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ハイドアウト 5

「…………はは。当分糖分は摂取したくないな」

「面白くないですよ」

「うるさい」


 珍しく、満身創痍なリールリッドは空になったパフェの器を遠くに押し退ける。もはや器すら見たくないらしい。そんなリールリッドを遠目に見ながらグレイは店の外を見る。


 時刻は夕方近くになり、客足もようやく落ち着いてきたが、恐らくもう少しで夕食を取りに来る客で再度賑わうことになるのだろう。


 今はさしずめ、嵐の前の静けさ。というものかもしれない。


 そんなことを思っていると、新たな客が店の中に入ってきた。


「お帰りなさいませお嬢様……って、君は確か……」

「おにいちゃん!」


 新たに来店した少女。その顔にどこか見覚えがあった。するとその少女の母親と思われる女性からいきなり手を掴まれた。


「あなたですか!? ニーナを、この子を救ってくれた恩人は!?」

「そうだよママ。このおにいちゃんだよ」

「へっ? …………あっ、あの時の子か」


 そしてようやくグレイは彼女、ニーナのことを思い出した。

 件の火災で被害を受けた家に住み、グレイが救った少女。

 そういえば、あれ以来グレイは寮内謹慎となって、ニーナがその後どうなったのかを聞いていなかったことを思い出す。だが今こうして見てみるとどうやら無事だったようで今更ながら安心した。


「本当にありがとうございます! なんとお礼を申していいか」

「あぁ、いや。いいですよそんなの」

「いえ! そんなわけには!」


 ニーナの母親のあまりの勢いに、グレイはわずかに後ずさる。


「あぁ~。でしたらここで食事していって貰えませんか? 今、この店で奉仕活動中でして。それがお礼ってことで」

「えっ? そんな。それだけなんて……」

「いいんすよ。どうぞこちらへ」


 グレイは半ば強引に席に座らせる。


「ではお嬢様方。メニューをどうぞ」

「ありがとうおにいちゃん」

「………………ロリコン」

「誰だ!? 今一番言ってはいけない台詞口走った馬鹿は!?」


 グレイにとって最近定着してきてしまっているその禁句を口にしたのはエルシアだったが、グレイが振り返った先にいたミュウ以外の全員が一斉に視線を逸らす。

 その反応はつまり、口には出さないが全員そういう風に思っていたということではないのだろうか。


「うおおおいっ!! 何だお前らその反応!?」

「い、いやっ!? 別に、何でもないぞ? グレイは正しいことをしたんだから、ほ、誇っていいんだからな?」

「待てチェルシー。なら何故そんなに挙動不審なんだよ?!」

「マスター。ろりこん、とは何ですか?」

「ミュウ。お前はそんなこと知らなくていいんだ。むしろ知らないままでいてくれ!」

「エリー。やっぱあいつは年下萌えなんだぜ。だから子供に生まれ変わればチャンスが──」

「口閉じろ馬鹿! んでもって歯ぁ食い縛りなさい!」

「暴れるのはやめてくださいよ。もう私の貯金を抉り取らないでください……」

「「「あっ、はい……」」」


 キャサリンの切実な懇願に三人は急に真面目な表情になって謝罪する。そんな様子が可笑しかったのか、ニーナはクスクスと笑う。

 しばらくして出来上がった料理を出すと、ニーナは満面の笑みで料理を頬張る。


「ほひいふぁんはほっふはんはほ?」

「こら。口の中のもの飲み込んでから喋りなさいっ」


 母親に軽く叱られ、すぐに口の中にあったものを飲み込む。


「おにいちゃんはコックさんなの?」

「ん? いや、違うよ。俺は魔法使いだよ」


 そう言ってグレイはニーナの目の前に握り拳を突き出す。すると突然パッと一輪の花が現れる。


「わぁっ! すご~い!」


 グレイはその花をニーナに渡す。後ろからまたあの禁句が聞こえてきそうな雰囲気をバシバシ感じたが、無視することにした。


「ねえおにいちゃん」

「おう、何だ?」

「わたし、いつかおにいちゃんみたいな優しい魔法使いさんになるっ!」

「……えっ?」


 純粋なニーナの瞳。だが確かニーナは《コモン》のはずだ。ニーナの家があった場所は《コモン》ばかりが住む区域だった。当然両親も《コモン》だろう。そうなれば、ニーナが魔術師になれる可能性は限りなく低い。

 グレイのそういった感情を悟ったのか、母親が驚きの一言を口にした。


「あぁ、この子。実は──《ギフト》だったんですよ。火事があった時に一応病院で精密検査を受けたんですけど、あの日の前日はこの子の誕生日でもあって、ついでだからと検査もしたんですけど、最初に聞いた時は本当に驚いちゃって──」


 ニーナの母親はその後も色々と喋っていたが、ほとんどの者はそれを聞いていなかった。

 《ギフト》。その言葉を聞いたハイドアウトの面々はわずかに反応を示した。

 彼らにとっては自分とは真逆の存在であり、そしてつい先日聞かされたグレイの友人の話を思い出したからだ。


 当然グレイの胸の内には複雑な想いが去来しているのだろうと、恐る恐るグレイの様子を伺うチェルシー。だが、そんな心配は無用だった。


「そうなんですか? すごいなニーナ。でも目指すんなら俺よりもっとすごい魔法使いを目指した方がいいぜ」

「いいの! ニーナはおにいちゃんみたいな魔法使いになる!」

「……そっか。ならこれから頑張らないとな」

「うんっ」


 自分のようになる。出来れば真の意味で自分のようにはなって欲しくはないが、ニーナの言う“優しい魔法使い”になら、是非ともなって欲しいものだとグレイはニーナと軽く拳を突き合わせた。


~~~


「みんなお疲れ様。すごい大繁盛だったな」

「「「お疲れ……」」」


 ようやくピーク時が過ぎ去り、グレイ達はテーブルに突っ伏す。今は店内にはグレイ達のみで、ニーナやリールリッド、カーティスもそれぞれ随分前に帰っていった。


 しかし、朝から晩まで。これをあと二日もやらなければならないのか、と思うと気が重くなる三人だった。


「な、なぁ。グレイ」

「ん? どうしたチェルシー」

「あの、さ。昨日は、本当にごめん。グレイに酷いことばっかり言って……。私は、魔術師になったら何でも出来るし、何にでもなれるんだと勝手に思ってたんだ。私達とは違う、別の存在なんだと思ってた。

 ……でも、違うんだよな。魔術師は魔術師になれるけど、そのためには一杯努力するし、失敗だって挫折だってする。魔術師以外の何かになるためには、私達と同じように一から努力しないといけないんだよな」

「そりゃそうだ。魔術師になればモテる、なんてのは幻想だぜ?」

「あんたは何があってもモテることはないと思うけど」

「んだとコラァ!?」

「うるさい。疲れてるんだからあんたの相手なんてさせないで」


 またもやくだらない喧嘩をする二人。さりげなくチェルシーの罪悪感を取り除こうとした発言だったのだが、いつの間にか喧嘩が本気になっている。

 そんな二人はさておき、グレイはチェルシーに声を掛ける。


「あぁ。お前の言う通りだ。俺達の違うところは、魔力の有無。その一点のみだ。確かにそれは大きなアドバンテージだけど、その一点はベクトルも一方向、魔術師になれる、という方向のみにしか向いていない。それ以外は極々普通の、どこにでもいるただの人間なんだ」


 しかし、今の魔術師社会がそれをわかりづらくしている。魔術師こそが至高だという風潮にしてしまっている。

 だからこそ、《天神衆》のような団体が生まれるのである。


「そして皮肉な話だが、今回の事件なんていい例だ。《コモン》の集まりである《天神衆》でも、魔術師と戦う方法はある。それは単に魔法や武力だけでの話じゃない。《コモン》ならではの戦法や策略を駆使すれば、伝説の魔女とすら言われてるあの学院長すら欺くことが出来る。もし、ほんの少し違っていれば出し抜くことだって出来ただろう。魔術師至上主義の社会ではあるが、魔術師は何もかもに優れているっていうわけじゃない。魔術師っていう座にあぐらをかき、調子に乗れば、些細なことですぐ足元を掬われる。それどころか魔術師ほど足元を掬いやすい奴等もいないぜ? 何せこんな世の中だからな」


 グレイは今まで経験してきたことを思い返すように薄く笑いながら語る。どこか遠くを見るグレイのその瞳の色は、やはり灰色だった。


 チェルシーはグレイの過去をよく知らない。だが、あの時見せたグレイの奇術。あれこそまさしく、魔術師の足元を掬うための戦術だったのだ。


「最後にこれだけは言っとく。この世にお前の心を癒せる魔法はない。お前を助けてくれる神はいない。この世でお前を救えるのは、結局お前自身でしかないんだ。でも、お前が自分自身を救えるようになるためだったら、俺がいくらでも手伝ってやる。だから、しっかりと上を向け。少しずつでいいから前に進め。誰のためでもない。お前自身のために。…………と、まあ、これは受け売りの言葉だし、それをこんな俺が言うのはやっぱ説得力ないかもしれないがな」

「…………いや。そんなことない。グレイのおかげで私は前に、夢に向かって歩いていける」

「夢? 何だ? 昨日の今日でもう見付けたのか?」

「あぁ、違う違う。少し前からちょっとだけ考えてたことなんだ。本当に細やかで小さな夢なんだけど」

「へぇ。どんな夢なんだ?」

「えっと。──いつかハイドアウトを独立したら、自分のお店を持ちたいな、って思ってる……。あ、あはは。やっぱ小さい夢だよな」


 自分の夢を語るチェルシーの照れた顔は、グレイにはとても眩しく見えた。

 未だしっかりと前を向けておらず、夢も無くしたグレイにとって、本当に羨ましくなるくらいに。


「……そんなことねえよ。十分に立派な夢じゃねえか。だったらさ、その店が出来たら俺を一番最初の客にしてくれよ」

「あ、あぁ。もちろ──」

「待てぇぇい!」

「待ちなさい!」


 チェルシーの言葉を途中で遮ったのは、先程まで喧嘩をしていたアシュラとエルシアだった。


「一番は俺だ。これだけは死んでも譲れねえな」

「何言ってんのよ。私に決まってるじゃない。ねぇ、チェルシー?」

「おいおい。今チェルシーは俺を一番にするって言いかけてただろ。俺が一番なのは決定したんだ。引っ込んでろ」

「「うるさい! お前(あんた)は三十一番目くらいで十分だろ(でしょ)!」」

「ほほう…………。まだそれを引っ張るか? 本当いい加減にしろよ……。こっちも我慢の限界だこんちくしょう!!」

「ちょっ!? 店の中で喧嘩をするなぁああ!?」


 朝から働き詰めでくたくたになったにも関わらず、今日も今日とて問題児達はくだらない争いを繰り返す。そんな問題児を必死になだめるチェルシー。

 そんな四人を遠目に見るキャサリンとダーウィン。《レア》と《コモン》の関係は未だに大きな溝がある。しかし、彼らの様子を見ればいずれ、わかりあえる日が来るはずだと信じられるような気がした。

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