それぞれの休日 5
「ん。これでいいか」
グレイは適当に選んだ花を買い、それをミュウに持たせて店を出た。
《シリウス》南方支部がある街、カサルティオ。ミーティアよりも大きく発展しており、人口も多い。交易も盛んで、貴族も多く暮らしてる大都市だ。
グレイにはこれといって故郷と呼べる場所はないのだが、しいてあげるのなら、この街が故郷だと答えるくらいには思い入れのある場所だった。
今グレイは支部を後にして、とある場所に向かっていた。支部を出る時シエナに「着いていこうか?」と珍しく神妙な顔で尋ねられたが、大丈夫だと答え、ミュウだけを連れてきていた。
街中を無言で歩く二人。グレイの胸中にはこの街で暮らした様々な思い出が蘇っていた。
しばらくそのまま歩き続け、ようやく目的地まで辿り着く。
「……よう。随分と久し振りだな」
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「良かったんですか。一人に行かせて」
「うん。だって、一人でいいって言ってたからね」
「それは、ただの強がりなんじゃ……」
「男の子だからね。強がりくらい言うでしょ。強がりも貫き通せば本物の強さだ、ってね」
「いや、そういうことを言いたいわけでは」
「わかってる。わかってるよ、それくらい……」
ユンは再度やらかした、と自分で自分を責める。脇腹をダニエルに小突かれ、多少腹が立ったが、今のは自分が悪いと反撃はしないでおいた。
シエナもまた、あの事件のことで酷く後悔をしている人物だ。勿論ユンも、ダニエルだってそうなのだが、シエナとグレイは他の者達よりもっとずっと後悔しているはずだった。
何せあの時、一番間近で、一番早くにあの惨劇を見たのがその二人なのだから。
「れーくん、少し変わってたよ。確かに、まだ不安定なところはあって心配なところもあるけど。やっぱり学院に行って正解だったかもしれないね」
「そう、ですか。まあ、見たところ昔よりは顔色もよくなってましたからね」
「あの減らず口も戻ってたしな」
「それに比べてお前はあの頃から全然成長してないな」
「ユンにだけには言われたくないね!」
ユンとダニエルの喧嘩を見て、グレイのクラスメイトの二人を思い出す。恐らく、その二人がグレイを支えてくれたのだろう。二人には感謝してもしたりないくらいだ。
「ほらほら。喧嘩しないで、ちゃんと準備して」
「あれ? そういや隊長は?」
「他のとこに連絡してるんだろ」
「なんか、一人楽してるよね。帰ってきたら全員で一発ずつ殴らない?」
「「いいっすね、それ」」
何やら物騒なことを企む三人は、減らず口を叩きながらもせっせと準備を進めた。
余談だが、この時隊長は急に謎の悪寒が走ったとか。
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「悪いな。あれ以来会いに来なくてよ」
グレイのその言葉に、返事は返ってこない。当然だ。何せ、今グレイがいる場所は死者が眠る場所なのだから。
カサルティオの北区画にある大きな石碑。そこは《シリウス》のために命をかけた者達の魂が穏やかに眠っている場所だった。
そしてその石碑の中に、よく知る名前が新しくいくつか刻まれていた。
それをグレイは灰色の瞳でしばらく見つめながら思う。
ほんの少し違っていれば俺の名前もここに刻まれていたのだろう、と。
むしろ、あの時に共にくたばっておけば、と考えたことも一度や二度ではなかった。
だがグレイは生きていた。グレイの友が遺した最期の言葉、『生きて』という願いのために。
「俺さ。何だかんだで一応生きてるから。心配すんな」
そう言ってグレイは石碑の前にミュウから受け取った花を置く。
「あぁ。あと、こいつ俺の妹。ミュウって言うんだ。ほらミュウ。挨拶」
「はじめまして」
ペコッと丁寧に頭まで下げるミュウ。それを見てグレイはわずかに笑みを浮かべた。
「ま、あの世から見てるなら色々知ってるとは思うけど、今俺学校行ってんだ。前に言ってたミスリル魔法学院ってとこ。それで実は俺、無属性の《プレミアム・レア》だったんだ。だから、結局お前とは同じクラスにならなかっただろうな。ざまあみろ。賭けは俺の勝ちだぜ」
グレイはその場にしゃがみこみ、親しみのある口調で石碑に向かって話しかける。自分よりも学院生活に憧れた友に向かって。
「でもお前なら、自分も《プレミアム・レア》だったかもしれないから引き分け、とか言いそうだな。いや、確実に言うなお前なら」
懐かしむように微笑するグレイ。
負けず嫌いで、うるさいくらいに賑やかで、鬱陶しいくらいに明るくて、人の心に敏感で、グレイの一番の親友で、一番の天敵だった。
その者は今は静かに眠ってる。起きることは決してない。
「まるであの頃と真逆だな。寝てばっかだった俺がこうやって起きてて、寝る間も惜しんだお前がこうして眠ってる。皮肉が効きすぎてなんか腹立つわ」
そう呟き、高い空を見上げる。今日はムカつくほどいい天気だった。
「…………さて、と。そろそろ帰るわ。次は……まあ、適当に時間が出来たら来る。じゃあな」
グレイは石碑に背を向けながら軽く手を振り、ミュウと共にその場を去る。
その道すがら、ミュウが心配そうな表情で尋ねてきた。
「大丈夫ですか、マスター」
「ん? いや大丈夫だけど、どうした急に」
「いえ。少し、寂しそう、だったので」
「…………はは。そうか? まあ、ミュウがそう思うなら、そうなのかもしれないな」
ミュウとグレイは謂わば一心同体の間柄だ。グレイ自身が気付いていないことにも、ミュウなら気付けるのかもしれない。
そしてミュウに言われてみて、少し考える。
「…………まあ、寂しくない、って言ったら嘘になるかもな。でも、意外だったけど、今は割と平気だ。心配かけて悪かったな」
ミュウはふるふると首を横に振る。
「わたしは、ずっと、マスターの側にいます」
「……ふっ。ありがとな」
グレイはミュウの頭をくしゃくしゃと撫でながら空を見上げる。やっぱり、ムカつくくらいに良い天気だった。
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そうして墓参りを済ませたグレイとミュウは、《シリウス》の支部へと戻る。すると入り口付近にシエナが立っていた。
「おかえり、れーくん。大丈夫だった?」
「あぁ」
グレイが発したのはたった一言だけだったが、シエナはグレイが一つ吹っ切れたような顔をしているのを見て、優しい顔になった。
「そっか。そりゃ良かった」
「んだよ。あんまジロジロ見んな」
「あっ。照れてるぅ~。可愛い~」
「やめろ突っつくな! 何なんだよ、いつにも増してめんどくせえぞ!」
「はいはい。ツンデレツンデレ」
「だぁぁあっ! それやめろっての!」
シエナのちょっかいから逃れるように扉を開けて中に入る。すると──
「「「おかえり~!」」」
「な、なんだ!?」
中は無駄に飾り付けられ、隊員のほとんどが集まっている。
《シリウス》の秘蔵っ子。正式に《シリウス》に属しているわけではないが、この南方支部で五本の指に入る実力者。そんな彼──グレイ=ノーヴァスの帰還を、隊員一同が出迎えていた。
「あはは。驚いた?」
そう声を掛けてきたのはシエナだった。それでグレイはこれを仕組んだのがシエナなのだということを理解した。
「……ただ普通に帰郷しただけでいちいちこんな出迎えいらねっての」
「またまた~。照れ隠ししちゃってぇ~」
「してねえから。全っ然してねえから! くっそ。だからお前と帰ってくんの嫌だったんだよ!」
と、全力で否定するグレイだが、その顔にはわずかに赤みが差していた。
気付けば、先程まで感じていた寂しさなどどこかへと吹き飛んでしまっていた。




