開かなくてしやろうか?」
「こわっ!? 何する気なの?! エコーの口をナニで塞ぐ気なのぉ~?」
あまりにも自然に会話に参加していたため、全員が何の違和感も感じていなかった。
「「「「………………ん?!」」」」
「ん?」
驚いた顔を見せる四人を見てエコーは首を傾げる。グレイだけ、エコーが息を殺しながら近付いて来ていたのに気付いていた。
「お、おまっ!? いつの間に?!」
「ついさっきだよ?」
「くそっ! 最悪だっ! こんな直前になって女子にバレるなんて!」
盛大に舌打ちをするアシュラの目は絶望に染まっていく。そして段々と怪しい光へと変貌していく。
「こうなりゃ、わりいけど身動き出来ねえように拘束を──」
「でも覗きとか楽しそうだね~。エコーも混ぜて~」
「──って、はぁ? ま、混ぜて、って? いいのかよ俺らを見逃して?」
「そりゃいいに決まってるじゃん。だって別にエコーには被害ないし。それに面白いものも見れそうだし」
「そ、そうか……。ふぅ、助かった」
「いや、助かったも何もこいつは──」
クロードが何かを口に出そうとしたのをエコーが素早く制し、指を口元に当てる。
黙っていろ、という意味だろう。それを見ていたグレイは、面白そうなのでそれに便乗した。
そうしてもう一人の馬鹿が覗きに参戦した頃。
「「「おぉ~っ!」」」
着替えを終え、タオル一枚だけになった少女達が広々とした温泉を見渡し、感嘆の声を上げていた。
「これはなかなか立派な温泉ですわね」
「種類も沢山あるよ。楽しそ~」
「こら。あんまりはしゃぐんじゃないわよ」
それぞれが好きに散らばる中、エルシアもミュウと共に体を洗ってから湯船に浸かる。
「あぁ~。いいお湯ねぇ~」
「気持ちいい、です」
二人がゆっくりと温泉を楽しんでいるところ、リボンを外したキャサリンが近付いてきた。
「お邪魔しますね」
「あっ、キャシー先生。どうぞ。って、先生がリボン外してるの久し振りに見ましたよ。でも、あれ外していいんですか?」
「あぁ。大丈夫なのですよ。あれを使うには《キーワード》の認証が必要なので」
キャサリンのリボンは、かつてエルシア達三人が月別大会で手に入れた魔道具なのだ。つまり特殊な効果を持っている。エルシアはその効果を知っていたため、リボンを外してしまっても良かったのか尋ねたのだが、杞憂だったようで安心した。
心配事が解消したエルシアは別の問題に激突した。
いや、問題というほど大した話ではないのだが、エルシアにとって、あるいは女にとって、どうにも見て見ぬフリが出来ないものが目の前にあった。
「ど、どうかしたのですか?」
「…………………………いえ」
「いやいや。絶対何かあるんですよね?! そんな間が空いて、何もないなんてことないはずなのですよ!?」
じと~っとした眼でキャサリンを、キャサリンのある一部分を凝視するエルシア。
その視線の先には、小柄で童顔の彼女に似つかわしくないほど大きく実った二つの果実が浮かんでいる。
同じ生き物で同じ性別だというのに、自分とはまるで違う育ち方をしたそれを、恨めしいと思いながら無言のまま、ジリジリとキャサリンに近寄っていく。キャサリンはそのやや妖しい目をしたエルシアに気付き、両手で胸を庇うようにして浴槽の中で後ずさる。
「エ、エルシアさん……?! 何ですか? 怖い! 怖いのですよその顔! ミ、ミュウちゃん助けて欲しいのです!」
「…………ほぅ」
「めちゃくちゃ温泉を満喫していらっしゃるのですっ!?」
ミュウは目を細めながら温泉を楽しんでいるため、二人のやりとりにはまるで気に止める様子もない。なら、と周囲を見渡すも、他の皆もそれぞれ別の温泉を楽しんでいるため救援は望めそうもない。
やがて風呂の縁にぶつかり、逃げ道を探して更に周囲に視線を巡らせる。すると視線の先に最後の希望が映った。
「露天風呂! エルシアさん、向こうに露天風呂があるのですよ!」
「…………露天風呂?」
今までずっと無言だったエルシアがようやくぽそりと声を発する。これだ、と思ったキャサリンはすぐさま立ち上がる。
「ほら。ミュウちゃんも、皆で一緒に行きましょう!」
正体不明の危機感を覚えたキャサリンは必死にエルシアを説得する。
「露天風呂、ですか?」
「そうです! 屋外にあるお風呂のことなのですっ! きっとそっちも気持ちいいと思うのですよ!」
「……行って、みたいです」
「ほ、ほら! ミュウちゃんもこう言ってることですし。ね? エルシアさん。ねっ?!」
「は、はぁ……。まあ、ミュウちゃんが行きたいって言うんですし、いいですけど」
キャサリンは内心で全力のガッツポーズを取る。可愛いもの好きのエルシアが溺愛するミュウの言葉を彼女は決して蔑ろにしないだろうと思ったが、予想通りエルシアの目から妖しい光が消え、いつものエルシアに戻っていた。
そんな三人のやりとりを見ていた他の者達も露天風呂に興味を示し始めていた。




