《天神衆》の宣教師 4
「……えっ?! い、いや! 我々は通報を受けてすぐさまこの場へと直行してきました。決してそのようなことは──」
「はたしてそうですかね? まあ、もしそうだとしても、今のようなスピードでは到底あの子は救えなかったでしょうね。貴方達が到着した時には全て手遅れになっていたことでしょう。全く、魔術師ともあろう者が嘆かわしくて吐き気がします」
リビュラはそう吐き捨て、グレイが助けた少女へと視線を移す。
「あそこにいる少女はたった今燃えている建物の三階に取り残されていました。その部屋もつい先程爆発しました。少女の隣にいる彼が少女を助けるため、勇猛果敢に救出に向かわなければ確実に救われなかった命です。町を守るという理念を持つのが貴方達、都市防衛型の魔術師団ではないのですか? 全く持って守れていないではないですか。我々の危機に間に合わないとは、 これほどまでに役立たずな魔術師団は私は他に知りません」
「そ、それは──」
「おい。なんなんだお前、その言いぐさはっ!」
返答に困っていた団員の後ろから同じ制服を着た団員が額に青筋を立てながら前に進み出てきた。
「こいつの言う通り俺達は通報があった直後から即座に動き出したんだ! 最善で最速の手を打った。確かにそこの坊主がその嬢ちゃんを助けなかったら危なかったのかもしれねえが、こっちには他にどうしようもなかったんだよ!」
グレイはその団員が嘘は吐いていないと思った。この現場から魔術師団が駐留する建物までは少し距離がある。最速の風の魔術師団員が現場に到着するまで十分弱は掛かって当然だ。むしろ迅速な行動だったと言っていい。
しかし、それはリビュラや住民達、《コモン》である彼らにとってはそれらは理解出来るものではない。いや、普段の住民達であればそれくらいの理解はしてくれていたかもしれない。だけど、今はそうはいかなかった。
「うるっせえんだよ! 最善だろうが最速だろうが間に合わなきゃ意味がねえだろうがっ!!」
「私達の町は今なお燃えてるのよ!? これが最善!? ふざけないでよ!」
「魔法使いのくせに言い訳とかすんなよ! 普段は偉そうにふんぞり返ってて、いざとなったら役に立たねえなんて質が悪いんだよ!」
リビュラの言葉に感化されたのか、町の住民達も魔術師団に向かってそれぞれ文句を飛ばす。
ある者は怒りの言葉を。ある者は嘆きの言葉を。ある者は罵倒の言葉を。それには流石の団員もどう対処すべきなのかわからない様子だった。何せ普段ならそのような言葉を投げつけられることはなかったからだ。
恐らく、住人達の感情が爆発した原因は今回の事件だけが理由ではないはず。ここ最近の《天神衆》による宣教活動が彼らの心境に大きく影響を与えているのだろう。グレイはそう推測し、周囲にいる人達の顔を見る。
ここら一帯は一般人、つまり《コモン》達が多く住む地域である。そのためか、グレイが見た住人達は一様に似たような表情や感情を露にしていた。魔術師に対する劣等感である。
《コモン》である彼らはこれから一生、それこそ突然変異でもない限り魔法使いにはなれない。その事実は彼らに大きな劣等感を与えるものであった。
努力ではどうすることも出来ない才能。絶対に到達することの出来ない領域。その現実は彼らに重くのし掛かり、時には差別の対象となる。
《天神衆》の宣教師、リビュラはその普段は圧し殺された感情を煮えくり返し、どうしようもない感情の矛先を魔術師団に向けるように誘導しているのだ。
感情を爆発させる住民の対処に追われる団員達を不憫に思い、グレイは両者の間に割り込んだ。
「ちょっと落ち着けって。結果論ではあるけど、俺もあの子も無事だったんだ。こんな不毛な争いは何も産まないだろ。それよりも先に消火と避難が先だろうが」
その言葉で両者はわずかながら冷静さを取り戻し、禍根を残しつつもそれぞれ避難、救出行動に移ろうとした。
だが次にどこから発せられたのかはわからなかったが、衝撃的な言葉が飛び、その場にいた全員の動きが止まった。
「これが落ち着いていられるかってんだ! だってこの火事の犯人だって魔術師なんだぞ! 見たんだよ俺は! 建物に向かって手ぇ伸ばして火の魔法を使った奴をよ!」
そのたった一つの、何の証拠もない発言はしかし今のこの場面ではまるで真実かのように聞こえた。少なくても住民達にとっては。
だがグレイだけはそれが本当に真実ではないことを理解していた。
何せあの火は魔法ではなかったからだ。つまり魔術師が犯人だという確たる証拠はどこにもないことになる。魔法道具を使えば魔術師、《コモン》のどちらでも犯行は可能なのだから。
そのため犯人が魔術師であると決めつけることは出来ないため、グレイは即座に反発しようとした。しかし、一歩遅かった。
「やっぱり魔術師なんてこの町からいなくなればいいのよ!!」
「いいや、この世から消えてなくなりやがれ! この魔人共がっ!!」
「流石は災厄の権化の化身だよ!」
住民達の怒りは頂点に達し、罵詈雑言が飛び交った。
今も消火活動に行う魔術師達に向かって吐く言葉ではない、とグレイは内心で沸々と煮えたぎる想いを必死で抑えながら両者の間に立ち続ける。その様子を見ていたミュウもグレイを助けるように両者の間に割り込んで乱闘を抑えようとしていた。
だが、言葉の暴力までは止められない。様々な言葉が飛び交っていく。
「それにお前ら先月も町に魔獣が侵入したのに対応が遅れたらしいじゃねえか!」
「魔術師の犯罪件数だって全然減ってないのよ!? 職務怠慢なんじゃないの!?」
もはや今回の事件とは関係ない昔の話まで出てくる始末である。この混乱をどうやって収めればいいのか、グレイにも魔術師団員にもわからなかった。それどころか団員達の中にも怒気を放つ者達すら現れ始めた。そんな時──
「やめねえかお前達、みっともねえっ!!」
あわや乱闘が始まるかという瞬間に、誰よりも大きな声で叫んだ男が一人いた。
グレイはその声に覚えがあった。だが、そんな大きな声を出せる人物だとは今の今まで想いもしなかった。
「店長……?」
声の主、「ハイドアウト」の店長が大きな袋を抱えながらこちらへと歩いてきた。その表情はいつも店で見せる穏やかなものではなく、歴戦の戦士のような覇気を纏っていた。
「おい、てめえら……。普段は魔術師の皆さんに沢山世話になったり、助けて貰っておきながらその言いぐさは一体なんだ? 恥を知れ馬鹿者共がッ!」
再びこの場に飛んだ彼の叫びはそこにいる全員を萎縮させた。
「すみませんね魔術師の皆さん。こいつらも少し気が立ってただけなんですよ。だから今回は大目に見てやって貰えませんか?」
「は、はい……。わかりました。それに、彼らの言い分ももっともですので」
店長が深々と頭を下げ、魔術師団の者達も冷静さを取り戻し、自分達の仕事へと戻っていった。
「店長っ!」
「ん? おお、君か。すまないな。君にも色々と迷惑をかけた」
「いや、それは別にいいんすけど。それよりちょっと話したいことが──」
グレイは先程、店で起きた一連の出来事を、店長に話そうと口を開いたのだが、同時に魔術師団員の一人がグレイの方へと近付いてきた。
「君、少しいいかい?」
「へ? 俺っすか? で、何です?」
「いや、君には色々と話を聞きたいんだ。あの子のこともあるしね。それに──」
君も魔術師だろう? と小声で問われ、グレイはようやく彼のことを思い出した。今グレイに話しかけてきた団員は先月の魔獣侵入事件の際にグレイと少しだけ話したことがあったのだ。
「……ええ、と……。わかりました」
グレイは一瞬、このことが学院にバレることに焦りを覚えたが、それよりも重要視しなくてはいけないことがあったので、渋々承知した。
「すみません店長。話はまた今度にでも」
「あぁ、わかった。君も気を付けて帰ってくれ」
グレイは店長に別れを告げ、そのままミュウと共に魔術師団員の後を着いていった。その時、ふとグレイの視線の先にはいつか見た宣教師のあの笑顔があった。




