篠宮真夏と作られた人格
私が行ったのは降霊術とも催眠術ともいえない奇妙なものだった。
たとえばそれは自分を交霊するようなものだ。深層心理に眠る思い出そうとしても思い出せない記憶を呼び起こし、同時にその時の身体及び精神の状況から白金君の人格を再現してこれを自分自身として身体に降ろす。いわば多重人格の自己発症だ。
最初は失敗した。記憶の奥深くに潜り込もうとするあまり行き過ぎてしまった。
再び私が目覚めたのは翌々日の朝だった。
携帯で日付を確かめた私は自分の失敗を知り、すぐに日記を確かめて方向性は間違っていなかった事を確信した。
そこには私が夢で見たのと同じ白金君の筆跡で日記が書かれていたのだ。
私はその日のうちに橘さんに連絡し協力をお願いした。
最初は難色を示した彼女だったが武山さんの為と話すと条件付きながら承諾してくれた。彼女の提示した条件は私のBCIデータを再びモニタリングする事。つまり私の行動を監視して彼女が危険と判断したらその時点で終了するという事である。
私はその条件を飲み、一日の準備期間を置いて白金君のデータから彼の人生を追体験した。
これで白金君としての自我がより強くなるだろう。
もし仮にそれで私の自我がなくなってしまったとしてもそれはそれで良いと私は思っていた。私が手放してしまった彼の人生が擬似的にでも再生できるなら、それが私の罪滅ぼしになると信じていた。
けれど作られた人格であってすら、彼は私に犠牲を望んではくれなかった。
当初、多重人格という体をとっていた人格交代は記憶が整理される睡眠を挟む毎に行われるようになっていたのだが、追体験によって強化された白金君の人格が主人格に取って代わってこの身体を支配してくれると考えていた私の期待とは裏腹に彼の表出期間だけが目に見えて短くなっていったのである。
同時に日記の内容も遺書めいた様相になっていった。
実際のところ何故期間が短くなったのかはわからない。けれど私にはそれが彼の意思によるとしか思えなかった。
私は憤った。
そっちがその気ならこちらにだって考えがある。
そして私は武山さんに連絡したのである。
トゥルルルル、トゥルルルル…………
数回のコールの後、音もなく通話になりスピーカーから面倒くさそうな女子の声が聞こえてくる。
『…………なに?』
電話したら出ろって言ったろ。私からの電話にはワンコールで即出ろよ、このあばずれ。
『ア……バ…………ど、どうしたの、まなっちゃん? なんか様子が変だよ?』
うっさいな。私だって機嫌の悪い時の一日や二日あるよ。いいからちょっと教えてくれないかな、クソビッチ?
『な、なんでしょう?』
私の口の悪さに完全に引いたような声で武山さんが恭順を示す。
いや、別に彼女に対して憤っているわけではないのだ。ただ虫の居所が悪く、ぶつける相手がいないから代わりになってもらっているだけだ。うん。
しかしその時私の脳裏には一つの光景が思い浮かんでいた。
それは白金君の記憶を追体験している最中に強烈に印象に残ったとある女の子とのキスシーンだった。
白金君が亡くなる前日、私の家で情報の整理を行っていた二人は昂ぶる気持ちを抑えきれず何だかいい雰囲気になって、どちらからともなく唇を重ねた。
抱き合った二人は武山さんから誘い込むようにソファに倒れ、白金君は彼女の鼓動を確かめるかのごとく胸に手を這わせてその外形を優しく撫でた。
武山さんはその感触に可愛らしい声で鳴き、仕返しとばかりに白金君の衣服を脱がせ肌を露出させる。
そうして誰もいない一軒家の一室で過ちが犯されようとしていたその時、突然脈絡もなくチャイムが鳴り響き二人の行為は最終局面を迎える事なく有耶無耶に終わったのである。
後には気恥ずかしさに照れる二人の女の子と女の子――――――――
そう、この時白金君が動かしていたのは私の身体なのだ。
私が少々八つ当たりしたくなるのも無理からぬ話ではないだろうか。
加えて言うならこれは私のファーストキスの記憶である。
私が八つ当たりしたくなるのも無理からぬ話だ。
まあそんな覗き見みたいな事をしたなんて口が裂けても言えないわけだけど、いざとなったらこれをネタに彼女の拒否権を奪うつもりである。
さて、私が電話したのは別にやり場のない怒りをぶつける為だけではない。
武山さんが前の電話で言っていた別の世界について聞きたかったからだ。もしかしたらそこに私の中の白金君を救う為のヒントがあるかもしれない。
藁にもすがる思いで電話した私だったが、武山さんの語った内容を聞いて驚きを隠せなかった。
その世界では私と白金君は双子の兄妹として生まれた時から同じ屋根の下で暮らしているという事。
両親は仲睦まじく、私は一人暮らしもしていないという事。
にも関わらず私は白金君を毛嫌いして話しもろくにしていないという事。
取るに足らない事に聞こえるかもしれないが、そのどれもが私にとっては予想外の事だった。
私は家庭の事情で両親が別居しており中学までは母と暮らしていたが、母は働いていてあまり家にはおらず兄妹もいないので一人で過ごす事が多かった。
高校に入ってからは父の援助を得て一人暮らしを始め、母とはこのあいだの入院で久々に顔を合わせた。
また、似たような境遇にありながら私よりも重いハンデを背負っていた白金君には同情すると同時に尊敬の念を強く持っていた。今はそれとも少し違うけども、少なくとも毛嫌いはしていない。
それはもう別人ではないだろうか。そんな風にすら思う。
『オレも外見意外はあまり似てないなあと思うよ』
実際目の当たりにしている武山さんから見てもやはり違うらしい。
となると何か根本的なところがズレているのかもしれない。たとえば――――
そっちの世界の私達はBCIを埋め込んでたりするのかな?
『いや、黙って調べた事があるけど電波は検出されなかったよ。篠宮にないとなるとまなっちゃんも同じなんじゃないかな』
ふむ。やっぱりBCIのあるなしで分岐してるのかな。
『分岐って?』
いやほら、私や白金君とそっちの世界の私達があまりにも違うからさ。その違いが何かって考えるとBCIが妖しいかなって。
『ああ、それはあるかもね。ただ、こっちの二人はBCIがない代わりに感覚共有っていう一種のテレパシーみたいなものを持ってるって聞いたけど』
へぇ。テレパシーなのに感覚なの?
『超能力は専門外なんで他に呼び名があるのかもな。要は感覚を伝え合う事があるって話。兄の方はそうでもないらしいけど、妹の方なんて相手が一人エッチしてるのもわかるらしいよ。恐ろしい』
お、おう? まあ恐ろしいと言えば恐ろしいかな?
というか何でそんな話を知っているのか不思議で仕方ない。
最後の言葉には共感できなかったが、私が覗き見た武山さんと白金君の情事を自分に置き換えてみればその恐ろしさは理解出来た。そんな辱めに合うくらいなら死んだほうがマシだ。やはり真実は明らかにすべきではないようである。
それよりも気になったのは兄と妹の能力差についてだ。双子でありながら同じ能力でもそんなに違いが出るものなのだろうか。
単純に妹の方がそういう事してないだけじゃないのかしら。
『さあ、どうなんだろうね。ただ、妹の方だけ能力が強いんだとしたら毛嫌いする理由にはなるんじゃない?』
ああ、確かに。
民間伝承に出てくるサトリ妖怪みたいなものだ。人の心を知るが故に人を嫌い、人に嫌われる。彼女の兄は彼女を嫌いはしなかったようだが、彼女自身はそれを恐れていたかもしれない。恐れる余り先に兄を遠ざけようとしてしまったのかもしれない。とはいえ所詮は憶測に過ぎないか。
BCIについてこれ以上掘り下げても得られるものはなさそうだ。
私は視点を変えて尚もヒントを探ろうと話を続ける。
そういえば武山さんはチャネルを持ってるって言ってたけど、それって私でも持てるもの?
『あのね……これが魔術だったとしてその奥義をそんな簡単に話すと思う?』
あら。つまり魔術じゃないのね?
『いや、仮にそうだったとしてって話だよ。君はオレの弟子でもなんでもないんだよ?』
ああ、そりゃそうだね。悪かったよ。
私は素直に謝った。確かに魔術師の業は門外不出が常だ。同じサバトの仲間とはいえ軽々しく聞くのは礼儀知らずというものだった。
しかし私は今虫の居所が悪いのだ。切羽詰まった事情もあるし悠長に構えている時間もない。ならば礼儀知らずと罵られようと強引にでも事を進め本懐を遂げるのが魔術師としての私の道というものだ。
私はほっとした彼女の許しの言葉を遮って有無をいわさずぬ口調で命令した。
『わかってくれりゃそれで…………』
じゃ貴方にも協力してもらおう。白金君復活の為に私にその奥義とやらを教えて。
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