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篠宮真夏と事件のあらまし

 私は長い夢を見ていた。

 白い部屋の中、白いベッドに縛りつけられ、一日の大半をそこで読書して終わるような彩の欠片もないどこまでも白いだけの夢だ。

 色彩のない生活の中で唯一鮮やかに映るのは本の中にある英雄達の活躍だけ。

 その色に魅せられて冒険を渇望するも、体は呪いを受けたように病院から出られず、ただ箱庭の中で文字を追うしか出来ない日々。

 そんなもどかしい毎日の中、もがくようにうろつく病棟の片隅で私は何か黒い物を発見する。

 それは私の世界を破壊する禍々しい物だったけど、同時にこの夢を破壊する神々しい物のようにも思えた。

 翌日から私の生活の中にそれを眺める時間が追加された。

 私は本を駆使してそれの事を調べ、ついにそれの正体を突き止める。

 それは外の世界にいる私自身だった。

 同時に箱庭の中にいる私自身でもあった。

 私は再び本の知識を駆使してそれら二人の私をいじり、中の私と外の私を入れ替える事に成功する。

 私の意識は粒子となり、波となっていとも容易く病院の外壁を越え外の私の元へとたどり着く。

 渇望した冒険。英雄達の世界へと、私は期待に胸を膨らませながら足を踏み出した。


 そうして私が目覚めたのは薄暗い闇に沈んだ、病室の中だった。

 白かった色彩は写実的な闇色に染まり、引きつる筋肉の痛みがそこに実感を伴わせる。

 見た事もない、見慣れた景色がそこにあった。

 不気味なほど静かな部屋だ。

 一瞬静けさに背筋が寒くなる。

 これは夢の続きだろうか。私は箱庭からの脱出に失敗したのか。

 布団を翻らせ、もつれる足を体で無理矢理動かして床に降ろす。

 歩こうとして力なく倒れ込み、それでも這うようにして病室を抜け出した私は頭を出した廊下で微かな声を拾った。


 上に誰かいる?


 呟こうとして息が漏れた。

 喉が渇いて張り付いているのがわかった。

 水が欲しかったが暗闇の中、目に映るのは非常灯の明かりだけ。

 ともかく今はここが夢か現実かを確かめるのが先決だった。

 這いつくばって無様に歩みを進め非常口を何とか押し開けて階段へ出る。

 登るのはキツかったが幸いにも最上階だったようでその上には屋上しかなかった。

 屋上では二人の人物が言い争いをしていた。

 一人は大人の男の人に見える。

 もう一人は若い女の子だ。

 私はその子がなんだか見覚えがあるような気がしてつい声を掛けてしまう。

 彼女は私を見て…………ただ見ただけでそれきり呆けたように動きを止めた。

 反対に男の人は何かを怒鳴りながら私に近づいて来たかと思うと襟元を乱暴につかまれて数メートル引きずられた。

 そして男の人はその引きずり歩く勢いのままに私の体を投げ飛ばして、私は柵に腰を打ちつける。

 次の瞬間には天地が逆転していた。

 逆立ちみたいに柵の上まで浮いた足が降りるべき地面を探しに降りて来る。

 けれど私の目の前に広がるのは遠く町並みを象る夜景のみで柵の外に足を着ける地面は見つからなかった。


 あ…………え?


 何が起きているのかを理解するよりも早く、私の目にはスローモーションのようにゆっくり走る女の子の姿が映っていた。

 それはまるで世界が止まっているかのように彼女だけが動いていて、私は自分が落ちている最中なのも忘れてそれに見入っていた。

 力なく放り出された私の手を柵の上から身を乗り出した彼女の手が捉えるその瞬間まで。

 手首をつかまれ、そこで全体重を支えた私の腕はちぎれたのではないか思うような激痛を訴えた。

 それでも枯れた喉は悲鳴すら上げてはくれず、私は強く目を瞑って耐えた。

 その様子に不安を覚えたのか女の子は私に気遣うような言葉をかけてくる。

 正直まだ痛みは抜けていなかったけれど、私はとにかく彼女にお礼をいわなければならないという一心で無理矢理目を開きその顔を直視した。

 そこには私がいた。


 気付いた時、私はその手を放していた。

 自覚もなく、状況もわからず、そして彼女が誰かもわからないまま、その姿はみるみる小さくなって赤い花が咲いた。

 いつの間にか私は屋上に立っていて、柵から身を乗り出し、手には何か暖かい物をつかんでいたような温もりが残っていた。

 その暖かい何かが何か、赤い花が何か、そして手放したのが何か、それに気付いた時私は再び意識を失った。


 次に目を覚ましたのはまた別の病院のベッドの上だった。

 今度は少しだけど色彩のある部屋だった。

 空調の効いた快適な部屋の中、冷たくなった手が今度こそ現実だと教えてくれている。

 ベッドの傍らにはなぜか母がいた。

 高校入学以来一度も会っていなかったが少しやつれただろうか。

 母と話をして、私は初めて事のあらましを知った。

 私は全く身に覚えのないうちに事件に巻き込まれ、身に覚えのないうちに事件を解決し、怪我もなく病院の屋上で意識を失っていたらしい。

 それから数日、私は検査と事情聴取を繰り返すためだけに病室に軟禁され、メディアを読み漁るだけの日々を送った。

 それは奇しくも夢の続きのようで、時折目が覚める恐怖に襲われては手を冷やして現実に戻った。


 事件の情報を集め始めてすぐに私は彼女とは別の人物が事件解決に尽力していた事を知る。

 一人はあの病院に勤めていた元看護師さん。そしてもう一人は同じ学校に通う女生徒だ。名前まではわからない。

 ただ確信があった。こんな事が出来るのは、こんな事に関われるのはあいつを置いて他にいない。

 そいつは高校に入ってから仲良くなった、私が密かに憧れを抱いていた稀代の魔術師だ。

 感情の制御に長け、常に冷静で思慮深く、自己を以って他を制する姿は美しくも鋭い日本刀のような気高い女性。

 彼女ならばこの未曾有の大事件を単身解決に導いたとしても不思議はない。

 退院したら真っ先に彼女の元を訪れよう。

 そうすれば全部わかるはず。

 私が見た夢も、あの女の子の事も、私が何をしたのかも、きっと全部わかるはずだから。

 縋るような気持ちで私は彼女、武山雪希さんとの再会を待ち望んだ。

 退院の日が決まり、母から日取りを知らされた直後にはメールでアポイントを取ろうとしたくらいだ。

 ただ、そのメールに彼女からの返信は来なかった。それは私の知る彼女からしたらあり得ない事だった。


 やがて退院の日になり電話でも連絡してみたが、こちらも彼女が出る事はなく留守番メッセージを残しただけに終わった。

 それからさらに数日後、私は彼女が学校すらずっと休み続け世間から姿を隠している事を知る。


お久しぶりです! 再開しました。

よろしければまたお付き合いください_(._.)_


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