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ハイドアウト 3

 ──時は遡り、大会が終わり、全てのごたごたが片付いたすぐ後のこと。


 グレイ、エルシア、アシュラの三人はコロシアムにある広い応接室に呼び出されていた。学院長の横にはシエナとカーティスが立ち、他にもキャサリンとミュウ、ダーウィン、チェルシーもその場に居合わせていた。


「……さて。皆、集まってもらった理由は、もうわかっているな?」

「「「いえ。全然」」」

「何でですかっ!? 普通にわかるでしょうがっ!!」


 問題児の如何にもわざとな返答にキャサリンは慌てて叱責する。

 だが一切反省するつもりはないように見えて、しかし何かを隠しているようにも見えた。


「あぁ、あれですか? 夜遊びの件ですか? 子供が夜出歩くな的な?」

「なるほど。確かにそれはあるかもしれないわね」

「夜遊びくらいでケチケチすんなって話だけどな」

「《天神衆》についての話だ」


 リールリッドはそのまま、直球で話を進めた。それにはグレイ達も口をつぐんで黙り込む。


「やれやれ。君達はどれだけ危険な橋を渡っていたのかわかっているのかい? 一歩間違えば大勢の被害者が出た。何故もっと早くに──」

「すまぬ魔女よ。それは儂らの責だ」


 リールリッドの言葉に口を挟んだのはダーウィンだった。ダーウィンは深く頭を下げ、チェルシーもそれに倣うように頭を下げる。


「その子らはうちの店員共ガキどもを助けるためにわざと誰にも告げずに──」

「違いますよ店長。言いましたよね、これはただの俺の我が儘です。そんで、エルシアとアシュラは俺がその我が儘に無理矢理付き合わせただけです。罰なら、俺が一人で受けますよ」


 グレイは全ての責任は自分にあると言って聞かず、罰も全て自分が受けると言った。

 それを聞いたシエナは、グレイの元に静かに近付き、その頬をひっぱたいた。


 全員が息を飲み、シエナの顔を見る。怒りや悲しみといった様々な感情が混ざったような表情をしており、目には涙を浮かべていた。


「シエナ……?」

「何で、いつも一人で抱え込むの?」


 シエナの声はわずかに上擦っていて、グレイは思わず視線を逸らす。だがシエナはグレイの顔を両手で掴み、グレイの目をじっと見る。


「前にも言ったでしょ。本当に大変な時には頼れ、って。それとも、私はそんなに頼りにならない?」

「そうじゃ、ねえよ……。ただ……」

「わかってるよ。君のことはよく知ってる。でも、これだけは譲れない。だからもう一度言う。一人で抱え込まないで。私は、私達は貴方の味方なんだから、いつでも頼っていいんだよ」

「………………あぁ、悪かった」


 グレイの瞳は変わらず灰色で、涙一つ浮かんでいない。その瞳には何も映らず、果てしない『無』が広がっている。

 だが、わずかではあるが、ようやく他の色が付いたようにシエナには見えた。


「……こほん。話を、戻しても?」

「えぇ、すみません学院長。失礼しました」


 シエナは手で涙をぬぐい、一歩下がる。


「それで、結局何がどうなっていた? グレイ君。君は事情に一番詳しそうだ。話したまえ。今日この町で何が起きていた?」

「今日、この町で、起こったこと、ですか。それなら俺が知ってるのは、魔術師団の人が例の放火犯を捕まえた事。それだけ(・ ・ ・ ・)です」

「…………つまり?」

「学院長に話さないといけないような大きな事件は何も起こってなかった、ということです」


 グレイの話に全員が全く着いていけていない。誰もが疑問符を浮かべている。


「にぶいですね。なら、言い換えますけど。今日、どこで、何が起こったんです? どんな被害報告が上がってきたんですかね?」

「それは──」


 だが、今日何が起きたのか、リールリッドはまだよくわかっていなかった。なんせリールリッドはずっとコロシアムにいたのだから。

 確かに隣に座ったエミーシャはリールリッドに手錠を掛け、自爆特攻を仕掛けてきたが、それは未遂に終わり、特に何も起こらなかった、といえばそうなる。

 仕掛けられたと思われる爆弾も、結局何一つ爆発はせず、暴動も一つたりとも起きていない。町の者からすれば魔術大会があっただけで、他はただの普通の一日と何も変わらない。


 町の外で魔獣が暴れだしそうになったりもしたが、キャサリンがそれを未然に防ぎ、町から逃げ出そうとする《天神衆》達もいたが、それらもシエナが捕らえて、大きな事件に発展しなかった。


 グレイがハイドアウトや《天神衆》の者達と争ったり、リビュラという宣教師が学院に侵入した、なんて事件もあったが、それは町の外の出来事で、町に暮らす者達はそんな事件が起こっていたことすら知らない。


 ようするに、グレイはこう言いたいのだ。


 誰も何が起こったのか知らないのなら、そして実際に何も起こっていないのなら、それは最初から無かったのも同じだ、と。


 あえて起こったことだけを言うならば、コロシアム内で警備員が数名気絶しており、施設のいくつかが破損していたこと。町の各地で謎の光が発生して多くの者が軽い記憶喪失になったこと。《プレミアム》の二人が大会を棄権したことによるブーイング。くらいなものだった。


「いや。私はそんなことを聞きたいわけではない。もっと詳しい話をだな」

「忘れました」


 事も無げに言うグレイ。どうやら何があっても話す気にはないのだろう。


「……なら、君らなら知って──」

「「えっ? 何のことです?」」

「…………おい。ふざけるな。こっちは真面目な話をしているんだ」

「こっちも真面目に忘れたんで」

「そうそう。俺も超真面目に忘れたわ」

「この馬鹿二人はともかく、私は真面目ですよ。でも何のことだかさっぱりです。ということはつまり、特に何もなかった、ってことでしょう」


 三人口裏を合わせるように嘘を吐く。


 そんな三人を睨んでいると、視界にダーウィンとチェルシーが映る。そう言えば確か先程、ダーウィンが何かを言おうとしていた。

 その時にリールリッドはこの事件に、ハイドアウトが関わっているのだということに気付いた。

 そしてグレイ達はそれを誤魔化そうとしているのだと悟った。それはまるで、あの時(・ ・ ・)と同じように。

 つまり彼らはテロを未然に防いだ、という栄光よりも、もっと大切なものを守りたいがために、難くななまでに口を閉ざすのだ。


「……はぁ。君達に話を聞き出すのは無理のようだ。捕らえた者達から尋問することにするよ」


 だから、彼らは決してこの場で口を割ることはないだろう。何度かチェルシーが口を開こうとしていたが、その度にグレイが小さくジェスチャーし、それを制していた。

 彼女に話を振ればもう少し詳しい事情が聞ける気もしたが、それはどうにも気が引けた。

 それは、今回の件にはリールリッドにも落ち度があるからだった。自分がもっとしっかりしておけば、このような事態にはならなかったかもしれないのだから。

 だから、リールリッドは彼らの意向を汲み取り、起きた事実だけを問題にすることにした。


「この話は一旦保留としよう。──では、次の話だ。学院に君らに対する凄まじい数のクレームが来ている。まず、エルシア=セレナイト。町のあちこちで許可なく魔法を行使」

「あぁ……」

「アシュラ=ドルトローゼ。コロシアム内にある施設や機材を破壊して回ったという目撃情報がある」

「うげ……」

「そして二人は試合放棄についてもすごい数の苦情が来ている。これはミスリル魔法学院の名に大いに傷を付けた。そしてグレイ=ノーヴァス。町の郊外で乱闘騒ぎとは、学生にあるまじき暴挙だな」

「そっすね」

「加えて三人とも、学生のくせに夜遊びをした、という自供を元に、君らに罰を与える」


 三人は流石に何のおとがめも無しになるとは思ってもいなかったので、むしろ当然だと言った風にリールリッドの言葉を待つ。そしてリールリッドは告げた。


「君達三人は、大会の振り替え休日になる明日から三日間、ミーティアでの奉仕活動を命じる。異議も異論も一切認めん」


 だが、与えられた罰は、罰というには何とも軽すぎるものだった。

 しかし、リールリッドは彼らが《天神衆》の作戦の阻止のために動いたのだということだけはちゃんと理解している。だからこその軽めの罰だった。


「そうだな……。どうせなら、彼らの店、ハイドアウトで働きたまえ。当然給料は貰うなよ? 三日間、朝から晩までしっかりと働いてきたまえ。そうすれば今回の件は不問とする。いいね?」

「「「へ~い」」」

「返事は『はい』なのですよ!!」


 何とも気の抜けた返事をする三人を、キャサリンが再度咎める。


 そんな様子を見てから、リールリッドは立ち上がり部屋を出る──前に一度振り返ってこう付け加えた。


「あぁ、あとキャサリン先生。君の今月分の給料は減給だ。加えて生徒達の監督不行き届きの罰として君も給料なしでハイドアウトで働いてきたまえ」

「油断してたらとんだとばっちりが来たのですっ!!」

「とばっちりとは何だ? 私は何か間違ったことを言ったかね?」

「………………」


 もはやぐうの音も出なかった。こくんと頷くキャサリンに、グレイは心の底から全力で詫びた。


「…………薄々、こうなる気は、してましたよ。ふ、ふふふふふふふふ…………がくっ!」

「「キャ、キャシーちゃあああん!?」」

「…………駄目だわ。息してない…………。キャシー先生の預金残高が……」


 そんな問題児達の騒ぐ声を聞きながら、リールリッドとカーティスは学院へと戻っていった。

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