ミスリル・オムニバス 1
第22話
「リビュラ……さん。あんたみたいな根っからの魔法差別主義者が、こんなとこに何の用で?」
グレイは隣に立つリビュラを睨みながら問いかける。そんなグレイの視線を気にすることもなく、平然とその問いに答える。
「敵情視察、というものですよ。いずれ災厄を振り撒くことになる魔人達の実力を、しかとこの目で見ておかなければなりませんから」
事も無げに言い切るリビュラの顔は変わらず笑顔のままだ。
「《天神衆》の目的は悪魔、世間一般的に言うところの《精霊》を。しいてはその《精霊》と同じ力を宿す魔人を滅ぼすことですから」
「あぁ、そっすか……」
笑顔でとんでもないことを言うリビュラに若干引きつつ、厄介な奴に話し掛けられたと視線を泳がす。
すると、その泳がせた視線の先に言い争う観客の姿があった。
その口論の内容はくだらないものだったが、両者が次第にヒートアップし出して、とうとう暴力沙汰にまで発展してしまった。
「おいおい……。こんなとこで──」
グレイは呆れながら成り行きを見守っていると、突如二人の動きが止まった。
「な、なん……だ?」
「体が、うご、かねえ……!?」
当人達もどうして急に体が動かなくなったのか理解出来ていない様子で、そのすぐ後に係員がやってきて二人を取り押さえ、どこかへ連行していった。
「……何だったんだ、ありゃ?」
ポカンと口を開けながらその光景を見ていたグレイとは裏腹に、リビュラは落ち着いた雰囲気で小さく頷いていた。
「ふむ、どうもここは騒がしくていけない。どうです。よろしければどこか別の場所でゆっくりお話ししませんか?」
「はあ? 何で俺があんたと話なんて……」
「とても大切な話があるんです」
リビュラは真剣な表情でグレイの目を覗き込んでくる。その表情を見てグレイはしばらく熟考し、やがて小さく溜め息を吐いた。
「…………一年の部が始まるまでなら時間を作ってやれるが」
「本当ですか? それは良かった。では早速行きましょう」
「はぁ、仕方ねえ。ミュウ。悪いけど一人でここに残っててくれ。そんで俺の代わりに色々と見といてくれ。ちゃんと帰りにお土産買ってくるから」
「了解、しました」
ミュウはこくんと頷き、手を振った。グレイもそれに答えるよう手を振り、リビュラの後を追った。グレイが観客席から出た直後、二年生の部が始まったのか、アナウンスとオーディエンスの大きな声がした──。
「ふむ。ここでいいでしょうか」
「別にどこでも」
「ならここに。何か頼みますか?」
「いらね。妹を置いてきてんだ。出来る限り手短にお願いしますよ、宣教師殿」
コロシアム内部にある飲食店に入ったリビュラとグレイは向かい合うように席に着く。
リビュラは店員に飲み物だけ注文した後、ゆっくりと話を始めた。
「では、率直に言わせてもらいます。君、私達の仲間になりませんか?」
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「何故だ……? くそっ! こんなに声かけて全滅とかあり得なくね!? 俺が何したってんだよ!」
アシュラは一人壁に向かって愚痴をこぼす。現在アシュラは十数人ほどの女子に声をかけたのだが結果は惨敗。皆アシュラの顔を見ただけで逃げられてしまう。
何とか逃げずに話を聞いてくれる者もわずかにいたが、そこはアシュラの内に秘めた欲望が漏れだしてきてしまい、遠巻きに遠慮されてしまっていた。
前者の理由はともかく、後者は確実にアシュラ個人の失態なのだが、当の本人はそのことを理解していなかった。
「やばいな。まだ時間はあるはずだが、ぐずぐずしてっとすぐに二年の部が終わっちまう……」
このあとどうするかを悩んでいると一つ名案を思い付いた。
「そうだ! 俺が大会で超目立てばいいんじゃねえか!?」
そうすれば多少アシュラに問題があっても話し掛けてくる女子も増えるのではなかろうか。そう考えたアシュラは、早速行動に──
「……って、それじゃ今やれることは何一つとしてねえじゃん!?」
頭を抱えながら踞るアシュラは再度今やれる方法を模索しながら歩き始める。すると前方に見慣れた白い髪の少女が物陰からとある飲食店をじっと睨み付けていた。
「エリーの奴、何やってんだ?」
エルシアの不審な行動が気になったアシュラは気付かれないようこっそりとエルシアの背後に忍び寄り、視線の先を追う。
そこにあったのはグレイがどこかで見た覚えのある男と向かい合って座り、何かを話している姿だった。
「グレイ? あいつもあいつで何やってんだ?」
「知らないわよ。だからこうして監視してるんでしょうが」
「あぁ、そうかよ…………って、あれ? 何でもうバレてんだ!? お前一切振り返ってなかったろ?!」
「うるさい騒がないでよ。気付かれたらどうすんのよ」
背後から忍び寄ったにも関わらず、まるで驚いた様子もなく、逆に話しかけてきたエルシアに心底驚くアシュラ。そしてエルシアは冷静に物陰に隠れるように言う。
「いやいや。何で隠れないといけねえんだよ。っつか、このシチュエーションだとグレイの相手は美少女じゃないといけねえんじゃね? 誰だよあの胡散臭げなおっさん。まさかそっち系ルートに行っちまったのか?」
「何? もうあいつのこと忘れたの? 流石の脳みそね。あいつはここ最近問題になってた《天神衆》の宣教師よ」
「てんじん…………あぁ、魔法差別野郎ね。……ん? でもそんな奴が何でグレイと?」
「知らないって。だから今こうしてるんだって言ってるでしょ。全く……。あのお店入ろうかと思って中を覗いてみたらあの二人がいたのよ」
おかげで折角の自由時間がパァよ。と、ぶつぶつ恨み言を呟くエルシアに倣い、アシュラも物陰に隠れながら店の中の様子を眺める。
「つーかよ。別に隠れることなくね? 気になるなら直接店に入って聞きに行きゃいいだろ」
「バカ。相手を考えなさいよ。さっきあんたも言ったけど、あいつは魔法差別主義者なのよ。迂闊なことをして厄介事になったらどうするのよ。大会当日に面倒起こすわけにはいかないでしょう。あんたもあたしも」
「ま、確かにそうだわな」
ここまで来て大会に出場出来なくなるなんてごめんである。万が一にもそんなことになれば先程考えた計画もおじゃんになる。
《天神衆》の過激派は魔術師を見るだけで嫌悪し、話し掛けられれば喧嘩を吹っ掛けてくることもあるのだ。いつ、どんなタイミングで爆発するかわからない爆弾の元にわざわざ自分から近付く必要もない。そのため、今は慎重に成り行きを見守る他なかった。
だが二人は同じ疑問を胸に抱いていた。一つは何故《天神衆》が魔術師の大会が開かれているこのコロシアムにいるのか。もう一つは──
「魔術師嫌いの奴が魔術師とどんな話があるってんだ?」
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「……ったく。何やってんだか」
グレイは頬杖をつきながら細目で窓の外を見ながら小さく呟く。その視線の先には見慣れた二人がこそこそと隠れながらこちらを覗いている姿を捉えていた。
「はい?」
「いや、なにも。そろそろ妹の元に戻ってやらねえとな、って思ってただけですよ」
グレイの呟きを聞き逃したのか、リビュラが首を傾げながら様子を窺ってきたので、当たり障りのないことを言って適当に流す。リビュラもそのことにはあまり気にすることもなく、「あぁ、そうでしたね」と言って手を叩く。
「では、話はまた今夜にでも」
「はいはい。わかったわかった」
「それでは今日の大会終了後、南口付近で待っています。それではこれから用事があるので失礼します」
リビュラは椅子から立ち上がって一礼し、レジで会計を済ませた後、早足で店を去っていった。
「…………ふぅ~」
グレイは肩の力を抜き、目を閉じて、大きく、長く息を吐いた。あの胡散臭い笑顔をずっと見ていると息が詰まって仕方なかったのだ。
だが、おかげでいくつか感じていた疑問が解消された。
「さて。あとは──」
と、グレイは薄目を開けて窓の外を見る。するとすぐそこには何故か機嫌の悪そうな表情をしたエルシアと、どうでもよさげな表情をしたアシュラがこちらを見下ろしていた。
「──こいつらに今のことをどう話そうかね」
グレイはこめかみに皺を寄せ、小さく溜め息を吐いた。




