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《アウトロー》 3

 ──《アウトロー》

 それは世間では所謂、差別用語として知られている呼び名だ。別名、精霊に見放された者。もしくは神に救済された者。

 この世界では一般人コモンの夫婦の間に産まれながら、魔力を宿すことが出来るようになった者のことを《ギフト》と呼ぶが、《アウトロー》はその《ギフト》と真逆の存在だ。


 つまり《アウトロー》とは、魔術師の両親の間に産まれながら、魔力を宿すことが出来なかった者のことなのである。


 《アウトロー》は魔術師にとって不吉の存在とされている。なんせ、魔術師は貴族が多く、一族の発展と繁栄を願う者ばかりだ。そんな家に、魔法を使うことが出来ない子供が産まれたとしたら、世間からは嘲笑され、家名は汚され、最悪の場合だとその家は廃れていくことになる。


 魔法を使えるようになるのは思春期の、十四~五歳からなのだが、魔力の有無は十歳を境に判別出来るようになるため、よく子供の十歳の誕生日のことを『運命の日』と呼ぶ。


 そして運命に裏切られた子供達の多くは、家庭内で虐待を受けるようになり、他家の者からは差別され、酷い場合は誕生日であるその日のうちに捨てられてしまうこともある。

 つい昨日まで優しく育ててくれていたはずの両親から、手のひらを返したように冷たくされ、(さげす)まれ、疎まれて、あげくの果てには暴行を受けて捨てられる。

 そして、捨てられた子供達の殆どは魔獣に襲われ命を落としたり、奴隷商人に捕まって一生鎖で繋がれたままだったり、飢えてそのまま息絶えることになる。


 たった十歳の子供にとって、こんなものは地獄以外の何物でもない。

 誰よりも信頼し、愛していたはずの両親から、そんな仕打ちを受けた子供達の心の中には、嘆きや怒り、憎しみが積もっていく。


 だが、そんな《アウトロー》にも、わずかだが特別な力があった。とは言え、魔法が使えるわけではない。基本的に《コモン》と大差があるわけでもない。

 ただ、それぞれ、火属性魔術師の血筋を持った者は腕力が強く、水なら自然治癒力、風なら脚力、土なら体力や体の耐久力が、普通の《コモン》より優れていたのだ。

 やがて《アウトロー》はその力を奮い、《アウトロー》のみで構成された組織などが生まれた。

 その当時は今よりもっと魔法至上主義といった風潮が強く、そのほとんどの組織は圧力や、時には実力行使で潰されていく。


 そんな中で、たった一つ生き残った組織があった。その組織は武力を持ちながらも、あくまで平和的な解決を望み、そして当時の国王をも説き伏せた。


 《アウトロー》の呼び名は訂正され、新しく《アンコモン》と呼ばれるようになった。


 勿論、だからといってすぐに世界が変わるわけもないのだが、それはほんのわずかではあっても確かな前進だった。


 そんな組織に属していたとある人物は、今は各地の《アンコモン》の少年少女を保護しながら、余生の楽しみとして小さな喫茶店を営んでいた。


~~~


「うおおらぁ!」

「ハッ!」

「このやろ!」


 ハイドアウトの店員の数は店長を除くと総勢九人。グレイはその全員を相手取る。

 多対一の戦闘を得意とするグレイは、相手の攻撃をいなし、カウンターを食らわせる。カウンターを受け、苦悶している男を更に蹴り飛ばして、他の者へとぶつけ動きを牽制する。

 後ろから掛かってくる相手には後ろ回し蹴りで倒し、片足で不安定になっているところを殴り掛かられた時には、すぐに地面を転がって退避する。


 九人も相手にしているというのに、グレイはまだ一発も大きなダメージを受けてはいなかった。それは決してハイドアウトの者達がまた弱いわけではない。ただ、グレイの身体能力が異常なのだ。


「はぁ、はぁ……。なんて奴だ……」

「ちょこまかと……ッ!」

「それに、魔法も使われてないなんて……。バカにして!」


 息が上がりながらも、その闘志は全く衰えておらず、むしろ更に高まっている。

 それはグレイが一度も魔法を使っていないというのも理由の一つであった。


「お前、魔術師のくせに何で魔法使わねえんだよ! なめてんのか!? 俺らには魔法なんか使わなくたって勝てるとでも言いてえのか!?」

「ちげえよ。言ったろ。これはただの喧嘩だ。喧嘩する時は互いが同じ土俵に立つのは当然だろ。魔法なんか使わねえよ」


 それにそもそもグレイに攻撃魔法はない。魔力で身体能力を上げることは出来るが、それもやっていない。それは、やってはいけないと判断した。


「……まだ、だっ!」


 膝に手をつきながらも、チェルシーの目はしっかりグレイを睨みつけている。


「いい加減諦めろ。確かにチェルシー達の身体能力は高い。でも、俺のそれには遠く及ばない」

「なら試してやるっ!」


 チェルシーが飛び出し、連続で拳を繰り出してくる。だがグレイにとって今更そんな単調な攻撃当たるわけもない。わずかな動作のみで拳を避け続け、突き出した腕を掴み取って軽く放り投げる。


 チェルシーは為す術もなく背中から地面に落ち、肺の中にある空気を一気に吐き出す。


「…………つ、強い。くそっ、やっぱり魔術師には勝てねえってことなのかよ!?」

「不公平よ、こんなの……!」


 いくら挑んでも到達することの出来ない境地を目の当たりにして心が折れかけている者達を見て、グレイは静かに語り始めた。


「んなことはねえよ。努力次第であんたらだって魔術師に勝つことが出来るようになる」

「何を、根拠に……?!」

「それこそ沢山あるだろ。世界には騎士っていう《コモン》の戦士だっている。騎士学校にでも通って強くなれば、聖騎士になってそれなりの地位にだって就ける」

「だからって魔術師に勝てるわけが──」

「決めつけんな!」


 否定ばかり繰り返すチェルシー達にグレイは初めて声を張り上げた。


「いいか? 確かに《コモン》は魔術師になれない。それだけは何があっても変わらない。でも、だからといって魔術師がこの世の全てってわけじゃないだろ。それに魔術師にはなれなくても、魔術師以外になら何にだってなれるじゃねえか。決まってしまった運命を嘆いてばっかでいるんじゃねえよ。運命は頑張れば変えられる、なんて綺麗事を言うつもりはねえけど、嘆いてばっかの奴がいつまでも自分だけが不幸な人間なんだって塞ぎこんで関係もねえ人まで不幸にしようとしてんじゃねえよ!」

「うるさい!! それは、グレイが魔術師だから言える言葉じゃないか!! 私達の苦しみを、何一つ理解していないから吐ける言葉じゃないか!」


 グレイの叫びは、しかしチェルシー達に届かない。

 持っている者と持っていない者。その両者の価値観は大きく違う。その価値観を共有する方法は極めて少なく、どれが正解なのかもわからない。


 だから、グレイは一つ大きく深呼吸をして、まだ癒えていない心の傷を自分でえぐり出した。


「……持ってないから不幸になった、か。でも俺は、持っていたからこそ不幸になった奴の事を知っている」

「……何の、こと……?」


 唐突にグレイの表情が陰り、灰色に濁った、何も映していないかのような瞳を見て、チェルシーは思わず怒りを忘れて尋ねていた。

 グレイは少し間を置いてから、ゆっくり話し出した。


「昔、俺の友達に一人、《ギフト》の奴がいたんだ」


 《ギフト》。つまり、チェルシー達とは真逆の存在。それが一体何だと言うのか。見事運命に選ばれて、幸せになった人間の話を聞いたからどうなるというのか。そう思っていた彼女らの予想は大きく裏切られた。


「《ギフト》ってのは普通、幸運の象徴ともされていて、その家に繁栄を呼ぶものとして、そりゃあ大切にされるもんだ。でも、そいつはそうはならなかった。何故だと思う?」

「………………」


 グレイの問いかけに誰も、何も答えない。


「そいつの両親は──《神徒》だったからさ」

「──ッ!?」


 《神徒》にとって、魔術師は敵で、滅ぼすべき存在だ。そんな魔術師が自分達から産まれ落ちた。それは、魔術師の間に産まれた《アウトロー》よりも、もっとずっと酷い地獄を見せられることになるだろう。

 むしろその友は命だけは留めていたので中々の幸運とも言えるくらいだった。


 魔力を持っていたからこそ、蔑まれ、疎まれ、嫌われて、挙げ句の果てには暴行を受けて捨てられた。

 グレイはその話をその友人から聞いただけなのだが、想像もしたくないほど悲惨な過去だ。


「そいつは、お前らとは真逆の存在として産まれて、でも皮肉なことに全く同じ地獄を見た。魔術師として産まれたから。ただそれだけの理由でだ。なぁ、聞いていいか? 魔術師は、生きているだけで罪なのか? 産まれてきただけで罪なのか?」


 再度グレイは問い掛ける。しかし、誰も何も答えない。きっと、頭の中が混乱し、何を言えばいいのかすら定まっていないのだ。

 それを察し、グレイはあえて返答を待たずに話を続ける。


「でもさ、そいつ。うるせえくらい賑やかで、鬱陶しいくらい明るい奴だったんだ。そいつから今の話を聞いた時、作り話なんじゃねえのかと疑ったくらいだ。それで聞いたんだよ。何でそんな辛いことがあったのに、今笑ってられるんだよって。そしたらよ。『今と未来が楽しければ、それだけでいい。辛い過去はより強くなるための糧にするんだ』って言ってさ。正直、俺はそいつに憧れたよ。そんな強い心を持ったそいつに。その頃の俺も、色々あってな……」


 グレイはそこで言葉を切って瞳を閉じる。今グレイの灰色の瞳の裏には何が映し出されているのか、それを窺い知ることは出来ない。


「で、でも!」


 そこにチェルシーが声を上げた。


「でも、その人は魔術師になったんでしょ? やっぱり私達とは──」

「死んだよ」


 グレイはチェルシーの言葉を否定するように告げた。


「…………え?」

「そいつは、死んだ。魔術師になる前にな」


 聞き間違いではない。はっきりと『死んだ』と言った。グレイの開かれた瞳は、やはり濁った灰色をしていた。


「魔術師になることを夢見て、魔法学校に通うことを夢見て、でもそんなささやかな夢すら叶えることも出来ずに、無念のままに死んだ」

「そん、な……」


 それではあまりにも辛すぎる。幼少から辛い想いをしてきて、それでも懸命に生きた人が、些細な夢すら掴めず命を落とす。そんなのはあんまりだ。


「そん、なの……そんなのって、ないよ……」

「……あぁ、そうだな。俺も、そう思う。もし《天神衆》共の奴等が言うところの、“魔術師嫌いの神様”ってのが本当にいるんなら。そしてもし、その神とやらがあいつの人生狂わせたってんなら、俺はそんな神は認めねえし、見付けたら何があっても殺してやるつもりだ」


 グレイは拳を強く握り締め、歯を食い縛る。


「でもよ。チェルシーは生きてる。みんな、生きてるじゃねえか。だったらさ。全部諦めちまう前に、魔術師になること以外の、お前自身の誇れる夢を見付けろよ。いくら求めても無いものは無い。それを認めて新しい夢を見付けて、それを目指して前に進め」


 その夢を、今のグレイは持ち合わせていない。全く、どの口が言うのか、とグレイは内心自嘲する。だがそれは今は。今だけはと圧し殺す。


「……最後にもう一度聞く。俺の友達は死ぬべき人間だったのか? 《ギフト》として産まれたから、魔術師として産まれたから死ぬべきだったのか? 俺達とお前らは、本当にわかりあえない存在なのか?」

「あぁ! 死ぬべき人間だったんだよ、おめえのお友達は。んでもって、わかりあえるわけねえだろ。お前ら悪魔となんぞなぁ!」


 その発言はハイドアウトの者達からではなく、その更に後方からこちらに向かってきている人物が発した言葉だった。


「…………てめえ」

「よぉ、クソガキ。まさかあの地下室から出てきてるとはなぁ。やっぱりあの時殺しておくべきだったぜ!」


 そいつは《天神衆》幹部の一人で、グレイを殴り飛ばした、あの男だった。

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