篠宮真夏と少しの本音
唐突に発せられた私の要請に武山さんの呼吸が止まったのがわかった。
しばらく間を置いても答えは返って来ず、かといって通話を切られるわけでもなく、ただやけに長く感じる沈黙が続いた。
私もいつの間にか息を止めていたらしく、やがて苦しくなってきたのでバレないように息を吐こうとした時、感情を押し殺して上辺だけなぞったような抑揚のない声でようやく応答が返ってきた。
『…………自分が何を言ってるかわかってんの?』
わかってるよ。誰に対して言ってるのかもね。
私もまた抑揚のない声でそう答えた。
怒るだろうなぁとは思ってた。私の提案は彼の死を侮辱するようなものだから。けれど引くつもりはない。彼女が望まなくても、白金君に望まれなくても、それでも私は彼を此岸へ引き戻したい。そうでもしないと私は私の事が許せないのだ。
『そんなバカな事に付き合う気はないよ』
バカな事? どこがバカな事? 武山さんだって同じ事を考えなかったわけじゃないでしょう? あんなに熱烈に求めていたんだから。
煽るための私の言葉に再び沈黙が落ちる。
この沈黙はたぶん私が知っている理由を考えている間だろう。すぐにデータの存在に思い至ったらしく喉を潰したような苦々しい声が返ってきた。
『月初さんに頼んだのか…………』
正解。貴方は向こうの世界の白金君といちゃいちゃしてりゃいいだろうけど、私はそうはいかないんだよ。
『あんたさ…………喧嘩売ってる?』
剣呑な声だった。その通り、私は彼女に喧嘩をふっかけているのだ。
そもそも事件のショックで引き篭もりにまでなった彼女に簡単に協力してもらえるとは思っていない。そう、簡単ではないと思ってる。けれど普段スキのない彼女と比較するなら心にスキのある今は絶好の機会だとも思う。今放つ私の言葉はバールのようなもの。煽り、揺さぶり、付け込み、そしてこじ開ける。
こじ開けるんだっ!!
貴方はまだいいじゃないか、白金君と一緒にいたんでしょう? 彼と直接話したんでしょう? 好きだと感じられるだけの時間を共有したんでしょ?
私はたった一度触れ合っただけ。触れ合ったと言うのもおこがましい、一方的につかまれただけだ。
それは今も私の心に刺さってじくじくとした痛みを伝えてくるわけだけれど、彼女はきっと違うはず。楽しさや辛さ、喜びや悲しみを共有したはずなのだ。
だったら協力してくれてもいいじゃない。ほんの少し話すチャンスをくれてもいいじゃない。私にも知る時間をくれてもいいじゃない!
ああ、余計な事まで言ってる気がする。いやそれよりも何よりも自分の方が感情的になってどうする。落ち着け私。
大事なのは言質をとることだ。声を荒げるのはいいけれど興奮しているように見せかけて冷静に相手を誘導し言葉の揚げ足をとらなければ。
わかっているけれど走り出した言葉は急には止められない。溢れ出した感情はもはや自分ではどうしようもなかった。
私だって白金君と一緒にいたい! 話をしたい! 兄妹の触れ合いしたい!
『…………向こうの自分と入れ替わるつもり?』
それは………………
考えてもみなかった。けど、それでもいいのだろうか。私はそれで納得できるだろうか。
代替行為だとしてもそれがこの心に刺さった感触を忘れさせてくれるなら、それでもいいのかもしれない。どちらにしてもすでに出た結果に対して異を唱えるなら代替行為しかないのだから、私が納得出来れば方法が違ってもいいのではないだろうか。
そんな考えが一瞬過ぎって、私はすぐにそれを否定した。例えソレが別世界の私であろうともこれ以上私のエゴの為に犠牲者を増やしてどうする。
けれどそうしない為にどうしたらいいのか。その情報が私にはない。だからこそこうして協力を申し込んでいるのだけど、かといって素直に言えるわけもなく今度は私が黙り込んでしまった。
それを肯定と勘違いしたのか、彼女は呆れたように大きくため息を吐いた。
『そういう事なら協力はできない。向こうの世界の生活に波風たてたくないんだ』
むぅ。別に向こうの私の生活を奪いたいわけじゃないもん。
『だったらどうするつもりなんだい? 君は結局、自分の中の罪悪感をなんとかしたいだけだろう? そしてそれが出来るのは真冬だけだと思い込んでる』
見透かされていた。確かにその通りだ。一つだけ訂正するなら思い込んでるのではなく確信している。
出来る限り煽ってはみたけれどまだ彼女は冷静なようだ。
いや、でも…………あれ? なんか今違和感が…………
『けどそんな我が侭の為に向こうの真冬と君の生活をめちゃくちゃにしていいわけないだろ』
うむ。言われるまでもなくそんな事はわかっている。
そして違和感の正体もわかった。呼び方だ。今までずっと白金って呼んでたはずなのに真冬になってる。
これまでの流れから私にいじられるのを極力避けようとしてるはずだからこれは完全に無意識のはず。要は彼女もかなり冷静さを欠いているという事だ。
もう一押し…………ならばこのネタでどうだ。
へぇ。自分だけ向こうの世界で楽しい生活送るんだ。私の唇にキスまでした癖に。
溜まった鬱憤を押さえるように、言いたくない苦言を呈するように、ボソリと付け加えるように。
頭の中で注意すべき事を復唱しながら自分でもあまり言いたくない事に言及する。効果はてき面だった。
これまでになく焦った声が携帯電話のスピーカーから聞こえてくる。
『い、言っとくけど向こうじゃそんな関係じゃないぞ! オレ、男だし』
ふぁっ!? 男?
予想だにしていなかった言葉に思わず声が出た。
類似した世界という話だったのに性別まで違うというのか。そりゃ私と話す時の彼女は男の子みたいな口調だなとは思ってたけど。
い、いやいや、ここで私が取り乱してどうする。今や彼女は完全に浮き足立っているのだから、これはチャンスだと思うべきだ。
武山さんはそれでいいの? 男だ女だじゃなくて、いきなり目の前から消えて伝えたい事も伝えられないままで。
彼女もきっと後悔している。だからのって来ると思った。なぜなら彼女は事件解決後に白金君に気持ちを伝えるつもりだったはずだからだ。
だからこそ事件後、私から逃げていたのだと思う。同じ顔をした別人である私から。ならば攻めるのみだ。
『そりゃオレだって言いたい事のひとつやふたつ残ってるけど…………』
だったら私に協力しなさい。方法が気に入らないなら別のやり方を考える。とにかく別の世界というものがわからないと始まらないの。お願い!
電話越しなのも忘れて私は頭を下げて懇願した。
これでダメなら人体練成も辞さない覚悟だったが、その心配はなかった。
『…………わかった。方法は考え直すとしてオレに出来る事なら協力するよ』
一週空けてしまい申し訳ございませんm(_ _)m
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