魔術師の性 1
第24話
大会二日目の朝。キャサリンは警備に行く前にコロシアムを訪れていた。
朝目覚めてみるとエルシアとアシュラは既に宿屋におらず、コロシアムに行ったのだと思い、大会が始まる前に生徒達に声を掛けておこうと思ってのことだったのだが、おかしなことに二人の姿が見当たらず、辺りを探し回っていたら偶然リールリッドに呼び止められた。
そしてリールリッドから掛けられた言葉は、キャサリンの頭を真っ白にさせた。
「…………へっ?」
「だから、あの問題児二人はどこ行ったのかと聞いているんだが?」
何度聞いても理解出来ない。理解したくない。頭のどこかで拒否反応が出ていた。
「あの、えと……えっ? いないんですか?」
「見当たらないな。少なくともコロシアムには来ていないようだ」
血の気がサーッと引いていく。まさか、グレイだけでなくエルシアとアシュラまで行方知れずになるとは予想だにしていなかった。
しかもエルシアとアシュラは二回戦出場者だ。早くしないと出場取り消しなんてことになりかねない。それだけならともかく、キャサリンの管理不行き届きとなって給料カットなんてことになったら。
「た、直ちに捜してまいりますぅぅううう!!」
キャサリンがコロシアムの二階の窓から飛び降りて町へと走り去っていったのを見届けたリールリッドは頭を抱えながら小さく溜め息を吐いた。
「あっ、あのっ!」
そんなリールリッドに声を掛けたのは、司会者のエミーシャだ。何故か昨日よりも顔色が悪い。少し心配になりながらもリールリッドは笑顔で挨拶をした。
「ん? あぁ、君か。おはよう。今日もよろしく頼むよ」
「ああ、あの、は、はい……。お願い、します……」
しかし、未だ慣れてはくれないのか、更に顔色を悪くするエミーシャを見て、リールリッドは顔をしかめるも、大会開始時間も迫ってきていたので特に気に留めることもなかった。
「さて、行こうか」
リールリッドはエミーシャを連れて司会者席へと向かった。
司会者席に着き、会場を見渡すと観客席は満席で、立ち見客も大勢やって来ていた。
「大盛況だな」
「そ、そうですね……。やっぱり……」
「ああ、昨日のことが既に他の町にも知れ渡っているんだろう。三年の者達に悪いことをしたな。しかし、逆に考えればまたとないチャンスでもあるのだから文句は受け付けないがな」
意地悪そうな笑顔を見せるリールリッドの横顔を見ながら、エミーシャは深く溜め息を吐いた。
「学院長先生。早く二日目開始の宣言を」
「おっと忘れていた。すまない」
エミーシャにせっつかれ、リールリッドはマイクを取り、《ミスリル・オムニバス》二日目の開催を宣言した。そして同時にコロシアムに花火が上がった。
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「始まりましたか……。では各自準備を始めてください。ですが、今はまだ動いてはいけませんよ。メインイベントが始まるまでは待機です」
コロシアムで打ち上がる花火を見ながら、リビュラは仲間達に指示を出す。
町の外周部近くにある宿屋の最上階には今回の作戦を仕切る幹部が揃っていた。
それぞれが自分達の担当する作戦の準備に取りかかるために部屋を出ていく。だが、リビュラはまだ動かず、一人の男が声をかける。
「どうしたんです? さっさと行きましょうや」
「いえ、私はまだ動きません。恐らくまだ大勢残っているでしょうから」
「……あぁ。もどかしいもんですな」
「仕方ありません。悔しいですが悪魔は強く狡猾です。だからこそ私達は堪え難きを堪え、知恵を絞らねばなりません。ですがもうすぐです。悪魔が一同に介するその時が、私達の動く時です。幸い、格好の餌は向こうが用意してくれましたから。それより、彼が見付かったという報告がありましたが、始末はしたんですよね」
「それが、思わぬ邪魔が入ったらしく」
「逃がしたのですか。全く嘆かわしい。ですが、彼の切り札はもう全て封じました。最後まで彼らと接触させないよう警戒は必要ですが、どのみち時間の問題でしょう」
リビュラのモノクルが妖しく光る。時は刻一刻と進んでいく。
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「……んん。朝、か。…………はっ?」
眩しい日差しを受け、ようやく目を開く。意識はまだはっきりとしていないが、遠くでドンッという花火の音が聞こえてくる。そんなことをぼんやりと考えていると昨日の記憶が曖昧になっていることに気付く。体を起こして周囲を見渡すと、そこはどこかの建物の屋上だった。
「どこだ、ここ? というか俺、何でこんなところで寝てるんだ?」
寝起きだからか全く頭が回らない。キョロキョロと辺りを見渡していると、唯一見覚えのある建物が目に入った。
「この廃墟……。あっ、思い出したっ!」
ランバックはようやく昨日のことを思い出す。《天神衆》の男とグレイが廃墟に入っていくところを物陰から監視していたこと。そして後ろからいきなり何者かに襲われたこと。
しかしその後からの記憶が全くない。恐らくこの時に気を失ったのだろう。今自分はその廃墟の隣にある建物の屋上にいるのだということをようやく理解した。
しかし何故と、思わずにはいられない。
気を失わされたこともそうだが、今自分が無事な理由もわからない。後ろから襲われたということは、何か不味いものを見てしまったことになるのではないのか。だったら自分は口封じのために殺されていても不思議じゃない。
なのに、後頭部と体の節々がちょっと痛いくらいで、他はなんともない。
「何なんだ一体……?」
何が起きているのかわからないが、取りあえず昨日グレイ達が入っていった廃墟に入ってみようと思い至る。
風の魔法を使い、廃墟の入り口付近に着地し、中へと入る。そのまま奥へと進んでいくと廊下の突き当たりに何らかのオブジェの破片が散らばっており、すごく不自然な場所に階段があるのを見付けた。
ランバックは用心しながら階段を下りる。階段を下りきると扉があり、中へ入ると意外と広い部屋の中に机が一つあるだけ。
「何なんだここは。取りあえずこの事を報告しないと──」
そう呟きながら奥の部屋も確認すると、一人の男が床に倒れているのを見つけた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「ぐぅ……あのクソガキ、が……」
男は苦しそうなうめき声を上げていたが、命に別状はなさそうだった。そして彼の口から出た「クソガキ」という言葉。それに該当する人物をランバックはすぐに思い付いた。
「グレイくんのことか?」
だが男は何も答えないまま気を失った。ランバックはもう一度部屋をくまなく見渡す。だがここにグレイの姿はなく、それどころか何の手掛かりも見付けられなかった。
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一方、コロシアムでは二年生の部、二回戦が予定通り進行していた。
しかし未だキャサリンからの連絡は来ず、リールリッドは次の一年生の部をどうするか考えていた。
会場は盛り上がってはいるが、この二年生の部はもはや前座としか思っていないものが大勢いた。
今日会場を訪れている多くの者達が求めているメインは次の一年生の部、ひいては《プレミアム》の二人なのである。
本来一年生の部は三年生の部の前座なのだが、今年度においてのみ、少し様相を呈する形となった。
しかし困ったことに、そのメイン二人が会場に姿を現していない。このまま彼らの登場が遅れ、不戦敗などという結果になれば観客から苦情が来ることは想像に難くない。
「やれやれどうするか。先に三年生の部を行って時間を稼ぐか……?」
「えっ!?」
リールリッドの呟きに、エミーシャは過剰なまでに反応する。マイクのスイッチを切っていたのでその声は会場に流れることはなかったのが幸いだった。
「どうかしたのかい? 何か問題が?」
「い、いえっ!? あの、その……」
彼女はどうもマイクを持っている時と持っていない時との差が激しい気がする。プロとしてマイクを持っている時はしっかりと仕事をこなすが、そうでない時、つまり素の彼女は案外ポンコツなのかもしれない。
だが今の驚き方には若干の違和感があり、リールリッドは目を細めて尋ねる。
「君は……嘘は得意かい?」
「へ? い、いや。どうでしょう……」
「ふむ。では言い方を変えよう。演技は得意か? 人を騙すことは? 私にはどうにも君は大会中、何かに怯えているように思えてならない。それは君の言う、いつ来るか、そもそも本当に起こるのかすらわからない《天神衆》や放火犯の襲撃に怯えているという風でもない。何か実態を持った、すぐそばまで迫ってきている驚異に怯えているように感じるんだよ。君はプロとしてマイクを握っている時にはそんな素振りを見せないが、今の君は昨日の君より何かに怯えている」
その指摘にエミーシャは肩をビクッと震わせる。図星を突かれたという表情だ。それっきり黙り込んでしまい、うつむくエミーシャをリールリッドはじっと見つめる。
「話してくれないか? 今君が胸に抱いている恐怖は一体何なのかを」
尚も黙り込んでいるエミーシャだったが、二年生達の二戦目終了のゴングが鳴り、すぐさまマイクを握り、何事も無かったかのように進行し、三戦目の開始の合図までそつなくこなした。
人が変わったかのような対応だったが、再びマイクのスイッチを切ると、今度は覚悟を決めたような瞳でリールリッドの瞳を覗き込んだ。
「ごめんなさい」
彼女の口から出た最初の言葉は謝罪だった。




