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私と15年の懺悔

 私の唐突な質問に武山さんは驚いたような表情を見せた。けれど質問を受けた当のおじいさんは特に気にした様子もなく平然と答える。


「あの子らには白金君が息子さんに埋め込んだチップの動作データを回収してもらうよう頼んだだけよな」


 つまりハクさん達の依頼主はやっぱりこのおじいさんなのか。

 あの二人がどんだけ凶悪な武器を使ってるかとか知ってるんだろうか。人畜無害そうな顔を見ていると手段については知らないのではないかと思いたくなる。

 いや、だめだだめだ。あのデータは大人の中でも特に汚い部類の人達が沢山関わって出来た成果なのだから、見た目で騙されると痛い目を見るかもしれない。

 気を引き締めて丸椅子の上、私はおじいさんに向き合うように座りなおして姿勢を正す。

 武山さんは何か言いた気だけどまだ本調子ではなさそうだしここは私に任せてもらおう。


 どうしてあんなものが欲しいんですか? 博士はもうBCIの研究には関わっていないのでしょう?


「ああ、そうよな。ほんまなら関わりとうはなかったんだがな、白金君にいくらか頼まれ事してしもうたし……罪滅ぼしってとこかなぁ」


 罪滅ぼし?


「うん、そう。白金君は僕がまだ大学におった頃のゼミ生でな、若気の至りというか何と言うか、彼には色々と僕の理想を語って聞かせたもんでいくらかBCIいうもんに妄信的になってしもたんよ。所詮人の作る道具に過ぎんもんだったのんな」


 そう語るおじいさんの表情は無機質で、私にはそれがどういう感情から出ている言葉なのかわからなかった。

 事実だけを拾うならおじいさんと白金父は父が大学生の頃から親交があったという部分くらい。博士は影響云々を気にしているようだけれど私が思うにそんなもんは受け取る人次第だ。まして相手はすでに大学生、私より年上なのだから尚更である。


 博士はそんな頃からBCIの研究をしていたんですか?


 ちょっと脱線気味だけど気になったので聞いてみる。だって白金父が今いくつか知らないけど少なくとも15年以上はBCIの研究開発に費やしているわけで、そんなに長い時間がかかるもんなのかという疑問が湧いたのだ。

 そんな私の素人考えにおじいさんは苦笑する。


「日常的に使うようなBCIゆうのは精度が求められるよってな、侵襲式ゆうて脳の中に機械を埋め込まにゃいかんのだけどそうすると人で実験する必要があるんよ。この国じゃそういう研究はとにかく敷居が高くてよほどの事情がない限り許可が下りん。例え被験者が見つかって本人家族が了承しても法律や世論が許さん言うたらそれ以上は先に進まんのよ」


 おじいさんの表情が遠くを見るようなものに変わる。その瞳に映るものは何か。

 私は嫌な考えが頭に浮かび、それを聞かずにはいられなかった。


 もしかして博士が研究を放棄したのって……その人体実験に関係あるんですか?


 けれど今度の質問に対しては答えはすぐに返っては来なかった。

 おじいさんの視線が一瞬私に向けられたかと思うと、すぐに離れて武山さんに向けられる。


「あ~、かの……彼、は…………被害者の一人、篠宮真夏さんのお兄さんですよ」


 ああ、部外者にしちゃいけないような話なのかな? そういえば私からはまだ名乗ってなかった。

 武山さんも名乗ってはいないけど一応患者さんだし、ハクさん辺りが事前に話していたんだろう。

 それにしても咄嗟に絶妙なウソつくなぁ…………いや、まるっきりウソってわけでもないけどそこがまた。

 おじいさんは多分、白金真冬や真夏Bと直接会った事はないのだろう。すっかり信じた様子で話してくれた。


「そーか。そしたら他人事じゃないわな。そうよの。お兄ちゃんがどこまで聞いとるかわからんけど、僕のBCIは五感全部に作用するようなっとる。これは設定次第で世界そのものが変わってしまうに等しいんよ。あの当時、死体を使った実験までは何とか上手く行っていよいよ生きとる人で協力してくれる人を探そういう段階になって白金君が言うたんだ。自分が被験者になるて」


 え…………


 初めて聞く話に思わず声が出た。

 白金徹という人がどんな人かはわからないけど、これまでのイメージだと自分の子供を実験動物のように扱い人を人とも思わないようなマッドサイエンティストだと思っていた。

 まあ対象が本人になったところでマッドなのは変わらない気もするが、少なくとも一番の危険を買って出る程度の良識はあったのか。


「僕は猛反対した。時間がかかっても必要とする人が協力してくれるのを待とう言うて何度も説得した。けど彼は何かを焦ってるようで僕の話を聞こうとせんかった。ただ、そうは言うても繊細で複雑な機械だから僕か彼が立ち会わんと手術も出来ん。そこで僕は…………そう、僕はそこで今でも後悔するような大っきな過ちを犯してしまった。僕がいなくなれば白金君も諦めざるを得んだろと思た僕は研究を打ち切って彼の元を去ってしまったんだわ」


 話し終えた時、おじいさんはまたさっきの遠くを見るような表情になっていた。

 ああ、そうか。もしかしたらこれは懺悔をしているのかもしれない。15年も前の自分の過ちを今も。

 きっとおじいさんが白金徹に手術をしなかったが為に彼自信が別の対象にBCIを埋め込まなければならなくなったのだろう。けれどそれならばおじいさんの言う通り協力してくれる人を待てば良かったはずなのだ。自分の子に手前勝手に手術を施したのは間違いなく白金徹の罪であっておじいさんの所為などでは全くない。

 それでもおじいさんが悔いているのは彼自信が言った通り、自分の教えが白金徹を妄信させてしまったと思うからなのだろう。

 根拠はないけど何となくこの人は信用していいような気がした。


 博士が罪悪感を感じる必要は全くないと思いますが、話はわかりました。


 私はおじいさんの話をちゃんと理解したという意思表示の為に一旦締める。

 その上で聞いておかなければならない事を思い出して最後に質問する。

 

「けど、やっぱりオレは白金先生が信用出来ません。差し支えなければデータの用途を教えていただけませんか?」


 …………しようとしたんだけど、武山さんに先を越されてしまった。さっきから静かだと思ったら割り込む機会を伺ってたのか。

 憮然とする私に一瞥もくれる事なくおじいさんを真っ直ぐ見つめる武山さん。ちっ、綺麗だなコンチキショウ。

 おじいさんも15年前の夢から覚めたようにハッとなって武山さんの目を見つめ返し、再び温和な笑みを浮かべた。

 心持ち顔が赤らんでいるように見えるのは私の気のせいですかねぇ……そうですかねぇ……


「あー、データは隣町の総合病院に移すだけよな。あっちに移った患者さんに協力してくれる人がおるゆう話よ」


 なんだ、ほら、まともな用途じゃないか。

 自分でもよくわからないが何だか勝ったような気分で武山さんに視線を送る。


「BCIを必要とされてる方という事ですか?」


 が、ガン無視されました。ショボン。

 いや、真面目な場面だってのはわかるんだけどさ……たまに私が主導権握るとこれだもんなぁ……


「ああ、まあ患者さんの事だから詳しい事は教えられんけど、必要な状態だなぁ」

「そうですか…………」


 武山さんもそれ以上は追及出来ないと悟ったのか、考えるように俯いてそれきり黙り込んでしまった。

 ふむ。おじいさんが信用出来るとわかった以上、ハクさん達を警戒する意味もあまりなくなったな。武山さんはシンキングタイムのようだし、おじいさんに聞くべき事も聞き切った。特にするべき事が無くなってしまったわけなのだが、折角だしおじいさんとお茶飲みながらちょっとお話でもしようかしら。

 

来週は少し早く上げると思います。

ご覧いただきありがとうございました!

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