私と可能性の話
「まなっちゃんは真夏Bの目的に思い当たる事ってある?」
そんなもんあったら多分こんな悠長にしてないと思う。
というか一時とはいえ目的を共有していた武山さんがわからないのに私がわかるわけがない。
「そりゃそっか。けど白金に関わる事ってのは間違いないと思うんだよね。そうじゃなかったらそもそも世界間移動なんて危ない橋を渡る意味がわからないし」
うん~。日記を読んだ限りでもその想いが強いのは間違いなさそうだったしねぇ。
再び武山さんの隣に腰を降ろしながら何気なく呟いた私の言葉に武山さんは思うところがあったらしく、またあの顎に指を当てる仕草で考え込んでしまう。
そういえばあの日記も謎といえば謎なんだった。
白金真冬の書いた最初の日記はともかくとして、二回目以降の日記に関しては日付を見る限り彼の死後に書かれたものだ。筆跡鑑定士の武山さんによれば本人の直筆に間違いないという事だし、書かれている内容から見て白金真冬と真夏Bが同じ体を共有していたのは間違いないだろう。今の姉と同じ状態だ。
とすると真夏Bの身体には二つの魂を許容する能力か何かがあるのだろうか。
こちらの世界で白金真冬が占有していた部分に空きがあって、兄の身体が真夏Bと入れ替わる際に魂だけがその部分に許容されて残ったとか?
もしそうだとしたら何と言う奇跡だろうか。私は無神論者だがそんな奇跡を起こしてくれるなら神様の足にキスしてあげても良い。
けれど結局真相を知るのは真夏Bだけである。いや、彼女にしても兄の魂が残ったのは予定外だったのか。
聞いた限り、兄の魂が素直にこちらの世界に来ていればすでに儀式は終わっててもおかしくない。そうならなかったのは恐らく私のせいなんだろうな。いや、私のせいって言い方をするとなんか私が悪いみたいじゃないか。違うぞ。断じてそれは違う。私と姉は完全に巻き込まれた被害者側だ。悪いのはこんな事を企んだ真夏Bに決まっているのだ。
ただ、彼女の事情を知ってしまうと同情心が沸き起こらないでもないというか…………私は彼女に同情してるのかな。
「もしかして…………」
答えの出ない問題に自問自答していると何か思いつく事があったらしく武山さんが顔を上げて呟いた。
どうしたの? 何かわかった?
「いや、わかったというか、ちょっと可能性のありそうな事を思いついたというか……」
勢い込んで尋ねる私に歯切れの悪い返答が返ってくる。
確信が持てないという事だろうか? けれど今はどんな事でもいいから魔術師としての彼女の意見を聞いておきたい。私は武山さんの瞳を真っ直ぐ捉えて先を促した。
「あの日記を書いた白金の事なんだけど、残留思念って事はないかなと思ったんだよ」
ザンリュウシネン? 聞き覚えのない単語にオウム返しで疑問符をつける。
それは物や場所に残る人の思念の事なのだそうだ。強い想いを受けた物や場所には、使った人や作った人、あるいはその場で息絶えた人などの様々な思いが残る事があるという。生霊とか付喪神とか呼ばれるものを形作るのがこの残留思念なのだそうな。
説明してくれた武山さんには悪いのだけど、魂と何が違うのか私にはよくわからなかった。いや、残留思念というのと魂が違うのはわかるんだけどさ、元々は亡くなった白金の魂がたまたま近くにあった真夏Bの身体に入り込んだっていう予想だったわけで、両者の違いがよくわからないのだ。
だって魂だって思念みたいなもんじゃない?
「それはそうなんだけどね。ただ、白金と真夏Bの場合だと事情が変わってくるだろ?」
そう言われてようやく私もあっと思った。
白金真冬と真夏Bの事情。それは直前まで身体が入れ替わっていたという事だ。そしてそれを引き起こしたのはBCIという機械。つまり科学的な根拠をもって入れ替わりという現象が起きていたわけである。
武山さんが言いたいのは科学的な力で強制的に入れ替わりという現象を引き起こした後遺症として『脳に残留した白金真冬の思念』ではないか、という事だった。
そんな事がありうるの?
「わからない。だから可能性としてあるかもって話だよ」
武山さんは自信なさげにそう言い足した。
けれど私にしてみればこれまでで一番わかり易い話だった。だって魔術関係ないんだもん。
要は一ヶ月の入れ替わりの間に脳の一部分に白金真冬としての記憶が蓄積されて、彼の死後もそれが真夏Bの脳内に残って日記を書いてたという事だ。BCIは常に白金真冬からのデータを受信していたのだし、脳の構造的にも十分あり得る話に思える。
もしそうだとしたら……って話だけど、真夏Bの目的って何だと思う?
「それは当然彼女もその事に気付いてる前提だよね。だとしたら…………」
う~んと唸って考えるように天井に視線を向ける武山さん。
やがて何か思い当たったのか、その表情は見る間に険しいものになっていった。
何か思いついた事あった?
「いや………………わからない。まだわからないけど……もしかしたら…………」
私の肩につかまるように手を置いて身を乗り出し、これまで見せた事もないほど真剣な表情が私の間近まで迫る。
悲壮感すら漂う彼女とは裏腹に不謹慎にもちょっとどきどきしていた私に対し、ためらいがちに口を開こうとする武山さん。
が、その口から言葉が出る直前、その頭が赤い軌跡を残しながら横なぎに弾けて体はソファから雪崩れる様に崩れ落ちた。
え…………………………?
何が起きたかわからず呆然とその身体を見下ろす私の視界の中、彼女のこめかみから頬にかけて赤黒い雫が一筋流れた。
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