オレと強引な友人
視点変更してますが本編です。
幼い頃、オレはただひたすらに可愛い物、美しい物が好きだった。
物心つく前から男女の区別がついていたオレは気付いたらすでにその二つに優劣が決定していた。比較対象は最愛の妹。ブラブラとツルツルの勝負は男という性別に圧倒的大差による敗北を叩きつける。
可愛くなりたい。美しくなりたい。その想いは日に日に強くなり、けれど許されないのもわかっていた。
男らしくしなさい。お兄ちゃんでしょ。男の癖に。何気なく繰り出される他人の心無い言葉に苛まれ、オレは誰にも本心を話せないまま自分を抑圧して生きるしかなかった。
ほんの数日前までは。
朝、オレ……もとい私は息苦しさに耐えかねて目を覚ました。どうやら寝てる間にタオルケットに顔を突っ込んでいたようだ。心地よい感触と甘い香りが私を再び眠りへと誘おうとする。
って、アレ? いつもなら暑くて二度寝なんて考えもしないのに、今日はなんだか涼しいな。少し寒いくらいだ。
寝起きの頭でぼーっとしていると機械的な風の音が耳に入ってくる。
んむー…………なんでクーラー点いてんだ?
「私が点けたからだよ。おはよう、お兄ちゃん」
ごく近くで聞こえた声に驚いて顔を上げると鼻先に見慣れた顔があった。
なんで真夏が私のベッドにいるんだろう? いやそれよりもこの距離感、いくらなんでも近くないかな。まるで胸の中に抱きすくめられてるみたいな…………
そこまで考えた時、脳にビリッと電流を感じるほど驚愕した。みたいどころか抱きすくめられてるじゃないか!
寝ぼけ眼にタオルケットだと思っていたものはまごうことなき真夏の胸だった。
ぬあぁぁっ! ぬ、ちょっ……何してんだよっ!
反射的に離れようとして仰け反らせた首はしかし真夏の腕にがっちりとホールドされて逃れられない。
それどころか逃がすまいとした真夏に強く引き寄せられ、再びその柔らかい双丘に深く埋められてしまう。
「ダメ。逃がさないも~ん」
甘えるような口調でいう真夏は理性が飛ぶくらい可愛いかったが、これは明らかに寝ぼけてるな。
止めてくださいっ、朝の元気なオレの息子がいきり勃……たない出張中! よっしゃ! 何がよっしゃ?
自分でもよくわからない思考が加速で暴走中。気が動転していた私は火事場のバカ力かなにかで真夏を持ち上げ、三十センチ下の床に投げ落とした。
「ったぁ…………なにすんのよ」
それはこっちの台詞です。年頃の娘だという自覚を持ってください。
力んだからだけではない顔の火照りを両手で冷ましつつ、自分の行動を全く悪びれない真夏に懇願する。
愚息がいなくて本当に良かった。あいつがいたら確実に臨界突破でガメラの頭がヴォルケイノだったぜ……
火照りと裏腹に流れる汗の冷たさに冷静さを取り戻し、私は真夏を踏まないよう気をつけながらさっさとベッドを脱出した。
「女同士だからってやっていい事と悪い事が…………」
お前が言うな。それよりお前、ランニングはどうしたんだよ。朝また走るとか言ってなかったか?
「もう行って来たよ。あ、シャワーも浴びたから安心してね」
はやっ! え? 今何時?
いつも通りの時間だと思っていた私は慌てて時計を見た。
しかし時計の針は六時過ぎを刺しておりいつもより少し早いくらい。この時間までにランニングを終えてシャワーまで浴びてるって。
どんだけ早く起きてんだ。
「最初だから軽めに抑えただけよ。お姉ちゃんもさっさと起きてよね」
なんでもない事のようにさらりと言って真夏はさっさと部屋を出て行った。
なんだろう。過剰なスキンシップを求められるのも忍耐的な意味で辛いけど、なければないで寂しい。いや、なくはなかったか。
弱冠の物足りなさを感じつつもそこまで余裕がある時間でもないので寝巻きを脱ぎ未だ慣れないサラシを苦労して巻いて制服に着替えた。
朝食ともろもろの準備を終え、玄関で靴を履いている時に後ろから声をかけられる。
「代わらなくて大丈夫?」
振り返るとリビングから真夏が顔を覗かせていた。
真夏はどうも私が学校へ行くのを嫌がっていると思っているらしく昨日の朝も同じ事を聞かれていた。
元を正せば私が女の子になった時に友人という言葉に対して過敏に反応してしまった事が原因なのだけど、その件については一応解決している。
一番怖かったのは女の子になった影響で自分の心境とか好みが変わってしまう事だったのだが、昨日学校へ行ってみた限りでは特に何の変化も感じられなかった。
武山や中村とも普通に話せたのでもう大丈夫だ。
私は笑顔を作ってサムズアップすると「行って来ます」と言って家を出た。
学校は電車にして五、六駅の距離にあるので通学には電車を使っているのだが、最寄駅に入って次の電車の時間を確認し待合室で時間を潰そうと足を向けたところで知り合いを発見してしまった。
あまり顔を合わせたくない人物だったので声をかけるかホームへ逃げるか悩んでいるとその気配を感じ取ったのか相手は私に気付いて声をかけてきた。
「おはよう、篠宮。待ってたよ」
先週まだ男だった時の私に狼藉を働いた男、武山雪希だった。
それ自体は私ももう気にしていないのだが、この男に関しては私の女性化も知っているし、どういうつもりかは知らないが最近は真夏に興味を持っているらしくちょいちょい妹情報を聞き出そうとしてくるので警戒心MAXで当たらなければならない。
貴様にうちの妹はやらんぞ。
「そう睨むなよ。今日はちょっとまなっちゃんの事で大事な用件があって来たんだ」
私が睨んでいる理由を知ってか知らずか、原因たる妹の名前を出して私を釣ろうとする武山。
そ、そんな餌でオレ様が釣られクマー!
お前の言葉は信用できないけど一応聞いてやらん事もない。電車の時間が迫ってるから早く話せ。
「なんか偉そうだな……とりあえず時間については心配ない」
は? いや確かに一本くらい逃してもまだ間に合うけど…………
意味がわからず戸惑う私。
次の瞬間、突然ガッと武山に手首を掴まれた。
な、なにを………………
「とりあえずまなっちゃんの学校行くぞ。話はそれからだ」
言うや否や、私の返事を聞く間もなく武山は出口へ向かって駆け出し、掴まれた手に引っ張られて私もその後を追った。
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