私と覗き見
話を終え私達に背を向けて再びカタカタとパソコンをいじり始めるおじいさん。
私は邪魔しないようにそっと診察室を出るとそこで待機していたハクさんに人数分のお茶を所望する。
ハクさんは何か言いたそうな目で私を見返してきたが特に何も言わずにふらりと消えたかと思うとどこから出したのか冷たいお茶を用意して持ってきてくれた。お礼を言ってお盆ごと受け取り部屋へと戻る。
おじいさんと武山さんそれぞれにお茶を差し出して丸椅子に座る。お盆は置く場所がなかったので武山さんと私の手が届く位置に丸椅子をもう一つ出して置いた。
三者それぞれがお茶を啜って人心地ついた頃を見計らい、私はおじいさんに話しかける。
白金さんと別れてから博士は何をなさってたんですか?
「うん? 気ままに隠居しよったよ。時折企業さんやら大学の方から相談受ける以外はただの偏屈なじじいだなぁ」
相談というと白金さんからも?
「いんや。白金君から連絡があったんはついこの間よ。それまではとんと音沙汰なかったもんなぁ」
連絡っていうのはそのデータの事だったんですよね。その時点で引き受けたって事はBCIの研究は続けておられたのでは?
「ああ、まあ研究は性分だからな。ボケ防止にゃ丁度ええ按配なんよ」
現役時代の大半を費やした研究がボケ防止ですか。
やっぱりこのおじいちゃんいいなぁ。
話しかけた時はパソコンに向かっていたおじいさんだったけど私が話しかけるとわざわざこちらに向き直って聞く体勢を作ってくれた。
お互いにお茶碗を膝の上に持ち時折啜りながらなのもあって話していると妙に和んでしまう。
言葉のセンスというか感性が私好みなんだよねぇ。私、別におじいちゃんっ子ってわけでもないんだけどな。
それにしてもBCIの研究は続けられてたのか。ふむ。
もしかしてBCIがあったら、データ元の人の人生をかいつまんで追体験したりとか出来ませんか?
ちょっと思いついた事があったので質問してみる。
武山さんは15年分のデータをまるっと全部追体験みたいな事を言っていたけれど、このおじいさんだったらある程度コントロール出来るんじゃないだろうか。
「かいつまんでってのはどういう事?」
例えば事件に関わるような部分だけを取り出して私が体験する事は出来ませんか?
「それはちょっと難しいなぁ。普通のデータと違って五感で体験した全部がリンクしとるからコンピュータみたいにこの単語で検索条件を絞るみたいな事が出来ないんよ」
ありゃ、無理か。
言われてみれば五感で感じる情報を頼りにコンピュータで検索するの難しそうだし、検索出来たところで全く関係ないデータが出てくる可能性もあるよね……
いや、何も検索をする必要はないのか。データが記録されているならその記録は追えるわけだし、記録された時間で抽出すれば期間の指定だけで済むはず。
じゃあ特定の期間だけならどうでしょう?
「一日をクロックでカウントしてるはずだからそれなら出来ると思うわ」
「まなっちゃん? 何を考えてる?」
私の考えている事がわかったのか、武山さんが口を挟んでくる。
丁度いい。彼女にも確認したい事があるので聞いてみよう。
武山さんは白金君の人生を追体験させるって言ってたけどさ、あれって実際にまんま15年かかるわけじゃないよね?
「そりゃそんなに時間がかかるならやらせないよ。オレも実際にやってみたけど起きた時に全然時間が経ってなくて驚いた」
たぶん走馬灯みたいなもんなんだろう。走馬灯って見た事ないけど。
例えば寝ている時にベッドから落ちてしまった場合、その落ちるまでの刹那の間に人は落下する物語を作り上げてそれを夢の中で見る事がある。それと同じ事を人工的に起こすのだ。五感すべてがコントロール下にあるのだから無理ではないはずだ。
博士に確認すると思ったとおりの答えが返ってきた。
「僕が携わっていた時点で500倍くらいまで加速できるようになっとったね」
500倍って事は一年が365日だから、えーっと……ざっくり10日くらいで15年を経験できるわけか。テスト期間の度に使わせてくれないかしら。
とにかくあまり時間を気にする事なく白金真冬周辺の事を調べられるというわけだ。そしておじいさんがいればその期間を指定する事も出来る。
なら利用しない手はないと思うのだ。
武山さんが言った事だよ。私がデータを使って白金君の人生を追体験するって。
「けど………………」
わかってる。向こうの世界の白金真冬である私がオリジナルの魂のままそれを実行すれば世界の修正力によってこの世界の白金真冬にされかねない。追体験の前に分霊するというのは新しい魂を創造する為だけどオリジナルの魂を守る為でもあるのだ。
もちろん私だってそんな危険を冒すつもりはない。私には向こうの世界に戻って理想のお姉ちゃん育成計画に没頭するという使命があるのだ。
ではなぜこんな事を考えているのかという話なのだが。
ずっと思ってたんだけどさ、データってBCIの研究のためにとってたんでしょ?
「そりゃそうだろうね」
で、白金君自信はその事を知ってた?
私の問いに武山さんの言葉が詰まる。
事件に関わるようになった後はどうかわからないけれど、その前は知らなかっただろうと思う。
案の定、武山さんも白金真冬本人からデータの話は聞いた事がないという事だった。
そりゃあプライベートも何もなく行動のすべてがモニターされていて他の人に体験させる事すら可能だというのだから知らされるわけがない。
てことはさ、研究の為にBCIを埋め込まれた人は例外なくデータをとられてるはずなんじゃないかと思うのだ。つまり――――
つまり、真夏Bのデータもあるはずって事だよね?
そう、私が追体験したいのは他でもない。
死の瞬間まで面識のなかった白金真冬に異常なほど固執するようになった真夏Bの一週間。日記に書かれていた白金真冬の魂と同居していたあの一週間を追体験出来ないか、という事である。
もちろんその為には真夏Bのデータが必要不可欠となるのでそれがなければ諦めるしかないのだけど……
「…………ある。白金のデータと一緒に外部に漏れないよう保管してあるよ」
武山さんの答えに私は不謹慎にもちょっとわくわくするのを抑えられなかった。
違います。これは私の性格が悪いのではなくて乙女心のせいですのん。
それじゃあ、あのもったいぶった魔術師様の素顔でも覗きに行ってみますかね!
ご覧いただきありがとうございました!
作内時間的には少々残ってますがこれにてひとまず四日目終了です。
年末年始という事もあり、また一度全体を直したいので少し間をあけさせてください。
再開は年明け二週目から。火曜か水曜かはまだちょっとわかりませんが、1月12日か13日を予定しています。
というわけで気が早いけど皆様、良いお年を!




