ハイドアウト 4
「どう思う?」
「やはり、あの方かと。あの情報を知る人物で、それを外部に漏らす者となると、彼以外に思い当たる節がありません」
「……だろうな。全く余計なことしかしないな」
リールリッドは学院長室でカーティスと二人で例の件についての話し合いをしていた。《秘宝》のことを知る人物はこの学院には二人だけ。だが、外部にはあと数人知る者がいた。その中で、疑わしい人間が一人だけいる。十中八九、その者が情報を漏らしたのだろう。
その者は今はどこにいるのかもわからないため、打てる手は何一つない。そのため、この話はここで打ち止めとなった。
「しかし、おかげで魔法を張り直す羽目になった」
「他の地も、回らなければなりませんな」
「はぁ~。めんどくさい」
「もうすぐで夏期休暇です。それを利用して行ってきてください」
「めんどくさい」
「行ってきてください」
文句を垂れるリールリッドに再度催促するカーティス。長い付き合いの二人だからこそのやりとりだが、このような姿は他の者には一切見せたことはなかった。
「しかし、油断していた。《コモン》にも強い人間がいる。それはカーティスのこともあってよく知ってはいたが、こういう強さと力を持って不意討ち気味に挑まれるとはな」
「しかと反省してください。《プレミアム》の子達がいなければ、大事件になっていましたよ。……と立場上言いますが、それは私とて同じです。ファランさんに、不意を突かれてまんまとやられた私には、学院長を責める権利はありません」
ファランとは、元は学院で講師をしていた人物だが、その正体は犯罪組織《閻魔》の一員だった。そのファランに、カーティスは不意討ちを受け、拘束されるということがあった。
「あぁ、確かに。全く、恥ずかしい限りだ。お互いまだまだだとわかったな」
「…………いえ。学院長はともかく、私のこれは、衰えです」
カーティスは自分の手を見下ろす。全盛期の頃とは比べ物になるはずもないくらいに弱った体。これでは彼の学院での仕事がこなせない。
ついにこの時が来たのだと、カーティスは腰に差してあった警棒を抜き、机の上に置く。
「これでは、特別講師としての務めを果たせそうにありません。本日を持って、特別講師を辞することに致します」
「…………そうか。君のことだ。随分と考えて出した答えなのだろう」
リールリッドは寂しげに瞳を伏せ、カーティスの持っていた警棒を手に持つ。
特別講師とは、魔術師のみのこの学院において唯一の《コモン》講師である。
その主な仕事は魔術師と《コモン》の仲介役だ。
あと学院は魔術師ばかりの社会のため、そこで生まれる《コモン》への誤解や偏見などを、即時解消させることも仕事であり、学院全体が悪事を働くことがないようしっかりと見張り、時には対処する仕事まで含まれる。
そしてカーティスは長年その仕事に就いてきたベテランだった。
そんなカーティスが辞めるというのだから、リールリッドが感傷的になるのも頷けた。
「私の代わりは、夏期休暇中に私が探してまいります。まことに急な話ですが、今までお世話に──」
──なりました。と言おうとしたその瞬間、リールリッドが急に立ち上がった。彼女の顔は、いつものイタズラ好きの少女のような表情をしていた。
「了承した。なら、次は君を《プレミアム》の副担任に任命する」
「…………は、はぁ……?」
ズビシッ、と警棒を差し向けられ、カーティスは今まで見せたことのないような間抜けな顔をする。
「いやぁ、長らく彼らの副担任の席を空けてしまい、キャサリン先生には苦労をかけて申し訳ないと常々思っていたんだ。何せあの問題児達だ。一人ではさぞ大変だったろうに。だが、君が副担任になればその負担も多少は改善されるだろう。あ、言っておくが、だからといってエコ贔屓は駄目だぞ。君はあくまで中立の立場にいてもらわなければならないからな。だから普段は私の秘書として働いてもらうことにしよう。そうだ! それはいい考えだ。私の負担が減る!」
一人で勝手に話を進めるリールリッドを、唖然と見つめるカーティス。この魔女はまさか、まだこの老いぼれに働かせるつもりでいるのだろうか。なんというブラックな職場なのだろう。その名もミスリル魔法学院。
「だから、これからもよろしく頼むぞ。カーティス」
「…………はぁ。全く……。どうせ言っても聞かないのでしょう。わかりました。承りましょう、学院長」
差し向けられた警棒を受け取り、カーティスは慣れた手付きで再び腰に差す。
「ではさっそく明日、彼らがしっかりと店で働くよう監督してきてくれたまえ。キャサリン先生の教育も含めてね」
「それは何とも先が思いやられる話ですな」
「やりがいがあるだろう?」
「はて。やってみなければわかりませんよ」
さも楽しそうに笑うリールリッド。溜め息混じりに眉間にシワを寄せるカーティスだった。
こっちの大きな問題児も大概大変だ、と。
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「これ二番テーブルのお客のケーキだ。頼むぜミュウ。つまみ食いはするなよ」
「………………受諾」
「おいこらエリー! 厨房入るなって言ってるだろ!」
「入っただけでしょ?! 料理作るわけじゃないんだから別に問題ないでしょうが!」
「ほらほら喧嘩してないでしっかりと働いてください!」
「店長。こだわりのコーヒーの注文入りました~」
大賑わいの店内。大騒ぎの店員達。リールリッドはそんなハイドアウトの店の片隅で一人、店内の様子を見ていた。
するとその近くにカーティスがやって来た。
「どうだい? 彼らの調子は」
「見ての通りです。どこにいても彼らは変わりませんね」
グレイ、エルシア、アシュラ、ミュウ、キャサリンはそれぞれ執事服とメイド服に着替え、忙しなく働き続けていた。
その他、チェルシー達も皆がてんやわんやの大騒ぎだ。と言うのも。
「あの! すみませんエルシアさ~ん。貴女のその光魔法を少しでいいのでお見せいただけませんか~?!」
「アシュラく~ん! 厨房から出てきてもらえませんか~! お話聞かせてくださ~い!」
「……おい。他の客に迷惑だ。注文も取らねえなら出てってくんな」
店にいる客の大半が厨房で働くアシュラと、厨房に逃げ込んだエルシアにインタビューを取ろうとしていた。そして店長にドスの利いた声と視線を浴びせられていた。
「はっはっは。今や時の人となった《プレミアム》がこの店で働いていると聞けば、まあ、こうもなるか」
「そうですな。ですが、少しは店や店員の皆さんのことも考えてください」
「おや? 何故私が責められている?」
「しらばっくれないでください。どうせ学院長が言いふらしたのでしょう。この店で《プレミアム》が働いている、という情報を」
「さて。何のことやら」
わざとらしくとぼけてみせるリールリッド。だがそれは認めたとほぼ同義だ。
そのせいで今やハイドアウトは大行列が出来上がっている。ここ最近の休業分が一気に取り戻せるくらいの勢いだ。それどころか、開業以来、初めてといっていいくらいの賑わいですらある。
「お待たせ、しました」
「ん? あぁ、君か」
見ると、リールリッド達の元に先程注文した『店長こだわりのコーヒー』を運ぶ、可愛らしいメイド服に身を包んだミュウの姿があった。
「他に、ご注文はありますか? ご主人様」
「すごい棒読みだな……。して、そのご主人様とは何だ?」
「はぁ……。何でも今は『メイド週間』という特別サービスを行う期間なのだそうで。ちなみに男性はその時は執事になるそうです」
「………………ぷふっ! くははははっ! メイドと執事で奉仕活動か! それはいいな!」
実に愉快そうに笑い声を上げるリールリッドを遠目に見るグレイ達は、何やら企み、そんな生徒に便乗する講師と、それを苦笑いで見守るメイドがカーティスの視界に入ったが、あえて黙っておくことにした。
「……ご注文」
「おっと。すまない小さなメイドさん。では、この店のオススメを貰えるかな」
「うけたまわりました。ご主人様」
ミュウはペコリと頭を下げて厨房の方へと戻っていく。
リールリッドはミュウから受け取ったコーヒーに口をつける。
「…………ふむ。美味い」
こだわり、というだけあって、リールリッドの舌をも唸らせた。
だがこのコーヒーはもしかしたら一生飲めずに終わっていたかもしれなかったのだ。
グレイが護りたかったのは、この場所そのものだったのだ。
グレイが例えハイドアウトの暴走を止めたとしても、《天神衆》のテロ行為に荷担した、という悪評でも立てば、ハイドアウトの皆を救えたとしても、ハイドアウトは潰れてしまっていたかもしれない。
ミーティアは魔術師が多く住む町だ。そんな町で魔術師に反乱を企て、その作戦に参加した、などという噂はもはや致命的だ。
だから頑なに口を閉ざしていたのだ。ハイドアウトの皆を救うためには、今だけでなく、その先の未来のことも考えなければいけなかったからだ。
全部救う。そんな子供のような絵空事。それがグレイが求めた結末だった。
今回に限って言えば結果的にその絵空事は叶えられた。だがそれは酷く脆くて危うくて幼稚な願いだ。だから誰もがどこかで妥協する。
それでも尚、そんな絵空事を本気で掲げる者がいるとすればそれは、無垢な子供か、無謀な勇者か、無知な姫か、無様な道化くらいのものだろう。
「…………やれやれ。まるであの夢見がちなお人好しを見ているみたいだよ」
「はい?」
「いや。一人言さ。聞き流してくれ」
小さく、どこか昔を思い出すように微笑むリールリッド。そんな彼女の元に、この店で働くチェルシーが、ある一品を持ってやって来た。
「お? …………おおおおぉっ?!」
「お待たせしました。これが当店で今一番オススメしている逸品でございます」
ドンッ、ととても重量感のある音を立てて置かれたそれは、到底一人で食べられる量とは思えない、巨大なパフェだった。
バニラとチョコのアイスがこれでもかと銀色の器の中に盛り付けられており、その上にはイチゴ、ブルーベリー、メロン、バナナといった果物が大量に乗っている。
「こ、これは──」
「はい。これは私が開発した、その名も『プレミアム・パフェ』ですっ!」
満面の笑みで答えるチェルシー。その顔を見て、ひくっと顔がひきつる。
「あ、あとこれをどうぞ」
「ん。これは?」
「メッセージカードです。この品を買った皆さんに店員の皆からのメッセージカードをお配りしてるんです。では、ごゆっくりおやすみくださいませ、ご主人様」
そう言い残して、チェルシーは頭を下げてパタパタと戻っていく。リールリッドは受け取ったメッセージカードを見る。そこにはこう書かれていた。
『ミスリル魔法学院、学院長リールリッド=ルーベンマリア様へ。多大なる感謝と、ささやかなる復讐をそえて。ハイドアウト及び《プレミアム》一同より。追伸。残さず食べてね♪』
「ほほぅ……」
リールリッドは視線を厨房付近からこちらを盗み見る者達に移す。
「よっし! さぁ、仕事仕事~っと」
「は~い。ただいま参りま~す」
「いってらっしゃいませ、ご主人様」
「ヘレナさ~ん。今度俺と食事でも行きませんか~?」
「それならいい店知ってますよ。ハイドアウトっていうんですが」
「ひゃっほう! さりげなくこの店で金を落とせって言ってくるヘレナさんマジぱねぇ! そこに痺れる惚れ直すぅう!」
「やかましいわよアシュラ! 口より手ぇ動かしなさい!」
「チェルシー! これ三番に頼む!」
「はいはいっ。ちょっと待ってくれ」
そこには、《レア》と《コモン》が手に手を取って共に店を盛り上げている姿があった。
「ふっ。悪くないじゃないか」
怒るに怒れなくなったリールリッドは、目の前にそびえ立つパフェから視線を逸らし、現実から逃避しながら、この世界の行くべき道を見付けたような気がした。
「…………カーティス、少しでいい。手伝ってくれ」
「すみません。私、甘いのは少し苦手なので」
そして、魔女と聖騎士の関係に若干の亀裂が入った、ような気がしないでもなかった。




