夏期休暇の目的 2
一方、コルン山のエルシアは──
「…………師匠」
「……何ですか?」
「これ、いつまでやってないといけないんですか?」
「これ、とは?」
「この瞑想ですよ!! 修行始まってからまだこれしかやってませんよ!?」
エルシアが山へと戻ってきてから一週間ずっとテスタロッサの修行を受けていた。のだが、その修行というのが何故か瞑想。
エルシアも、最初の頃は精神統一から始めるのか。程度の感想でしかなかったのだが、流石にもう我慢の限界だった。むしろ一週間もよく何も言わなかったな、と自分に言いたいくらいだった。
「ふぅ……。やれやれですね。これくらいで気を荒げていてはいけませんよ」
「これくらいっ!? 一週間ただただ瞑想し続けてたんですよ!? 修行って言ったらもっとこう、魔法とかで戦ったりしないんですか?!」
「なんと野蛮な発想なのですか。それだから短気なのですよ、貴女は」
「関係あります、それっ!?」
「……ですが。まぁ、もう十分かもしれませんね」
エルシアが文句を言い出したから、というわけではないが、テスタロッサもそろそろ次の段階に行ってもいいだろうと、閉じていた目を開く。
目の前にいるエルシアは、細く長く伸びた岩の上に、片足で立ちながらこちらを睨んできていた。
「短気なのは変わらないですが、集中力は途切れていないようですし」
「そりゃ一週間もやっていれば嫌でも慣れますよ」
現在エルシア達がいるのは何本もの岩の柱が屹立しているテスタロッサがよく瞑想をするために訪れる場所だ。
そこでエルシアはその岩の上でひたすらに集中力を磨いていた。その岩の柱はまさしく片足を乗せるので精一杯な面積しかなく、エルシアも最初の頃は何度も岩から転げ落ちていた。
だが、今ではほとんどふらつくことすらなく、目を閉じていても平気なくらいになっていた。
エルシアは、一週間もやっていれば嫌でも慣れる、と言ったが、そんなことはない。たったの一週間でここまで出来るようになるとはテスタロッサも思っていなかった。この夏期休暇全てを使っても時間が足りるか微妙だとすら思っていた。
「資質は十分。貴女は魔力操作技術に長けているようですね。この修行はここまでにしましょう」
「やっとですか……」
長く続いた集中力強化の修行もようやく終わり、エルシア達はテスタロッサの小屋のある付近まで戻ってきた。
「では次に。貴女の長所と短所を明確にしましょう。貴女の戦い方が見たいので、少し試合をします。エルシア、アークを構えなさい」
「はい。来て《シャイニング・フェザー》」
エルシアが顕現したアークはエルシアの髪の色と同じ純白の二丁拳銃。その銃を構え、テスタロッサと相対する。そのテスタロッサは、武器も持たずにただ髪を結わえていた。
「では、行きますよ」
「えっ? ちょっ!?」
そしてそのまま体一つでエルシアへと向かってきた。武器を使うまでもないということなのか、とエルシアは少しイラッとしたが、すぐに意識を切り換えて銃の引き金を引く。
「怪我しても知りませんよ! 《スパーク・ブレット》!」
テスタロッサに向かって飛ぶ二発の電撃を纏った弾丸。それをテスタロッサは、あろうことか平手で叩いて軌道を反らす。反らされた弾丸はそれぞれ地面へ落ち、空の彼方へと消えた。
「なっ!?」
そのデタラメな光景に思わず攻撃の手を止めてしまうエルシアに、テスタロッサが接近する。
「くっ、《レイジング・ライカ》!」
だが直前にエルシアは光速移動魔法でテスタロッサの遥か後方へと移動する。
「これならどうですっ? 《サウザンド・ライトニング》!」
二発程度なら攻撃を弾かれる。しかし千発なら、とエルシアは両方の銃から光弾を撃ち放つ。
「ふぅ……はぁあっ!」
それをテスタロッサは、目にも止まらぬ速度で繰り出される連続蹴りで蹴り飛ばす。蹴り飛ばした光弾を更に別の光弾にぶつけたりなどして、そうして全ての光弾を凌ぎきった。
「嘘ぉっ!?」
エルシアが驚くのも無理はない。何せ、テスタロッサは身体強化のみで今の攻撃を凌ぎきったのだ。にも関わらず、当の本人はなに食わぬ顔で平然としている。
「どうしたのです? もう終わりですか?」
「……ふ、ふふ。まさかっ!」
やっぱり、すごい! エルシアは自分の師のすごさを再確認した。
「《フラッシュ・ボム》!」
エルシアは片方の銃で強烈な光を放つ爆弾を炸裂させてテスタロッサの視界を遮り、もう片方の銃に魔力を集中させる。
「貫け。《ストライク・サンダー》!!」
目を閉じたテスタロッサに向かって一直線に迸る雷光。今度こそ命中すると確信したエルシアだったが、テスタロッサは体を大きく曲げて直撃を避ける。
「《ホーリー・レイン》!」
しかしエルシアも流石に理解していた。この攻撃も回避されるだろうことを。だから、体のバランスが崩れている今を狙い撃つ。
空から降り注ぐ光の雨。先程の《サウザンド・ライトニング》より威力が低いが、面積が小さくより広範囲に攻撃が出来る《ホーリー・レイン》。それすら、テスタロッサは躱してみせた。
「目潰しとは、また随分と小癪な真似をしますね」
「お、怒ってます?」
「……いいえ。そういう作戦もあることは私とて理解しています。なので問題はありません」
そう言ったテスタロッサが、ゆっくりと目を開いて、こう続けた。
「ですが、そんな小細工が誰にでも通用すると思ったら、それは大きな勘違いですから気を付けなさい」
伝説の魔女と呼ばれているのは何も伊達や酔狂などではない。確かな実力を持つ者のみに与えられる《魔女》の称号。《慈悲の魔女》テスタロッサ=ランドブルーム。
いくら《プレミアム・レア》のエルシアと言えど、敵うはずもない相手なのである。
「あと、今のでだいたい貴女の特性はわかりました。これで一度戦闘は終わりにします。では昼食にしましょう」
「はい」
エルシアはアークを消し、大きく深呼吸する。魔術師の高みは、まだまだ遠いことを思い知らされた瞬間だった。
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「まず、光属性の長所はそのスピードにあります。それは貴女もよく理解しているとは思います」
「はい」
昼食を食べ終わった後、テスタロッサは紙と筆を用意し、エルシアにわかりやすいように文字にする。
エルシアは頭で考えるタイプだ。それをテスタロッサはよく理解していた。
「あと遠距離攻撃に特化し、魔力操作に長けています。つまり中・遠距離タイプの戦闘スタイルになるのが必然的に明らかです。しかし短所として、攻撃力が低い。私に軽く弾き返されたのが良い証拠です」
それは単に師匠が強すぎるのでは、とも思ったが、光属性は攻撃力が低いということもエルシアは理解していた。
「それと、これは貴女の癖かもしれませんが、貴女は敵に接近された場合、一瞬慌てて、その後すぐにあの光速移動魔法を使うのではないですか?」
「…………そう、かもしれません」
エルシアは今までのことを思い返してみる。確かに、エルシアは今まで近接戦というものをあまりしていない。
常に一定の距離を保ち、距離を詰められれば移動する。そういう立ち振舞いをしてきた。
「それが決して悪いこととは言いません。遠距離タイプとしてはその行動はむしろ正しいと言えます。ですが、『接近すれば必ず回避行動を取る相手』だと敵に悟られれば、たとえ光速で移動しようがいくらでも貴女を倒すことが出来ます。それにその光速移動魔法は貴女の体にも負担がかかっていますね。そしてそれを瞬時に回復魔法で回復している。つまり、移動と回復を同時に行っている。魔力消費の激しい緊急回避、と言ったところでしょうか」
たった一度見せた、しかもほんの一瞬だったはずなのに、そこまで見抜かれているとは、とエルシアは唖然とした。
「もしこれを多用しているのであれば、これからは少し控えなさい。エルシア。戦場で魔術師が一番気を付けなければならないことはなんですか?」
「えっと……魔力の枯渇、ですか?」
「その通りです。そして貴女のその魔法は魔力を消費し過ぎている。その点を改善しない限りは緊急回避としてのみの使用に留めなさい」
「で、でもそれだと私の利点が──」
「わかっています。だからこそ、貴女の第一の課題がその魔法の魔力消費量の改善となります。大丈夫です。貴女の魔力操作のセンスは高い。今すぐとはいかないでしょうが、いずれ必ず改善出来ます」
「……わかりました」
テスタロッサの言い分は正しい。だがそうなると問題になるのが──
「そして残る問題が近接戦闘です。貴女はとにかく、実戦が足りていないように思います。それも魔法戦ではなく、格闘戦が。魔力操作に長けた貴女のことです。今までずっと魔法のみで戦ってきたのでしょう」
まるで見てきたかのように話すテスタロッサ。しかし、その通りなので何も言えない。
「ですが、自信と過信は違います。魔法を過信しすぎて格闘技術を磨かなければ、いずれ不意を突かれてやられます。なので第二の課題は格闘技術の向上です。遠距離タイプの貴女が格闘? と思うかもしれませんが、逆にその思い込みを利用するのです。貴女の格闘技術を切り札と呼べるレベルまで上げることが出来れば、接近してきた相手を返り討ちにしてやることも出来るはずです」
そう語るテスタロッサを見て、エルシアはふと思った。
「師匠は、考え方がどこかグレイに似てますね」
「グレイ?」
「私のクラスメイトですよ」
「あぁ、無属性の。……なら、その子は恐らく知っているのでしょう」
「何を、ですか?」
エルシアの質問に、テスタロッサは一旦目を伏せてから、言った。
「本物の、戦場というものを」




