それぞれの休日 1
第29話
「ふぅ。やっと着いた」
ミーティアから出発して丸二日。ようやく到着したのは、様々な感情渦巻くエルシアの第二の故郷、の近くにある町、リンシャンだ。
ミーティアとは違い、外壁に囲まれた町ではなく、人口もミーティアとは比べ物にならないくらい少ない。貧しい、とまでは言わないが、そこまで発展した町ではなかった。
だが、どうやらここ最近になって急激に発展してきているようで、エルシアの記憶にないくらいまで賑わっていた。あちらこちらで建設途中の建物が見受けられ、その騒音が聞こえてくる。
「まあ、発展すること自体は良いことなんでしょうけど、これ以上騒がしくなると、師匠は嫌がるでしょうね……」
エルシアの恩人にして師である人物は、現在この付近の山で隠遁生活を送る、所謂隠者だった。
そんな者とエルシアがどうして出会ったのかは今はさておくとして、そのエルシアの師は、騒がしいのがあまり好きではなく、滅多なことでは山から下りてこないのだ。
だが、この町がこれ以上騒がしく、ではなく賑やかになるようでは、住む場所を変えかねない。
その師が住む山は元々登山客が来るような山でもないのだが、発展が進めば、山を登ってくる者も出始める可能性があるからだ。
「もしかして、もう既に引っ越してたりしてないわよね……?」
と、若干心配になるエルシア。一切の連絡手段を絶っている状態で、どこぞへと消えていたら最早探しようがない。
エルシアは急いでリンシャンを発ち、町から離れた師の家がある山へと向かうことにした。
そこからまたしばらく歩き、ようやく目的地が見えてきた。
それが、連なる山々の中でも一際大きくそびえ立つコルン山である。山頂付近には薄く霧が掛かっており、麓からでは頂上の様子がまるで見えない。この山が、エルシアの第二の故郷と呼べる場所であった。
「ここは相変わらず変わってないわね」
懐かしい景色にしばらくその場に立ち尽くす。だが、立ち尽くした理由は懐かしいから、という理由だけではなかった。
「…………今からこれ登るの、めんどくさいんだけど……」
長旅で疲れているのに、今から山登りしないといけない現実にうちひしがれていたのであった。
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「…………どちら様?」
「たった、数ヵ月……会わなかっただけで、弟子の顔も忘れた、なんて……薄情な師匠ですね。いや、もしかして、もうボケが始まったんですか?」
「あぁ。その生意気な性格で思い出しました。久し振りですね、エルシア」
「師匠も、お変わりないようで……ッ!」
あれから一時間後、ようやく山頂付近にある小さな小屋に到着したエルシア。息を乱しながら扉を開けると、今のような師匠との感動の再会が繰り広げられたのであった。
彼女こそ、エルシアの恩人兼師匠であり、《慈悲の魔女》と呼ばれる伝説の魔女の一人、テスタロッサ=ランドブルームだった。
彼女は一人、正座しながら古めかしい本を読んでいた。見た目はまだまだ若々しいというのに、やること為すことが古くさい人なのである。
「それにしても、本当に何もない家ですね……」
エルシアがこの家を出てからも、全くもって変わっていない部屋の様子を見て、ここだけ時が止まっているのかと錯覚しそうなほどだった。
そんなエルシアを見て、テスタロッサがあることに気付く。
「……あら? エルシア。その妙な魔力は何ですか?」
「え? あぁ、そう言えば師匠はこのこと知らないままなんでしたよね。この間のことで結構有名になったつもりでしたけど、町に下りてないなら、私の噂も耳に届いてすらいないんでしょうね。っていうかいい加減、通信用の魔道具だけでも持ってくれませんか?」
「そんな物、あってもどうせ使いませんから」
「使いますよ。可愛い弟子と連絡を取るために」
「私と話がしたいなら、ここまで帰ってきたらいいではないですか」
「嫌ですよ。何が悲しくて師匠と世間話するためだけに二日もかけて、しかも山登りまでしないといけないんですか」
「良い修行になるではないですか。これも師である私からの試練というやつですよ」
「うわぁ、如何にもそれっぽいこと言って誤魔化しましたね……」
「なんと人聞きの悪い。それが師に対する態度なのですか?」
「弟子は師を見て成長するものなんですよ」
「では貴女は一体今まで何を見てきたというのですか。全く、嘆かわしいことこの上ない」
ああ言われればこう返し、やれやれと肩を竦めるテスタロッサ。この人もこの人で何も変わっていないな、とエルシアは苦笑する。
「まあ、取り合えず汗を流してきなさい。話はそれからゆっくり聞きます」
「あ、はい」
久し振りの山登りのせいか、夏場ということも手伝って汗だくだ。エルシアはテスタロッサに言われた通り、汗を流そうと脱衣所へ向かう。その後ろ姿にテスタロッサがあっ、と、何かを思い出したかのように言った。
「うっかり言い忘れていました」
「何をですか。また嫌みでも──」
「お帰りなさい。エルシア」
それを聞いたエルシアは、一瞬息がつまり、そしてすぐに気持ちが仄かに温かくなったような気がした。
「……ただいま」
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汗を流し終え、この小屋に残してきた服を着てテスタロッサの元へと戻ると、ちょうど食事の準備がされていた。だが──
「師匠……。折角愛弟子が久し振りに戻ってきたんですから、ちょっとくらい豪華な食事になりませんか?」
「何を贅沢なことを言っているのです。十分豪華でしょう。食べられること。それこそ何より素晴らしいことなのですから」
テスタロッサのぐうの音も出ないほどの正論に、エルシアは押し黙る。何一つとして言い返せない。その気持ちは、エルシアにもよくわかるからだ。
だがしかし、この精進料理のような質素な食事はここ最近食べていなかったため、やはりいつもの食事よりも見劣りしてしまう。
「やれやれ。貴女も俗世に汚されてしまった、というわけですか。嘆かわしい」
「やめてくださいよ、それ。別に汚れてませんから」
「ではいただきます」
「ちょっと、聞いてますっ?!」
食ってかかるエルシアをテスタロッサはのらりくらりといなして躱す。
エルシアは、こんなことならリンシャンで何か買ってくるべきだったと後悔した。
「それで、先程の話ですが、貴女の魔力。それは──」
「あぁ、はい。光属性の《プレミアム・レア》です」
「そうですか。やはり、《プレミアム・レア》……。存在していることは知っていましたが、まさかそれを貴女が、ね」
「はい。自分でも驚いてます」
《プレミアム・レア》は世界で最も稀少な存在とされており、百年に一人誕生するかどうかの逸材と言われている。
それがまさか自分に、そして自分の弟子に宿ることになるとは、二人が出会った頃には夢にも思っていなかった。
「光、ですか。ですが、それだとクラス分けも面倒なことになっているのではないですか?」
「それが、たぶんその予想以上にめんどくさいことになってます」
「へぇ。どうなっているんですか?」
「話すと長くなるんですけど──」
そう言ってエルシアは、自分と同じ《プレミアム・レア》を持つ二人のクラスメイト、グレイとアシュラのことをテスタロッサに話す。
入学してからの生活や、月別大会での出来事など、色んな表情を浮かべながら話し続ける。グレイという少年のこと、アシュラという少年のこと、キャサリンという講師のことや、ミュウという少女のこと。時にジェスチャーまで用いて笑ったり、怒ったりと忙しい。
ずっと話しているにも関わらず一向に話題が尽きそうもないエルシアの話を、テスタロッサはどこか楽しそうに、夜遅くまでずっと聞き続けた。




