夏期休暇の目的 1
第30話
ミスリル魔法学院に通う生徒のほとんどが貴族である。そんな貴族の家系にはそれぞれの家で受け継いできた魔法や戦闘技術などが一つや二つは持っているものなのである。
それを次の世代へと受け継がせることが彼らの家を繁栄させるために必要不可欠なことだとされており、階級の高い貴族になればなるほどその思想は強くなっていく。
しかし、戦闘技術だけなら幼い頃から鍛えることは出来るものの、魔法を伝授するにはその子が魔法を使えるようになるまでは何も出来ない。つまり、魔法が使えるようになる十四、五歳になるまで待つしかないのである。
だが法律で魔力を持つ者は原則的に全員どこかの魔法学院に通わなければならない。その魔法学院の多くは全寮制で、外部との接触が少なくなる。そうなれば必然的に魔法の継承する時間やタイミングも少なくなる。
そこで用意されたのが、この夏期休暇である。生徒らには長期に渡る休暇を与えてはいるが、実際に休養を取る生徒らはそう多くない。ほとんどの者は家に戻り、それぞれの家で受け継がれてきた魔法の習得や、戦闘技術の向上に明け暮れるのである。
そのため、学院に残る生徒はほとんどいない。いるとすれば、家との関係が上手くいっていない者や、帰る場所がない者、家が貴族ではなく、受け継ぐべき魔法などがない者などである。
そして──課題が終わらない者も、まだ学院に残っていた。
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「さあ、アシュラ君。やっとゴールが見えてきました。あと少しですよ!」
「あぁ、見えるぜ……。花畑っていう名の、ゴールが、な」
「いやいやいやいや! 宿題程度で死なないでください!」
「ぐっ……。そう、だったぜ。花畑よりも、パラダイスに行かねえと、死んでも、死にきれねえ!」
夏期休暇が始まった頃より少しやつれたアシュラは、しかし二週間の時間をかけてようやく課題を九割ほど終わらせていた。
全ては大海原へと赴かんがために。
そして、長きに渡る争いに、ようやく終止符が打たれた。
「お、お、終わったぁぁぁあああっ!! っしゃあ、おらぁっ!!」
「長かったですねぇ……。ほんとに」
今までずっとアシュラの勉強に付き添ってきたキャサリンもようやく肩の荷が下ろせると、安堵の息を漏らす。
「あぁ~。当分勉強はしたくねえ。それどころかペンすら持ちたくねえ……」
「あはは……。お疲れ様です」
床に寝転ぶアシュラを苦笑混じりに眺めながら、キャサリンは立ち上がる。
「どうにか間に合ってよかったです。それに、合宿まで数日しかありませんが、予定も空きましたし、先生ちょっと出掛けてきますね。数日帰りませんが、合宿前には帰ってきますので」
「へ? どこ行くんすかキャシーちゃん」
「お金稼ぎです」
「……………………はい? も、もう一回言ってもらっていいすか?」
「お金稼ぎです」
一瞬アシュラの耳が狂ったのかと思ったが、残念ながら聞き間違いではないようだ。確かにキャサリンは爽やかな笑顔でこう言ったのだ。お金稼ぎ、と。
「キャシーちゃん。生々しすぎる。そんなロリフェイスでその台詞は色々アウトだ」
「先生に向かってロリフェイスとか言うのやめてください! それにお金を稼ぐことは決して悪ではないのですよ。あと、誰のせいでわたしの預金残高が瀕死状態に追いやられているかわかってますか?!」
「ぐっ……」
それを持ち出されるとアシュラは何も言えなくなる。でも子供みたいな背格好の、職業講師である人が、笑顔で金稼ぎ宣言。
本当に色んな意味で危ない気もする。だがもうそこには目を瞑ることにした。
「で、金稼ぎはいいとして。どこでどう稼ぐんだ? またハイドアウトでバイトとか」
「いいえ。今回は違います。ではここで問題です」
「唐突っ!」
「魔術師はそのほとんどが学院卒業後、どこかの魔術師団に属しています。ですが当然、そういう組織に属することが苦手な人もおり、そういう人はフリーの魔術師となります。そんなフリーの魔術師が、魔法を使ってお金を稼ぐとしたら、一体どんな方法があるでしょうか?」
急に始まったキャサリンの問題に、しかしアシュラはすぐに答えを出した。
「魔術大会か、クエストだな!」
「正解です。流石に先程まで勉強してただけはあります。むしろ正解しなかったら怒ってたところです」
「それで、どっちに行くんだ?」
「そうですね……。ミーティアのギルドハウスを覗いてから考えようかと」
ギルドハウスとは、様々なクエストを取り扱っている施設のことである。そのクエストは基本、その町の住民や近辺の村などからの依頼を主な対象とし、たまに大きなクエストや、指名手配犯捕縛の依頼書などが出回っていることもある。
「なら俺も連れてって来んね?」
「え? でもアシュラ君。家に帰らないのですか?」
「いやいや、言ったろ? 俺帰る気ねえし。帰ったらどうせ働かされるだけだからな。なら、キャシーちゃんに着いてった方が面白そうだし、何より修行になるじゃねえか」
「う~ん。正直に言うと一度くらい家に顔を見せに帰った方がいいと思うのですが、アシュラ君のことですから本気で帰る気ないみたいですし、仕方ないですね」
「よっしゃ! 流石キャシーちゃん。話のわかる良い講師だぜ」
「おだてても何もありませんよ? あと、クエストの報酬は全部先生が貰いますからね」
「ひゃっほう! やっぱり歪みねえぜキャシーちゃん!」
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「げっ!? 《氷河鬼》!?」
「お久し振りですコットンさん」
ギルドハウスの受け付けを担当するコットンは、キャサリンの登場で眉間にしわを寄せる。
「なんだキャシーちゃん。このおっさんと知り合いなのか」
「こら。おっさん呼ばわりは失礼なのですよ。確かにとてもお年を召してはいますが」
「一言余計だっての」
あっ、とキャサリンはすぐさま両手で口を塞ぐが、何もかもが遅すぎる。そういうところも相変わらずなのか、とコットンは溜め息を吐いた。
「そういや、講師になったんだったな。しかし嬢ちゃんが講師とはね。あの時の嬢ちゃんを知ってる奴等は皆驚いてたよ」
「おっさんはキャシーちゃんと知り合ってなげえのか?」
おっさん呼ばわりは結局修正されていなかったが、まあいいか、とコットンは話し出す。
「おうよ。俺ぁそのちんちくりんな嬢ちゃんが学生の頃から知ってるからな。つか、身長は今とほとんど変わっちゃいねえ」
「嬢ちゃんとかちんちくりんとか呼ぶの止めてくださいよ! 生徒の前なのですよ?!」
「がっはっは。そりゃ悪かったな」
顔を赤くしてコットンに詰め寄るキャサリンを見て、アシュラは嫌らしく目を細めた。
「ちなみにおっさん。昔のキャシーちゃんがどんな美少女だったか、もうちょい詳しく教えてくんねえか?」
「何を聞いてるのですかっ!?」
「いいぜ。ありゃ確か──」
「コットンさんも言わなくていいのですよっ!!」
アシュラとコットンを交互に叱りつけ、軽く息を切らしながらようやく本題に入る。
「学生同伴で手頃に稼げるクエストはないですか?」
「…………金にがめついところも変わっちゃいねえのな。ん~。コブ付きとなるとランクはどうしても下がるが、どんなクエストが望みだ?」
「出来りゃ魔獣討伐系とかねえか? 修行も兼ねてんだよ」
「ふむ……。なら、いくつかあるぜ」
そう言ってコットンは五枚の依頼書を出した。そのどれもが魔獣討伐系クエストで、その魔獣の素材を集める、採集系のものもあった。
「ほうほう。で、どれやるんだキャシーちゃん?」
「全部です」
「…………え?」
「というか、コットンさん。他のも隠さずに出してくださいよ」
「……こういうとこも変わってねえな、おい。他の奴等に残しておいてやろうとは思わねえか?」
「思わないのですよ。そもそもクエスト依頼者は素早いクエストクリアを望んでいるはずなのです。それを邪魔する道理はコットンさんにはないのですよ」
アシュラは一人、呆けた顔でキャサリン達のやり取りを見ていた。
どうもコットンはキャサリンが全てのクエストを受けるつもりでいることを知っていて、最初から五枚だけしか見せなかったようだが、それをキャサリンは見抜いており、更に依頼書を出せと言っているようである。
「ったく。嬢ちゃんが来ると依頼書の数が激減するぜ」
「良いことじゃないですか」
「他のフリーの奴等が困ることになるんだよ」
「知ったこっちゃないのですよ。魔術師は自己中なのです」
「はいはい、わかりやしたよ。ほら、これで全部だ」
そう言ってコットンは更に三枚の依頼書を出した。
「コットンさん。ぜ・ん・ぶ」
「……ちっ」
そして更に二枚出した。計十枚。
「では、これ全部受けますので手続きお願いします」
「ちょいちょいちょい!? マジかよキャシーちゃん!?」
今まで傍観(というよりかはただ呆気に取られていただけだが)していたアシュラがようやく口を開く。流石のアシュラも、一気に十件ものクエストを受けることになるとは思ってもみなかった。だが、キャサリンは平然とした表情でこう言った。
「出来ないのですか? なら無理しても仕方ないですね。アシュラ君が無理と言うなら止めときましょう。修行になると思いましたが、アシュラ君が怖いと言うなら止めておきましょう」
「やってやるわぁっ!!」
これは、アシュラが初めてキャサリンに良いように踊らされた瞬間だった。その時のキャサリンの目は、金の目をしていた。
「金になると狡猾になるとこも、変わっちゃいねのかよ」
と呟くコットンだったが、明らかに変わったところにも気付いていた。それは──
「しっかし。よく笑うようになったじゃねえか、嬢ちゃん」




